四章 ゼノンの悲哀
絢爛豪華な王宮のとある一室。
私はソファに深く腰掛け、ある一点を見つめて口角を上げていた。
そこからは、懐かしく、嬉しくない気配がしている。
極力柔らかく微笑んでみる。けれど、きっと攻撃的なモノになっているだろう。
対外的な笑みは誰もが見惚れる美しさを持つけれど妙に恐ろしい、と新しい側近に言われたから、取り繕うべきではない今、威圧するモノになっているはずだ。
けれど、そちらの方が都合がいい。気を抜いてはいけない相手だから。
砂のような黒いモノが集まってくる。それは、次第に靄のようになり、やがて人形になった。
「やあ、なかなかいい夜だね。こんな日は月見に限る」
人形は愉快でたまらないというように、フヨフヨ浮かんでいる。
人形は生前から私を月に見立てることが多い。それは、褒め言葉のように聞こえるけれど、紛うことなき嫌味だった。
人形は、月光を儚く弱々しいと評し、私を月であると言う。私を弱い人間だと言いたいかのように。
そして、私がそう言われることを厭うているのを知っているから人形はわざわざ口にする。性格が悪いと言わざるを得ない。
私は聞き慣れたその皮肉に反応を返さなかった。
そもそも儚く弱々しかったのは幼い頃の話だ。今でもそう称されるのは腹立たしいけれど、現在の自分はしっかりと立てている。だから、気にすべきではない。
そんなことを思いながら人形を観察する。
相手をやり込める算段をつけようとしてしまうのは、、!昔から揶揄われ続けた弊害だ。それよりも相手を有効活用する方法を考える方が余程有意義なのに、未だに相手に苦い顔をさせる方法を考えてしまう。そんな自分に私の方が苦い気持ちになった。
そんな私を煽るように、人形はクルクルと舞う。
どこまでも無防備なその姿に、子供の頃から進歩がないと言われているような気がした。警戒する必要を感じないと言外に言われているのだろうから。
「君にそんな風流な趣味があったなんて知らなかったよ」
変わらず笑みを浮かべたまま、感情を乗せずに言葉を返す。
思いの外、冷たく響いた声はこの場の空気を重くする。きっと相手がこの人形でなければ、口を開くことは出来ない雰囲気だっただろう。
けれど、人形はそんなものに気圧されるようなモノではない。それどころか、さらに煽るように話してみせる。
「言うようになったねぇ。昔のように怒らないなんて、面白みのない男になったものだ」
人形は短い両手で体を抱きしめ、くるりと一回転する。
どこまでも人を虚仮にするような言動が私にふつふつと沸く苛立ちを抱かせる。
「……いつまで、そんなふざけた格好でいるつもりだい」
刺々しさが滲む声音になってしまった。
さっきまでのように感情を削ぎ落としたつもりだったのだけれど、苛立ちを殺し切ることが出来なかったようだ。
「おや、育ちのいいお坊ちゃんにこの姿は少々刺激的過ぎたかな」
人形は揶揄うように言って霧散する。
その時動いた空気に、煌々とした光に照らされている自分の銀髪が揺れる。目の端で動いたそれに一瞬気を取られた隙に、黒い砂のようなモノから靄になり、やがて人の姿を形作った。
私は人形が完璧な人間になり切る前に、懐にあったナイフを投げた。それは、人型の靄を通り抜けて壁に刺さる。
「王太子殿はせっかちであらせられるようだ」
ケラケラと笑う声がした後、人間が現れる。それは、波打つ黒髪を持ち、真紅の目をした年若い女だった。
いかにも魔女然としたこの魔女は、まるで自室であるかのように私の前のソファに腰掛ける。
「攻撃されるとわかっていて来た癖によくいうね。私と君は楽しくお茶を飲む間柄じゃあないだろう」
「そうだったかい。いやあ、あまりの熱さに忘れてしまったよ」
自身が火に炙られたことを平然とネタにして魔女は嗤う。
そういうところが魔女らしくて嫌いだと私は小さく眉を寄せる。
そんな私のことなんて気にもせずに、魔女は背もたれに体を預けリラックスしている。その姿は敵地にいるとは到底思えなかった。
