25. それは勇者な誕生日②
「リリさん、壁の飾り付け終わりました」
「ありがとうございますウル太郎さん。これであと半分ほどですから、少し急ぎましょうか」
「そーっスね……ん?」
「おーい、誰かこっち来てくれー! 屋台が倒れそうだー!」
「マジか。リリさんすみません、ちょっと行ってきます」
「ええ、お気を付けて。では私はその間にこちらを終わらせないと……」
ここは魔王城。いつもの通り賑やかな城内だが、今日はいつにも増して皆が慌ただしく城に飾り付けをしている様だ。
だがしかし、それもそのはず。
明日は5月19日。魔王ベゼルの誕生日を翌日に控えた、魔界の一大イベントのひとつなのだから。
城の者は総出で城内の飾り付けや屋台を出し、ベゼルの誕生日を祝うべく、意気軒昂としていた。
その張り切り具合からは、『誕生会』と言うよりは『大きな祭り』と言った方がしっくりくる程だ。
そんな中、大庭園の中で何かの機械と思われるものを造っているリリ。
「ふう、後はネジを回して……きゃあっ!?」
しかし、汗水流しながら集中しているその目の前を、魔界のカマキリ『マカマキリ』が横切った。
「な、何でこんな所に虫が……?」
バクバク動く心臓を手で抑え、女の子座りから尻もちをつくように一歩後ろに引く。すると、魔界の行商人が困った表情をしながら足を止めた。
「あーっ、すみませんねリリさん。今こっちに魔界虫が飛んで来ませんでした?」
「あ、それなら今ここに……」
「おお本当だ。ありがとうございます、大事な商品なものですから」
行商人は、ひょいとマカマキリを手で掴むと、リリに一礼して何処かへ向かって行った。
「あぁ、びっくりしました……。今年はあんな物を販売するんですね……ん?」
行商人を目で見送る傍らで、先程造っていた機械から煙が出ている事に気が付く。
「あぁ! しまった、今のカマキリに驚いてつい機械をぶん投げてしまいました!」
投げられて落下した際の打ちどころが悪かったのだろう、シューシュー言いながらその機械は必死に助けを求めるかのように煙を出し続けている。
「もう……せっかく修理できたと思ったのに……」
その丸いフォルムを持ち上げて、リリは煙が出ている箇所をバンバン叩く。また修理をし直さなければ、とため息をついた所で、エリスが呆れた顔でリリの元を訪れた。
「……なにやってるのよ、リリ」
エリスを見上げながら、リリは腕をぶんぶん振りながら熱弁する。
「あ、エリスさん、聞いて下さいよ! この投影機、直ったと思ったらまた壊れたんですよ! どうなってるんですか一体!」
「遠くから見てたけど、壊れたのはアナタの責任だと思うけど」
エリスはボブカットの髪を指でクルクルしながら言い放つと、ソワソワした様子で辺りを見回す。
「……どうしたんですか、エリスさん? 落ち着かないみたいですけど」
リリがそう聞くと、エリスは視線をそらして声を小さくした。
「いえ、その……。ゆ、勇者は今どこにいるのかなーって、ふと思ったんだけど……」
「レイドさんならまだ体調が優れない様で、部屋で寝ていると思いますよ」
リリは続けて、「エリスさんも知っているのでは……」と言おうとする。しかし間髪いれずに、エリスは口を開いた。
「あ、あぁそうなの! 一晩寝ればすぐ良くなると思ったんだけどそれなら少し様子を見てこようかしらー!」
何故か棒読み感満載のその台詞を言いながら、エリスはスタスタと歩いて行った。
「……どうしたのでしょうか、エリスさん……」
鈍感なリリは不思議そうに首を傾げ、何か考え事をする様に俯いた。
「レイドさん……明日には良くなるといいのですが……」
________
所変わって、魔王城のレイドの部屋。
元は来客用の部屋の内の一つであり、ふかふかのベッドや手入れの行き届いた家具が置いてある豪勢な部屋だ。
そのベッドに横たわり、おでこに冷却シートを貼って安静にしているレイドはとても退屈そうだった。
「あー暇だ。それにしても風邪なんて久しぶりに引いたな……」
寝返りをうち、何年かぶりの風邪という感覚にどこか懐かしみを覚えるレイド。
「おかげんはどうですかい、勇者さん」
そんな退屈で死にそうな彼の部屋のドアをガチャリと開け、入ってきたのはゾン吉だった。
「おおゾンビ。だいぶ良くなったみたいだが……どうも上手く動けないんだよな」
布団の中から上半身を起き上がらせ、レイドはゾン吉を歓迎する。ゾン吉は近くの椅子を引いて腰掛け、机に手を置いて指を交差させた。
