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幼妻は大人になりたい ~年上旦那様との溺愛生活を守るために大切な10のこと~  作者: 三羽高明


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幼妻、接待をする(1/2) 

「今日はお仕事のはずじゃ……」


 言いかけて、慌てて口を塞ぐ。会話しちゃダメ! ……だ、大丈夫だよ。今のは独り言だから……。


「休みを取った」


 フェルナンド様がわたしの独り言に答える。


 わたしは慌ててドアを閉めようとしたけど、フェルナンド様が素早く足を差し入れてきたので、扉を閉めることができなかった。


 ひゃあ……今の痛くなかったかな? 靴は履いているけど、結構がっつりぶつけちゃったし……。


 けれどすぐに、今はフェルナンド様のことよりも自分の身を心配するべきだと考え直した。夫が固い表情でこちらに詰め寄ってくる。


 わたしは思わず後ずさりした。けれど、膝裏に何かが当たってバランスを崩してしまう。


 幸いにも倒れ込んだのがベッドの上だったので怪我はしなかったけど、上からフェルナンド様が覆い被さってきて、わたしはあっという間に逃げ場をなくしてしまった。


 それでも、なんとかしてフェルナンド様を押しのけようと儚い抵抗を試みる。けれど、夫に両手首をつかまれて動きを封じられてしまった。


 だ、大ピンチだ……!


 本当なら、そんなふうに焦らないといけない場面なんだろう。けれど、わたしの胸はときめきで高鳴っていた。無意識のうちにごくりと喉を鳴らす。


 フェルナンド様がすぐ傍にいて、わたしに触れている。この四日間で初めて、わたしの心は潤いを取り戻し始めていた。


 でも、これだけじゃ足りない。もっとフェルナンド様の温もりを感じたい。


 その願いに応えるように、フェルナンド様が指先ですうっとわたしの頬を撫でる。そして、唇の輪郭をそっとたどり始めた。


 もう手首は拘束されていなかったけど、わたしは身じろぎ一つせずに、夫の優しい手の感触をうっとりと味わう。


 フェルナンド様がさらに姿勢を低くした。


「キスしてもいいか?」


 フェルナンド様がわたしの耳元で囁いた。脳までとろけそうなほどの甘い声が、わたしの体中を毒のように駆け巡る。全身から力が抜け、体温が急上昇するのが分かった。


 わたしは夢心地で頷く。今フェルナンド様とキスできるならほかに何もいらない。本気でそう思っていた。


 フェルナンド様の濃緑色の瞳が潤む。その熱っぽい輝きに、わたしの心は一瞬で絡め取られてしまった。夫の服をつかみ、目を閉じる。甘美なキスへの期待に、心臓がトクトクと脈打っていた。


