95. 創造神、ひとり笑う。
祝。
通算100話。
「命に代えても……か」
アドネーはゆらりと立ち上がり、口角を上げる。
「つまらない事を言うなよ。君と遊ぶのは私のいちばんの楽しみなんだから。楽しんで楽しんで____そして、『壊れて』くれないと」
両手を広げて浮かべるのは余裕の表情。それに対してサルタンは再び、拳を振り下ろした。
「ぬん!」
突き出された拳をアドネーは腕のガードによって受け止める。周囲に轟音が響くとともに、その片膝を地につけた。
「いつだったっけなぁ。フィアが魔界に落ちたあの時……。あの時が、私が味わった初めての『絶望』だった」
アドネーは語りだす。
それは、昔の記憶の話。
1000年前の、『あの時』の話。
「だまれ」
それを耳にしたサルタンは、僅かに顔を怒りの表情へと変える。
同時に拳に徐々に力が込められていき、ガードするアドネーの足を大地へと沈めていく。
その戦況はサルタンの優勢____その筈だが、アドネーに焦りの様子は全く見られない。
「でも今となっては感謝しているんだよ? そのお陰で、素晴らしい『完成品』が出来上がったんだから」
「……だまれ」
サルタンの心を掻き乱す言葉。
大地にピシピシと亀裂が入り始め、沸々と湧き上がるサルタンの怒りに大気が震える。
「思えば彼女が張った『結界』も、私が私自身を止めるいい薬になっていたのかもしれないなぁ。本当に彼女は良く出来た_____『失敗作』だったよ」
「黙れぇぇぇええ!!!」
滅多に大声をあげないサルタンの、耳を塞ぎたくなるほどの怒号。その腕に込められた強大な力で、アドネーは押しつぶされそうな勢いだ。
だが____。
「くくく……馬鹿げた力だね、大魔王。だけど……」
アドネーはそれでも、余裕の表情を保っていた。
「周りはよく見なきゃダメだよ」
その言葉でサルタンは気付く。
自らの周囲を囲むように、小さな次元の歪みの穴が点在していることに。
「!!」
咄嗟の判断で、サルタンは腕を次元の歪みと自分との間に引いてガードの構えを取ろうとする。しかし、間に合わない_____。
「『光銃』」
アドネーの声をトリガーに、次元の穴から幾つもの光線がサルタンに向けて放たれた。
「_____っ!」
熱を持ったそれは、サルタンの全身を灼くかの如く降り注ぐ。流石のサルタンも、この集中砲火には一歩足をよろめかせた。
しかし____アドネーの攻撃は終わらない。
「『天喰』」
隙を見せたサルタンに、アドネーは手をかざす。
それとともにサルタンの足元から出現したのは____鋭利な牙を宿した『巨大な魔物の口』。
口は絵から飛び出るかのように大地から顔を出し、サルタンを丸ごとガブリと飲み込んでしまった。
一瞬の出来事。
2つの技の発動から攻撃終了に至るまで、3秒としてかかっていなかっただろう。それ程までにあっという間に、サルタンはなす術なく姿を消されてしまったのだ。
「ふふ、最後は割と呆気なかったね、大魔____」
そこにある、アドネーのひとつの誤算。
それさえ無ければ、勝敗はここで決していたのかもしれない。
「でりゃあぁぁ!!」
突然アドネーの耳へと入ってきた、その声。
その声はアドネーの正面、サルタンを食らった『天喰』の向こう側から聞こえた。
それと同時に『天喰』は上下半分にズレるように斬られ、消滅。光の粒となって消えていく『天喰』の中から、地に膝をつけたサルタンが姿を現した。
「大魔王! 大丈夫か!!」
サルタンを助けたのは言うまでもない、勇者レイド。
ジンとの闘いを終わらせた彼が、助太刀に来たのだ。
「勇者……」
駆け寄るレイドに、サルタンはゆっくりと立ち上がる。両腕を中心に受けた『光銃』の傷痕……。最早腕を使った技は使うことは出来ないだろう。
