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第7話 王女は証言を足で稼ぐ

「アンリ」


 重苦しい胸にナナリエの声が届いた。


 顔を上げると、彼女が微笑んでいた。

 全部そのまま受け止めてくれるような、真っ直ぐな目で。


「二つ目に移るわ」


 空中に広がる画像の中で、輪っかの形がゆるやかに展開した。


「あなた専用に制作した“環”の機能的制限についてよ」


 私は胸元に手を伸ばした。

 ひんやりと手に馴染む、一部だけ小さく輪が欠けた形のペンダント。


 同じ形が空中で拡大され、内部の構造が幾重にも開いていく。


「この環は、一般的な環と同じように身分証明や地図表示、決済などは行えるわ」


 ナナリエが設計図を指し示した。


「でも、通信機能には制限をかけてあるの。こちらから位置情報を送信したり、他者へ通信したりする機能は持たせていないわ」


「そう言っていたね。理由はたしか……」


「アンリの身体能力と干渉させないためよ」


 ナナリエは迷いなく答えた。


「系譜管理局で起きた現象は、アンリの身体が情報通信に関与したことで発生したと考えているわ」


 空中に、人の形と環を結ぶ光の線が浮かぶ。


「この環は、その経路を遮断している。通信はすべて環が代行し、アンリの身体情報とは接続しない構造になっているの。だから、この環を使う限り、同じ現象は起こらないと考えているわ」


 ハルジオンが画像を見上げながら低い声で言った。

「だが、設計者の主張だけでは足りない。第三者の証言が必要になる」


「はい。ですので——」


 ナナリエが手を動かすと、設計図の隣に見覚えのあるおばあちゃんの顔が表示された。


「カズラばあちゃん?」


 カーネリアン宮で、個人で環の工房を営んでいる職人さんだ。

 私の環を製作する時に、ナナリエと激しめの議論を交わしていた元気なおばあちゃんだ。


「師匠には、この設計思想と安全性について証言をお願いしてきたわ」


 ナナリエはすっかりカズラばあちゃんに心酔し、途中から師匠と呼ぶようになっていた。


「なんだ。このばあちゃん、お前らも知ってんの?」

 ソラリスが画像を見上げて驚いた。


「ナナリエが私の環を作ってくれた時に、お世話になったんです」


「あなたも知ってるの?」

 ナナリエが露骨に嫌そうな目で、ソラリスを見た。


「ああ。これを作った時にな」

 ソラリスは自分の耳についている金色のピアスを指でつついた。


 ナナリエは製作に没頭していたから知らないだろうけど、あの時、カズラばあちゃんは懐かしそうに目を細めてソラリスについて語っていた。


「あなたも自分で環を作ったの?」

 ナナリエは納得行かなそうにソラリスを睨みつけた。


「ああ」

 ソラリスは鼻先で笑った。

「お前が作れるんだから、俺にだってできるだろ」


「私は師匠の弟子だから」

「はあ?そんなので張り合うなよ。どうせ怒鳴られて泣きべそかいたんだろ」

「泣いてないわ。そんなこと言うなんて、本当はあなたが怒鳴られたんでしょ」


 待って。話が逸れていくよ。


「俺は肩揉みがうまいって褒められた」

「私は一緒にお風呂に入って背中を流して差し上げたわ」


「え……っ、お風呂に……?」

 エンジュが目を丸くしてナナリエを見た。

「一緒に……入るだと……?」

 ハルジオンの目も丸くなっていた。


 ふたりとも引っかかるところがおかしい。


 でも、そういえば南の方でしか湯船に浸かる習慣がないんだったな。

 他の地域は全自動の人間洗濯乾燥機みたいなお風呂が主流だから。


 ……だから予想外で驚いている、とか?


