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幼妻は大人になりたい ~年上旦那様との溺愛生活を守るために大切な10のこと~  作者: 三羽高明


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幼妻、記者と腹の探り合いをする(2/3)

「奥方様は、この件を最初に耳にした時、どのように感じましたか?」


 記者はカバンから帳面とペンを取り出して、前のめりになった。


「……とても衝撃を受けましたね」


 わたしは曖昧な返事をする。記者が「具体的には?」と質問を重ねた。


「ええと……まさかそんな! みたいな……」


 わたしは大げさに口元に手を当ててリアクションをしたけれど、記者はこの答えでは不満だったらしい。帳面は白紙のままだ。


「奥方様は、今回のことについてご自分に責任があるとお思いですか?」


 うっ……。痛いところを突いてくるなあ。


 ミケットによれば、フェルナンド様が昇進を断ったのはわたしに原因があるらしいけど……。そんなことを言われてもまるで心当たりがない。


 本当にわたしのせいなら申し訳ないとは思うものの、思い当たる節がないのでは、何を反省すればいいのかも分からなかった。


 ……よし、まずはこの辺から探りを入れることにしよう。わたしはできるだけ落ち着いた態度を心がけながら、記者の質問に答える。


「それは、わたしの口からは何とも言えませんね。……皆さんがどう思っているかは分かりませんが」


「はっきり言って、奥方様を糾弾する声は大きいでしょうねえ」


 記者はうんうんと頷いてみせる。


「とんだ食わせ者だとか、悪女だとか、そういう印象を抱かれる方が多いでしょう。男心を(もてあそ)んだ、とね」


「わたしはフェルナンド様の気持ちを弄んだことなんて、一度もありません」


 思わずムッとして反論した。


「わたしはフェルナンド様のことをとても大切に思っています。彼のためにならないことはしません。……少なくとも、意識的にすることはありませんよ」


 馬上槍試合でのことを思い出し、小声でつけ足した。記者は興味深そうな顔で帳面に何かを書きつける。


 それにしても、どうして男心がどうとかいう話が出てくるの? それがフェルナンド様の昇進辞退と何か関係があるんだろうか?


 不思議に思っていると、記者はさらに奇妙なことを言い出した。


「つまり、奥方様の本命は旦那様ということですね。あの人とは遊びで、大した思い入れはなかった、と」


「……遊び?」


「おや、違うのですか? では、こういうことでしょうか。本当はあちらが本命だったけれど、彼が逮捕されたので仕方なく旦那様に乗り換えた……」


「ちょ、ちょっと待ってください」


 わたしは記者の話を中断させた。さっきからこの人は何を言っているの? 遊びとか本命とか、わけ分かんないよ!


「あなたは、フェルナンド様が副騎士団長に昇進する話を断った件で取材に来たんでしょう? それなのに、どうしてさっきから意味の分からないことばかり聞くんですか?」


「昇進を断った?」


 記者は目を丸くする。明らかに、そんな話は初耳のようだった。彼の手がさらさらと帳面の上を滑るのを見て、わたしは顔を強ばらせる。し、しまった。これ、機密情報なのに……!


「奥方様は、どうやら何か勘違いをされているようですね」


 記者は面白い話が聞けてホクホク顔になっている。


「私が取材をしたかったのは、例の清掃係が逮捕され、近々身柄を街の外にある刑務所に移されることになった件についてですよ。団員の皆様は取材に非協力的な方が多くてですねえ。最近になって、やっと事件の詳細をつかむことができました」


「清掃係が逮捕……?」


「ほら、名前は何と言ったかな。確か、アル……ええと……」


「アルバンさん!?」


 記者が完全に名前を思い出す前に、わたしは叫んでいた。あの馴れ馴れしい男性が、一体何をしたっていうんだろう?


「奥方様、ひょっとして何もご存じなかったのですか?」


 記者が訝しむような顔になる。


「旦那様から何も聞いていらっしゃらないので? 被害に遭った張本人なのに」

「知りません……」


 被害? 一体何のこと? 不穏な言葉に、わたしはドキリとした。記者の目を見つめながら、こわごわと「何があったんですか?」と尋ねる。


「ダンジュー将軍は、アルバン殿から嫌がらせを受けていたそうですよ」


 記者は、こんな基本的な情報すらも耳に入っていなかったわたしのことを、少し哀れんでいるようだった。


「執務室の床が水浸しになっていたり、机の上に鳥の死骸が置かれていたり……。初めはその程度の地味なことだったらしいです。けれど、次第に内容がエスカレートしていき、書類を破かれたり、少し目を離した隙に勲章を壊されたりもしたとか」


 そういえば、以前にフェルナンド様が制服につけている勲章が一つ足りないんじゃないか、と思ったことがあったっけ。


 あの時は、フェルナンド様が服を脱いでしまったからきちんと確かめられなかったけど……。まさか、足りなくなっていたのは壊された勲章だったってこと?


