溺愛され続けるために必要な10のこと(2/3)
考えた末、わたしは最初に取り組むべき項目を決め、次のお茶会で、早速リストの存在共々、サロメとミケットに事の次第を報告することにした。
「そんなわけで、リストの『NO.5 見た目を変える』からすることにしたんだ。で、相談なんだけど……サロメの服、貸してくれない?」
「あたくしの? なんで?」
テーブルの上に広げたリストをしげしげと眺めていたサロメが、首を傾げた。
「知り合いの中で一番の衣装持ちだからだよ。もちろん、新しく服を作らせるつもりではいるけど、それまでの間にやれることはやっておきたいなと思って」
「そういえば、今日の格好はどうしたの?」
ミケットは怪訝な顔で、サロメを上から下まで眺めた。
今日のサロメは、最後に会った時とはイメージが変わっていたのだ。
長い髪を三つ編みにして、眼鏡をかけ、首元の詰まった露出の少ない服を着ている。いつもの彼女とは真逆の装いだ。しかも、金色だったはずの髪は黒色になっていた。
「あんた、そんな落ち着いたドレスも持ってたのね。今日はあたしの服のほうが布地が少ないくらいよ」
ミケットは鎖骨が少しだけ見えている自分の栗色のドレスを指差す。
「男を落とすには、こういう清楚系に限るもの」
サロメは三つ編みを軽く持ち上げてみせた。ミケットは、「そういうこと」とすべてを察したような顔になる。
「男漁りのために見た目を変えたってわけね」
「人聞きの悪い言い方はよしてちょうだい。『素敵な人と出会えるお見合いパーティー』と呼んでほしいわ」
「『素敵な人にフラれ続けるお見合いパーティー』の間違いじゃないの?」
「そんなことないわよ! 今度こそいい男をものにしてみせるわ!」
あいかわらずサロメはパワフルだ。数々のお見合いパーティーを渡り歩き、理想の男性を求めるなんて。……かわいそうなことに、連戦連敗しているけどね。
最後に会った時にサロメが浮かない様子だったのも、パーティーで見事に失恋したかららしい。とはいっても、もう立ち直ったようだけれど。
「大体、フラれてるのはミケットも同じでしょう? 旦那様の様子は最近どうなの?」
「あいかわらずよ。よその女に目移りばかり。そのうち、浮気の証拠をつかんでやるんだから」
ミケットは、旦那様の浮気を疑う悩み多き女性なのだ。夫のことに話が及んだ途端に、険悪なムードを漂わせる。サロメは、「ほら、ご覧なさい」と勝ち誇ったような顔になった。
「お見合いパーティーで結婚相手を見つけなかったから、こうなるのよ!」
「それは関係ないでしょう。大体、そんなところへ足繁く通ったりしたら、周りの人から浅ましい女だと思われるわ」
「考えが古いわよ。今時の貴婦人っていうのはね……」
「二人とも、そこまで!」
わたしは言い争いを起こしかけている友人たちを仲裁した。どうせ放っておいてもいつものようにそのうちに決着がつくだろうけど、今は大事な話の最中なのだ。
「それでサロメ、わたしに衣装を貸してくれるの?」
「ええ、もちろんいいわよ」
あっさりと口げんかをやめて、サロメは了承した。
もともと、二人は本気でいがみ合っているわけではないのだ。
現実的なサロメと、時々妄想が度を越してしまうミケットでは、意見が食い違ってしまうだけで、二人ともちゃんとそれを分かっているのである。
その証拠に、彼女たちの関係に決定的な亀裂が入ったことは一度もなかった。
「ところで、キャンディス。あんた、本当にこんなことするの?」
協力的なサロメとは対照的に、ミケットはうさんくさいものを眺めるような目でリストを見ていた。わたしは「当たり前でしょう」と返す。
「だって、ミケットが言ったんだよ? 大人にならないと嫌われる、って」
「いや、それは……」
「わたし、もう決めたんだから! というわけで、次は『NO.4 食べ物の好みを変える』をやっていくよ! ……店員さ~ん!」
テーブルに置かれたベルを鳴らすと、清潔なエプロン姿の女性が近づいてくる。わたしはメニューに書かれたある飲み物を、指をしゃんと伸ばして指示した。
「コーヒーを一つ。お砂糖とかミルクとか、そういう子どもっぽいものは入っていないのをお願いします」
かしこまりました、と言って店員さんが去っていく。サロメとミケットがポカンと口を開けた。
「あんた、いつの間にコーヒーが飲めるようになったの?」
「しかも、ブラックなんて……」
「飲んだことはないよ。これが初めて」
早速注文の品が運ばれてくる。ああ、なんて豊かな香り! これぞ大人の匂いだ。
わたしは目の前に置かれた湯気の立つコーヒーに向かって微笑する。真っ黒な液体は月の出ていない闇夜のようだ。闇夜……これも大人っぽい!
