23. 仲良くなるために、遭難だってしよう④
『霧の森』中央に存在する大きな湖。
それは『透霧湖』と呼ばれ、薄暗いその森の全景とは対照的に美しく透き通った湖である。そんな透霧湖には当然多くの魚が生息し、綺麗な湖を優雅に泳ぎ回っている。
そしてその中には、ある一匹の魚が突然変異で巨大化し、湖を汚そうとする者を拒むように時折水面から顔を出すという……。
それこそが『湖のヌシ』と呼ばれる、伝説の魚である_____。
「さーて、釣るぞ『湖のヌシ』!」
ヌシを釣り上げようと、手に持った剣を頭上に構えるのは勇者レイド。今の彼は、全てをその食欲のままに動いていた。
レイドを木の陰から見守るベゼルは、心配そうにしながらもどこかワクワクした様子だ。憧れの勇者の剣技を間近で見る事が出来るかもしれないと、その思いが小さな心をドキドキさせていた。
そしてレイドがついに、その剣を大きく振り下ろす_____。
「おらぁっ!」
……と思いきや、おもむろにレイドは剣を湖の中に放り投げた。
「えっ!?」
ベゼルもその挙動には驚きの声を上げた。
剣は空中をくるくる回転しながら、やがて湖の中に「ぽちゃん」と音を立てて沈んでいってしまった。
「よし、ちょうど真ん中に落ちたな」
レイドは剣が落ちる様子を呑気に眺めていた。
「ゆ、勇者。いいの? 剣を捨てちゃって……」
ベゼルは困惑してレイドに聞く。
「おう。いいんだよ、これで」
レイドはベゼルに背を向けながら答えると、右手を湖の前に突き出した。
「よく見とけよ、ガキ。もう少しで始まるから」
「え……?」
ベゼルが目を凝らすと、剣が落ちた辺り……湖の中心部分が小さな気泡を立てている事に気が付いた。やがてそれは大きくなり、水面を揺らし始める。
「いけっ! 『水剣アナライズ』!」
レイドがその掛け声と共に突き出した右手を上に振り上げると、気泡が爆発したかのように大きな水しぶきをあげた。
「うわぁっ!!」
ベゼルが突然の出来事に驚く。盛り上がった湖の上空には、複数の小さな魚と一緒に、一際巨大な魚が打ち上げられていた。
「あっ、あれ! 湖のヌシ、『ミストフィッシュ』だよ!」
ベゼルが指を差して叫ぶ。しかしミストフィッシュは、ギラリとレイドを睨んだあとすぐさま上空から急降下し、湖の中へとその姿を隠した。
「ふぅん、成る程。アイツがヌシね……。確かに今まで釣った事ないデカさだな」
水しぶきも止み、再び湖に静寂が訪れる。しかしその静寂は、先程までのものとはまるで空気が違う。両者が互いに『敵』を『敵』と認識した、まさに『狩る者』と『狩られる者』の世界……。それがどちらになるのかは、最後の最後まで分からない。
「ねえ、勇者……。今おおきな水しぶきがあがったのは、さっき勇者が剣を湖に投げたのと関係があるの?」
ふと、ベゼルがレイドに質問する。レイドがさっき湖に剣を投げた地点から水しぶきが発生した事から、その2つに関係性がある事は明白だが、何故その現象が起こったのかベゼルには分からなかった。
レイドは体半分をベゼルに向け、答えた。
「そうだな、ちょっと説明してやるか。さっき投げた剣は『水剣アナライズ』。水と同化する事が出来る剣だ」
「水と同化……? 一緒になっちゃうってこと?」
「ああ、そうだ。今は湖と同化してる。そんで俺は遠隔操作でその剣を自在に操る事が出来る。つまり剣が湖に入ってる間、この湖そのものは俺の意のままに操れる、って事さ。こんな風にな」
レイドが手を湖にかざすと湖全体がうねり始め、渦を作り始めた。
「……すごい……」
ベゼルは口をあんぐりと開け、ただその光景を眺めていた。
「…………」
レイドは集中してヌシの居場所を探す。水中に映る影____その巨大な影を見つけた時、目を光らせて叫んだ。
「そこだっっ!!」
その場所に視点を合わせ、ばっと腕を振り上げる。
