溺愛され続けるために必要な10のこと(3/3)
おやつを食べ終えたタイミングで、わたし宛に荷物が届いていると使用人が教えてくれた。送り主はサロメとなっている。依頼していたドレスが届いたんだ!
荷物を抱え、わたしはいそいそと私室へ向かう。包みを開けると、出てきたのは鮮やかな赤いドレスだった。サロメが一番好きな色だ。こんなの貸してくれるなんて、わたしの親友ってば太っ腹~!
わたしはフリルたっぷりの服を脱いで、早速サロメのドレスに着替える。肩が完全に露出していて、裾は人魚のヒレのように広がったデザインだ。
さて、どれくらい大人っぽくなったかな?
姿見の前まで行こうとして、わたしはドレスの裾を思い切り踏んづけて転んでしまった。「痛たた……」と顔をしかめながら、のそのそと起き上がる。
その拍子に、ドレスのデコルテ部分がおへそまでずり下がって、胸元が丸見えになってしまった。
「ひえっ!」
わたしは慌ててドレスを引き揚げた。よかった、部屋に誰もいなくて……。
この時になって初めて、深刻な問題に気づいた。
サロメは背が高くてスタイルがいい。けれど、わたしはそれとは真反対だ。小柄だし、体にはほとんど凹凸がない。これから大人になろうとしているのにこんなことはあんまり認めたくないけど、幼児体型っていうやつだ。
要するに、サロメのドレスはわたしにはブカブカなのである。さっき転んでしまったのも、長々と床についている裾に足を取られてしまったからだった。
「仕方ない……」
これは少しドレスに手を加える必要がありそうだと思い、部屋中を漁って必要な道具を取りそろえることにした。
まずはありったけのハンカチ。これを胸元に詰めれば、もうデコルテがずり下がってくることはないだろう。……あれ、まだちょっと足りない? といっても、ハンカチはもうないし……。靴下で代用すればいいか。
続いて、ほとんど使ったことのないお裁縫セットに入っていたピンを取り出す。これで裾を止めれば……ほら! わたしでも着こなせる長さになった。
あとは腰回りが少しキツいけど、これは装飾の帯を少し緩めたらなんとかなりそうだ。
では、あらためて、大人っぽい服を着たわたしの姿をじっくり眺めますか。
ドキドキしながら姿見の前に立つ。きっと、鏡に写るのは最高に大人なレディーに違いない。
と思っていたのに……。あ、あれ? どうして?
胸元はボコボコしているし、腰回りはミチミチ。裾の辺りは布地がぐちゃぐちゃになって、みっともないことになっている。
これじゃあ、「大人っぽい女性」じゃなくて、「無理して大人っぽいドレスを着ている子ども」じゃん!
何が悪かったんだろう? ……あっ、そうか! 靴だ! サロメは荷物の中に靴も入れてくれていたのに、履くのをすっかり忘れていた。どんなにオシャレしても、裸足じゃ締まらないもんね。
そうだ。いいこと思いついた! 今日は特別にお化粧もしちゃおう。サロメはいつだってメイクバッチリだもん! これはサロメのドレスなんだから、彼女の流儀に合わせるのがベストだよね?
わたしはクローゼットの中でホコリを被っていたお化粧セットを出して、中身をあらためた。ええっと……何からすればいいんだろう?
とりあえずは、白粉かな? 美肌に見えるほうがいいだろうし、いっぱい塗っちゃおうっと。あとは……アイライン! 前にサロメが「目力は大事よ」って言ってたから。それから、口紅もつけておかないと。
それにしても、お化粧してるとなんだか成長したって感じがするなあ。今のわたしを見たら、きっとフェルナンド様は「キャンディスは本当に大人だな。愛している」と言ってくれるに違いない。
妄想に浸ってニヤニヤしていると、ドアにノックの音がした。わたしは目元をグリグリと黒く塗りながら、「はーい」と返事する。
「キャンディス、少しいいか? 週末の予定について話が……」
入ってきたのはフェルナンド様だった。わたしは思わず笑顔になる。
「わたし、今フェルナンド様のことを考えていたんですよ! すごい偶然ですね!」
「キャンディス……」
フェルナンド様は呆然としている。ひょっとして、この素晴らしく大人っぽい姿に見とれてるとか? わたしは誇らしい気持ちになった。
けれど、フェルナンド様は思ってもみなかったことを言いだす。
「どこか悪いのか?」
フェルナンド様が気遣わしげに顔を覗き込んできた。わたしは「いいえ」ときょとんとする。
「どうしてそんなことを聞くんですか?」
「君の顔に血の気が感じられないからだ。唇は腫れているし、目元にもこんなにクマを作って……。ちょうどいい。今、庭師のところに医師がいるから、すぐにここにも来てくれるように頼んでみよう」
「えっ……またお医者様にかかるんですか?」
何でフェルナンド様はこんなに心配そうな顔をしているんだろう? わたし、すごく元気なのに……。
そんなことを考えながら何気なく鏡台に視線を向けたわたしは、もう少しで悲鳴を上げそうになった。どこから現れたの、この白塗りお化け!?
