97. 最後まで
『な、っんだ……こりゃあ!!』
緑色の球体の中に閉じ込められたレイド。外へ伝う彼の声質も、球体により鈍くなる。人ひとりが辛うじて入る程の狭さから、剣を振るうこともできない。何より球体のもつ不気味な弾力から、並大抵の攻撃では傷ひとつつかないだろう。アドネーは、その事実を理解したレイドを見て、改めて伝えた。
「出られないだろう? それは牢屋みたいなものさ。君はそこから出ることは勿論、攻撃する事も出来ない」
『ざけんな! 出しやがれ、コラぁ!』
レイドは内側から球体をバンバン叩く。だが球体はプルプルと揺れるだけで、 レイドを外に解放しようとはしない。
「私が解除しない限りは、君は永久にその中だよ。ふふ、でも心配しなくていい。暫くしたらそこから出してあげる」
アドネーは振り返りざまにそう告げると、サルタンの元に歩きながら続けた。
「……大魔王との闘いのあとで、ね」
『…………!』
その時、レイドは実感した。
アドネーは初めから、自分など相手にはしていなかったということを。
再三アドネーが自分に浴びせてきた言葉が、紛れも無い真実なのだと。
『人間』がどう足掻いたところで、『神』に抗える筈もない。
そのたったひとつの事実が、全てだったのだと。
視界の外へと消えていくアドネーを追うことも出来ず、レイドはただ、一点を見つめる。
その思いの内には絶望もあるだろう。消失もあるだろう。
だが、それ以上に。
サルタンと一緒に闘う資格がないこと____。その思いが、レイドの胸に突き刺さっていた。
「さて、大魔王。これで邪魔者は居なくなった。続けようじゃないか、私たちの闘いを」
レイドを退け、アドネーはサルタンと対峙する。
すぐ側にいるレイド____。だが、その『遠さ』は距離とはまた別の次元にある。サルタンはレイドをチラリと見て、再びアドネーに視線を戻す。その口は何か考え事をするかの様に、静かに閉ざされたままだ。
「…………」
「どうした、大魔王? まさか、勇者がいないと闘えないというわけでもないだろう?」
アドネーは挑発するかのようにため息をつく。
互いの視界に入るのは、互いだけ。真っ白な大地で緊迫の糸を張り詰めながら、君臨するのはその2人だけ。
「アドネーよ。貴様もやはり、昔から変わらんのう」
だが何故だろうか。ボロボロのサルタンに最早勝ち目はないはずなのに、彼の落ち着きぶりからはまだ余裕が感じられる。
そしてアドネーも。目の前の敵にひとつの油断もせず、どこか探りあいながら、嵐の前の静けさを放つ。
「ふふ、当たり前だ。君とこうして闘えることを楽しみにしていたのだから」
「ふはは。……哀れな奴じゃな、アドネー」
アドネーは、サルタンのその言葉にピクリと眉を動かした。
「……どういう意味だ?」
場の静寂を翻すように、アドネーは過剰に反応する。
どういう意味か。それはそのままの意味だ。真意は定かではないが、それがサルタンの思うアドネーのすがた。そしてサルタンは、そんなアドネーを見て僅かに口角を上げた。
「少なくとも、儂は変われたよ。貴様はいつまで、同じ場所を向いとるつもりなんじゃ」
遥か昔より続く因縁があるからこそ、出てくるであろう言葉。この場において挑発されたのは、逆にアドネーの方だったのかもしれない。
「……まぁ、いいだろう。これから消えゆく者の戯言など、取るに足らないことだ」
手に白いオーラを灯し、アドネーは目つきを変えた。
再び相対するアドネーとサルタン。
一方で____それを只見ることしか出来ない、勇者レイド。
緑の球体の内側に手を貼り付けながら、やり切れない表情で様子を伺う。
『っ……! 大魔王……!』
「勇者よ、そこで休んでおれ。なぁに、心配いらん」
サルタンはそんなレイドに、力強くも穏やかな口調で告げた。
「此奴は、儂が倒す」
そうしてレイドと目を合わせることを最後に、サルタンはアドネーと向かい合う。
そこに出来上がった構図は、サルタンとアドネーの一騎打ち。
レイドはその悔しさを拳に込め、壊れることのない球体にぶつけた。
『……くそっ! 何で、何で俺は……!』
____何で俺は、一緒に行けないんだ……!!____
「さて、これで心置きなく闘えるだろう?」
アドネーはバックステップで大きく後ろへ下がり、白いオーラを灯した手をサルタンにかざした。
「見せてくれよ、君の本気を!!」
ここからが本番とでも言いたげな表情で、サルタンの周りに幾つもの次元の歪みを展開させる。
「『光銃』!」