その動きに水が盛り上がり、魚が打ち上げられた。
……しかし、そこにヌシの姿はなかった。
「なにっ……!?」
あったのは数多の小さな魚の集合体。その集まりが1つの大きな影となって、あたかもヌシであると錯覚するようにレイドを欺いたのだ。
「くそっ、本物は……」
その時、湖から鋭いものが飛んでくる。それはレイドの左頬を掠めた後、すぐ後ろの木のど真ん中を貫通した。
「…………!!」
貫かれた木は轟音と共に倒れる。レイドは頬についた傷口に触れ、悟った。
突然飛んで来たその正体は鋭利な刃物の類ではなく、ただの『水』____。ヌシが口から放った水が、圧倒的速度でレイドに襲いかかったのだ。
ヌシは水面から僅かに顔を出し、ニヤリと笑う。依然として発生している渦などものともせず、再び水中へと姿を消した。
その姿を見て、レイドは一筋の汗を流す。が、その後で少し笑みを見せて呟いた。
「……はは、そうこなくっちゃ。やっぱり簡単に仕留められたらつまんねーもんな」
そう言って突き出した腕を下ろし、渦を止める。そしてベゼルの方を振り向き、忠告した。
「おいガキ! もっと離れてろ! そこだと多分巻き添え食らうぞ!」
その言葉でベゼルは、はっとして口を閉じコクコク頷く。そして遠くに離れる途中でレイドに一言声をかけた。
「勇者、かんばってね! 負けないで!」
ベゼルはそう言うと、奥深くの森へと避難して行った。
「……さてと」
ベゼルが避難して行くのをチラリと見送ると、レイドは首を鳴らして湖に視線を戻した。
「これで思う存分やれるが……しかしどうするか……ヤツの居場所が特定出来ない以上、闇雲に攻撃しても無駄だろうしな……」
いかんせん攻めあぐねたレイドは、湖の『ある異変』に気づく。
「……ん?」
静かで穏やかな水面……。よく見ると、レイドを目指すように小さく波打っている。
それは次第に強さを増し、180度姿を変えてレイドに襲いかかった。
「…………な」
それは、津波____。ミストフィッシュが尾ひれで波を打ち、やがて巨大な津波となってレイドに牙を向いたのだ。
「なあああああ!!」
高さ10メートルはあるその津波に一瞬気圧されたレイドだが、すぐ我に返り手をかざした。
「うおお、止まれええぇ!!」
しかし『水剣アナライズ』が溶け込んだ湖とはいえ、その全てを操れる訳ではない。津波は進行速度を緩めたものの、確実にレイドに向かって来ていた。
このままでは遅かれ早かれ津波の餌食になってしまう。まさに防戦一方だった。
「っくそ……」
_____そして、津波はそのままレイドを飲み込む。大きな波打ち音を立てて津波は地面を叩きつけるが、周りの木々に塞がれるように、被害は全く無かった。そう、レイド以外は_____
そんな中、水中では一仕事終えたミストフィッシュが悠々と泳いでいた。
湖のヌシに牙を向いた者は皆、その湖の藻屑になる……。そのいかつい顔が再びニヤリと笑みを浮かべたその時、『何か』がミストフィッシュの尾ひれを貫通した。
「!?」
突然の出来事。驚きと疑問、そして痛みにミストフィッシュは悶える。
そして辺りを見回すと、そこには信じ難い光景が広がっていたのだ。
「よう、久しぶりだな」
ミストフィッシュの目の前には、先程津波に飲み込まれたレイドが佇んでいた。
頭の部分を空気の膜の様なもので覆い、酸素を確保している。そして、彼の周りには水の刃が無数に浮かんでいた。
「驚いたか? 津波の一部分だけ動きを止めて、そこから湖の中に突っ込んだんだ。残念だったな、俺を仕留められなくて」
その言葉にミストフィッシュはより一層怒りを露わにし、青い鱗を赤く変色させた。
互いに一歩も引かぬ攻防は、舞台を水中に移して激しさを増す。
その激戦の勝者はどちらになるのか____勇者VS湖のヌシの闘いは、次回へと続く……。




