爆発まで、あと0日(1/2)
それから三日後。すっかり荷造りを終えたわたしは、あらかじめ準備しておいた書き置きの手紙を机の上にそっと置いた。
『格好よくて最高に完璧なフェルナンド様へ
わたしはしばらく実家に帰ります。心配しないでください。フェルナンド様と離れていても、わたしはちっとも寂しくなんかありませんから。
わたしが今望んでいるのは、フェルナンド様がこれからも騎士として活躍してくれることだけです。それで、副騎士団長に昇進してほしいです。
フェルナンド様は人の上に立つのに相応しい人だと思います。だから、わたしのために将来を諦めないでください。フェルナンド様が考えを変えてくれたら、わたしもこの屋敷に戻ろうと思います。
最後になりますが、わたしはどんなに遠い場所にいても、フェルナンド様のことが世界で一番大好きです。
だから、わたしがフェルナンド様を嫌いになって、こんなことをしたと思わないでくださいね。わたしは本当の本当にフェルナンド様が大好きです。すごく大好きなんです。大切なことだから二回書きました。
あなたのキャンディスより』
手紙を書くのはあんまり得意じゃないけど、言いたいことは全部書き記したつもりだ。これで、フェルナンド様にもわたしの気持ちが伝わるだろう。
……あっ、今読み直したら「大好き」って三回言ってる。最後のところ、書き直しておかなきゃ……。
わたしは慌てて「大切なことだから二回書きました」の「二回」の部分を傍線で消して、「三回」に修正した。ふう、気づけてよかった。見直しって大切だなあ。
わたしは手帳を取り出して、大人リストの『NO.10 周りの人といい関係を築く』にチェックを入れる。
……終わった。
思えば、長い戦いだった。でも、締め切りギリギリとはいえ、なんとかリストを完成させることができたんだ。これでわたしも立派な大人だ。「スイスイと甘いものをかみ分ける」という状態である。
これまでの苦労を思い、わたしは達成感をじっくりと味わう。
……そのはずだったんだけど。
なぜか、わたしの心は沈んでいた。この三カ月というもの、ずっとこのリストを完成させるために頑張っていたのに、どうしたんだろう?
でも、その原因はすぐに分かった。わたしが成長しなきゃと思ったのは、フェルナンド様と一緒にいるためだ。でも、こうして大人になった今、わたしはフェルナンド様と離れ離れになる決断をしている。
何だろう、この皮肉な状況は。
でも、今さら決心を変えることはできない。こうするのが一番いいってとっくに決めたんだもん。わたしが出ていかないと、フェルナンド様は騎士を辞めちゃうんだよ? そんなの、どう考えてもよくないことだ。
ギギギ……ギギギギ……! ガチャン、ガチャン! ガチャ……!
壁際の時計が発する異常な音に、わたしの感傷は吹き飛んだ。そうだ。これを止めるのを忘れてた! このままだと、屋敷が爆発しちゃう!
わたしは椅子を持ってきて、『爆発まで、あと0日』と表示された時計を壁から外し、床に置いた。
きっと、わたしが爆発日を設定した時間に装置が作動するようになっているんだろう。ランジャック博士からこの発明品をもらったの、何時頃のことだったっけ……?
ギシギシ! ガチャン、ガチャン!
そんなことを呑気に考えている場合じゃない、と忠告するように時計の音がさらに不穏なものになっていく。分かった分かった! 今止めるから!
ええと確か……下のほうについている文字盤に秘密の言葉を入力するんだったよね? 秘密の言葉、秘密の言葉……。
一瞬、「そんなの忘れちゃったよ!」と焦りかけた。でも、大人の女性は不測の事態にもちゃんと備えてあるものだ。わたしはあることを思い出して、手帳をパラパラとめくる。
……あった!
用意のいいわたしは、こんな時のためにしっかりと手帳に秘密の言葉を書き写しておいたのだ。
なるほど、「リスト完了」って入れればいいんだね。わたしは優雅な手つきで文字盤を操作した。
これで時計は止まるはずだ。
ガチャン、ガチャン! ガチャガチャガチャガチャガチャ……!
あ、あれ? 何で音が大きくなってるの? しかも、ブルブルと震えだして……。
そう思った瞬間、時計の下部からにょきっと二本の車輪が飛び出した。そして、時計はその車輪を回転させ、部屋をぐるぐると回り出す。
ガチャガチャガチャガチャガチャ……!
「止まって! 止まってよ!」
何が起きているのか分からずに途方に暮れたわたしは、その場で立ち尽くすしかない。すると足に時計が激突してきて、思わず飛び上がった。
ものすごく痛いんだけど! 今の、絶対アザになったよ!
どうしてランジャック博士は、時計がいきなり走り回ったら面白いと思ったんだろう。おかしな音も全然鳴り止まないし、ひょっとして壊れてるの?
もしくは、わたしが秘密の言葉を間違えたとか? ……いや、それはないか。ちゃんと手帳に書いてあるとおりに入力したんだから!
原因はともかくとして、わたしは嫌な予感を覚えていた。時計が壊れているのなら、爆発は防げないかもしれない。つまり、このまま放っておいたら屋敷が木っ端みじんになっちゃうってことだ。
わたしはまたタックルされないようにベッドの上に避難しながら、暴れ回る時計の様子を観察した。椅子をなぎ倒し、壁紙を傷つけ、やりたい放題だ。たちの悪い酔っ払いみたいである。わたしのお上品な酔い方を見習ってよね!
どうしようかと悩みながら、わたしは秘密の言葉を書いた手帳の余白に何気なく目をやった。すると、そこに素晴らしい解決法が載っているのに気づく。
『マニュアルは机の一番下の引き出しにある』
そういえば、ランジャック夫人がそんなものを配っていたっけ。そこには、時計の爆発を止める方法が書いてあったはずだ。
わたしは時計の攻撃を慎重に避けながら、机の上に飛び乗った。腕を伸ばして一番下の引き出しを開けて中を漁り、マニュアルが書かれた一枚の紙を取り出す。
これでもう大丈夫だ。わたしは、おとぎ話に出てくる悪いドラゴンを倒すための聖剣を手に入れた騎士のように不敵に笑った。
「覚悟しなさい! あなたが好き勝手にできるのも、ここまでだからね!」
なんだか無敵になったような気がして、決めゼリフを吐きながら机の上から飛び降りた。格好よく着地すると、こちらに近づいてきた時計に飛びかかる。
ギギギ! ギギギ!
取り押さえられた時計は、全力で抵抗を試みた。けれど、わたしは物語の騎士と同じで、敵を逃がしはしないのだ。体全体を使って、時計を押さえ込む。
よし、あとは時計の停止方法を確認するだけだ。
そう考えた矢先、わたしの視界を白い欠片が舞う。何だろう? 雪かな? でも、今は春だし、何よりここは室内だし……。
……違う。雪じゃない!
大変なことに気づいて、わたしは血の気が引いた。
なんと、大事なマニュアルが時計の車輪の回転に巻き込まれ、切り刻まれていたのだ。
わたしは慌てて時計から飛び退く。でも、もう手遅れだった。マニュアルは半分以上が破れて無残な姿に変わり果てている。内容を判別することは、もはや不可能だった。
バキンッ!
呆然となっていたわたしは、恐ろしげな音に我に返った。いつの間にか室内から例の爆発物が消えている。そして、ドアには時計の形に穴が空いていた。……嘘でしょう!?
わたしは使い物にならなくなったマニュアルを放り出して、穴から顔を出して外の様子をうかがった。予想どおり、廊下の向こうを時計が疾走していくのが見える。