先程までの小さな歪みとは違う____。ひとつひとつが2倍程の大きさにまで増幅されたそれは、サルタンの四方八方を囲むように埋め尽くす。
そこから光線が放たれようものならば、只で済むはずがない。それは先に同じ攻撃を受けたサルタン自身の身体のキズが証明している。
だが、大きさは違えど、同じ技である事に変わりはない。故に一度その身に攻撃を浴びたサルタンは、既に対策を講じていた。
「ぬらぁ!!」
それは、単純明快。
光線が放たれる前に、次元の歪みそのものを破壊してしまえばいいだけの事____。サルタンは目にも止まらぬラッシュで、周囲に散りばめられたそれを一撃で破壊していった。
「ふん!」
そして最後のひとつだけを残し、なんとサルタンは歪みに向けて腕を突っ込む。バキリと鈍い音を立てて軋んだ歪みは、サルタンの腕を吐き出す別の『出口』を創り出す。____いや、サルタンが強引に創り出した。
それはさながらワープトンネルのように____、次元の歪みを通じて、遠くに構えるアドネーの眼前に自らの腕を出現させた。
そして、サルタンの拳の勢いはまだ死んでいない。腕だけをアドネーの元へ瞬間移動させたサルタンの拳は、確実にアドネーの左頬を捉え____奇襲の一撃によりアドネーにダメージを与えた。
「……っ!!」
思わず仰け反るアドネー。サルタンは「ふんぬ」と腕を引き、次元の歪みは消滅する。
キズだらけのサルタンの比ではないが、これまでにアドネーもサルタンによって幾分かのダメージは受けているはず。それなのに疲れを見せないアドネーの実力というのは、本当に底知れないものなのだろうか。
「はは、『魔力に干渉できる拳』……未だ健在ということか」
アドネーは体勢を戻して腕で口周りを拭う。
「どうやら君と距離をとって闘うのはあまり良くないみたいだね」
「ふん。ならばかかってくるがよい。ぶん殴ってやるからのう」
「それじゃあ……そうさせてもらうよ」
そう言って、アドネーは接近戦へと戦法をシフトさせ、手刀を構えてサルタンに向かって突撃する。
「はぁ!」
手刀を腕で受け止めたサルタンは、アドネーの両足を払う。
「!!」
バランスを崩したアドネーへと振り下ろされる、強烈なサルタンの拳。
アドネーは腕をクロスさせ、その一撃を受け止める。
だが、その衝撃までは受けきれない。背のすぐ直下の大地へ伝わる衝撃____。しかしアドネーはバリアを展開し、その衝撃を緩和した。ズンと大気が揺れ、サルタンの拳を受けきったアドネーは反撃に出る。
「『光槍』」
流石のアドネーも、単なる腕力勝負だけならば分が悪い。右手を円錐形の槍に変化させ、サルタンの拳を弾くように薙ぐ。対してサルタンは直前でそれを察知し、腕を引いて一歩下がった。
その後を追って、アドネーは『スピア』による連続攻撃を繰り出す。サルタンは尚後退しながらそれを回避。防戦一方の状態が続く。
そんな中で繰り出された『スピア』の突き攻撃____。サルタンはそれを待っていた。
後退していたのは逃げるためではなく、ある『目的のもの』の場所までアドネーを誘導するため____。そして今まさに2人がいるのが、その『目的』の場所。
サルタンのすぐ左にあるのは、『半壊した石柱』。
「ぬぅあ!」
それをボゴッと引き抜き盾にして、『スピア』による突きを受け止めてガードする。
「……っち___」
アドネーの『スピア』は眼前の石柱を貫くこと叶わず、半分ほどまで突き刺さる。そして____容易くは抜けない。
一旦『スピア』を解除して、元の腕に戻すアドネー。しかし、それが『隙』だった。
サルタンはすかさず石柱をぶん殴って砕き、無数の石つぶてをアドネーにぶつけた。
「くっ……」
思わずアドネーは目を瞑り、石つぶてから眼を守る。
「おやおや、ちと油断しすぎじゃあないかのう!?」
一転攻勢、サルタンの狙いはこれだった。一瞬の判断と油断を欠片も逃す事なく、アドネーに闘気を乗せた一撃をお見舞いしていく。
「っ……!」
一撃、二撃、三撃と、確実にアドネーを捉えていくサルタンの拳。その威力は、間違いなくこの世の頂点に君臨する凄まじいもの。それを身に受けるアドネーに、回避する術はない。
「ぬぉおおぉおお!!」
そして四撃目が入る____その瞬間。
サルタンの視界に入ったのは、殴られる中でそれでも此方を見続ける____アドネーの『瞳』。
「っ!!!」
それを見た瞬間、サルタンは硬直した。
いや、そうではない。
硬直『させられた』のだ。
あまりの冷徹な眼差しに、その迫力に。
先程まで優勢だったサルタンが、一瞬『地獄』を垣間見たかのように。
互角の闘い、だったはず。