「どうせお前の馬鹿力で背中擦って怒られたんだろ」

「そ、そんなこと……」

「図星かよ。お前、加減とか知らなそうだもんな」

「すべては力学に基づいているわ」


「いや、もう環、関係ないじゃん」

 たまらずに声を上げると、ふたりは少しだけ私に目を向けた。


「ちなみに」

 私はゆっくり手を挙げた。

「私がカズラばあちゃんから聞いた、ふたりの評価があります」


「……どんな?」

「お前そんな情報持ってんの?」

 ふたりの目が大きく見開かれて迫ってくる。

 思った以上に真剣な顔つきで怖い。


 私は覚悟を決めて息を吸った。


「ナナリエは詰め込み過ぎて失敗する」


「だろうな」

 すかさずソラリスが膝を叩く。


「ソラリスは削り過ぎて失敗する」


「全体的に雑なのよ」

 ナナリエが横目でニヤリと笑う。


 ……ふたりとも、ひとりずつ接するときは知的で親切な印象なのに。

 こうやって向かい合うと、子どもみたいに張り合う。


『王になるやつってのは、みんな何でも自分でやりたがるのかね』


 そう笑っていたカズラばあちゃんの顔を思い出した。

 王様のことはわからない。

 でも、両極端なのに根っこは似ているふたりを見てると、言いたいことはわかる気がした。


「それで」

 ハルジオンが咳払いをした。

「環についての報告は以上でいいのか」


「あ、はい。話が逸れました」

 ナナリエの膨れた頬が萎んだ。

「三つ目は、アンリの人格と行動傾向についてです」


 え!急に緊張が高まる内容だ!


「環を使用した日常的な接続については、安全性をおおよそ証明できると思います。しかし、ひとつ目に挙げたように髪による原始的な意識共有については、アンリの善意に頼るしかありません」


 そっか。

 もし私が悪意を持って使おうとしたら、防ぎきれない。

 だから、私自身を信じてもらうしかないんだ。


「アンリには軽率な発言は見られますが」


 ぐさっ。


「行動は慎重です」


 ……たしかに。何かする前によく考えるようにしてはいるけど、口は勝手に動いてしまうんだよな。

 子どもの頃は身体も勝手に動いてたけど。気がつくと集団からはぐれていたり……。


「その点は構造だけでは証明できません。だから、できるだけ多くの証言者を集めてきました」


 多くの証言者?


 三つ目の、どこかの風景みたいな画像が白く光って、たくさんの小さな画像に分かれた。


 そこには、私が知り合ったこの国の人たちの顔と、見覚えのある風景が並んでいた。


「これは……?」

 思わず呟いた。


 知っている人たちだ。

 でも、ここに並んでいることが少しだけ不思議だった。


「アンリの人となりを知る人たちを訪ねて、意見をもらってきたの。映像記録が残っているところは、その情報も集めてきたわ」


 ナナリエは指で、ひとつ目の枠に触れた。


 人物の画像だ。

 眉毛が凛々しい華やかな女性。

 金融を司る地、シトリン宮の銀行員クリサンテだ。


 映像が再生され、クリサンテが真面目な顔で話し始めた。


『アンリは自分の欲求に素直なところがありますが、その素直さは他者からの助言を真摯に受け止める側面にも表れています。お金に関しては多少計画性はないようですが、それを自覚し、自制する姿勢が見られます』


 いや。お、お金の話されてる。

 恥ずかしい。


「こちらは映像記録ですが、必要に応じて実際に審理の場でも証言に立ってくださるという方々が、すでに名前の上がっているヒヤシンスお姉様と師匠を含めて、二十名集まりました」


 二十人?

 私にそんなに知り合いいたっけ?


 ひとりひとり確認すると、たしかに知っている。

 友達のクリサンテとサヤパトリ、染め物工房で出会った職人のニゲラ、列車工場で案内してくれた工場長やおしゃべりなおばちゃんたち、ペリドットの畑で一緒にお昼ご飯を作った女の人たち……。


 この一週間でナナリエは、王都から離れていろんな人たちのところまで行ってくれたんだ。

 たくさんの人たちにナナリエは話をしに行ってくれたんだ。


「ずいぶん聞いて回ったのだな」

 ハルジオンが驚いた表情でナナリエを見つめていた。

「ここまで集めたのか」


「だがこの証言者の中で、セアノサス殿はナナリエの叔父上だ。瑠璃宮当主という重い立場の人物が私情を挟むとは判断されないだろうが、君の身内であることは判定に影響が出るかもしれない」


「そうですね。アンリが長く過ごした瑠璃宮別邸の職員たちにも証言してもらいたかったのですが、叔父上に止められました」


「サファイア宮やエメラルド宮の官吏たちの証言もどう判定されるかわからないな。王女に忖度した証言をしていると見られる可能性もある」


 あ。あの見覚えのある人たちは、ナナリエの執務室に訪ねてきて、私がよくお茶を出していた人たちか。


「そちらも証言者としては弱いのですね……」


「いや、あくまで可能性として挙げただけだ。ペリドット宮の農耕大臣クレソン殿や、公正なサファイア宮と、東に属さないエメラルド宮とペリドット宮の官吏ならば中立的な意見と見做されるだろう」


 そういうものなんだ?