だがそれもレイドが来たことによりカバーできる。何より、2人揃ったという事実はこれ以上ないくらいに戦況を好転させる筈だ。
「……分をわきまえろ、『人間』。この闘いは君が入り込んでいいものじゃあない」
レイドの登場をよく思わないのか、アドネーは冷酷に言い放つ。
「へへ……やなこった!」
だがレイドはそんなアドネーに対して剣を振り、一歩引かせて距離を取る。そして視線をそのままに、傍で弱るサルタンを一喝した。
「……ったく、何やってんだよ大魔王! アンタ俺に言ったじゃねぇか。『気をしっかり持て』って! アンタがそんな調子でどうすんだよ!」
恐らくそれは、人間界での一場面の事。あの時と立場が逆転するかのように、今度はレイドがサルタンを鼓舞しているのだ。
急のことで面食らうサルタンを見ずして、レイドは続ける。
「ちゃんと前見ろ、この野郎! 俺とアンタ、2人でならアイツにだってきっと勝てんだからよ!」
サルタンのキズ……。背には弾痕、腕には熱線による火傷。そして微かに貫かれた、左の脇腹。
誰が見ても分かる。その男のダメージの大きさを。
だが、それはレイドも大概だ。ジンとの闘いにより、その身体は疲弊しきっている。
それでも……。倒さなければならない相手がいるのだ。ボロボロになっても、何としてでも、勝利を勝ち取らなければならない闘いが。ここで弱音を吐いている暇など微塵もない。虚栄でもいい、此処が今。気張るところなのだ。
2人でなら勝てる____。その言葉に、アドネーがピクリと反応する。眉をひそめて目を一度閉じ、ゆらりと光の魔力のオーラを身に纏い始めた。
「どうやら……少しばかり思い知らさなければ分からないようだ」
そのオーラは文字通り、目に見えた『闘気』……。レイドの登場から気分を損ねたアドネーは、先程とは違った雰囲気を醸し出して2人の前に立ちはだかる。
相手は完全なる格上、『創造神』。
だがこの絶望的な状況においても、サルタンはいつもの如く笑った。
「ふはは……。ふははははは!」
レイドの言葉を然と受け止め、その顔に迷いは消えた様子。
多少ダメージを負った身体でもお構いなしに、響くほどの笑いを吐き出した。
「な……なに笑ってんだよ、大魔王? 頭でも打ったか?」
「ふはは。……勇者よ。待っておったぞ」
「は……?」
ヤンキーな風体をしたその男はレイドを見て、したり顔で歯を見せる。
「今この時。この時代。そして、3年前に……。主がやって来ることを、本当に待っていた」
「…………」
ドレッドヘアーの大魔王。
レイドの眼前のその男もまた、倒すべき相手。いわば宿敵。
いや……今はもう違う。
『魔界』を、『悪魔』を知ったレイドにはもう、その思いは消えていた。
____世界を破壊せんとする元凶アドネー。
2人に立ちはだかるこの男こそが、真に倒すべき相手なのだ。
「勝つぞ、勇者。そして帰ろうではないか。儂たちの世界へ」
「……たりめーだ!」
ボロボロの2人は、アドネーに向けて構えをとった。
「『光盾』」
アドネーは自身に半円のバリアを展開し、乗り物のようにして宙に浮く。
それを見てレイドも『シーカー』から剣を取り出した。
「『風剣』!」
空を飛ぶ相手には、同条件で闘いを挑む。それが定石だ。レイドが今装備しているのは、右手に風剣ウィム。そして、左手に水剣アナライズ。
「大魔王、アンタ飛べんのか?」
「ああ。大魔王じゃからな」
レイドの言葉にそう返すと、サルタンは背中から黒い翼を生やして羽ばたかせる。そうしてバッサバッサとさして気にもとめず、空へと身体を浮かせた。
闘いの舞台は空中へ。
アドネーはそっと、手と手の間に空間を作り、光の球をレイドとサルタンに向けて飛ばした。
「『計測』」
飛ばされた球は猛スピードで2人に迫り来る。そしてそれぞれの左胸から体内へと入り込むと、2人の身体を淡く発光させた。
