泣きっ面に遭難(3/3)
「フェルナンド様ぁ~! ご、ごめんなさい! わたし、わたし……」
「僕がいけなかったんです! 僕がキャンディスを探検に誘ったせいでこんなことに……!」
「二人とも、少し落ち着きなさい。もう大丈夫だから」
フェルナンド様がわたしたちの頭を撫でてくれる。わたしは体中から安心感が湧いてくるのを感じていた。やっぱり、フェルナンド様は誰よりも頼もしい人だ。
「奥方様と甥御様はいらっしゃいましたか?」
「ああ、二人とも無事だ」
フェルナンド様の後ろから、ランタンを持った男性の集団が登場した。
フェルナンド様曰く、この辺りの別荘に滞在している貴族たちの使用人らしい。行方不明の二人を探すために人手がいると話したところ、こうして彼らを貸してくれたのだとか。
捜索隊と共に三人で山を下りる。わたしとノアくんは、フェルナンド様の両側に立って、彼と手を繋いだ。
どうしてこんな山の中でも迷わないで歩けるんだろう、と不思議に思っていたけど、よく見たらあちこちの木の枝に赤い布が巻きつけられていた。どうやら、これを目印にしているらしい。
ランタンの明かりは決して大きくはなかったけど、真っ暗な山の中では煌々と光るシャンデリアのような輝きを放っていた。
クマかもしれないとパニックになっていなければ、わたしやノアくんも人工的な明かりの存在にすぐに気づけたかもしれない。
それに風がもっと弱かったら、皆がわたしたちを見つけようと大声で名前を呼ぶ声も聞き取れていたはずだ。
「来るのが遅くなってしまってすまない」
フェルナンド様が申し訳なさそうに言った。ノアくんが「いいえ」と返す。
「遊びにいった僕の帰りが遅くなるなんて、しょっちゅうですから。きっと、母上は今回もいつものことだと思ったんでしょう。……母上、怒っていましたか?」
「……機嫌がいいとは言えないな」
フェルナンド様の言葉に、ノアくんが口元を歪めた。帰ったら、長時間のお説教が待っていると覚悟したのだろう。
ノアくんが顔をうつむかせて目をしょぼつかせる。足取りも段々とゆっくりになっていった。彼もかなり疲れているんだろう。
「ほら」
立ち止まったフェルナンド様がノアくんに背中を向けてかがみ込む。ノアくんは初めは遠慮していたけど、眠気には勝てなかったのか最終的にはフェルナンド様の背に体を預けた。
おんぶされたノアくんは、あっという間に寝息を立て始める。安らかな寝顔に、わたしはほっとした。大変な目に遭ったけど、今の彼は少なくとも穏やかな気持ちでいるらしい。
「キャンディスも疲れただろう? 本当は君のことも抱えてやりたいが……」
「平気です」
ノアくんをおんぶしたことでフェルナンド様の両手は塞がっていたので、わたしは彼と手を繋ぐのを諦めて、夫の腕に自分の手を静かに重ねた。
「手間を取らせました」
ノアくんの寝息を聞きながら、わたしはフェルナンド様に謝った。
「すごく心配しましたよね……?」
「当然だ」
即答され、密かに唇を噛んだ。
わたしは一体何をやっているんだろう。
救助されたという安心感が罪悪感に取って代わる。わたしはもうフェルナンド様に迷惑をかけないと決めていたのに、こうして彼に余計な心配をかけさせたのだ。
遭難中はノアくんに気を使わせてしまったし、今日は失敗ばかりしている気がする。こんなの、大人のすることじゃないのに。今のわたしって……すごく子どもみたいだ。
「本来なら、君のことを叱るべきなんだろうな」
フェルナンド様がため息を吐いた。
「だが、君の無事な顔を見た途端に、そんな気はすっかり失せてしまった」
……それって、わたしに呆れたってこと? もう興味もなくしちゃったの?
胸がズキンと痛む。自分自身で招いた結果だとはいえ、取り返しのつかないことをしてしまったという事実に、わたしの気持ちは塞いでいく。
やっぱりこんな子どもみたいな奥さんじゃ、フェルナンド様は満足できないんだ。
「……ごめんなさい、フェルナンド様」
視界が涙でにじむ。瞬きしたら、今にも涙がこぼれてしまいそうだ。
「でも、あと少しだけ……あと十一日だけ待ってください。そうしたら……」
「キャンディス? 何の話だ?」
「お願いです、お願いですから……」
こらえきれずに、わたしはしゃくり上げた。十一日後は大人リストの締め切り日だ。残っているのはあと一つ『周りの人といい関係を築く』だけ。十一日あれば、きっとその項目を達成することができる。
そうすれば、わたしは完全な大人に生まれ変われるんだ。フェルナンド様の関心を取り戻すことだってできるだろう。それで、彼はまた前みたいにわたしを愛してくれるに違いない。
「よく分からないが、それで君の気がすむなら好きにしてくれ」
フェルナンド様の言葉に、わたしはほっとした。彼はわたしにチャンスを与えると言ってくれているんだ。そう、最後のチャンスを。
フェルナンド様の慈悲に感謝しないと。この機会はなにがあっても無駄にできない。わたしには、もうあとがないんだ。大人にならないと、待っているのはフェルナンド様とお別れする最悪の未来。そんなのは絶対に嫌だ。
焦りにも似た感情が、わたしの心を埋め尽くしていく。そのせいなのか、疲れていたにもかかわらず、別荘に戻ってもわたしはなかなか寝つくことができなかった。