 東西南北で力の均衡を保っている国だから、東のナナリエとは異なるところの意見が重要視されるってことか。


「ところでこの映像記録はなんだ?」

 ハルジオンが風景の画像を指差した。


「これは珊瑚宮で防災訓練に参加した時の映像です」


 ナナリエの手の動きに合わせて映像が再生された。

 テントを設営する訓練に参加させてもらった時の様子だった。


 きびきびと動く珊瑚宮第一守衛団の訓練生たちにまじって、ぼんやりと突っ立ている私。

 忙しなく行ったり来たりする訓練生たちを、黒い瞳できょろきょろ追っている。

 それくらいしか、絶望的に、していない。


「は、恥ずかしい……」

 私は手で顔を覆った。


「目ぇ開いてよく見とけよ、お前の鈍臭さ」

 ソラリスが刺しにくる。辛い。


『魔女ちゃん、そっち』

 訓練生のお姉さんに声をかけられて、映像の中の私は、慌てて布の端に飛びついた。

 その瞬間。

『うっぷあ』

 風に煽られたテントの布が顔にぶつかり、変な呻き声をあげる私。


 そのあとも、ロープに足が絡まって転びかけるところや、たいして役に立ってないのにウキウキでお昼ご飯をもらうところや、肉団子を喉に詰まらせてみんなに心配されるところが、ばっちり映像に記録されていた。


「な、なんでこんなの……みんなに見られなきゃいけないんですか……」


「これが客観的事実だからだろ」

 ソラリスが真顔で言った。


「……こうして冷静に見るとひどいな」

 ハルジオンが難しく考え込む。


「かわいいじゃないですか」

 ナナリエが幸せそうに映像を見上げる。


「だめ……この映像、毎晩見たい……」

 エンジュが腹を抱えて足をジタバタさせている。


「ロタラが訓練用に録画を残してくれていたから助かったわ」


 ナナリエが楽しそうに言った。

 ……今、お楽しみ会じゃないんだけど。


「ロタラもアンリの素朴な人柄と、努力家な一面を証言してくれたわ」


 え!いいじゃん!

 ロタラなら誠実で優しいコメントをしてくれてそう。

 イサリダ・ロタラは珊瑚宮第一守衛団団長を務める長身でかっこいい南のお姫様だ。

 性格も、ここに集まる人たちと違って、さっぱりしていて常識人だ。


「じゃあそっちも見たいです——」

「まあ、普通のことしか言っていないから、今ここで確認する必要はないわね」

 ナナリエは無表情で言い捨てた。


「あとはペリドット宮で、お兄様たちが真面目な話をしている時にアンリのお腹がぐうっと鳴った映像もあるけど——」


「え!なにそれ面白そう!」

 エンジュが目を輝かせて身を乗り出した。

「でしょ?それは——」

 ナナリエもウキウキで手をかざす。


「——ナナリエ」


 低い声が落ちた。


 ナナリエが固まる。


「今は何をする時間だ」

 ハルジオンが真っ直ぐにナナリエの目を見た。


「あ……私ったら、つい」

 しょんぼりするナナリエ。

「すみません。話が逸れてばかりで」


「僕もごめんね。面白がっちゃって」

 しおらしそうな表情で、エンジュが私に向けて言った。

 でも目の奥がまだ笑っているの、見えてるからな!


 ナナリエは一度姿勢を正してから、真面目な顔に戻って話を再開した。


「ペリドット宮の農村地帯の防疫措置の際は、アンリの三日間の行動記録と、クレソン大臣から、“指示に従い、迷惑な行為はせず、もちろん自らの能力を利用しようとした行動も見られなかった”という証言を得ています」


 一通りの証言を確認し終わると、ソラリスが椅子に深くもたれた。


「いいんじゃね。能天気だけど悪意がないことも伝わってくる。……それが演技じゃなければ」


 ハルジオンも小さく息を吐き、目を閉じた。


「これだけの証言や記録があれば、審理員への心証は悪くないはずだ。だが、人格を保証するということは簡単ではない」


 改めて、並んだ人たちの顔を見渡した。

 ナナリエは、この人たち一人ひとりのところへ、私のために足を運んでくれたんだ。

 それでも、人が人を信じていいと証明するのは、こんなに難しい。


 ふたりの言葉を受けて、ナナリエは少しためらうように口を開いた。


「あともうひとつ、別の角度から口添えをいただいてきました」


 口添え?


 証言じゃなくて?

 不思議に思ってナナリエの顔を確認すると、ナナリエは上目遣いにエンジュを見ていた。


 私もつられてエンジュに視線を移した。


「うん」


 緑の髪が揺れて、エンジュが深く頷いた。


 いつも微笑んでいる翡翠の瞳は、今は少しだけ厳粛な雰囲気をまとっていた。


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