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十一章 アイの至福











 今日、魔女が舞い戻り、そして、また消えた。







 それは、師匠が処刑された時間と同じ時刻だった。師匠は同じ場所で民衆の前に立ち、高らかに宣言する。

 それはまるで啓示のようだった。



「処刑の日に言った通り、私は地獄の果てより戻ってきた。そして、魔女イアンがお前たちを苦しめる愚王を討ち取った!今日からこの国は新たな国へと生まれ変わるのだ!」



民衆はいきなり現れた死んだはずの師匠に戸惑っていたけれど、言葉を聞く内にそれどころではなくなったようだった。

 魔女イアンが嘘を言うはずがないという思いと、信じられないという思いが混ざって、辺りはざわつき始めた。



「愚王が死んで国が生まれ変わるなど信じられないかもしれない。けれど、新たに王となる第一王子ゼノンがお前たちを明るい世界へと導くだろう!」



師匠はそう言って、少し後ろに立っていた新しい王様を隣に並ばせる。

 新しい王様は、師匠に跪いた。



「魔女イアンが王に、民に、この国に祝福を与えよう」



師匠はどこから取り出したのか、王冠を天に掲げてから新しい王様の頭に乗せた。



「この国は新たに成った王と魔女の祝福によって安寧がもたらされるだろう!」



師匠の声に聴きいっていた民衆はその言葉に歓声を上げた。

 これだけ話しても前の王が出てこないところを見て、師匠の言葉が本当であると信じ始めたようだった。



「そして、“魔女はこれからも良き隣人としてこの国を支えよう”」



その言葉は民衆を包むように響いた。



 そして、全員の頭の中でその声がリフレインして、浸透する。



 ふわりと魔の力が乗った温かな風が吹いた。

 俺はそれを感じて民衆が魔女という存在を思い出したことを理解した。

 師匠のことだから忘れていたことすら気づかないように調整されているだろう。



 俺は師匠の優しさに寂しさを感じながら、その場を去った。

 俺はこれが最期だと師匠から聞いている。



 徹頭徹尾、誰かのために生きた師匠を尊敬すると同時に、馬鹿な人だとも思った。そう思えるくらい俺は師匠離れが出来ていた。



 そんな俺にルーシーは気持ち悪いと顔を顰める。

 師匠への未練が小さいのはきっとルーシーのおかげだと言えば、すごく嫌そうな顔をされた。

 けれど、師匠の宣言を聞く時、俺の隣に立って一緒にいてくれる。

 そういうところが俺の心を守っているのだけれど、本人には自覚がないらしい。



 悪魔だったルーシーだけれど、いやに人間らしい様子にクフクフと笑いが漏れた。











 そうして、家に戻ってきた。

 ルーシーは興味深そうに、師匠の本を手に取っている。

 そんな中、俺は人を待っていた。



 長らく会っていないアイツは、けれど、今日絶対に来る。師匠が大好きなニコスはこの家に、俺に会いにやって来る。

 自惚れでも自慢でもなんでもなく、師匠はニコスに俺のことを頼むだろうから。







 コンコンと扉が叩かれる。俺はのんびりとその扉を開けた。



「いらっしゃい!」



ニッコリ笑うとニコスは一拍置いてからフッと息を吐き出した。それはどこか安堵しているかのように見えた。



 俺とニコスはいつものようにテーブルに向かい合って座っていた。

 ルーシーは二階に上がっていてここにはいない。



「ニコスが来るの待ってたんだ」



弾むように言うとニコスは手元のコップを握りながら、だろうなと頷いた。そして、緩く笑ってお茶を啜った。



 コップの中身は爽やかな香りの薬草茶だ。ニコスはこれが好きで、ここに来たらいつもこれを強請っていた。

 ここでしか飲めない師匠ブレンドのお茶だった。



「お前のこと頼むってイアンが言ってた」



ニコスは薬草茶の水面に視線を落として呟いた。



 俺はニコスが師匠の名前を呼んでいることに驚いて、咄嗟に返事が出来なかった。



 まさか師匠が名前を呼ぶ許可を出すとは思わなかった。

 縁を繋ぐという意味では、人形姿で契約しただけで十分だから、名前を呼ぶ必要はない。だから、照れてそのことには触れないのではないかと──。



 だから、ニコスが師匠を名前で呼ぶことがまるで師匠が呪縛から解き放たれたことを示しているようで胸がいっぱいになる。

