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勇者魔王の日常冒険譚  作者: ゆーひら
【三界戦争編】
103/122

98. そんな世界

_______________




_____いつだったろうか。『彼』にその気持ちが芽生えたのは。




『わたしは、フィア。あなたは、だあれ?』




 1人の男の遠い記憶。そのほとんどを彩るのは、とある1人の女性の姿____。




『……綺麗なところ。こんなに素敵な場所があるのに、争いなんてしてはいけないわ』




『……大丈夫? 怪我はない?』




『あなたはやっぱり、もっと笑うべきよ。お腹の底から笑ったことってないのかしら?』



 ある時は森の中。

 またある時は洞窟の奥。



『いやー! 私も行くのー!』



 その男が生きた証の隣には、いつだって『彼女』がいた_____。



『言葉が話せるなら、きっと分かってくれるわ。そのために言葉があるんですもの』



『ごめんなさい……! 私のせいで……』



『ふふっ。あはははは!』



『私は……この子の成長を見届ける事が出来ないのが____何よりの心残りなの』



『ね……みんな。最後は、笑って_______』






_______________




「ぬぉあああああぁああっ!!!」



 浮遊島が揺れる。



 災害とも言えるレベルのその中心で、別世界にまで響き渡るような声が轟く。



『大魔王』サルタン_____。



 彼の全てを賭した覚悟の姿が、その場にいる者の目に焼き付いていた。


「な……なんだこれは……」


 炎にも似た禍々しい闘気のオーラが、まるで火山の噴火のようにサルタンから()()なく溢れ出る。


 創造神アドネーですら一歩たじろぐその光景には、最早何者も踏み込む事は出来ない。




『…………大魔王……!?』


 レイドもアドネーと同様だった。

 緑色の球体のお陰で動くことはかなわないが、身に感じる魔力の大きさに圧倒されている。


猿鬼王尽(えんきおうじん)』_____サルタンが解放したその力は、その姿は、レイドの見知ったそれとはおおよそかけ離れた、信じがたい代物だった。



 その頭上に表示された、強さの数値____『218000』。


 それまで負ったキズは塞がり、ドレッドヘアーだった髪は一本一本がほどけライオンのたてがみの様に逆立ち、2メートル程の巨体に相応しい剛腕には見る者を畏怖(いふ)させる漆黒の毛を纏っている。

 何より一番の迫力を感じさせるのは、口の両端、上下から覗かせる鋭利な4本の牙。



 見たことはない。

 だが、レイドは瞬時に察知していた。



 それは、1000年前の姿。



 争いが絶えず、混沌に満ちたかつての魔界での、頂点に君臨していたその姿……。『魔王サルタン』が、今ここに復活したのだ。



「素晴らしい……。まだこれ程の力を秘めていたなんて……」


 浮遊島の揺れは収まり、サルタンから流れ出る闘気のオーラも収束する。


 だがアドネーはそれでもブル、と震えを抑えきれないでいた。

 それが『武者震い』なのか、『恐れ』によるものなのか____それを確認する術はない。



 が。そこに『油断』は無かった筈。

 しかしアドネーは、反応を遅らせた。

 否、反応しきれなかったのだ。



「しゃあっ!!」



 サルタンが迫り来る、その見たこともない超スピードに。


「!!」


 一瞬の出来事だった。

 サルタンは姿を消したかと思うと、次の瞬間にはアドネーの眼前に。

 その首に迷うことなく噛み付き、喉笛を確実に捉えたのだ。



「!!? ッァ……!!」



 言葉を発せられないアドネー。そして、その本能が判断する。『このままでは死ぬ』と。




「っ……__っカァっ!!」


 余りにも突然、深刻な損傷に、アドネーは刹那思考を停止させるも、次の瞬間には黒く濁った白い目を見開いて、ありったけの魔力の塊をサルタンに向け噴出する。そうして魔力の大玉に直撃したサルタンを、無理やり引き剥がした。


 ()()りながも、魔力の大玉を受け流すサルタン。バッと再びアドネーに向き直ると、アドネーは左手で自分の首を抑えながら、右手をサルタンに向けて突き出していた。


「『……光槍(スピア)』!」

 辛うじて声を出せるアドネーの、掠れた声で発動する右手の槍攻撃。伸びて伸びて迫り来るそれを、サルタンは真っ向から立ち向かい、自らの拳をぶつけた。


「……オォォォォオ!!」


 サルタンは拳を振り切る。その単純な力比べに負けたのは、アドネーの『スピア』____。


「_____なっ……!?」


『スピア』を破壊され残ったのは、右腕の壊滅的な損傷。後方へと押し戻された右腕に引っ張られるかの様に、アドネーは体勢を崩す。


 そんな中で、再度迫り来るサルタンの巨体。彼自身の右腕も先程の『スピア』により大ダメージを受けているが、全くもって動じていない。理性すら失っているのではないかと感じられるその行動に、アドネーは確実に押されていた。


