幼妻、記者と腹の探り合いをする(1/3)
「そういうわけで、リストの残りの項目も、無事にあと一つになったんだよ~」
後日のお茶会で、わたしはサロメとミケットにフェルナンド様と秘密の教え合いをした時の話をしていた。
「キャンディスって、よくノロケ話の種が尽きないわねえ。聞いてるだけで甘ったるい気分になってきたわ」
サロメが紅茶に入れようとしていた角砂糖を元に戻す。わたしは「えへへ」と笑った。
「サロメも、何かお話ししたいことがあったら聞くよ。団内親睦会で知り合った騎士さんとは、まだ続いてるんでしょう?」
「まあね」
と言いつつも、サロメは浮かない顔でカップを傾ける。……あれ? ひょっとして上手くいってないのかな?
「わたしでよかったら、相談に乗るよ。ねえ、ミケット。……ミケット?」
ミケットは、頬杖をつきながらティーカップの縁を指先でたどっていた。なんだか深刻そうな表情だ。
「どうしたの? また旦那様に浮気でもされた?」
サロメが気軽な口調で茶化す。ミケットが眉を吊り上げた。
「違うわ。あたしだって、あのバカ夫の不貞以外で悩むこともあるの。……今考えてたのは、キャンディスのことよ」
「わたし?」
思わず首をかしげる。ミケットの顔は強ばっていた。
「あんたは呑気すぎよ。フェルナンドさんは、もっと大きな秘密を持ってるんだから」
「何? またミケットの妄想? この間のランジャック博士のパーティーの時みたいな……」
「あれと一緒にしないでちょうだい。これはちゃんと人から聞いた話よ」
ミケットは、今からさも重大な話をすると言わんばかりに声を落とした。
「フェルナンドさんはね……副騎士団長になるつもりはないそうよ」
「……?」
意外なことを言われ、わたしは呆然となった。サロメも「副騎士団長?」と言って口を開けている。
ああ、そうか。サロメにはフェルナンド様が昇進する話はしてなかったんだっけ。
あれ? でも、それならミケットも同じじゃない? 昇進の件は正式発表がされていないから、まだ誰にも打ち明けていなかったはずだ。
そんなわたしの困惑をよそに、サロメがミケットに質問をする。
「それ、誰が言ってたの?」
「知らない女の人よ。でも騎士の制服を着ていて、ここのところに傷があったわ」
ミケットは首から顎の辺りに指を滑らせる。それってもしかして、フェルナンド様が率いている部隊の副隊長さんのこと?
「先日の文武交流会で、彼女がほかの騎士と話しているのを聞いたの。要約すると、『せっかく副騎士団長になれるチャンスだったのに、それを手放すなんてダンジュー将軍は何を考えているんだろう。それもこれも、皆彼の妻のせいだ』って言っていたわ」
「フェルナンド様の妻……ってわたし!?」
無意識のうちに大声を上げる。ミケットにじろりと睨まれ、わたしは急いで声をひそめた。
「何で? フェルナンド様が昇進を辞退するのと、わたしに一体どんな関係があるの?」
「そんなことあたしに聞かないでよ」
ミケットに詰め寄ると、彼女は顔の前で手を振った。
「あたしはあの時、バカ夫と彼を尾行しているあんたを見つけ出そうと必死だったから、詳しく話を聞いてる暇がなかったの。詳細はフェルナンドさんに教えてもらいなさいよ」
「ねえミケット。それ、聞き間違いじゃないの?」
サロメが疑わしそうな顔になる。
「立身出世と美女を侍らせるのは、男の夢じゃない。副騎士団長になる話を自分から断るなんて、普通じゃ考えられないわよ」
「だから、あたしに聞かないでって言ってるでしょう」
ミケットは不機嫌そうな顔になる。こんなこと、話さなければよかったと思っているのかもしれない。
……確かに、黙っていてくれたほうがよかったかも。わたしの心はひどくかき乱されていた。フェルナンド様が昇進を諦めたのはわたしのせい。その言葉が、胸の中に黒い雨雲のように広がっていく。
すっきりしないまま、お茶会は終了した。わたしは浮かない気分で帰宅する。
すると、使用人がわたしにお客さんが来ていると教えてくれた。なんでも、新聞の記者らしい。
そんな人が、一体何の用だろう?