 けれど、指先に冷たくて固い感触を覚えて、夢から覚めたように冷静さが戻ってくる。わたしはフェルナンド様の制服と一緒に、彼が胸につけていた勲章もつかんでいたのだ。


 今日は休みを取ったとのことだったけれど、きっと前から計画していた休暇ではなかったのだろう。


 職場に着いてから急に……もしくは通勤中に突然思いついたのかもしれない。寝起きで油断している妻を待ち伏せしよう、って。


 わたしはキスの直前で、顔をふいとそらした。そのため、フェルナンド様の唇はわたしの口ではなく頬に落ちる。夫は目を丸くした。


「キャンディス?」


 フェルナンド様が戸惑うような声を出す。わたしは唇を引き結んだ。


 自立した妻は、キスなんてしないのだ。こんなふうに夫に触られていることも本当はいけないのに、口づけまで交わしたらせっかくの計画が台無しになってしまう。


 しばらく、二人は無言だった。わたしはフェルナンド様が客間から出ていってくれることを一心に願う。


 彼がもう一度、今度は無理やりキスしようとしたら絶対に抗えない。フェルナンド様のほうが力が強いからではなく、わたしも本心では夫との触れ合いを望んでいるからだ。


 わたしは自分の意志の弱さを恨まずにはいられない。


 けれど、優しいフェルナンド様は無理強いをしなかった。その代わりに、どこか傷ついたような声で問いかけてくる。


「私が嫌いになったのか?」


 まさかの言葉に、わたしは目を見開いた。即座に首を横に振る。


『大好きです』


 わたしは口の動きだけでそう伝えた。フェルナンド様はわたしからのメッセージを正確に読み取ったようだ。表情が少し和らいだ。指先をわたしの唇にふんわりと宛がう。


「どうして声に出して言ってくれないんだ?」


『だって、フェルナンド様と会話しちゃいけないから。わたしは旦那様がいなくても寂しくない、しっかり者の妻なんです。そういう人は、夫と話をしちゃいけないんです』


 今度は長文だったためか、それとも唇の動きが早すぎたせいか、フェルナンド様はわたしの言いたいことがよく分からなかったらしい。


 しばらく首をひねっていたが、やがて「よく分からないが、分かった」と言ってわたしの上から退いた。


「きっと君にも何か考えがあるんだろう。キャンディスは気まぐれでこんなことはしない。そうだな?」


 わたしは黙って頷いた。フェルナンド様がわたしを抱き起こしてくれる。


「君の気のすむようにやりなさい。私はそれを見守ろう」


 妻の頭を軽く撫でてから、フェルナンド様は出ていった。わたしは大きく息を吐く。


 フェルナンド様はわたしの変化に困惑していたけど、まだ考えを変えるには至っていないようだった。どうやら次の手を打たないといけないらしい。


 この四日間、わたしはただ落ち込んでいたわけではない。フェルナンド様が騎士のままでいられる方法はないか、ちゃんと考えていた。そして、妙案を思いついたのである。


 朝食をすませると、わたしは馬車に乗って屋敷を出た。向かった先は騎士団本部だ。


「本日はダンジュー将軍はお休みだそうですよ」


 守衛室に行くとそう告げられたけれど、わたしは「今日は別の人に用があって来ました」と言った。


「夫からの伝言を預かってきたんです。騎士団長さんにお会いできませんか?」


 もちろん、フェルナンド様からの伝言なんて嘘である。けれど、守衛さんはわたしの言葉を素直に信じて、面会の許可を取りに建物の中に走っていった。


 しばらくして戻ってくると、「お会いになるそうです」と言われる。わたしは胸をなで下ろした。ここで門前払いされたら、わたしの素晴らしいアイデアもおしまいになるところだった。


 通された先は応接室だ。そこで待っていたのは、白髪頭のおじいさんだった。


 この人、知ってる! 騎士団員が参加しているイベントで顔を見かけた男性だ。地位が高そうだとは思っていたけど、まさか騎士団長だったなんて……。


「初めまして。フェルナンド・ダンジューの妻のキャンディスです。本日はお願いがあって参りました」


 わたしは「担当(・・)直入」に切り出した。緊張で声が固くなっている。


「もし夫が辞表を提出しても、受け取らないでほしいんです」

「それが、ダンジュー将軍の伝言ですか?」

「いいえ。ここへはわたしの独断で来ました」


 さすがは騎士団長である。事前に守衛さんから聞いていたであろう用件と、わたしが違うことを言い出したにもかかわらず、目の前の老紳士は落ち着き払っていた。


「わたしは、夫には騎士としての才能があると思っています。彼は副騎士団長にもなれるお皿(・・)なんですよね? それなのに、ここで全部投げ出してしまうなんてもったいないです」


 ……あれ? お皿じゃなかったっけ? 器だったかも。まあいいか。食器であることには変わらないんだし。


「わたしは夫に騎士のままでいてほしいんです」


 言いたいことを言ってしまうと、やっと緊張が解れてきた。わたしは出された紅茶を一気飲みする。団長さんが軽く笑った。


「いい飲みっぷりですな、ダンジュー夫人。これは紅茶以外のものも(たしな)むと見ました。意外といける口ですか?」


「はい、いけます」


 何のことかよく分からなかったけど、話を合わせておく。団長さんが楽しそうな顔になった。


「場所を移しましょうか。腹を割って話すには、こういう堅苦しい場は不向きです」


 そう言って、団長さんは本部内にある建物の一角へわたしを連れていった。


 室内は少し薄暗く、カウンターが設置されている。その向こう側に、(のり)の利いたシャツを身につけた男性が立っていた。その人の背後の天井まで届く棚には、ワインボトルがずらりと並んでいる。


「ここって……酒場(バー)ですか?」


 ムードたっぷりな内装を、わたしはしげしげと眺める。こういうお店に入ったことはないけど、話には聞いていたのですぐにピンと来たのだ。


「どうして騎士団の本部にこんな場所が?」

「外部の方との商談や接待のために作られたんですよ」


 言われてみれば、テーブル席では騎士の制服を着た人と商人らしき人が何やら話をしている。なるほど、会議室以外にも話し合いの場があるってことか。


「そのほか、仕事が終わったあとの団員も自由に利用していいことになっています」


 団長さんは慣れた仕草でカウンター席に座った。目で促され、わたしも彼の隣にちょこんと腰かける。辺りを見回しているうちに、気分が上がってくるのを感じた。


 なんて雰囲気のある場所だろう! それに、接待っていうのも大人っぽい! こんなことができるようになったなんて、わたしもかなり成長したんだなあ。我ながら、惚れ惚れしちゃう!

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