「くっ……『光銃(レイ)___」


 今の大魔王(こいつ)を、近づけさせてはいけないと。アドネーは思っているのだろう。だが、右腕のダメージ、バランスを崩されたことにより、狙いは定まらない。何より、今放とうとしている技の対処法は、サルタンに既に看破されている。



「がぁあああぁああーーっ!!!」


 サルタンの周りに出現した幾つもの次元の穴を、サルタンは自前の『声』により破壊する。至近距離でその攻撃を受けたアドネーにも、勿論ダメージは及ぶ。


「っは___!」


 耳から脳へと、甚大な衝撃を受けたアドネーは、正面に立つサルタンを防ぐ術なくさらなる追撃を許してしまう。


「だーーーーっ!!」


 腹部を殴り上げ、アドネーを宙に浮かすサルタン。


「っっぁ…………!!」

「どりあぁぁ!!」


 悶絶するアドネーを、更に殴って後方の瓦礫の中へと吹き飛ばした。




『…………!!』

 全てが規格外の攻撃……。

 あのアドネーが一方的にやられている。レイドはその光景を信じられないように見つめていた。




「どうじゃ……流石の貴様も、只では済むまい……!!」

 おぞましい姿へと変貌したサルタン。だが、その心にはどうやら意識が残っているようだ。その言葉遣いには確かに、穏やかだったサルタンの面影が感じられる。




「アドネー。貴様はここで……倒す!」



『スピア』を破壊した右腕を果敢に前に突き出し、宣言をするサルタン。

 その身体からは何やら白い煙のようなものが燻っており、圧倒的な強さの反面、異常な事態が発生しているようにも見て取れる。


「何故……! そこまでの力を持っていながら……今まで隠していた……!」


 アドネーは自らにかかる瓦礫を蹴りどかしながら、血反吐を吐く。


 サルタンの常軌を逸した力にも圧巻ではあるが、それを受け切りまだ意識があるアドネーも同等と言えよう。

 流石の創造神と大魔王。闘いの次元が違っている。そしてサルタンは、アドネーの問いに燦然(さんぜん)と答えた。


「言ったじゃろう。この命、全てを以て、貴様と共に消えゆくと!!」


 アドネーはサルタンの言葉に合点がいくかのように、瓦礫に腰掛けたままニヤリと笑う。

「はっ……! 成る程、捨て身の技という訳か……!」


 その力の意味を理解したアドネー。ただ1人分かっていないレイドは、サルタンに問うた。


『捨て身……!? どういう、事だよ……!』


 いや____本当はレイドも分かっていたのかもしれない。だがそれを自分の胸の内だけで止めておく事が出来なくて____サルタンの口から、『そうではない』という事を言って欲しかったのだろう。



 だが、サルタンは。


「今の儂の限界を遥かに超える、全盛期の力……! 恐らく、儂自身の身体が只では済まぬ」


 何ひとつ包み隠さずに。

 真実を告げた____。



「持ってあと『15分』……。それが過ぎれば儂は____死ぬ」



『……な……!?』


 真実とは、時として残酷なものだ。

 運命とは、どうしてこうも非情なのだろう。


 大魔王が死ぬ。

 いつだったか、レイドが倒した時とは違う____。


 そしてそれを止める方法は、もう何処にも存在しないのだ。





「くく、(おご)ったか、大魔王! あとたったの15分で私を倒そうなどと!」


 アドネーが身を(うず)める瓦礫に手を伸ばし、魔力を込める。

 すると瓦礫は一瞬にしてボンと弾けとび、粉々に砕けチリと化した。


「倒してみせるさ。今の『俺』は、お前の力を超えている」


 かたやサルタンに見られるのは、「姿」の変化。身に燻っていた白い煙がどんどん消えていくかと思うと、それに併せて少しずつ若返っていく。顔のシワが消え、目元がくっきりとし、先程までの禍々しい姿に加えて何処か威厳のある、若々しい魔王(サルタン)の____まさしく全盛期と呼ぶに相応しい姿がそこにあった。