 それを落ち着けようと、俺は苦しくなるまで息を吸って、そして、ゆっくりと息を吐き出した。



「あのね、ニコス!俺旅に出ることにしたんだ!」



「……はあ!?」



ニコスはポカンと口を開けて、それから大きな声を上げた。

 驚きすぎだと思う。師匠のいない時に俺がはっちゃけるのは今に始まったことではない。



「俺、いろんなモノを見せてあげたい子がいるんだ」



二階で興味津々に本を読んでいるルーシーを思い浮かべる。

 ルーシーは俺に負けないくらい好奇心旺盛だ。そして、俺は満足させると約束した。

 つまりは旅に出なければいけないのだ。



「だからね!お留守番お願い!」



はいコレ、とこの家の鍵をすーっと差し出した。

 ニコスは固まって、言葉も出ないようだった。



「ほら、お兄ちゃんが王様になったからニコスがお城にいなきゃいけない理由ってないんでしょ?弟くん優秀だから、ニコスがスペアじゃなくてもいいはずだって師匠も言ってたし!」



言葉を止めて少し待ってみる。

 ニコスはまだ固まっている。俺はそのまま言葉を続けることにした。



「それに、ここは魔女の集会があるところだから、王様とパイプを持った人間がいたら安心だって!魔女と国が今度こそ正しく在れるようにって」



「……全部イアンの言葉か?」



「うん。大体そうだよ」



ニコスは大きく息を吐き出して頭を抱えてしまった。

 俺はその姿に吹き出してしまった。

 いなくなってなおニコスを振り回す師匠と、師匠に振り回されることを受け入れているニコスは破れ鍋に綴じ蓋だと思った。



「何で笑うんだよ」



「えぇ〜。ふふっ、嬉しくて?」



ニコニコしていると、ニコスの手が伸びてきて頭をかき混ぜられる。それがなんだかとても懐かしい気がしてケラケラと笑ってしまった。

 それを見たニコスも肩の力を抜いて笑っている。



 久しくなかった穏やかな時間。これがとても尊いモノだと知っている。



「たまに帰ってくるし、手紙も書くよ!だから、ここにいて?」



「あー、わかったって。ここを守ってればいいんだろ」



「そう来なくっちゃ!師匠がかけてた魔術はちゃんと掛け直して行くから!」



ニコスの言葉が嬉しくて、思わず椅子から立ち上がって飛び跳ねる。

 ニコスは苦笑しながら、ガタンと椅子を倒した俺を見ていた。そして、思い出したように口を開いた。



「そういえば、いろんなモノを見せてやりたい子ってどんなヤツなんだ?」



「えぇ〜気になるぅ?」



ニヤニヤしながら首を傾げると、ニコスが早口でやっぱいいと話を切ってしまった。俺は慌てて口を開いた。



「待って待って!紹介するからぁ!ルーシー!」



二階に向かって呼びかける。

 もしかしたら本に夢中で降りてこないかもしれないと思ったけれどそんなことはなく、ルーシーは素直に降りてきた。



「なによ。そんな大声出して」



降りてきたルーシーを見て、ニコスは一言呟いた。



「……お前女の趣味悪くないか?」



「はあ?何コイツ。すごく失礼なんだけど」



ニコスの反応に思わず爆笑してしまう。

 息も絶え絶えになりながら二人を紹介する。



「ふっ、こっち、はニコスだよ!師匠の……っいや、この国の、第二王子だよ。それで、ふふ、この子は俺の相方のルーシーだよ!」



「笑いすぎ!てか、第二王子ってあの魔女のお気に入り?え、アンタの方が女の趣味悪いじゃない」



「はあ?」



ルーシーを睨みつけるニコスに落ち着いていた笑いがまたぶり返してくる。

 初対面なはずなのにニコスはどうにも嫌そうだし、ルーシーは得体の知れないモノを見ているかのようだ。それは、まるでルーシーと師匠を見ているかのようだった。

 もちろん、ここにいたのが師匠ならもっと毒の入った言葉が飛び交うだろうけれど。



「二人とも仲良しだねぇ!」



「「どこが!」」



怒ったような二人の声を意に介さずに俺が笑うものだから、二人は力を抜いて呆れたように顔を見合わせた。







 師匠がいなくても世界は明るく穏やかだ。

 それでもニコスは師匠を求めるのだろう。寂しさを抱きながら。

 けれど、こうして笑いあえるなら、師匠を待つ間だって寒くないと思うのだ。











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