少し前なら、馬上槍試合での乱入騒ぎについてインタビューをするために、何人かの記者が家に来たこともあったけど……。そんな昔のニュースをいまさら取り上げたがる人がいるとも思えなかった。
ともかく、わたしは応接室でその記者と会うことにする。
「初めまして、ダンジュー夫人。お目にかかれて光栄です」
記者は二十代後半くらいの男性だった。いかにも詮索好きそうな顔をしている。差し出された名刺を受け取ったわたしは、書かれている内容を見て首をひねった。
彼の担当している新聞は、『淑女の夢』というらしい。この名前、どこかで聞いたことがあるような……。
「……そうだ! ミケットが前に読んでたゴシップ紙だ!」
「おや、我が社の新聞の愛読者様でしたか。これからも、どうぞごひいきに」
「いや、愛読者っていうか……」
わたしは名刺をテーブルの上に置くと、記者をジロジロと眺める。なんだか、一気に彼のことがうさんくさく思えてきた。
だって、『淑女の夢』はランジャック夫人について、ありもしないような話をでっち上げたんだよ?
この人がその記事を担当したのかは分からないけど、しょせんは「同じ穴のサカナ」ってやつじゃないの?
「本日は、例の騒動について取材をさせていただこうと思い、参上いたしました」
記者はわたしに不信感を抱かれているとは気づいていないのか、にこやかに用件を切り出す。
「騒動、ですか……」
そんなふうに言われても、何のことだかさっぱりだ。
でも、色々と考えているうちに、数時間前にミケットに言われたことをふと思い出した。
――フェルナンドさんはね……副騎士団長になるつもりはないそうよ。
素晴らしい地位に就くチャンスなのに、なぜか昇進の話を断った将軍。これって、ニュースになるかな?
けれど、頭を悩ませてみてもほかに記者が関心を持ちそうな事柄なんて、何も思い浮かばなかった。それに新聞記者なら独自の情報網を持っているだろうし、正式発表前の情報を知っていても不思議はない。
まだ断定するのは早いけど、彼はフェルナンド様の昇進辞退の真相を探りにきたのだと、一旦は判断することにしよう。
でも、それならここへ来たのは見当違いもいいところだ。
だって、その話はわたしもついさっき知ったばかりなんだもん。記者に話せることなんてあるわけがない。というか、わたしのほうが何が起きてるのかを知りたいくらいなのに!
げんなりした気分で、わたしは記者に帰ってもらおうとした。けれど、取材を断ろうとしたところで考えを変える。
……これって、チャンスなのでは?
フェルナンド様は、わたしが正式発表前の情報をうっかり知ってしまったとは気づいていない。だから、昇進を断った理由を夫に聞くのはやめておくほうが無難だろう。
機密情報を漏らしたってことで、最初に昇進の話をわたしの耳に入れてしまった新兵さんたちが叱られてしまってはかわいそうだ。
だから、わたしが情報を入手する機会は限られているわけだけど……。この記者なら、昇進辞退の件について、ある程度の事実は把握しているだろう。
これを利用しない手はない。わたしは彼の取材を受けるふりをして、逆に相手から詳細を聞き出すのだ。
す、素晴らしい……! わたしって、いつの間にこんなに頭がよくなったわけ? 大人になると、知能も上がるのかな?
わたしはシャキッと背筋を伸ばし、「分かりました。取材をお受けします」と言った。
記者もわたしからできるだけ多くの証言を取ろうとするだろうし、ここから先は腹の探り合いだ。
この件について本当は何も知らないということは、絶対に隠しておかないと! わたしが取材対象として価値なしだと気づいたら、記者はすぐに帰ってしまうだろうから。




