アリさんの試練(2/3)
その次の日には、わたしは完全に回復していた。きっと、フェルナンド様が薬を口移しで飲ませてくれたお陰だろう。
でも、フェルナンド様たっての希望で、念のためにもう一日だけ休養を取ることにした。そんなわたしのもとにお見舞いに来てくれたのは、サロメとミケットだ。
二人は、わたしが夫にまた昨日みたいに薬を飲ませてほしいとおねだりをして、彼がその希望を叶えてくれる光景を見て、あんぐりと口を開けていた。
フェルナンド様が行ってしまってから「せめて人前では自重するべき」って言われたけど、一体何がまずかったんだろう?
よく分からず、わたしは「そうだね」と生返事をする。
「ごめんね。お茶会、中止になっちゃって」
「別にいいわよ。病気なら仕方ないわ」
ミケットが肩を竦める。本当はもう何ともないんだけどね。
「そういえば、フェルナンド様にランジャック博士のパーティーのこと、聞いたよ」
わたしは何気ない気持ちで切り出した。
「招待状、やっぱり届いてたみたい。でも、フェルナンド様はわたしに家で待っていてほしいんだって」
「どうして?」
サロメが尋ねてきた。
彼女は清楚系をやめて、いつもの派手で露出の多いファッションに戻っていた。髪も金髪になっている。多分、狙っていた清楚系好きの男性にフラれたんだろう。
「さあ?」
親友の質問に、わたしは首を振った。
「よく分かんない。でも、フェルナンド様はどうしてもわたしに出席してほしくないみたいだったよ」
「……怪しいわね」
ミケットが顎の下に手を当てた。
「きっとそのパーティーに何かあるのよ。キャンディスには言えないようなことが」
「……それって何?」
ミケットの声がかなり深刻だったから、わたしは不穏なものを感じずにはいられない。親友の表情が冷たくなる。
「決まってるわ。夫が妻に隠したいことの堂々の一位は、愛人の存在よ。つまり、フェルナンドさんは浮気してるのよ。相手は……きっとランジャック博士の奥様だわ!」
浮気? フェルナンド様が?
わたしはしばらくポカンとする。
けれど、一瞬ののちには大声を上げて笑っていた。
「ちょっと……あはは! 冗談はやめてよ!」
「まったくだわ!」
見れば、わたしだけではなくサロメもお腹を抱えている。
「フェルナンド様が浮気って……あり得ないから!」
「本当に! さっきまで二人がイチャついてたの、ミケットも見たばかりじゃない! ……ふふふ。あははは……!」
わたしとサロメの大爆笑は、しばらく止まらなかった。ミケットは目に見えて不機嫌そうな顔になる。
「笑っていられるのも今のうちよ」
ミケットはぽってりとした唇を曲げて、負け惜しみのように言った。
「あとで泣きを見るのはキャンディスなんだからね」
はいはい、分かった分かった。
もう、どうしてミケットって、こんなに妄想力が逞しいんだろう?
その後、まだおかしそうな顔をするサロメと、ブスッとした様子のミケットは帰宅していった。ちょっと笑いすぎたかな? でも、冷静になればミケットもフェルナンド様に限って浮気なんてするはずがないと分かるはずだ。
けれど、彼女はまだ諦めていなかったらしい。
それから数日がたち、ノアくんの家に行く当日、ミケットが屋敷を訪ねてきたのだ。
ちょうどこれから出かけようと正面玄関を開けた瞬間に、今から呼び鈴を鳴らそうとしていた親友と鉢合わせて、わたしは心底驚いた。
「おはよう、ミケット」
わたしはポーチに出て挨拶をする。フェルナンド様もそれに続いて、「おはよう」と言った。
「……いい朝ね」
ミケットはフェルナンド様の顔を見てあからさまに動揺していた。けれど、すぐに表情を取り繕って、わたしの手に何かを押しつける。これは……手帳かな?
「まだ開けちゃダメ」
わたしが手帳のページをめくろうとするのを、ミケットが腕をつかんで制止する。ミケットはフェルナンド様のほうにチラチラと意味深な視線を送った。
この手帳の中身はフェルナンド様には秘密にしておけってことかな? でも、何で?
「これ、なに?」
わたしは手帳を開くのを諦めてミケットに尋ねる。親友は、「中を見れば分かるわ」と言った。
「とにかく、それを読めばあんたの考えも変わるはずよ。……では、ご機嫌よう、フェルナンドさん。今後もキャンディスだけを愛してあげてくださいね」
ミケットはやけに刺々しい口調で言って、帰っていった。一体何だったんだろう? フェルナンド様もわけが分からなさそうな顔をしている。
わたしは手帳をポシェットにしまった。フェルナンド様がいるところでは読めないなら、当分は中に何が書いてあるのか知ることはできないだろう。
内容が気にならないと言えば嘘になるけど、ノアくんの家から帰ってきたら読むことにすればいいか。
とにもかくにも、気を取り直してわたしとフェルナンド様は甥の家に向けて出発することにした。