害されるとは微塵も思っていない姿にさらに眉がよる。この魔女は私が国に益になるかどうかで動くことを熟知していた。
「バケモノが」
鋭い目で魔女を射抜く。
こんな歪なモノを好きだとのたまう弟が全く理解出来なかった。
私は陛下と違って、魔女が嫌いなわけでも、滅ぼしたいわけでもない。なんなら、魔女を憎む現王を馬鹿だなと思うくらいには、魔女の有用性を理解している。
だけれども、今目の前にいるこの魔女には、拒否感を覚えざるを得ない。
人であるのに人でないモノ。生きていようが生きていまいがその印象は変わらない。ただただ、存在を受け入れ難い気持ち悪いモノ。
私から見たこの魔女はそういう生きモノだった。
「そんなこと今更だろう」
バケモノと称されても魔女は口元を歪めたままだ。
苛烈でいっそ恐怖でも覚えそうなその笑みはなぜか大層満足そうだった。
その姿に嫌悪感が溢れてくる。この魔女は昔から、そんな風にして人間を遠ざけていた。
何もしなければ純粋無垢な少女にみえるこの魔女は、嗤うと禍々しい雰囲気に変わる。
王宮内では、以前から意図してそんな顔を作っていたことを私は知っている。そうすれば、無理難題は押し付けられない。
魔女の地位を失墜させないようにするための魔女なりの処世術だった。
だけれど、それは私に全くもって通用しない。子供の頃から顔見知りである私にとって、魔女の恐ろしい笑みは見慣れたものだった。
つまり、魔女の脅しは通用しないのだ。
私と魔女はこの上なく相性が悪かった。
だというのに、弟はこの魔女が好きだというのだから、理解出来ない。
今朝もいいように使われていたなと私はニコスを可哀想に思った。
「それにしたって、姿が変わっても弟を虐めるだなんて、悪趣味この上ないね」
朝のニコスを思い出す。
ニコスはピアスをつけない。魔女が死んでからつけなくなった。仮につけるにしても今日ニコスがつけていたピアスは選ばない。
あのピアスは魔女がお守りだと渡したモノなのだから。
何故それを選んだのか理解しかねるけれど、尋ねれば私への挨拶だったとでも言うのだろう。
感情というものをどこまでも切り捨てようとする魔女に嫌気がさす。
ニコス自身が気づいていないのは幸いだったと思う。
「なんのことかさっぱりわからないな」
魔女は素知らぬ顔で返答する。
その言葉に溜息が漏れた。
魔女が生きていた頃、ニコスはあのピアスを肌身離さず身につけていた。魔女からの最初で最後の贈り物。それをニコスはとても大切にしていた。
ニコスがあれだけ物に執着しているのを見たことがなかったから、つけ出した当時は驚いたものだ。
そんな思い出の品であるから、魔女がいなくなってニコスはそれを付けられなくなった。
だから、処刑の次の日からニコスはピアスを一切つけなくなった。そのピアスを見たくないから。
その癖、今までの癖で耳に手をやり、何もついていないことに気がついて、ハッとする。そんな姿を幾度見たことか。
そんなニコスがピアスを──しかも、魔女が与えたピアスをつけていた。
そんなことあり得ない。ニコスが選ぶわけはない。だから、この魔女は悪趣味なのだ。
ニコスの気持ちなんて手を取るようにわかっているだろうにこの魔女は慮ってはくれない。
「はぁ。君を追いかけ回しているニコスの頭が心配だ」
私は諦めて表情を崩した。
魔女も嗤いを消して、大きく頷く。
誰も彼もが皆、この魔女は恋愛対象になり得る存在ではないと無意識的に感じるはずだと私は思う。それはこの魔女自身でさえそう思っているし、それほどまでに異質に感じるモノのはずなのだ。
「それに関しては同感だね」
しみじみと言う魔女の言葉を鼻で笑う。
「誑かしていたのに同意するのかい」
「心外だね。私はただ第二王子殿を丁寧にもてなしていただけさ」
魔女はにこやかに話す。
その様子は、王宮の人間が見れば別人だと判断するだろう。
私は嘘など微塵もないと思わせる魔女の態度が気に食わなかった。
