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勇者魔王の日常冒険譚  作者: ゆーひら
【魔王生誕祭編】
28/122

24. 仲良くなるために、遭難だってしよう⑤

バイクの鍵を失くしました。どこに落としたんだろう……。

家の中にあると思うんだけど、探しても見つからないし……。


まあ、予備が一個あるからいいんだけどさ、それも失くしたらどうしようかと。笑

 湖のヌシ『ミストフィッシュ』とレイドの闘いは続く。


 水中という闘いの場におけるハンデなど、人並み外れたレイドの身体能力の前では微々たるものだった。

 問題なのは、ミストフィッシュが魔物でありながら高い知能を備えている事。鱗を青色から赤色に変化させたのは怒りの表れだろうが、その状況下でも我を失わない冷静さも持ち合わせていた。


 水の中で両者は睨み合う。緊縛した空気が流れる中、最初に動き出したのは……レイドだった。

「おらぁっ!」

 レイドは水中に無数に創り出した水の刃をミストフィッシュに放つ。振り下ろした腕の動きにシンクロするように、刃は直線状に飛んでいった。

 狙いは先程放った刃が貫通した『尾ひれ』____。一点の迷いもなく、見事に命中した。

 ……が、命中した瞬間、刃は尾ひれを貫通する事無くパキリと真ん中から砕け、水に溶けてしまった。

「っあれ!?」

 予想外の展開に驚くレイド。ミストフィッシュはその隙をついてその長い尾ひれでレイドにぐるぐる巻き付いた。

「げ、しまった!」

 両足の指と右腕以外の身体の自由を奪われるレイド。巻き付かれたその時、レイドはその感触に違和感を感じた。

「かたっ、何だこの鱗、硬ぇぞ……! まさか鱗を赤に変色させる事で、身体の硬度を変えられるのか……!?」

 レイドは唯一動かせる右腕で鱗を叩く。鱗はコンコン音を立て、びくともしない。まるでダイヤモンドで身体を固められたかのようだ。そして、それを煩わしく思ったミストフィッシュは、レイドを尾ひれに巻き付けたまま辺り一体を超速で泳ぎだした。

「うお、うおおお!!」

 なす術なくレイドは水中を引きずり回される。広い湖を丁度一周した辺りでミストフィッシュは突然急降下し、思い切りレイドを水底へ叩きつけた。

「ぐあっ!!」

 声を上げ、水底に仰向けになるレイド。ミストフィッシュが勝利を確信し、ニヤリと笑ったその時だった。


 突然何かが切れたように、レイドが声のトーンを落として呟いた。

「……あんま調子に乗るなよ、コラ……」

 普段のレイドからは想像もつかない様な殺気_____。それに気付いたミストフィッシュは、びくりと驚き全身をおののかせた。

 だが、それに気付くのは少々……いや、かなり遅かったようだ。見ると、ミストフィッシュの赤い鱗がピシピシと音を立てて砕けていく。

「!?」

 ミストフィッシュにとって何が起こっているのか分からなかった。水の刃を尾ひれで砕いた時も、レイドに巻き付いて引きずり回した時も、鱗を攻撃する暇など無かった筈。_____一体いつの間に______ミストフィッシュは、得体の知れぬ目の前の人間に恐怖を覚えた。

「よう、どうした? 何ビビってんだよ」

 レイドがゆらりと立ち上がる。それをみたミストフィッシュは無意識に後ろへと下がった。そして、その気迫に自分が圧倒させられた事に気付くと、深い怒りを覚えて傷付いた鱗を更に赤く染めた。

「かなり怒ってるみたいだな、お前。でもな……」

 レイドがそう言いながら力を込める。

「俺も結構怒ってんだよ……!!」

 言い終えると同時にレイドはミストフィッシュの視界から一瞬にして消える。ミストフィッシュが困惑しながら必死に目でレイドの後を追うが、何処にも姿が見当たらない。

「何処見てんだよ、こっちだ」

 そしてレイドはミストフィッシュの左後方より姿を表したかと思うと、鱗目掛けて重い一撃を繰り出した。

「…………!!」

 ミストフィッシュは悶絶した。

 レイドのブン殴り攻撃。ダイヤモンドよりも硬い筈のミストフィッシュの鱗は、まるで窓ガラスの様に砕け散る。すかさずレイドは左足で蹴りをお見舞いし、ミストフィッシュをはるか上空まで吹っ飛ばした。

 物凄い勢いでミストフィッシュは湖から飛び出し、大きなダメージを負う。一回転して何とか態勢を整え、レイドのいる湖へと顔を向けた。

 その視線の先には丁度水面から顔を出したレイドの姿。ミストフィッシュはありったけの力を注いで口から水の鉄砲玉を放とうとした。

 ……が、レイドはそれを予測するかのように、ニヤリと笑った。

「やめとけ。お前はそれを放てない」

 手を開き、ミストフィッシュへとかざすレイド。しかし上空にいるミストフィッシュの周りには、水も何も無い。『水剣アナライズ』は水を操る剣____このままでは、その力の発揮できない。