「っ!? な、なんだぁ!?」
いきなりの攻撃に驚くレイド。だがその攻撃は何故か痛みを感じないのか、全く平気な様子。それどころかアドネー自身もその光に包まれているではないか。
そしてその光の球の意味が、アドネーの口から説明される。
「ふふ、そう身構えるなよ。この技は、対象の強さを数値化する。レイド、君の強さは『4700』みたいだね」
発光が治まったレイドの頭上に現れたのは……『4700』という謎の数字。それが意味するものは先のアドネーが言った通り。どうやら、ひとりひとりの『強さ』の総合力を数字として現すものらしい。
「そして大魔王は……『5500』か。やるじゃあないか」
サルタンの発光も治まり、頭上に『5500』の数値が表示される。それを見てレイドは少しばかり悔しそうな顔をするが、直ぐに我に返ってアドネーを指差した。
「テメーは幾つなんだ、アドネー!」
アドネーの発光はまだ続いている。故にまだ数字が表示されていない。
だが、アドネーはレイドの問いに対してあっけらかんと答えた。
「私かい? 私の強さは『3000』だよ」
直後、アドネーの発光が____いや、アドネーの姿が消える。
瞬間移動にも近い超スピード……。刹那、アドネーはレイドの目の前まで移動し、その腹部に拳の一撃を食らわせていた。
「っが……!」
レイドの声にならない声。アドネーは加えて、すれ違いざまにレイドに耳打ちした。
「ああ、ごめんごめん。見間違えたよ。……『30000』だった」
30000_____それは、およそレイドの6倍以上もの数値。普通に考えてレイドが真正面から挑んで勝てるものではない。今の一撃を身に受けたのも、純粋な力の差によるものの結果だろう。
だが……それを聞いて尻込みする彼ではない。
むしろこの窮地に於いて、レイドはそれを聞いて、____ニヤリと笑った。
「……そーかい」
笑う理由。それは決まっている。
それはこの土壇場に至っても、諦めない心意気から来る『一種の病気』みたいなもの。
そして、それでも自分の強さを疑わない真っ直ぐな『意志』。
それに呼応するかのように、『水剣アナライズ』が一瞬輝き、その能力を発揮させた。
「じゃあ俺のも『見間違い』か!?」
それは『水』____。レイドの全身が水となり、溶けて姿を消したのだ。
そう、今アドネーの一撃を受けたレイドは、いわば水による分身……。本物のレイドは____。
「!!」
____アドネーの背後に。
勢いと力を込めた蹴りの一撃で、アドネーを大地へと叩きつけた。
「『22400』か……。くそ、まだ全然届かねー」
レイドは頭上に浮かぶ強さの数値をむんずと掴み、確認する。
アドネーの強さは『30000』……。遠すぎるとはいかないまでも、まだまだ大きな力の差が両者にはあるという事を証明している。
「悔しいけど、やっぱ俺1人の力じゃ倒せそーにないわ、アイツ。だから……アンタも本気出せよな。俺より強えんだから」
サルタンの頭上に浮かぶ『5500』の数値。
それが今の状態を含めた上での総合的な数値なのかは定かではないが____。
「ふはは。言われんでも……」
サルタンは一気に闘気を解放し、ズゴーンと数値を急上昇させた。
「言われんでも、そのつもりじゃあぁ!」
目まぐるしい速度でリールのように数字は変化し____その数値が指し示したのは、『27600』。
かろうじてアドネーには及ばないが、十分渡り合えるレベル。それどころかレイドと合わされば、確実にその総合力はアドネーの『30000』を超えている。
レイドとサルタン。2人の共闘で、僅かに戦況に光が差す____。
「ふふ。まだまだ『計測』じゃ測りきれない……」
その時アドネーは叩きつけられた地面から立ち上がり、ひとり笑う。
「私も……少しだけ本気を出すとするか」