 タイムリミットは、15分。

 しかし互いに逃げも隠れもしない。



「面白い……ならばやってみせろ!」


 アドネーは地面に左手をつけたかと思うと、その場を中心にして大円の黒い魔法陣を展開する。


「『光魔召喚(サモン)』!!」


 黒い稲妻が轟き、魔法陣を貫いたその時____。ズズズ、と空間を裂くようにして漆黒の魔物が現れた。


『ジアァァァ!!』


 全長5メートルを超える、鎌を持った巨大な鎧の魔物。感じる魔力は計り知れない。


「くくく……! この技は、私が創造した魔物『天魔』をこの場に呼び寄せる事もできる! そしてこいつは、2体いる最強の天魔のうちの1体! 『ディナミス』だ!!」


 アドネーは得意げに手を掲げ、ディナミスに命を下す。


「さぁ行けディナミス! 大魔王を討ち取って____」


『ジア___ァポ』


 だが、そこからディナミスの活躍が見られる事は無かった。


 素っ頓狂な声を出したかと思うと、次の瞬間その魔物はふたつに分かれて倒れこみ____その鼓動を停止させた。


「____……!」


 アドネーは驚愕していた。

 勿論ディナミスはひとりでに『そう』なったわけではない。空高く飛び上がり手刀を振り下ろした____サルタンによって倒されたのだ。


「あと10分……。時間がねぇ。ガキの面倒みてる暇なんざねぇんだよ!!」


 宙に留まっていたサルタンはフッと姿を消し、数メートル先のアドネーの前に再び現れる。そして無防備な右頬目掛けて、強烈な拳の一撃を繰り出した。


「がふっ……!!」


 アドネーは倒れない。

 なぜなら、サルタンが壊れた自分の右腕で彼の胸ぐらを掴んでいるのだから。


「アドネェェェ!!」

 全身をぶん殴り続けるサルタン。これもまた一方的だ。だがサルタンは知っていた。


 アドネーがこれしきの事で倒れる訳がないという事に。


「『……光調(シンクロ)』」


 ぶん殴られ続ける中、アドネーがポツリと、そう呟く。


 するとどうだろう。今までアドネーがサルタンに負わされたキズと同じ箇所、同じダメージが、サルタンの身体にも現れる。


「っ!!」


「『光生(ミューグレイト)』」

 次いでアドネーは黒く濁った白い瞳を覗かせ、サルタンのダメージを倍増させた。


「……っ!!」


「どう、だ……。自分自身の攻撃をその身に喰らうのは……。これで貴様も……」


「____それがどうした」


 サルタンはアドネーの言葉を遮り、ボロボロの右腕……その渾身の一撃を以て、アドネーを大地へと打ち付けた。


「っが……は、っっ……!!」


 アドネーは大地を2バウンドし、横たわる。

 互いの身体に刻まれた、かつてないまでのダメージ。それでもなお意識を失わないアドネーとサルタン。


「こんな(もの)で争いあって、貴様はそれで満足か……? アドネー」


 サルタンは拳に力を込め、震える声で言い放つ。


「意味もなく命を奪い合い、壊し喜ぶ事が! 貴様の愉悦なのか、アドネー!!」


「……随分と、的外れな事を……。だいぶ、あの女に毒されているようだな、お前たち悪魔は」


 アドネーはよろりと立ち上がり、左腕を横に振り払った。


「私が『創造』したのだ! 悪魔を! 天使を、人間を! 『それ』がお前たちに眠る本能! 逃れられない事実なのだ!」


「違う!」


「違くないさ! 現にお前は何をしている!? 憎しみに満ちたその力を、今何に使っているというのだ!!」


「アドネー……!」


「私には、『創造』し、『破壊』する権利がある。『創造と破壊』……その2つがあってこそ、この世界は存在意義がある」


「そして……私の創造物であるお前が、私に逆らっていい道理など何処にもない!!」


 そうしてアドネーは手をかざす。しかし、その矛先はサルタンではない。


 アドネーの瞳の先にいるのは____。



「っ!!」


____勇者レイド。突然レイドを捕らえていた緑色の球体が光となって消滅し、レイドを解放したのだ。


「勇者……!」


 サルタンは察する。今レイドを解放する事に何の意味もないことを。裏を返せば、アドネーが何の考えもなくレイドを解放するはずがない。つまりこれは____。


「見ろ……! 破壊とはこういう事だ」


 アドネーが狂気に満ちた表情で、レイドに魔力の玉を放つ。