 ミストフィッシュはそれを悟り、構わず水鉄砲を発射しようとした。口をぷくっと膨らませ、体内から水を逆流させようとする。

「…………!?」

 ……しかしそれは出来なかった。体内の水を口内まで持ってくる事が出来ないのだ。一体何故____……その瞬間、ミストフィッシュは大変な事態に気付いた。

 _____『水剣アナライズ』は、水を操る剣。ミストフィッシュの水鉄砲は、体内の水を放つ技……そう、体内の『水』を_____

「…………!!」


「どうだ、やっと気付いたか? アナライズの剣の一部をお前の体内に潜り込ませて、水の動きを封じてる事に」

 レイドは手をかざしたままニヤリと笑う。そしてついに、決着の時が訪れた。

上空そこ)じゃあ流石に速く動けないだろ。まぁ、動けても関係ないけどな」

 かざした手をゆっくり半回転させ、思いっきり拳を閉じる。するとミストフィッシュの体内から複数の水の刃が出現し、その体を貫いた。

「ギィィィィィィィ……!!!」

 ミストフィッシュは最期にそう叫ぶと、湖の中にその身を沈めていった。



「ふぅ……あー疲れた」

 レイドは全長10メートルはあるミストフィッシュを軽々と担ぎながら陸へと上がる。

 5月とはいえ、まだ夏がくる前のこの季節。冷たい湖の中に入っていたのはおよそ二十分程だろうか。

「へっくしょい! あー……」

 くしゃみと共に出てきた鼻水をすすり、鼻元を人差し指で拭く。ミストフィッシュを地面に下ろすと、多くの水分を含んだ服の裾を雑巾の様にきつく絞った。スボンのジャージも捲り上げておっさんの様な格好になったレイドは、もう動かなくなったミストフィッシュをチラリと見やる。

「……久しぶりだな、少しだけ本気出したの……。あ、ハイガーの時もやったか。でもアイツは例外だしな……」

 1人でそんな事をブツブツ呟いていると、遠くの木の陰からベゼルが顔を出しているのが見えた。レイドは自慢げに、ミストフィッシュを担いでベゼルの元に向かった。

「おい、終わったぞ。見ろよこれ、すげーだろ」

「すごい……。これ、勇者ひとりで倒したの?」

「当たり前だ。こんくらい余裕だっての」

 ベゼルはレイドが持ってきたミストフィッシュを食い入るように見つめる。しかしこんなに沢山の量は、2人では食べきれないだろう。レイドはそれを先読みするかのように、反対側の茂みを指差して言った。

「心配すんな。あいつらもいるから大丈夫だ」

「え、あいつらって……?」

 ベゼルも茂みに視線を向ける。しかしそこには何も無い。レイドは落ちていた小石を拾うと、茂みに向けてブン投げた。

 小石はビュンっと飛んでいき、やがて茂みの中の『何か』に当たった。

「いてっ!」

 そこから頭を押さえて出てきたのは、見覚えのあるゾンビ顔。

「あ、ゾン吉だ!」

 ベゼルは驚きの声を上げた。更にそこには、ゾン吉だけでなくエリスやウル太郎、リリも一緒だった。

「あちゃー、見つかっちまいましたか」

「完璧に隠れてたと思っていたのですが……」

「ウル太郎、あんたオナラしたでしょ。それのせいよ」

「してねーっスよ!」

 ゾロゾロと姿を表し、ベゼルたちの元へと歩いて行くリリたち。

「みんな、どうして……? 別の道に行ったんじゃなかったの?」

「いやあベル様、それが……」

「まあどうせこんな事だろうとは思ってたけどな」

 ウル太郎の言葉を遮り、レイドは口を開く。

「大方、俺とガキの親交を深めるため〜とか、そんな感じだろ」

「うぐっ……」

 レイドの言葉に全員が俯く。どうやら図星のようだ。

「ったく、だいたいそんな事だろうと思ったぜ。道に迷ったフリをしたり、イカサマのクジ使ったり……。『見せたいものがある』ってのも、どうせ嘘なんだろ?」

 レイドの最後の言葉に、リリが声を大にして叫んだ。

「そ、それは違います! ベル様がレイドさんに見せたいものがあるというのは本当なんです!」

 ベゼルの肩に手を置き、リリは続ける。

「ベル様がどうしても、『あの景色』をレイドさんに見せてあげたいと言っていたので、今日皆でここに来たんです!」

 リリの必死な物言いから、レイドはひとまず信じる。

「……あの景色?」

 リリはこくりと頷き、湖の方へと指を差した。

「あの湖、見ていて下さい。もう少しで始まる筈ですから」

「始まる……?」

 レイドの視線の先には、自分が先程までミストフィッシュと死闘を繰り広げていた湖。特に何かが始まるとか、そのような兆しはないように見えるが……。

「…………?」

 だがよくよく目を凝らすと、湖の周りを徐々に霧が覆っていく。それはやがて湖を包み込むように、一面を白く染めた。

「な、何だ? 何も見えなくなったぞ」

 レイドが驚いて辺りを見回す。しかし近くにいる筈のベゼルやリリたちですら、濃霧により何処にいるのか把握出来ない。認識できるのは声だけだった。

「あ、ほら! レイドさん見えますか!?」

 リリの声が近くで聞こえる。だが何処を見れば良いのか分からないレイドは、とりあえず声の方へ顔を向けた。

 そして、その景色に目を奪われる。

「________これは……」


 薄暗い森の中で、濃霧に覆われた湖。その雪の様に白い霧は、要所要所でその色を変え、七色に光り輝いていた。それは正に『虹色』_____。虹へと姿を変えた湖が、レイドの眼前に広がっていたのだ。