「はは、魔界の風邪はタチが悪いですからね。熱が引いても安心は出来ないんですよ。免疫の無い人は特にそうなんです。だから、もうしばらくは安静にしておいた方が良いですよ」
「そうなのか……。くそ、それにしても暇だよなぁ。部屋の外は騒がしくて楽しそうだけど、何かあるのか?」
レイドは後頭部に腕を組んで枕にもたれる。ゾン吉はキョトンとしながら口を開いた。
「あれ? 忘れたんですかい勇者さん。明日はベル様の誕生日じゃないですかい」
「あ? 誕生日……?」
その単語を聞いた時、レイドは納得するように思い出した。
「あー、そういえば言ってたな、誰かがそんな事」
「ほんとに忘れてたんですかい……」
ゾン吉はレイドの半ば興味なさげな感じに小さくため息をつく。すると、立ち上がってドアの方へと歩き出した。
「おい、もう戻るのか? こっちは退屈なんだ、もうちょっと話そうぜ」
レイドが呼び止めようと手を伸ばすが、ゾン吉は構わずドアノブに手を掛ける。
「すいやせんね、あっしもまだ準備する事があるもんで。取り敢えずは元気そうで安心しやしたよ」
では、と手を軽く振ってゾン吉はレイドの部屋を後にした。取り残されたレイドは少しの間固まった後で再び布団の中に全身をくるませ、ブツブツと呟いた。
「くそっ、風邪なんか引かなきゃ俺も参加できたのになぁ……」
レイドがふと口に出したその言葉____。レイドはその時、自分の言葉に驚きを感じた。
「……久しぶりだな。悪魔たちに会ってから、またこんな事を思うなんて……」
レイドが荒野にいた3年間という孤独な年月は、レイドの心を徐々に蝕んでいた。生きる事に、人間に、何度絶望しただろう。それ故に彼は今、起きる出来事全てに、まるで3年前を思い出させるような懐かしさや楽しさを憶えるのであった。
「アルフ……ロゼ……あいつらは元気かなぁ。俺みたいに風邪引いてないといいけど……。あと……」
3年前の仲間たちの顔を思い出す。魔王を倒すための旅……。共に世界を冒険した記憶を辿っている途中で、再び部屋のドアが開いた。
「っ!! アルフ、ロゼ!?」
ドアが開いた音が聞こえた途端、レイドは飛び起きる。もしかして、あいつらが魔界に____!? そう思いながらレイドはドアに立つ人物に視線を向けた。
しかしその眼前に映ったのは、かつての仲間ではなく_____エリスだった。
「な、なによいきなり騒ぎ出して……どうかしたの?」
一瞬身体をビクつかせるエリス。レイドはエリスの姿を見ると、少し寂しげに口を開いた。
「あ……あぁ、何だキレ女か。何か用か?」
「その呼び方やめてって言ったでしょ。ちょっと様子を見にきたのよ、悪い?」
何故かエリスはキレ気味に、鋭い目つきをレイドに向けると、近くの椅子を持ってレイドのベッドの側に置いて座った。そして持っていた手さげ袋からリンゴと包丁を取り出し、おもむろに剥き始めた。
「……何やってんだ?」
レイドがベッドから上半身を起こし、エリスに聞いた。
「何って……見れば分かるでしょ。リンゴ剥いてあげてんのよ」
エリスは包丁を動かしながら答えた。どうやら、彼女なりの気遣いのつもりのようだ。
「そうか。それは有難いが、一体どういう風の吹きまわしだ?」
「べ、別に。アナタには昨日朝食をご馳走になったし……。そのお礼よ、お礼。はいどうぞ」
エリスは若干照れながら、綺麗に丸く皮を剥かれたリンゴをレイドに丸ごと手渡した。
「いや、丸ごと!? せめて何等分かに切ってくれよ!」
「無理よ、まな板とかないもの」
エリスは一仕事終えた手をハンカチで拭き、自分の髪をかき上げる。
「あと捨てるのも勿体無いから皮も食べて頂戴」
「剥いた意味は!?」
エリスの一言一言にツッコミをいれるレイドだが、観念してリンゴを一口かじった。
「……あ、うまい。魔界にはいい食いモンが沢山あるな」
シャリシャリ音を立ててレイドの口へ入るリンゴはあっという間にその姿を消し、全てレイドの胃袋へと消えて行った。
「魔界の食べ物は確かに味はいいけど、その分人間界の者には害を及ぼす物もあるわ。アナタが風邪を引いたのも、直接的にはそれのせいね」
何食わぬ顔でそう言うエリスに対し、レイドはたらりと汗を流す。
「え……じゃあ今食ったリンゴも害なんじゃねーか? もう食っちまったけど」
「いえ、大丈夫よ。一度風邪を引けば身体に免疫が出来るの。言うなれば、魔界へ入る者への洗礼みたいなものだから」
「へー……成る程」
