5.情報共有
妻へ電話を掛けた。
「会社の案件で問題が起きている」
「位置情報が喫茶店で止まってる」
家族間位置情報共有は、秘密工作に向いていない。
私は最初から話した。
遭難信号としての最終需要者証明。
軍事転用。
私の証明書を使った偽装。
海藤。
真壁専務。
そして最後に、少し迷ってから付け加えた。
「誰かに、君にしか読めないと言われて、嬉しかった」
電話の向こうで、妻は黙った。
「そこまで言えたなら、少し安心した」
「止めないのか」
「止めてほしい?」
「分からない」
「あなたが正しいかも、私は分からない。でも、“家族のため”って、私たちに相談せず勝手に決めないで」
「名前を出せば、会社を辞めることになるかもしれない」
「匿名なら、正しいことを言えるの?」
妻は厳しい。
敵よりも逃げ道を的確に潰す。
乃木憂助には、内側にFがいた。
私にはいない。
代わりに妻がいる。
外部監査は内部監査より手厳しいが、会話はできる。
「生きて帰ってきて」
「うん」
「無事に帰ったら怒るから」
「なぜ」
「その質問をしたから」
電話を切り、黒瀬へすべての資料を転送した。
「持っている情報は全部渡す」
「全部ですか」
「赤い饅頭以外は」
「それは娘さんが持っています」
「なぜ知ってる」
「さっき奥様から電話がありました」
私は顔を上げた。
「君たち、いつからつながっている」
「課長が一人で失踪する可能性を共有しました」
家族と部下が先に情報共有を完了していた。
私だけが秘密工作員のつもりだった。
「使い方は君が決めろ」
「珍しいですね」
「一人でやると、あの老人みたいになるらしい」
黒瀬は少し黙った。
「それでも最後に止める判断は、輸出管理課長の仕事です」
「君が止めるんじゃないのか」
「普通の会社では、相棒に最終責任まで押しつけません」
出港まで、三時間十一分。




