トロフィーは災いの元(1/3)
そうして、待ちに待った馬上槍試合の当日がやって来た。
気持ちよく晴れ渡った春の陽気の元、すり鉢状になった闘技場には大勢のお客さんが詰めかけている。そのため、一般席はちょっと窮屈そうだ。
でも、わたしは騎士団員の関係者なので、ボックス席で観戦することができる。周囲では、団員の家族たちがきゃあきゃあ言いながらトーナメント表を確認していた。
「誘ってくれてありがとう、キャンディス」
「なかなか羽振りがよさそうな男がいっぱいね。これは期待できるわ」
わたしの隣の席で、ミケットとサロメが微笑んだ。
二人は団員の関係者じゃないけど、特別にわたしが招待したのだ。あちこちを見回しながら、サロメが舌なめずりをしている。
話によれば、彼女はこの間の親睦会で色々といい縁を繋ぐことができたらしい。
でも、向上心の強いサロメは、それで満足する気はないらしかった。キープしておく男性は多いほうがいいとのことで、相変わらずお見合いパーティー通いにも精を出している。
何はともあれ、手紙の誤配の件での負い目をサロメに返すことができて、わたしはすっきりしていた。
「おお、キャンディスさんじゃありませんか」
「お久しぶりですわ」
白衣を着た男女がこちらにやって来る。発明家のランジャック夫妻だ。
サロメが素早く周囲を警戒し、ほっと肩の力を抜くのを見て、わたしは苦笑した。よかったね。今日はあの助手さん、いないみたいだよ。
「お二人もここで見るんですね」
きっと、ランジャック博士が軍属だからだろう。博士は、何やら怪しげなタイプライターっぽい金属製の箱を抱えている。多分、彼の発明品かな?
「……それ、何ですか?」
ミケットが訝しむような顔で箱を見つめる。博士が発明した品が引き起こすトラブルを散々見てきたんだから、納得の反応だ。
「これは、優勝者を予測する機械です」
博士が楽しげに言った。
「ここに選手の名前を打ち込むと、優勝する確率がどれほどか教えてくれるのですよ」
「わあ、すごい!」
わたしは顔を綻ばせた。
「じゃあ、フェルナンド様の名前を入力してみてください。きっと千割って出ますよ!」
「それだと百パーセントを越えちゃうわよ」
サロメが肩を竦めた。ランジャック博士が「では、やってみましょうか」と早速フェルナンド様の名前を打ち込んでいく。
けれど、最後まで入力が完了しないうちに、機械から異音がし始めた。
カチ、カチ、カチ……ギシ……ギシギシギギギ……。
機械が小刻みに左右に震え出す。上のほうからは煙が吹き出し始めた。わたしは不安を覚える。
「あの……博士。これは大丈夫なんでしょうか?」
「うう~ん。どうやら装置に異常が発生したようですねえ。名前を入力しただけで機械を壊すとは、フェルナンド殿もやりますなあ」
博士はなぜか感心している。すると、ランジャック夫人が不穏なことを言い出した。
「ひょっとしたら、爆発するかもしれませんわね」
ば、爆発!? わたしはギクリとしたけど、博士は余裕の表情だった。
「床に穴が空きそうだな」
「さすが、あなたの発明品ですわ」
「いや、それほどでもないさ」
ランジャック夫妻は仲睦まじく笑い合う。一方のわたしは、うろたえずにはいられなかった。
「ニコニコしてる場合じゃないですよ! すごく危ないじゃないですか!」
「皆、逃げて! 会場が吹き飛ぶわよ!」
ミケットが大声を出したので、ボックス席はたちまちパニックになった。皆で押し合いへし合いしながら、出口を目指す。
ちゃっかりしているサロメは、しくしくと嘘泣きをして、近くにいたお金持ちそうな男の人に助けを求めていた。
わたしがどうにかボックス席から退場するタイミングで、背後からボフン! と音がする。
ミケットは「会場が吹き飛ぶ」なんて言っていたけど、あの爆発音からするに、そこまでの惨劇にはなっていないだろう。せいぜい床に敷かれた絨毯が焦げた程度かもしれない。
博士は仕事中もこんな騒動ばかり起こしてるんだろうか。よくクビにならないなあ……。
爆発は小規模ですんだけど、ボックス席には煙が充満していたから、とてもじゃないけど戻る気にはなれなかった。これは、ほかの席で試合を観戦するほうがよさそうだ。
不意に、会場に高らかにラッパの音が鳴り響く。高く掲げられた旗を見て、わたしはぎょっとなった。ダンジュー家の紋章だ!
つまり、今から始まるのはフェルナンド様の試合ってこと!? 大変! このままだと見逃しちゃう!
わたしは大急ぎで、空いている席を探した。でも、どこもかしこも埋まっていて、座れそうな場所はない。
漏れ聞こえる観客たちの会話からするに、選手が場内を一周し始めたようだ。これが終わったら、試合が始まっちゃう!
こうなったらと思い、わたしは人混みを掻き分け、最前列の立ち見席になんとか陣取った。
ギリギリセーフだ。フェルナンド様と彼の対戦相手は、それぞれ闘技場の反対側まで進んで、壁際で馬を停めるところだった。
騎乗した夫の勇姿に、わたしの胸は激しく震える。
伝統的な試合ということで、選手たちが身につけているのは古めかしい鎧だ。でも、そんな格好もとっても素敵。凜々しく白馬にまたがる姿は、おとぎ話に出てくる伝説の騎士そのものだ。
フェルナンド様の槍には、何か布のようなものが巻きつけられていた。ピンク色ってちょっとかわいいなあ、と思った途端に、わたしはその布の正体に気づく。
あれって、わたしのリボンじゃない!?
間違いない。いつだったか、夕方に朝刊を届けにきた配達員さんにわたしが渡そうとしたものだ。
フェルナンド様、あのリボンを配達員さんから無理やり取り上げちゃったんだよね。大事な試合で使う槍に巻くくらいだから、やっぱり気に入っていたのかな?
なんだか体が熱くなってくる。今すぐにフェルナンド様に駆け寄ってキスしたい衝動に駆られた。
でも、実際に試合に割り込んでいくわけにもいかないので、わたしは太ももの辺りまでしかない柵から身を乗り出して、夫に向かって大きく手を振る。
「フェルナンド様~! 頑張ってくださ~い!」
わたしは声の限りに叫んだ。フェルナンド様がこっちを見て笑ったような気がしたのは、都合のいい見間違いだったのかな?
試合開始を告げるラッパが高らかに鳴り響いた。フェルナンド様と対戦相手が、同時に馬を走らせる。会場の熱気が一気に高まった。




