お迎えは来たけれど……(1/1)
こうして、ミケットもサロメもいなくなってわたしは一人きりになった。とはいうものの、実家には両親やたくさんの使用人がいたんだけどね。
それでも一人だと感じてしまうのは、それだけ親友の存在が大きかったってことなんだろう。あの二人といると、心が休まるんだ。
でも、わたしは寂しさに必死で耐えた。わたしのところにも、考えを変えたフェルナンド様が来てくれる。そう信じて待つと決めていたから。
けれど、その日はなかなかやって来なかった。
「はあ……」
寝る時間になり、ベッドの上にうずくまったわたしはため息を吐く。今日もフェルナンド様は来てくれなかった。一体いつまで待てばいいんだろうという焦りにも似た感情は、日に日に胸の中で膨らむばかりだ。
わたしはネグリジェの裾をまくり上げて、足についたアザの具合を確認する。王都のダンジュー家を出る時に、ランジャック博士の発明品の時計が激突してできたものだ。
最初は絵の具を塗ったように不気味な紫色や黄色をしていたアザは、いつの間にか薄くなって消えていた。
跡が残るよりはこのほうがいいけれど、また一つフェルナンド様との繋がりが断たれてしまったようで、わたしの胸にはがらんとした虚しさが広がっていく。
その心細い気持ちは時間と共に募っていき、日を追うごとに体の内側が空洞になっていくようだった。
けれど、この物憂い空白がついに埋まる日が来た。なんと、わたしに会いたいと言っている男性が屋敷に来ているというのだ。
きっとフェルナンド様だ!
図書室にいたわたしは、読んでいた童話集を大急ぎで棚に戻して応接室へ駆け足で向かった。やっぱりフェルナンド様なら迎えにきてくれると思っていた。早くキスして、抱きしめて、それから、それから……!
けれど、応接室に飛び込んだ瞬間に、わたしの希望は粉々に打ち砕かれた。
「……レズリーさん?」
訪問者はフェルナンド様じゃなかった。夫の部下の青年だったのだ。
「キャンディスさん……」
レズリーさんはわたしを見るなり安心したような顔になる。そんな彼とは正反対に肩を落としながら、わたしはレズリーさんの正面のソファーに座った。
「フェルナンド様に何か言われて来たの?」
わたしは固い声で尋ねた。
きっとレズリーさんは、フェルナンド様から「妻を連れ戻してこい」と命令されたに違いない。
フェルナンド様は、どうしてそんな大切な役目を部下に押しつけてしまったんだろう? わたしが待っているのは大好きな旦那様だけなのに……。釈然としない気持ちが胸の中に広がっていく。
予想外なことに、レズリーさんはわたしの質問に「いや」と返事した。そして、どこか疲れた様子で続ける。
「でも、用件はキャンディスさんが察してるとおりだと思う。早く王都へ帰ろう」
「ダメ。わたしは何の理由もなくここにいるわけじゃないから」
わたしはきっぱりと首を横に振った。
「わたしはフェルナンド様のある決心を変えたいの。だから、ここで折れるわけにはいかないんだよ」
レズリーさんがフェルナンド様の退職の件を知っているのかは分からなかったので、慎重に言葉を選んだ。レズリーさんがうなだれる。
「そんなこと言わないでくれよ。あなたたち二人が離れ離れになるなら、何のために俺はキャンディスさんのことを諦めたんだか……」
「え?」
「いや、こっちの話だよ」
レズリーさんは片手を軽く振って、話を元に戻した。
「とにかく、キャンディスさんが戻ってくれないから、隊長の部下たちはすごく困ったことになってるんだ」
「どういう意味?」
わたしがここにいることと、レズリーさんたち部隊員には、何の関係もないと思うんだけど……。
首を傾げていると、わたしの心を読んだようにレズリーさんが説明を始める。
「あなたが出ていってから、隊長はずっと注意散漫なんだ。この間も、心ここにあらずだったせいで、訓練中に怪我をして……」
「フェルナンド様が重症を!?」
わたしは一瞬気が遠くなりかけた。蘇ってきたのは、前にフェルナンド様から聞かされた話だ。
フェルナンド様の部隊の副隊長さんは、以前に訓練で死にかけたという。ということは、今回のフェルナンド様も……?
「フェルナンド様の命が危ないのに、こんなところにいる場合じゃないよ!」
わたしは無意識のうちに大声を出して、ソファーから立ち上がっていた。レズリーさんが目を丸くしている。
「キャンディスさん? 急に何を……」
レズリーさんの話を最後まで聞かず、わたしは応接室を飛び出した。そして、車庫まで行って馬車の管理人に出発の用意を今すぐにしてほしいと告げ、車内に転がり込む。
「フェルナンド様……」
わたしは顔をうつむけ、両手を胸の前でぎゅっと握りしめた。
怪我はどれくらいひどいんだろう? きっと、今頃フェルナンド様はベッドの上で苦しんでいるに違いない。全身に包帯を巻かれている夫の姿を想像して、わたしの心臓は不吉なくらい鼓動を早める。
とにかく、何が何でもフェルナンド様のところへ戻らないと! 妻として、重症を負った夫を励ましてあげるんだ。
彼の手を握りながら「大丈夫ですよ。絶対によくなりますから」と言ってあげる光景を想像し、わたしは自分の心を慰めた。
外では、やっと追いついてきたレズリーさんが馬車の扉を叩いている。彼はフェルナンド様の容態について何か言おうとしたようだったけれど、わたしは反射的に耳を塞いだ。
どうせ王都へ行けば大怪我をしたフェルナンド様と対面することになるけど、夫が今どんな状態なのかを知るのは、一秒でも後回しにしたかった。
あまりにも悲惨なことを聞かされて、ショックで頭がおかしくなってしまったら大変だ。せめて、フェルナンド様と会うまでは正気でいないと!
やっと御者がやって来て、馬車が動き出す。彼には悪いけど、寝る間も惜しんで馬を走らせるように頼まないと。
「フェルナンド様……。今すぐ行きますからね。待っていてください」
わたしはそう呟いて、固く目を閉じた。