 レイドは先の闘いにより重症。身動きひとつ取れない状態だ。そんな状態で攻撃を受けたりでもしたら____。


「くっ___」


 レイドには、只迫り来る『それ』を睨みつけることしかできなかった。指一本動かすことも叶わず、『シーカー』も開けない。そして、レイドにその攻撃が当たった時____。




 否。当たる寸前。



 サルタンが身を(てい)して、動けないレイドの盾となった。


「…………がはぁっ!!」


 高密度の魔力の玉を身に受け、吐血するサルタン。


「____だ、大魔王……!!」


 レイドは驚愕して声を絞り出し、叫ぶ。

 その光景に、アドネーは狡猾に笑った。


「くくく、こいつは思わぬ収穫だったな。そんな死に損ないを助けるなどと」



 アドネーは初めから分かっていたのだ。

 いざという時、サルタンはレイドをかばって盾になると。

 その為にレイドを閉じ込め、利用したのだと。



「……あ……」

 レイドは声にならない声を漏らす。

 自分のせいでサルタンに余計なキズを負わせてしまったこと……。その事実が、レイドの心を侵食していく。


 ……だが、それでもサルタンは____。


「……すまんのう。こんな事に、(ぬし)を巻き込んでしもうて」

 恨むどころか負の感情ひとつ持ち合わせず、レイドに回復の魔法をかけた。


 大魔王による回復魔法____。だがそれはあまり得意ではないのか、ほんの小さな弱い魔法。しかしそれにより、レイドは何とか立ち上がれるくらいまで回復する。


「……!」

 レイドが立ち上がると同時に、サルタンは片膝をつく。だが何故か……サルタンはレイドにかけた魔法を自分には使おうとしない。



「なんで、だよ……! 大魔王……! なんで俺なんかを……!」



 レイドが必死にそう問いかけると、サルタンはニコリと笑って口を開いた。



「のう、勇者よ。(ぬし)は……魔界が好きか?」



「は……?」



「今日も……いい天気、じゃった。儂は、魔王城から眺める景色が好きじゃ。花も、木も草も……風も、(みな)と過ごす日々も……どうしようもないくらいに愛おしくて堪らん……。儂が……フィアが夢見ていたのは……今の魔界。そんな……世界じゃ……。」



「なんだよ……。なんだよ! なんでそんな事、俺に言うんだよ!」



 分かっていた。

 レイドは、その言葉の意味が。

 サルタンの意志が。



 目に涙を浮かべながら、それでもレイドは、自分を守ってくれたその大きな背中に、言葉をぶつけていく。



「なぁ……おまえ、死ぬなんて嘘だろ? どうせ、またいつもみたいにヘラヘラ笑ってんだろ? だってよ、俺に倒されたときだって……お前は無事だったじゃんか。最強の魔王なんだろ……!? お前は……!!」



「……時代というのは、移りゆく。儂の役目はもう、終わりなんじゃ……」



「そんな……んなワケ、ねぇだろ! ベゼルは……!? 他のみんなは! どーすんだよ! みんな、アンタの事頼りにしてんだぞ!!」



「俺だって、まだアンタを倒してねぇ! 言ったろうが、アンタは、俺が、俺が……」



「ふはは。アイツらなら、大丈夫じゃ。もう儂がいなくとも、やっていける……。そして、安心せい」



「勇者よ。(ぬし)は儂より強くなれる。そして皆の未来は……儂が守る」



「……!!」



 サルタンは振り返ると、笑った。



____心は、(みんな)の所へ。



 そして一歩、また一歩と踏み出し……。



 最後の闘いへと、未来を守る闘いへと、勇ましく向かっていた。




「話は終わったか? 大魔王」


 アドネーは黒い瞳を覗かせながら笑う。


「これが最後だな……。どちらかが死ぬまで終わらない。憎しみと怒りに満ちた、最後の勝負だ!」


「アドネェェェ!!」


 2人は互いに取っ組み合い、力を拮抗させる。


 憎しみと怒りに満ちた、最後の勝負____。だがその中でサルタンから出た言葉は、これまでの闘いを覆す、衝撃の一言だった。


「アドネー! 俺は確かにお前が憎い……! だがな、そんな事をしても、フィアは喜ばねぇ……」


「アドネー……! 俺はお前も救いてぇんだ……!」


「は……?」


「なぁ……。お前は『涙』を流した事があるか……?」

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