「じゃあ、乾杯~!」
まだサロメたちの注文したものは届いていなかったけれど、わたしは高らかに宣言して、カップを傾けた。
サロメとミケットが止める声が聞こえた気がしたものの、その時にはコーヒーはすでにわたしの口の中に入っている。
「……」
人生初のコーヒーを体験したわたしは、音を立ててカップをソーサーに置いた。口の中の液体を息を止めながらなんとか飲み込み、大きく肩を上下させる。
「に……苦い……」
わたしは信じられない気持ちでコーヒーを見つめた。
「何これ。信じられない。きっと店員さんが注文を間違えたんだ! こんなの、人間が飲んでいい味じゃないよ!」
「大げさねえ」
サロメがコーヒーを一口すする。そして、「ブラックだとこんなもんでしょ」と事もなげに言った。
「まあ、お子様にはまだ早いかもしれないけど」
「ミルク、注文してあげましょうか?」
「い、いらないよ!」
気を使っているんだかバカにしているんだかよく分からない言葉に、わたしは意地になって首を横に振った。
「さっきはちょっとびっくりしただけ。これくらい飲めるよ! 楽勝楽勝……」
わたしは強がりを言いながらコーヒーをちびちび飲んでいく。うう……。楽しいお茶会が拷問タイムに早変わりだ。こんな苦い液体の何がいいのか、さっぱり分からない。
それでもどうにかカップ一杯分を飲み干した。途中のほうからすっかりぬるくなってしまって、いっそうまずくなったけど、どうにか気力で乗り切る。
お茶会が終わる頃には、わたしはぐったりと疲れ果てていた。
「キャンディス、本当に大丈夫?」
お会計を終えてお店を出たあと、サロメが眉根を寄せながら尋ねてくる。わたしは空元気を出して、「平気」と笑ってみせたけれど、頬が引きつっているのが自分でも分かった。
「それで、次はいつ集まるの?」
ミケットが灰色の手提げカバンからスケジュール帳を取り出す。わたしも手帳を開いた。
「えっと……今週末は? ……あっ、ダメだ。その日は出かける用事があったんだ。……十日後でどうかな?」
「ちょっと無理かしら。あたくし、ランジャック博士のパーティーにお呼ばれしてるもの」
「あたしもよ。……っていうより、キャンディスもでしょう?」
「えっ? そんなの知らないよ」
わたしの言葉に、サロメとミケットは奇妙な顔になる。
「そんなわけないでしょう。ランジャック博士は、最近騎士団に研究員として雇われたばかりじゃない。つまり、フェルナンドさんと同じ職場で働いてるってことよ。地位の低い兵士ならともかく、あんたたちみたいな上級武官の夫婦が、パーティーに招待されてないなんてこと、あるわけないわ」
それもそうだ。まさかランジャック博士がイジワルして、うちにだけ招待状を送ってこなかったとか?
いや、そんな嫌がらせはあまりにも子どもっぽいか。偉い学者さんがすることじゃないよね。
「わたし、あとでパーティーのこと、フェルナンド様に聞いてみるね」
多分真相は、招待状は届いてたけど、フェルナンド様がわたしに伝え忘れてたとかなんだろう。フェルナンド様はお仕事がお忙しいんだから、ささやかな伝言ミスくらいしてしまうのも不思議じゃない。
招待状が届いてるなら、この集まりにはぜひとも参加したかった。
パーティーでそつのない振る舞いができたら、大人リストのNO.10の『周りの人といい関係を築く』にチェックを入れられるはずだ。
夫の仕事の関係者は、「周りの人」に該当するよね?