「君はニコスが王子であると知らなかったと記憶しているけど?」
「確かに初めは知らなかったさ。だけれど、身なりである程度身分の高い人だとわかるからね。丁寧にもてなすのは当たり前だろう」
何がおかしいのか、というように魔女は首を傾げる。平然と話すその姿が私には哀れに見えた。
私はこの魔女が嫌いだ。
まるで、自分には心など無いというように振る舞う姿はいっそ気の毒だった。
私と魔女は親しくない。けれども、互いをよく知っている。だから、いくら取り繕っても、私からは魔女の感情が透けて見えた。
特に、弟が関わった時にはそれが顕著で、大きく心が揺さぶられているのだから魔女の気持ちなぞ推して知るべしだ。
その姿は、私から見れば滑稽で仕方なかった。魔女が人の真似事など、馬鹿馬鹿しいとさえ思っている。
だから、弟を誑かしている、と言ったのは単なる当て付けだった。この魔女が弟を誑かしてなどいないことは百も承知だ。
もっといえば、弟であるニコスの方がこの魔女を惑わせたのだということも。
哀れなこの魔女が強がる様が私に大きな愉悦を与えていた。やり込められ続けた幼い頃の鬱憤が晴れる気がして。
だけれど、感情とは裏腹に顔には哀れみが浮かぶ。どちらが、本当に私の抱いている感情なのか私にはわからない。
「お前にそんな顔をされる謂れはないよ。王太子殿は勘違いしておられるようだ」
魔女は、感情の抜け落ちた顔で私を見ていた。瞳孔が開ききった目が、私を捕らえている。
動けなかった。ただ、じっと魔女と睨みあう。目をそらせば喰われる、そう思った。
私にはもう魔女が人間には見えなかった。瞳孔が開き切ったこの姿は死体でしかあり得ない。
ここにいるのは、動く死体だった。だけれども、それは私にとって都合がよかった。
人でないなら利用することに罪悪感を抱く必要もない。
魔女は私が今後のことを考えだしたことに気がついて、ニヤリと嗤った。それはもう愉しくて仕方がない、というように。
「私と王太子殿は相入れないことはよくわかったよ。さて、じゃあ本題だ。話は見当がついているだろう」
「君が死んだ時からわかってはいたさ。まさか、私の計画に加担してくれるなんて思ってもみなかったけれど」
「それは、自意識過剰というものだよ。私は一度も王太子殿のために行動したことはないね。これからも、だ」
私と魔女は笑顔をはりつけて嫌味を投げ合う。
「それは、失礼。全ては我が弟のため、だったね」
「面白くもなんともないジョークだ。私が他人のために命を捨てるような馬鹿に見えるのかい」
「まさか。崇高な大魔女様が自身を犠牲にするなんてこれっぽっちも思っていないよ。……他人のためには、ね」
身内にはとことん甘いこの魔女を馬鹿にするように私は答えた。
この魔女は身内のことに触れられるたびに、不貞腐れたような表情になる。それが、愉快だった。
そんな私に魔女は鼻を鳴らした。お前に何がわかるのかというように。
「お前と話していると話が進まなくて嫌になるよ」
王城用の芝居がかった言葉遣いをやめて魔女は言う。
そうして、今にも舌打ちしそうなしかめっ面を顔に浮かべた。
「で、いつ決行だい」
「……そうだね。十日後の建国祭にでも」
そうかい、と呆れたように魔女は言う。
私はかなり前からある計画を立てていた。
それは、陛下を殺す計画だ。
昔は賢王と呼ばれた陛下は今や国に害をなす老害でしかない。
自分が為政者となった方が余程いい国になる。そう初めて思ったのは、私が齢十六の時だ。今から六年も前のことになる。
当時は、まだ陛下を支持する者が多くいて、協力者を集めるのに苦労した。
だから、私は父の取り巻きに自分は害がないのだと示すことから始めた。優秀な自分を隠し、見目だけがいい普通の王子を演じる。
そうすれば、計画が露呈する確率も暗殺される確率もぐんと減ると私は考えたのだ。
実際、それは上手くいった。今私がこうして生きていることが何よりの証明だろう。