 一時期、フェルナンド様は疲れた顔で帰宅してくるようになった。それも、この嫌がらせが関係していたのかもしれない。


 降りかかってくる悪意の数々に、彼の精神は消耗していたんだろう。


「相手がなかなか尻尾を出さないので、これまでは誰がやったのか分かっていなかったそうです。けれど、先日の投石事件で、やっと現行犯という形で犯人を捕まえることができたとか」


 確かに投石があった直後、騎士団内で何か騒ぎが起きていたようだった。あれは、アルバンさんを捕まえていたんだ。


「わたし……そんなこと、ちっとも知りませんでした」


 フェルナンド様がどうして黙っていたのか、わたしにはよく分かった。だってこんな話をすれば、わたしが落ち込んでしまうに決まっている。フェルナンド様は妻の顔を曇らせたくなかったのだろう。


「ダンジュー将軍は過保護気味と聞いていましたが、本当だったようですね」


 記者がまた帳面に何かを書き記した。


「こういう痴情(ちじょう)のもつれは、うちの読者の好むところですからねえ。大変美味しいネタです」


「美味しくありません!」


 わたしは記者をキッと睨みつけた。


「執務室に石が投げ込まれた時、フェルナンド様は下手したら大怪我していたんですよ! そんなことになったら、わたし……」


「アルバン殿を許せませんか」


 記者がメモを取りながら、唇を舐めた。


「ダンジュー将軍は昇進を自ら断ったのでしたよね? ひょっとして、今回の件と関係があるのでは? 私的なトラブルを職場に持ち込んだのです。責任を感じて、昇進を辞退しても不思議じゃありませんよねえ」


 わたしは言葉に詰まる。


 アルバンさんとフェルナンド様が争いを起こした原因はわたしにある。


 そもそも、二人を引き合わせたのはわたしだったのだ。フェルナンド様が昇進できなくなったのはわたしのせい、という主張は筋が通っている。


 夫の存在を知らなければ、嫉妬に狂ったアルバンさんが愚かなことをして、その結果フェルナンド様が被害に遭うこともなかっただろうから。


「ごめんなさい、フェルナンド様……」


 わたしは膝の上で手を震わせた。固く握った拳の上に、涙が何滴も落ちていく。


「わたし……わたしのせいでフェルナンド様は……」

「奥方様、今はどのようなお気持ちですか?」


 メモを取る記者の手は、今や目で動きが追えないほどに速くなっている。記者はわたしの隣に席を移し、好奇心を剥き出しにした顔で話を続けた。


「夫の昇進を妨害してしまい、さぞやお辛いでしょうねえ。ここでお命を絶たれたりすると、記事が非常に盛り上がるのですが……。……いえ、一人で死ぬのは面白みに欠けるでしょうか。いっそのこと、アルバン殿を殺して自死とか……。……これだとまるで心中ですね。悪者は二人の仲を裂こうとしたダンジュー将軍ということに……」


「フェルナンド様は何も悪くありません!」


 わたしは上ずった声を出した。


「もう帰ってください! これ以上お話しすることなんて何もありません!」


「まあそう言わずに。そういえば、奥方様とアルバン殿のなれそめを聞いていませんでしたね。旦那様に内緒で恋人を作ることに、後ろめたさはなかったのですか?」


「帰ってください!」


 わたしは記者を無理やりソファーから立たせようとしたけど、なかなか引っこ抜けない雑草のように、彼はその場から動こうとしなかった。


 力を込めて記者の腕を引っ張っていたわたしのほうが、逆にバランスを崩して床に倒れてしまう始末だ。


「ううっ……ぐすっ」


 わたしは大きくしゃくり上げた。倒れた時にテーブルで打ちつけてしまった頬が痛い。


 けれど、この程度の負傷で同情してくれる記者ではなかった。


 ぶつけたところを手のひらで覆いながら床にうずくまっているわたしの傍にかがみ込み、記者はさらに取材を続けようとする。


「この際、思っていることはすべて話してしまいましょうよ。恋人は牢獄にいて、旦那様はもう昇進することはない。この危機を奥方様はどのように乗り越えるおつもりですか……」


「私の妻から離れろ」


 不意に、井戸の奥から聞こえてくるような低い声が辺りに響いた。心の底まで冷え込んでいくような、すごみのある声色だ。


 記者が氷を飲み込んだように、ひえっと小さな悲鳴を上げる。顔を上げたわたしは、彼の首筋に刃が押し当てられているのを見た。


 剣を構え、鬼気迫る表情で記者の背後に立っていたのはフェルナンド様だ。

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