幼妻、プレゼントを買う(2/2)
……そうだ。ただプレゼントを渡すだけっていうのもつまらないし、どうせならこの器に関するうんちくを披露して、フェルナンド様を感心させちゃおうっと!
王様が持っていたこともある食器なんだから、きっと有名な品に違いない。それなら、詳細が骨董品の図鑑とかに載っているはずだ。
帰宅したわたしは、小箱を抱えたまま図書室へ向かおうとした。そこに家令が声をかけてくる。
「お帰りなさいませ、奥様。お荷物、お預かりいたしましょうか?」
「ううん、大丈夫。今からちょっとこの中身について調べ物をしたいから」
わたしは小箱をぽんと叩く。
「市場ですごくいい買い物をしたんだ。四百年前のお椀なんだって。王様が使っていたこともあるみたいだよ」
「ほう、それは素晴らしい」
家令が顔を輝かせる。
「実はわたくし、少々古美術品にはうるさいほうでして。よろしければ、中を拝見させていただいても?」
へえ、そんな趣味があったんだ。ちっとも知らなかった。わたしは快く木箱の紐を解いて、丁寧にくるまれた紙の中からお椀を取りだした。
「ふむふむ、これは……」
家令は最初、感心するような目でお椀をあらゆる角度から眺め回していた。けれど、その顔が段々と曇っていく。
そして、おもむろにお椀を木箱の中に返すと固い表情でとんでもないことを言った。
「奥様、これは贋作……つまり偽物です」
「……え?」
わたしは目をパチクリさせる。家令が気の毒そうに続けた。
「最近作ったものを加工して、わざと古めかしく見せているのですよ。奥様は、まんまと店員に一杯食わされてしまったというわけです」
「そ、それじゃあ、このお椀の価値は……」
「そうですなあ……。この近くの店でランチをいただくくらい……いや、紅茶を一杯飲めるほどでしょうか」
嘘でしょう!?
そう叫びたかったけれど、衝撃のあまり悲鳴は声にならなかった。
わたし、騙されたの!? あの店番、こっちが素人だからってバカにして、とんでもないものを売りつけてきたんだ。偽物なんて、とてもじゃないけどフェルナンド様にプレゼントできないよ!
そうと分かったからには、こうしてはいられない。早く返品して、ちゃんと価値のある商品と取り替えてもらわないと!
わたしは申し訳なさそうな顔をする家令に背を向けると、ぞんざいにお椀をつかんで屋敷を出た。
けれど、市場に着いた途端にショッキングな事実を知ることになる。なんと、例の骨董品屋はすでにお店を畳んだあとだったのだ。残されていたのは、ぽっかりと空いた更地だけだった。
「お隣さんなら、つい今し方、ここを引き払ったばかりだよ」
骨董品屋があった場所の隣で、時計を売っている女性が教えてくれた。
「なんだかすごく機嫌がよくてねえ。『ひひひ。今日の客はチョロかったなあ』とか言ってたっけねえ。……ところでお嬢ちゃん、時計を買っていかないかい? うちの店は一級品ぞろいだよ。これなんか、とある国のお姫さまの命令で作られた……」
「……結構です」
またカモにされてはたまらない。わたしは気落ちしながら市場を出た。
失意のうちに、フェルナンド様の帰宅時間になる。わたしは夫が正面玄関をくぐった瞬間、その逞しい体に抱きついた。
「どうしたんだ、キャンディス」
いつも以上に長い時間引っついているわたしの頭を、フェルナンド様が愛おしそうに撫でる。
わたしは首を傾けて、フェルナンド様の顔を見つめた。こういう時は、夫の端正な容姿を眺めて心を癒やすに限る。ああ……フェルナンド様は今日も素敵……。
……でも、ちょっとお顔が疲れているみたい。最近のフェルナンド様はずっとこんな調子だ。特に帰宅時間が遅くなったりしているわけじゃないけど、お仕事が忙しいのかな?
「フェルナンド様こそ、どうしました? ……あれ?」
夫の体に頬を寄せていたわたしは、ちょっとした異変に気づく。
「いつもよりつけている勲章が少ないですね?」
フェルナンド様は軍の偉い人だから、当然、今までたくさんの勲章をもらってきた。そのキラキラしたメダルは、いつもフェルナンド様の制服の胸に飾られている。
でも、今はその数が一個足りなかった。数え間違いかな? わたしは「一つ、二つ……」と指さししながら、もう一度勲章を数え直す。
けれど、途中でフェルナンド様が上着を脱いでしまったので、結局最後まで数えきることはできなかった。「ああっ……」と、わたしは残念に思って小さくうめく。
「すまない、キャンディス。だが、今は素肌に触れてほしい気分なんだ」
フェルナンド様は下に着ていた真っ白のシャツの胸元をはだけた。現れたのはしなやかな筋肉に覆われた胸だ。わたしはたちまち夢中になって、フェルナンド様の素肌に何度もキスをする。
わたしが唇だけでなく、手のひらも使って夫の体のしっかりした感触を楽しんでいると、フェルナンド様に手を取られた。お返しとばかりに指先に口づけられる。
「そういえば、今日は市が立つ日だったな。近頃、客の無知につけ込んで偽物を売りつける不届き者がいるらしいから、ああいうところで買い物をするなら、君も注意したほうがいい」
ご忠告ありがとうございます、フェルナンド様。肝に銘じておきます。
フェルナンド様の唇が、わたしの指の先から手のひらへ、次は手首へと滑っていく。
腕の内側の柔らかいところを優しく刺激され、わたしはとろけるような気持ちになった。詐欺に遭ったくらい、落ち込むことじゃないかという気分になってくる。
その夜、寝る前に今後の予定を確認していたわたしは、もう少ししたら騎士団が主催するある伝統的なイベントが開催されると思い出した。
「今度の馬上槍試合、フェルナンド様も出ますよね?」
「ああ、もちろん」
すぐ近くから声がする。わたしはベッドの端に腰かけているフェルナンド様の膝の上に乗っていたのだ。
「君も見にきてくれるか?」
フェルナンド様がわたしの首筋に何度もキスをしながら尋ねる。わたしは「もちろんです!」と言って手帳を閉じた。
基本的に部外者は立ち入り禁止の騎士団本部だけど、敷地内にある闘技場だけは別だ。ここでは、様々な武術の腕を団員たちが競い合う様子を、誰でも自由に観戦することができる。
中でも年に一度開かれる馬上槍試合は一大イベントで、毎年大勢のお客さんが詰めかけていた。
「フェルナンド様はいつも二位とか三位とか、いい成績をおさめてますよね。この分なら、今年は絶対に優勝できますよ!」
優勝者に贈られる金ぴかのトロフィーがフェルナンド様の書斎に飾られている光景を想像して、わたしの胸が熱くなる。フェルナンド様が「そうだといいな」と笑った。
「最愛の妻にそこまで期待されているからには、頑張ってみようか」
「はい。わたし、張り切って応援しますから!」
最愛の妻という言葉に胸をときめかせながら、わたしは夫を抱きしめて彼の健闘を祈った。