協力者が集まってくると、いよいよその計画は現実味を帯びてくる。王を秘密裏に殺してしまう予定で話が進んでいた。病死だと公表すれば、人々も不安にならないし、裏でどう言おうが表立っては貴族も文句をつけることが出来ない。
だけれど、事情が変わった。民は王に、引いては王族に不信感を抱いている。だから、それを逆手に取ることにした。
革命を起こすのだ。
革命とは言っても名ばかりで、人々の不満が最高潮に達した時に王を捕らえて処刑なりなんなりすればいい。
そうすれば、民は今の国王が悪いだけで、次の王を非難したりはしないだろう。
そして、不満がこれ以上なく高まったのが、魔女の処刑が終わって少し経った今だった。
後は王を捕らえるだけでいい。根回しもほとんど終わっている。
「……スケープゴートにされるのに怒らないのかい?」
なけなしの良心が私にそう言わせていた。
魔女が人の命を奪うことに罪悪感を覚えるとは思わない。
けれど、ニコスのそばにいた魔女をふと思い浮かべてしまった。まるでただの女であるかのような柔らかな顔。
私は敢えて煽るように笑みを作った。
攻撃的な気持ちになれば感傷的な何かなんて消えて無くなるだろうから。
「ハッ、よく言うね。私が復讐のために戻ってきたことを知っている癖に」
魔女は私を真似るようにニィっと口角を上げた。それは苛烈な表情だった。
その表情に私は肩をすくめる。
確かに、私は魔女がここに舞い戻った理由なんてすぐにわかった。処刑の日の怨嗟の声はまだ脳裏に焼き付いている。
けれど、あれが単なる復讐宣言でないことも知っている。あれは、同胞と弟、そして、国の民のための釘だ。王がその言葉に怯えて暮らすように願っての言葉だ。 きっと陛下が怯えて再び善政を敷き始めれば、この魔女は何もしなかっただろう。
「魔女殿は独善がすぎる」
「よく言う。私を担いで王家の人気取りに使う癖に」
魔女は呆れたように私を見ていた。
それに爽やかな笑みを返す。
魔女込みで革命を起こすなら、王を討ち取るのは魔女がいい。
国民人気が高い魔女が民を救うために舞い戻った。そして、私に王位を委ねる。そういう筋書きだ。
これで王の悪政は王族ではなく陛下の罪になる。私の治世は安泰になるのだ。
それが私の計画だった。
そして、私はそれを必要な事だと思いはしても、正しい事だとは思っていない。
「私は自分を善だなんて思っていないよ。国が立ち行くなら悪だろうが善だろうがどうでもいい。私と魔女殿が違うところさ」
魔女はその言葉に眉を寄せる。
きっと自覚がないわけではないのだろう。
この魔女はズルい手法が苦手だ。異質なモノの癖に出来るなら正攻法がいいと思っている。
それは大きな力を持つが故の驕りだった。
本人は魔女の矜持だなんて嘯いていたけれど。
「……一言多いとは思わないのか?私の機嫌を損ねたくないとは考えないものかね」
「珍しいな。魔女殿がそんなことを言うなんて。本当に熱にやられたらしい」
魔女が初めに言ったブラックジョークを引用して私は納得するように頷いた。
煽る私に魔女の舌打ちが漏れる。
私は魔女が共犯者になることを拒否するわけがないと知っていた。
なんたって、この魔女はニコスに甘い。ニコスの利になることは、よほど同胞に害が及ばない限り実行する。
それが、同胞にさえ利になるのだとしたら、この魔女はなんだってやるだろう。
自分の命だって投げ出せたのだから、私に協力することなんて迷うまでもない。
その選択しか取れない魔女の生き方が無様に思えて私は口を閉ざした。
自分で自分の首を絞め続ける人生とはどんな気分なのか──想像もしたくないと思った。
沈黙が落ちる。話すべきことはお互いに話し終えた。少ししか時間は経っていないけれど、雑談をするほどの仲でもない。
時間を無為に過ごすのは勿体無いので、魔女を追い出そうと息を吸った。
その時に、魔女は思い出したように口を開いた。
「そういえば、面白いモノを飼いだしたんだね」
それは私の新しい側近のことだった。
今朝、ニコスが疑問を抱いた人物は人ではない。