それを聞いて少し安心したレイドは、自分の右手のひらを見て何気無く握ったり開いたりする。するとエリスが突然、態度を少し変えて話を切り出した。
「それよりもアナタ、このままだと死刑になるわよ。そこの所、わかってるの?」
唐突に意味のわからない話を切り出すエリス。レイドは困惑してエリスを見た。
「はぁ? 何言ってんだいきなり」
レイドの言葉にエリスは手さげ袋から分厚い一冊の本を取り出し、押し付けるようにレイドに渡した。
「な……何だよ、これ」
レイドは困惑の表情のまま、本の表紙に記されている文字を読み上げた。
「『魔界法律全書』……?」
その言葉に、エリスがメガネをくいっと上げて目を光らせた。
「その本には、魔界の法律全てが記されているわ。そしてその中の275ページを開いて頂戴」
「275ページ……?」
レイドは言われた通りにそのページを開く。そこにはやはりというべきか、とある法律が記載されていた。
「第264条……『魔王保護法』?」
太字で書かれたその名称と、そこから2ページに渡り長ったらしく書いてある詳細は、正直読む気がしない。それを察知したエリスが簡潔にまとめてくれた。
「ええ、そうよ。要約すると、『魔王様を悲しませたり、泣かせたりしたら死刑』。アナタ、この法に違反しつつあるわ」
「はぁ? 何でだよ、意味わかんねーぞ」
本を閉じ、エリスに返す。それを受け取りエリスは続けた。
「ベル様は……アナタが風邪を引いたのはご自身のせいだと思っているのよ。ベル様にとって憧れであるアナタが風邪を引いた事……。その事に対して負い目を感じているベル様は今、元気をなくしているわ」
本を手さげ袋にしまい、エリスは椅子から立ち上がってレイドを見下ろす。
「もしこのままベル様の元気が戻らなければ、アナタ死刑よ」
「んな無茶苦茶な……」
レイドは半ば呆れながら額に手を当てた。
「そんなの俺には関係ないだろ。勝手にあのガキが落ち込んでるだけじゃねーか」
くだらない、と手を振るレイドだが、エリスは真剣に言葉を返した。
「……明日はベル様の誕生日なの。城の人たち皆が楽しみにしてるのよ。皆がベル様の為に一生懸命になってる。だから、ベル様には笑顔でいて欲しいの」
「…………」
エリスの言葉をレイドは黙って耳を傾ける。
「アナタが魔界に来た事は皆が歓迎してる。でも、これ以上ベル様を悲しませたりしたら、いくら温厚な皆でも黙ってないと思うわよ」
言うだけ言ったエリスは小さくため息をもらし、ツカツカと足音を立ててドアを開いた。そしてその帰り際にもう一言、レイドに言葉を送った。
「……だから一日でも早く元気になりなさい。ベル様も皆も、それを望んでいるわ」
「……キレ女……」
それを聞いて、レイドはエリスを呼び止めた。
皆が自分を心配してくれている……。人の暖かみに久しぶりに触れたレイドは、その気持ちを素直に言葉で表すのだった。
「……ありがとな」
左頬を人差し指で掻きながら、照れ臭そうにレイドは微笑む。それを見たエリスもまた、微笑んでから部屋を後にしていった。
________
「そうか……。早いとこ、この風邪を治さないとな……」
エリスが出て行ってから10分程経った頃だろうか。半分程度は体調が良くなったものの、やはり完全に治ったというわけではない。おとなしくベッドに伏したレイドは、その風邪を早く治そうと、目を閉じて眠りにつこうとした。
だがしかし、いざ眠りにつこうと思うと中々眠れないものだ。余計な事ばかり考えてしまって、逆に目が覚めてしまう始末。
そんな中でレイドも例外なく、とある考え事をしていた。
「魔王……魔界か……魔界は、邪悪な世界だと思っていた。けど、そんな事は無かった。下手したら人間界よりも平和な世界だ」
「魔王を倒す事……。それが人間界を魔界の恐怖から解放する唯一の方法だと思っていた。だがどういう事だ……? 人間界が思う『恐怖』って何だ……? 平和な魔界で、人間界を恐怖に陥れる事なんてそもそもないはずだ……」
「互いの世界で、見解の相違でもあったってのか……? うーん、どうも意味不明だな……」
「やはり1000年前に起きた『あの事件』が問題なのだろうか……一体何が……」
レイドがうとうと考えていると、ドアをコンコンとノックする音が聞こえた。ゾン吉、エリスに続き、誰かが訪ねて来たようだ。
「……勇者、入っていい……?」
「…………!」
ドアの向こうからの、恐る恐ると出したような子供の声。その声に該当する人物は、レイドの中で1人しかいなかった。
「この声は、ガキ……ベゼルか」