次のお茶会は二日後に行うと決めて、親友たちと別れる。
帰宅したわたしは真っ先に夫のところへ向かおうとした。今日はフェルナンド様のお休みの日だったのだ。
けれど、その前に料理長が嬉しい知らせを持ってきてくれた。
「奥様、ちょうどよかった。今し方、ケーキが焼き上がったところです。お味見してください」
「わあ……! ケーキ!」
やった~! 甘いもの大好き!
わたしは歓声を上げて、辺りを跳ね回りたいような気分になる。せっかくだから、フェルナンド様と一緒におやつを食べながら、ランジャック博士のパーティーのことを聞いちゃおうっと!
……いや、待って待って待って。
無邪気にはしゃいじゃったけど、それでいいの、キャンディス?
よく考えてみて。大人はおやつなんて、食べないんじゃない?
わたしは軽く深呼吸して、考えを巡らせる。……うん、間違いない。おやつで喜ぶのは子どもだけだ。
「ごめんなさい。おやつはいらないかな」
「お、おやつは……いらない!?」
わたしの返事を聞いた途端に、料理長の様子が急変した。顔が真っ青になり、ガタガタと震え出す。え……どうしたの? 病気かな?
そんなことを考えていると、バタンと何かが倒れるような音がした。振り向くと、なんと家令が床で気絶しているではないか。
異変はそれだけでは終わらなかった。
年若い使用人たちは固く抱きしめ合ってわんわんと泣き喚くし、誰かが知らせを寄越したのか、植木の剪定をしていた庭師がハシゴから転げ落ちたという話まで聞こえてくる。
「え……あの、皆……?」
そろいもそろって、何が起きたの? 事態についていけず、わたしは困惑するしかない。そんな中、食堂の扉が大きく開け放たれた。
「奥様、お医者様を連れてまいりました!」
開いた扉から入ってきた侍女が、手柄顔で報告する。彼女の後ろにいたのは、白衣が眩しいおじいさんだった。
「はい、喉の奥を見るよ~。舌を出して~」
「あの、わたひ、びょうきじゃないんれふけど……」
「喋らないでね~」
医師はわたしの熱を測ったり脈を取ったりと大忙しだ。そこへ、肩を落とした料理長が近づいてくる。
「奥様……どうかこれを受け取ってください」
料理長がエプロンで目元を拭いながら差し出してきたものを見て、わたしはぎょっとする。退職届って何!?
「私は奥様に満足していただけるような料理を作れませんでした。となれば、もうこのお屋敷にはいられません。長い間、お世話になりました」
「ちょ、ちょっと待って!」
わたしは薬を飲ませようとする医師を慌てて制止させ、食堂から出ていこうとする料理長の進行方向に立ち塞がる。
なんだかよく分からないけど、わたしがおやつを食べないと、皆が混乱状態に陥ってしまうらしい。屋敷中を動揺させるのは、大人のすることじゃないよね。
それに、このままだと使用人たちはフェルナンド様を呼びにいってしまいそうだった。これ以上騒ぎが大きくなるのは避けないと!
わたしは背筋を伸ばし、威厳たっぷりな態度で料理長に申しつけた。
「おやつ、食べるから用意して」
「おお、食べていただけるのですか!」
途端に、料理長の顔から憂鬱が消し飛んだ。
食堂内の空気も、一気に和んだものになる。
家令がむくりと床から起き上がり、若い使用人たちは「よかった、よかった」と言いながら手を取り合って喜び合い、侍女は「今度はハシゴから落ちた庭師を診てあげてください」と、医師を庭に連れていく。
ふぅ。やっぱりいつもどおりの屋敷が一番だ。わたしはケーキを頬張りながら、うんうんと頷く。
「あっ、そうだ。一つ言っておきたいんだけど……」
わたしは手ずからケーキを切り分けていた料理長に話しかける。
「今度からは、ご飯に野菜もたくさん入れていいからね」
「え……ですが、奥様はお野菜がお嫌いだったはずでは……」
「そんなわけないじゃん。食べられるよ」
大人リストの『NO.4 食べ物の好みを変える』は、まだ達成できていない。でも、野菜を美味しく食べられたら、この項目は完了したと思っていいだろう。
「では今日の夕食は、トマトをたっぷりと使ったメニューにしますかねえ」
料理長が思案顔で呟く。わたしはもう少しで、「トマトはダメ!」と言いそうになった。
でも、すんでのところで思いとどまる。大人は好き嫌いなんてしない! 当然、トマトも食べるんだから!




