嫉妬とお化けとラブレター(4/4)
「どうしてそうなるんですか?」
わたしは混乱しながら尋ねた。
「わたしが好きなのはフェルナンド様だけですよ。レズリーさんのことはお友だちだと思っていますけど、それだけですし、アルバンさんに至っては……」
わたしはアルバンさんにしつこくつきまとわれた時のことを思い出し、ぶるりと身震いした。彼は「好き」などという温かい感情とはもっとも遠いところにいる人物だ。
「けれど、君はアルバンに恋文を渡していただろう」
フェルナンド様はわたしの言葉を信用していないようだった。
「アルバンが私に君からもらった手紙を見せびらかしてきたんだ。君は、気に入った男には誰でもああいうものをあげているのか?」
「そんなわけないじゃないですか」
ここまで物分かりの悪いフェルナンド様は初めてだ。こんなふうに夫と言い合いをするのは初めての経験である。
「わたしが今まで書いたことのあるラブレターは二通だけですよ。そのどちらもフェルナンド様宛です。でも、最初に書いたラブレターはなくしてしまって……」
わたしはハッとなる。
わたしがラブレターの紛失に気づいたのは、アルバンさんと会った夜のことだった。あの日、わたしは執拗に迫ってくるアルバンさんから逃げる際、転んで荷物をぶちまけてしまったのだった。
「アルバンさんは誤解をしたんですね」
なくなったラブレターの行方に気づき、わたしは膝を打つ。
「彼はわたしが落としたラブレターを拾って、それを自分宛だと解釈した。そして、わたしから好かれていると思い込んだんです」
普通、他人宛の手紙なんか中身を読んだらすぐに分かりそうなものだけど、あのラブレターでわたしは一度もフェルナンド様のことを名指ししなかった。
ただ、「わたしの白馬の騎士様」とか、「大人っぽくて完璧な人」とか、抽象的な表現しかしていなかったのだ。だって、そっちのほうがロマンチックだと思ったんだもん!
でも、そのせいでアルバンさんはあらぬ誤解をしてしまったんだろう。どうせ手渡しするからと封筒にも宛名は書かなかったし、彼が勘違いをするのもあり得ない話ではないのかもしれない。
それにしても、サロメの時といい、手紙って案外不便なものなんだなあ。もう文通はやめにするほうがよさそうかも。
「フェルナンド様、手紙を見せられた時におかしいと思わなかったんですか? アルバンさんは騎士じゃなくて清掃員ですよ。手紙にはどこにも、『あなたがモップを持つ姿はとても素敵』とか書いてなかったですよね?」
「そういえば……」
フェルナンド様はしばらく考え込んだ末、さっと顔色を青ざめさせる。
「つまり私が燃やしてしまったのは……キャンディスが私宛に心を込めて書いたラブレターだったということか……?」
フェルナンド様は固まってしまった。
どうやらラブレターの正当な持ち主が誰なのを正しく理解したようだけれど、そのことでかえってショックを受けてしまったらしい。
わたしは瞬きすら忘れて放心している夫の背中を、「大丈夫ですか?」と言いながらさすった。
「……本当に申し訳なかった」
フェルナンド様は喉の奥から絞り出したような、震える声で謝罪した。
「疑心暗鬼が私の目を曇らせてしまったようだ。この廃屋探索の時も、大人げないやり方で無理に君の相方におさまって……。……君とレズリーを二人きりにしたくなかったんだ」
「わたしとレズリーさんは……」
「分かっている。そういう関係ではないんだろう? ただ、彼は君のことを……」
フェルナンド様はそれ以上は続けようとせず、額に手を当てた。
「……君は私に失望しただろうな。こんな嫉妬深い男だとは思わなかっただろう?」
フェルナンド様は深くため息を吐いた。わたしは夫の腕に、自分の手をそっと重ねる。
「嫉妬深いのはわたしも同じです」
わたしは親睦会の会場でのことを思い出して苦笑した。
「私も副隊長さんに嫉妬していたんです。フェルナンド様とやけに仲がよさそうに見えたから……」
「副隊長?」