「綺麗だ……」

 レイドは無意識に声を漏らす。生まれて初めて見たその景色に対する、本能で感じた率直な感想だった。

「これが、この森が『霧の森』と呼ばれる所以(ゆえん)です。毎日昼の数分間だけ、まるでこの森に訪れた人々を歓迎するかの様に、こうして七色の霧が森全体を包み込むのです」

 リリの言葉の通り、ものの数分の内に霧は晴れ、周りが見えるようになる。それにはっとして我に返ったレイドの視界に、同じくうっとりと景色を眺めていたエリスたちが目に入った。そしてその興奮が冷め止まぬ内に、ベゼルが跳ねながらレイドと視線を合わせ、嬉しそうに声を上げた。

「ねぇ勇者、どうだった? 虹の霧、キレイだったでしょ?」

 ベゼルの言葉に、レイドは誤魔化すように頬をポリポリ掻いて上を見上げる。

「ん、ああ、まあな……」

 しかし素直に『綺麗だ』と呟いておきながら、今更照れ隠しした所でもう遅い。

 見ると、ベゼルだけでなくリリたち全員がニヤニヤと笑っていた。たまらずレイドは一歩遠ざかって口を動かした。

「な……なんだよ」

「いやー別に、『あの』レイドさんが自分の感情に素直になっている所を見て、新鮮だなーと思っただけですよう」

 リリが左手を頬に当て、右手首を一回上から下に振る。まるでおばさんがする仕草の様だ。

「なんだそれ、どういう意味……へっくしょい!!」

 その言葉に反論しようとした所で、レイドは再び大きなくしゃみをした。

「だ、大丈夫ですか?」

 リリはポケットからティッシュを取り出してレイドに渡した。

「う、サンキュー……」

 ティッシュを鼻に当て、思い切り鼻水をかむレイド。ベゼルが心配そうに声をかける。

「勇者、寒い? ずっと湖の中にいたもんね」

 続けてリリが口を開いた。

「もしかして、風邪かもしれませんね……今日はもうお城に戻って……」

「あー、いや全然大丈夫だ。たかが数十分水の中にいたくらいで風邪なんかひかねーよ」

 リリの言葉を途中で遮り、レイドはミストフィッシュを指差した。

「それよりも、あの魚。食おうぜ皆で」

 ミストフィッシュの存在に気づいた途端、ウル太郎が驚きの声を上げた。

「うおっ! ミストフィッシュじゃねーか! お前が釣ったのかよ!?」

「おう。釣ったっていうか、倒したんだけどな」

 その発言にウル太郎は目を丸くする。

「マジかよ……! ミストフィッシュを1人で倒しちまうなんてすげーな。さすが勇者ってとこか」

「ふっ、俺にかかればざっとこんなモンよ」

 ウル太郎の言葉を聞いてレイドは鼻を高くした。

「まぁその事は今はどうでもいい。早くこの魚を_____」

 そこでレイドは言葉を止める。突然変な顔をして鼻をムズムズさせたかと思うと、本日一番の大きなくしゃみをした。

「_____へぇっくしっ!!」

 その声は一際大きく、水遊びをしていた鳥たちが何羽か驚いて空へと避難していく程だった。

「あーー…………」

 レイドは再度長い鼻水を垂らし、ぼーっとする。誰が見ても異常が分かるくらい顔を赤く火照(ほて)らせ、頭上から僅かに湯気が出てきている。

「れ、レイドさん……? あの、大丈夫ですか……?」

 リリがレイドに声をかける。ベゼルは心配そうにレイドを見つめ、ウル太郎たちも各々口を開いた。

「おいゾン吉、あれって……」

「ですね。完璧にかかってやす」

「コレは……相当キてるわね」

 皆一様に一つの結論に達する中、そんなリリたちなど気にもせず、レイドはフラフラとミストフィッシュの所に歩いて行く。

「おい、お前ら……。早く来いよ、俺1人で全部、食っちま………」

 半ば呂律の回っていない口調でそこまで言った所で、ついにバランスを崩してその場に倒れこんだ。

「いてっ、……あれ……?」

 そのまま立ち上がる事が出来ず、視界もグルグルと回る。

「へくしっ! ケホ、ゴホゴホっ!」

 地面に伏しながら激しい喉の痛みと頭痛に襲われ、ここでレイドは自分の身体の異常に初めて気が付くのだった。


「…………あれ?……」

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