サルタンが一歩、押していたはず。
それは大きな誤解だった。
遠目に見ていたレイドにも全身で感じられる。
「……ふふ、ふふふ。此は流石に、痛いな……」
創造神アドネーは____この場においても。
「だが、忘れたか? 『サルタン』」
この場においても……全力を出してなど、いなかったのだ。
「私は……『神』だ」
サルタンと、レイドの身体が震える。
その半分を占めるのは____『恐怖』の感情。
白く輝くアドネーの根底から覗くのは、死神のようなどす黒く濁った輝き。
彼の目の色は、それを象徴するかのように闇に染まっていた。
そしてその瞳が今一度黒く輝いた時____。
サルタンは『見えない何か』の攻撃を受け、腹部に損傷を受けた。
「がっ……!!」
『大魔王……!』
レイドが、閉じ込められた球体の内側から叫ぶ。
レイドにも見えなかった。今のアドネーの攻撃が、一体何なのか。
そして、その直後。
レイドにも異変が訪れる。
『っ!? ぐぁっ……!!』
突如として、レイドに走る激痛。それは全身から蠢くように発生し、身動きできない程のダメージ。
サルタン、レイドを襲う『見えない何か』による攻撃。その正体は、2人を嘲笑うアドネー本人の口から聞かされた。
「ふふふ……。どうだい、身体の痛みは? でも不思議だろう? その痛み、何処かで味わった事ないかな?」
アドネーの言葉で、2人は気付く、
サルタンへのダメージ……。それは腹部だけでなく両腕、そして背中にも感じられている様子。
かたやレイドは深刻だ。身動きひとつ取れない程に、全身にダメージを浴びている。
それは2人にとって、一度体験している痛み。
痛みを感じるのは、今日の闘いにおいて負ったキズの箇所____。
「『天生』。今から24時間以内に付いた君たちのキズの痛みを倍にして『創造』した。どれだけ並外れた回復能力を持った者でも、この力の前ではなす術なく倒れていくだけだ」
「がああぁぁぁあ!!」
『ぐあぁ……っが、は……!!』
サルタンとレイドは只々、痛みの大きさに比例して叫ぶ。
特にレイドに至っては、今日1日で幾つもの敵と闘ってきた。その痛みは測り知れるものではない。
やがて、『天生』による攻撃は静まる。レイドはもう、その場から身動きひとつ取る事もできない程の疲労を負っている。
しかしサルタンは……まだ、辛うじて両の足で、立ち上がっていた。
「ぜぇ……ぜぇ……」
「ふふふ、やっぱり凄いな、君は。この技を受けて立っていられたのは、君が初めてだよ」
アドネーは黒い瞳で微かに笑うと____
「まぁ、この技を受けた事があるのは君たちが初めてなんだけどね」
そう付け足して、片膝をつくサルタンを見下ろした。
「……もういいだろう。決着はついた。君の負けだよ、大魔王」
「まだ、じゃ……」
サルタンは半ば意識が途切れそうになりながらも、アドネーの服を掴む。
「まだ、終わっとらん……」
「……大魔王。もう終わったんだよ」
アドネーはそう言って、サルタンを弾くように殴る。吹き飛ばされたサルタンはレイドが捕らえられている球体に直撃し、その場に倒れこんだ。
『……う、だい、まおう……』
レイドが微かな意識の中で、口を動かす。それがサルタンに伝わっているのかはわからない。だがサルタンはそれに励まされるかのように、揺るぎない意志と共に、確固たる覚悟を持って今一度立ち上がった。
「ふはは……。終わっとらんよ……。まだ、……倒れるわけには、いかんのだ……」
そしてサルタンは、ふいと、レイドの方へと視線を向けた。
「勇者よ……まだ、主がいる。」
『え……?』
「これからの魔界を、世界の未来を。そして我が息子を……任せたぞ」
サルタンは、いつものように、穏やかに。「ふはは」と笑った。
『な、何だよ……! 何、言って……』
レイドには、分からなかった。
サルタンの言っている意味が、その真意が。
____分かりたく、なかった。
サルタンはアドネーに向け、両拳を胸の前であわせてて言い放った。
「アドネー。これから見せるのは、かつての儂の姿……。もう2度と晒すまいと決めた、あの時の力じゃ」
サルタンの拳に、全身に、闘気のオーラが灯る。
それは存外信じられないくらいの、膨大な闘気。
力強くも何処か優しさのこもる、赤く猛々しい闘気。
「この命、全てを以て、貴様とともに消えゆこう!!」
サルタンはその言葉と共にドレッドヘアーの髪を逆立て____
「『猿鬼王尽』!!」
____1000年前の、『魔王』の姿として。
アドネーの前に立ちはだかった。