不特定多数に害意を振り撒くようなモノではないけれど、益でもない──そんなモノ。
そんなモノを近くに置いているのが信じられないと言いたげに魔女は苦い顔をしている。
「ああ。魔女殿に会いたくて待っているそうだよ。世話になったんだろう?」
それを聞いた魔女は顔を引き攣らせた。
「てっきり王太子殿と契約したのかと思っていたのだけれど。そうか……私か」
心当たりがあるらしい魔女は、自身を守るかのように腕を組んだ。
そんな反応をする魔女は珍しい。少なくとも私は初めて見た。
それだけ、魔女にとって関わりあいたくないモノであるようだった。
「どうせ、お前はアレが何かわかっているんだろう。扱いには気をつけるんだよ」
「言われずとも。まあ、あの悪魔は魔女殿の魂にしか興味ないみたいだけれどね」
私は肩をすくめて答えたのだった。
悪魔。それは、人智を超えた存在だと言われている。人の魂を主食とし、ここではないどこかで生きているらしい。
というのも、悪魔は伝承でしか確認されていない。ほとんどの人が存在を信じていない御伽話のようなモノだ。
その悪魔が実体を持った状態で接触してこなければ、私も信じなかっただろう。
悪魔本人も基本的に魔女にしか見えないと言っていたし。
その悪魔曰く、魔女は悪魔の大好物らしい。そして、目の前にいる魔女はどれだけ無理をしても食べたいほどの極上の餌であるとか。
だから、契約を迫ってその対価で魔女の肉体から果ては魂まで、丸ごと食べてやろうと目論んでいるのだと。
「そうかい。有難いことだね」
魔女は皮肉っぽく口を歪める。
「魔女殿が満足するまでは何もしないと言っていたから、少なくとも邪魔されることはないよ。早く満足出来るように手助けすると言い切っていたくらいだしね」
私は哀れな魔女を嗤った。
死後ですら自分の思うように出来ないのだから嫌な人生だ、と思わずにはいられない。もっと好き勝手に生きることも出来ただろうに。
自身の欲を満たさない生活がどんなものなのか、私には全く想像がつかなかった。
まあ、魔女当人は満足な人生だったと思っているようだったけれど、私にはそれが自己暗示をかけているかのように見えて仕方なかった。
「そろそろ帰ることにするよ。面倒ごとはごめんだからね」
扉のほうに顔を向けて魔女は言った。
廊下からは、特に物音は聞こえない。だけれど、私も心得たように笑った。
「あの子は鋭いからね。嫌な予感でもしたんじゃないかな」
「だろうね。じゃあ、厄介者は退散するとしよう。ご機嫌よう」
魔女は立ち上がり、優雅にカーテンシーをしてから、さらさらと消えていく。今度は黒い靄になることもなく、スーッとその場からいなくなった。
魔女が消え終わると同時に扉がスッと開いた。
入ってきたのは、第三王子のミカだった。
ミカは青い目をクリクリさせて私を見ている。
「兄様、誰かいましたか?」
「いいや、誰もいないよ」
安心させるように優しい笑顔を浮かべ、私は答える。魔女がここにいたことを知られないように。
ミカは私の答えに不満そうな表情をしていたけれど、顔色一つ変えずに見つめていると、諦めて子供らしく笑った。
ミカはあの魔女がとても嫌いだった。それは陛下からの影響を一番強く受けていたからだけれども、それ以外にも私とニコスのどちらもが魔女に狂わされているように見えていたからのようだった。
そんな事実は全くないのだけれど、子供特有の思い込みの強さに困ってしまう。
説明しても納得しないので、私はもう諦めていた。
魔女が死んで不都合はなくなっただろうと思っていたら、帰ってきて共犯者になるのだからどうなるかわからないものだ。
とりあえず、ミカに魔女を会わせないようにしなければいけない。
会ってしまったならば、面倒事が起きるのは間違いなかった。
ミカは第六感が冴えているから用心しなければ。
私は優しくミカに眠ることを勧める。もう夜も遅い。
眠ればミカの心も落ち着くはずだ。
そう信じて部屋まで送るのだった。