……いや、わたしか。
うわ、メイク濃すぎ。お化粧に夢中で、自分の顔がどんなことになってるか、ちっとも気づかなかった。これは病気に見えてもおかしくない。
わたしはフェルナンド様に事情を説明する。妻の体調がいつもどおりだと分かったフェルナンド様は「よかった」と言って大きく息を吐き出した。
「そのドレスはどうしたんだ? 君のじゃないよな?」
フェルナンド様がわたしのドレスのデコルテからはみ出している布地を引っ張ると、胸に詰めていた靴下が出てくる。
フェルナンド様はそれをしげしげと眺めながら、「これは上半身より下半身向きの衣類じゃないか?」と言った。
「これはサロメから借りたドレスです。その……サイズが合わなかったので、隙間に何か入れておこうかな、と……」
わたしは両手の人差し指の先をツンツンさせる。フェルナンド様が見つけたのが、せめてハンカチだったらよかったのに。
「そこまでしてこのドレスが着たかったのか。だが、そんなに肩を出していては寒くないか?」
フェルナンド様は着ていた上着を脱いで、わたしに羽織らせてくれた。そして、かがみ込んでそっと囁く。
「赤も似合うな、キャンディス。すごく綺麗だ」
フェルナンド様に顎を持ち上げられる。わたしは反射的に目を閉じそうになって、ハッとした。
「ダ、ダメです!」
わたしはフェルナンド様の肩をぐいっと押した。
「今キスしたら、フェルナンド様に口紅がついちゃいます!」
なんてことだろう。こういう格好だと、フェルナンド様と満足に触れ合えないなんて! これは一大事だ。
サロメの服を借りてお化粧で大人っぽくなる作戦は失敗だ。『NO.5 見た目を変える』は、もっと違った方法で攻略する必要があるらしい。
わたしにキスを拒否されたのはこれが初めてだったから、フェルナンド様は呆気に取られたらしかったけど、理由が分かると「なるほど」と言って大人しく身を引いた。
ううっ……、行かないでください! わたしはフェルナンド様とキスしたいのに! 無理な注文だとは分かってるけど!
「それなら、君が化粧を落とすまでの間はこれで我慢しておくか」
フェルナンド様がわたしの唇に人差し指を置いた。そして、その指の上に自分の口を重ね合わせる。
こんなに顔が近くにあるのに唇が触れていないなんて、なんだか不思議。でも、わたしはときめきを覚えていた。やっぱり直接唇同士が接触するのが好きだけれど、こういう間接キスもたまには悪くないかも。
「……でも、結局は指に口紅がついちゃいましたね」
「そうだな。これなら、唇にキスしても同じだったかもしれない」
言うなり、フェルナンド様は不意打ちでわたしの唇を奪っていった。顔を離した時のフェルナンド様の口は、案の定赤く染まっている。あれ? キスマークのついたフェルナンド様も意外と素敵かも。
けれど、フェルナンド様が口紅を親指で軽く拭った瞬間に、わたしは落ち着いて夫に見とれていられなくなった。うわあぁ……色っぽい仕草! お腹の奥のほうがざわざわしてくる。
「もう一度しようか?」
フェルナンド様が顔を近づけてくる。
わたしは「ちょ、ちょっと待ってください!」と慌ててハンカチで口紅を拭き取った。これ以上キスマークが増えたら、フェルナンド様の色気に当てられて変になっちゃう! いや、フェルナンド様はいつだってセクシーだけど!
結局口紅を拭き終わっていないうちから二度もキスされ、三度目のキスが終わる頃には、わたしはすっかり脱力しきっていた。
口だけではなく、フェルナンド様の頬や首筋にも口紅の赤色が移っている。もう無理。フェルナンド様が艶っぽいせいで、キャンディスは再起不能に陥りました……。
「キャンディス」
それでも、フェルナンド様に優しく呼びかけられると、わたしは即効で復活した。さすが完璧な旦那様。わたしを骨抜きにするのも元気にするのもお手の物だ。
わたしはお化粧を完全に落とし、服を着替えてから、もう一度フェルナンド様にキスしてもらった。
やっぱりスタンダードが一番! ……でも、刺激が強いのもたまにはいいかな。口紅が綺麗に拭われたフェルナンド様の肌を、少しだけ名残惜しい気持ちで眺める。
わたしは部屋に使用人を呼んで、新しい服を注文する予定だから、今度屋敷に職人さんを呼んでおいてほしいと頼んだ。使用人が下がっていくと、フェルナンド様がわたしの足元を指差す。
「それは脱がないのか?」
わたしがはいていたのは、サロメの靴だった。もちろん、サイズが合わなかったので詰め物をしてある。
……何が詰めてあるのかは聞かないでよ? これがフェルナンド様に見つかったら、靴下の時みたいに恥ずかしい思いをするから。
「これをはいていると、いいことがあるんですよ」
大人っぽくなるっていう以外にね。フェルナンド様が「どういうことだ?」と尋ねる。わたしは得意げに胸を反らした。
「こうして上を見た時に、フェルナンド様のお顔がいつもより近くにあるんです!」
ね、素晴らしいでしょう?
「キャンディス……」
フェルナンド様は目を細めた。
「本当に君は……」
わたしが何なのかは聞けなかった。フェルナンド様が、もう何度目になるのか分からないキスをしてきたからだ。
でも、このキスが一番情熱的だった。お腹の奥だけじゃなくて、全身がじんじんしてくる。
まるで、全身が焼かれているみたいだ。真夏の太陽のように激しい恋の炎に焦がされて、指の先まで熱くなっていく。このまま燃え尽きてしまっても、それはそれで幸せなのかもしれない。
こんなことを考えるなんて、やっぱり手遅れだったのかも。わたし、とっくに変になっちゃってるんだ。
でも、いいか。幸せすぎておかしくなるっていうなら、それはそれで悪くないよね?




