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二章 ニコスの慟哭①











 誰が死んだって世界は変わらない。

 いつだって夜が来て星は輝く。月は冷え冷えと地上を照らし、人々は笑い合う。

 それは当たり前のことであるのだけれど、今はその当たり前が俺を酷く嫌な気持ちにさせていた。



 俺はもうずっと、世界が壊れてしまえばいいと思っている。







 夜、明かりの消えた寝室で一人閉じこもる。

 俺はもうずっと絶望の中で生きていた。

 彼女が死んでから俺の世界は薄い膜に覆われて、フワフワとしている。



 彼女が処刑されたのは、よく晴れた日のことだ。

 惨たらしく火に炙られ、黒焦げになって。

 そして、嗤った──そう聞いている。



 許せなかった。処刑を決めたのは王であるけれど、進んで首を差し出したのは彼女だ。その所為で、俺は身のうちにやり場の無い憤りを抱えている。



 彼女は何もかもを一人で決めてしまった。その事実が悲しかった。誰にも頼らなかったことが悔しかった。そして、泣いてしまいたいと思う自分に腹が立った。だけど、やっぱり涙を堪えられないほど悲しかった。

 そんな思考がずっと脳内で空回っている。



 その行為は、彼女がいなくなった今、意味などないと理解している。だけれど、やめることが出来ないでいた。

 それをやめてしまうことは、彼女を許してしまうことであるような気がしたから。彼女との日々を忘れてしまうことであるような気がしたから。



 俺は未だに彼女が進んで死に向かったことが受け入れられないでいる。

 きっと俺がそんな人間だから、彼女は何も言わずに逝ってしまったのだ。誰に言われるまでもない事実だ。

 そして、それが俺のためであったことも重々承知している。

 だけれど、俺はこの選択が彼女の生き様を表しているようで許せなかった。

 俺は誰にも向けることが出来ない感情を、彼女に向けることしか出来なくて、彼女への怨嗟を募らせる。



 思うに、彼女はいつも自分がいなくなった後のことを考えていたのだろう。だから、憂いなく死を選べた。

 彼女は生前から自分の死について朗らかに話していた。まるで天気の話をするような軽さで死について語るものだから、俺と彼女の犬はいつも苦言を呈したものだ。聞き入れられたことはなかったけれど。



 そういえば彼女はいつだったか、俺の告白に戯れのように言った。



『私は今生はもう死ぬだけなのさ。だから、今じゃあ到底ダメだね。……けれど、もし来世でも私を見つけられたなら返事を考えてもいい』と。



 俺は来世なんて信じていなかった。彼女が近いうちに死ぬことを許容出来るはずもない。

 だけれど、その言葉に縋った。縋ることしか出来なかった。今、彼女が恋う相手が俺ではいけないことだけは理解していたのだから。



 これは彼女が俺を王子だと知る前の言葉だったけれど、自分たちは今生では結ばれることはない運命だったのだ。

 そんなことで諦められるような恋慕ではなかったけれど。その所為で彼女の首を絞めた。彼女の死期を早めた。

 わかっていながら、きっと何度やり直しても彼女といることを選んでしまうだろう。そんな自分の弱さにうんざりする。







 この感情がもっと純粋無垢な愛であればよかった。彼女の幸せだけを願える気持ちであればよかった。

 だけれど、自分の気持ちはそんなお綺麗なモノではない。

 彼女を不幸にしても一緒にいたいと思った。どこまでも共に堕ちていきたいと、そんな願いを抱いていた。



 ああ、だけれど。

 彼女が死んでしまうくらいなら。

 自分を連れていってくれないのなら。

 こんな醜い感情を彼女に抱いた自分こそが死ぬべきだった。



 いつだってそう思う。

 俺は、彼女のためなら喜んで命を差し出せるほど、狂おしい思慕を抱えているのに。











 この国で魔女は尊い存在だ。国に利をもたらす良き隣人。だけれど、それと俺が彼女を愛することを許されるのは別の問題だった。

 もっとも、この狂った心を愛と呼んでいいのか迷うところではあるのだけれど。







 もし、相手が平民だったなら、きっとここまで大事にはならなかっただろう。俺は第二王子であるから、兄が死なない限りはある程度の自由が許されている。

 だから、平民の娘と結婚したいなら、俺自身が王位継承権を返上して平民になるか、相手の娘をどこかの貴族の養子にするかすれば叶えることが出来た。

 それは、険しい道であることに違いはないが、不可能ではなかっただろう。



 だけれど、魔女は駄目だ。

 これが先代──俺達の祖父の時代ならまた事情は変わったのだろうけれど、現王である父はそれを許さない。

 父の魔女嫌いは筋金入りだった。表面上は手を取り合っているのに、裏では虎視眈々と排除する理由を探している。



 俺が彼女を望まなければ、そんな理由は見つからなかっただろう。

 今代の魔女の長だった彼女は強かで、のらりくらりと全ての悪意を受け流す。そして、何を考えているかわからない魔女らしい笑みで、王と対等な立場を失わないよう上手く立ち回っていた。

 だから、きっと俺と出会わなければ彼女は死ななかったはずだ。



 彼女はそれさえ運命だと笑うのだろう。自分達の出会いが必然であった、と。







 ああ、彼女が死ぬくらいなら、全てを壊してしまえばよかった。

 彼女の望むことではないだろうけれど、彼女が死なずに済むのなら俺はなんだって出来た。手を汚すことも、自分が死ぬことも、国を壊すことも、抵抗なんてなかったのだ。

 だけれど、彼女は死んだ。進んで死んだ。王が兵に探させる前に、彼女自らやってきて、拘束された。そしてうっそりと笑ったのだ。

 その態度がふざけていると父は怒りを深めていたけれど、それに関しては俺も同感だ。あれはまごうことなき自殺だった。

 それが、同胞を、そして、俺を、守るために彼女が選んだ道だ。そんなこと、わかっている。だからこそ、許すことなんて出来ない。



 俺を殺して、みんなで逃げればよかったのだ。

 それを実行する能力はあったはずだし、彼女の手で死ねるのなら、これほど幸せなことはなかったのに。なのに何故。どうして、殺してくれなかったのだろう。どうして、逃げてくれなかったのだろう。





───彼女のいない世界で死ぬことも許されず、生きなければいけないなんて





俺にとって何よりも重い罰だった。











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