今度はフェルナンド様がポカンとする番だった。その反応で、わたしは二人の間には上司と部下以上の関係はないのだと察する。
もちろん、本当に二人の間柄を疑っていたわけではない。でも、あの時のわたしはちょっと気が張っていて冷静さを失っていたのだ。
フェルナンド様が小さくかぶりを振った。
「以前、訓練中に大怪我を負った副隊長に応急手当てを施した時から、彼女は私に信頼を寄せてくれるようになった。もう少し処置が遅ければ、彼女は死んでいただろうからな。けれど、君が妬むような関係ではない。それに、彼女は離婚を経験したばかりで、この世の男すべてを殺してやりたいと思っているらしいんだ。だから、何も心配しないでくれ」
この世の男性すべてかあ……。それはそれで心配になるけど……。
でも、これで一安心だ。フェルナンド様もわたしも、心に想う人は一人だけ。わたしたちが愛しているのは、今お互いの瞳に映っている自分の結婚相手だけなんだ。
話を聞いているうちに、フェルナンド様が嫌悪感を抱いていた相手は、わたしではなかったということもなんとなく分かってきた。
彼は、嫉妬心に振り回される自分自身に嫌気が差していたのだろう。要するに、自己嫌悪だったということだ。
それにしても、フェルナンド様でさえも嫉妬の感情を持て余すというのは意外な発見だった。
わたしは焼きもちなんて子どもっぽいと思っていたけれど、ひょっとしてそうじゃないのかな? 嫉妬はむしろ大人のたしなみで、「落ち着いた振る舞い」のうちに入るのかも……。
それなら、大人リストの『NO.2 落ち着いた振る舞いを心がける』は、もう達成できてるじゃん! あとでチェックを入れておかないと!
「キャンディス、私は失態ばかりさらして、君を困らせてしまった。こんな見苦しい男でも、君は受け入れてくれるか?」
「フェルナンド様は見苦しくなんかないですよ。どんな時でも、わたしの旦那様は完璧です」
わたしはフェルナンド様にぎゅっと抱きつく。そんなわたしの頭を、夫がそっと撫でてくれた。
その優しい仕草に、わたしは心からの安心感を覚える。やっといつもどおりの二人に戻れた。そう分かったからだ。
その後のわたしたちは、ぴったりとくっつき合いながら探検を終えて野外に出た。外で待っていた新兵さんたちが、わっと駆け寄ってくる。
「お二人とも、遅かったですね。何かあったんじゃないかと思って、心配してたんですよ」
「フェルナンド様がいるんだから、滅多なことなんて起きないよ」
わたしはふふんと笑う。ふと、人混みの中にレズリーさんの姿を発見した。レズリーさんは腕を組んでいるわたしとフェルナンド様を複雑そうな顔で見ている。
「キャンディス」
フェルナンド様に声をかけられる。振り向いた瞬間に、わたしはキスをされた。
フェルナンド様はゆっくりと時間をかけ、様々な角度からわたしの唇を堪能する。絡み合う二つの口から漏れるちゅぷちゅぷという音が、耳の奥にこびりつくようだ。
体の芯が痺れるほどに気持ちよくなってきて、わたしはすっかり腰砕けになり、足に力が入らなくなる。フェルナンド様が腕を回して腰を支えてくれなかったら、地面に崩れ落ちていたかもしれない。
やっとフェルナンド様が唇を離してくれた時には、わたしは頭がぼうっとしていた。新兵さんたちが顔を赤くして目を伏せている。
わたしはろれつが上手く回らず、酔っ払いのような口調で、「いつもより熱烈でしたねえ」と言った。人前でこんなに激しいキスをするのは初めてだ。
「悪い虫がつかないように、な」
フェルナンド様が薄く笑う。わたしは「確かに虫は嫌です」と言いながらきょとんとした。フェルナンド様、どうしてレズリーさんのほうを見たんだろう?
「愛してる、キャンディス」
フェルナンド様がわたしの頬に手を当て、間近で顔を覗き込みながら言う。
「わたしもフェルナンド様が大好きです」
そうして、今度はわたしのほうからキスを贈る。
視界の端で、赤毛の青年が気の毒そうにレズリーさんの肩にぽんと手を置くのが見えた気がした。




