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幼妻は大人になりたい ~年上旦那様との溺愛生活を守るために大切な10のこと~  作者: 三羽高明


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嫉妬とお化けとラブレター(2/4)

「……なぜ黙っている」


 先ほどまでただ驚いているだけだったフェルナンド様の声に、険しさがにじんだ気がした。わたしはビクリと肩を竦ませる。


 ……どうしよう。フェルナンド様、やっぱり怒ってる。


 何か言わなきゃ、と思うけれど、頭が回らない。それに、叱られたからって言い訳をするのはどうなんだろう。ちょっと子どもみたいじゃないかな?


「私には言えないような事情があるのか?」


 フェルナンド様の手がわずかに膨らんだポケットに伸びる。確かそこには、アルバンさんから手渡された謎の紙が入っていたはずだ。


「キャンディス……。つまり君は、年上なら誰でもいいわけだな」


 どことなく嫌悪感を含んだ声だ。こんな話し方をするフェルナンド様なんて、わたしは知らなかった。フェルナンド様がポケットからあの紙を出して、わたしに見せる。


 怯えと戸惑いが心の中に渦巻いていたわたしは、ぐしゃぐしゃになったその紙を見て、あっと声を上げた。


「これ、わたしが書いたラブレター!」


 間違いない。先月フェルナンド様のために筆を執って最後まで書き上げたのに、そのあと行方知れずになっていた恋文だった。


 手紙がどこかに行ってしまったあとで新しく書き直しはしたけど、文体とかちょっとした言い回しとかまでは同じにならなかったから、こちらが最初に書いたほうのラブレターだと、わたしにはすぐに分かった。


「……私が問いただすまでもなく、自分で書いたと認めるのか」

「はい。……あの、どうしてフェルナンド様がこれを持ってるんですか?」


 何も考えずに質問したあとで、そういえばフェルナンド様はこれをアルバンさんから渡されたんだっけ、と思い出した。


 じゃあ、この手紙はアルバンさんが持っていたということ? ……なんで?


 頭を悩ませていたわたしは、フェルナンド様がどこかに歩いていったことにすぐには反応できなかった。


 フェルナンド様は近くでたき火を起こし、マシュマロを焼いている女性たちのところへ近づいていく。そして、手紙を何のためらいもなく火の中に投げ入れた。


「ええっ!?」


 あまりのことに、わたしは声が裏返る。慌ててたき火に駆け寄って、端が焦げ始めている手紙を救出しようとした。


 けれど、火に手を伸ばした途端、フェルナンド様に腕をつかまれる。


「やめなさい、キャンディス。火傷をしたらどうする」

「で、でも、このままじゃラブレターが燃えちゃいます!」


 わたしの腕をつかむフェルナンド様の手に力がこもった。思わずひえっと息を呑む。


 フェルナンド様の顔は無表情だったけれど、それがかえってわたしの困惑を深めた。そうこうしているうちに、手紙は完全に燃え尽きてしまう。わたしは灰になったラブレターを呆然と眺めた。


「フェルナンド様……ひどいです……」


 わたしにはあまり文才はないし、ラブレターの内容も幼稚だったかもしれない。


 でも、いくら気に入らないからって燃やしてしまうのはあんまりだと思った。


 どんなにひどい出来でも、あれはわたしが心を込めて書いたものだったのだ。わたしは自分の愛情まで丸ごと否定されたような惨めな気持ちになっていた。


「あの手紙、私も先月似たようなものをもらった」


 フェルナンド様が平坦な声で言った。無理に感情を抑え込んでいるような声色だ。


「キャンディス、君は……」

「隊長、キャンディスさんは俺に会いにきたんです!」


 その時、わたしとフェルナンド様の間に、レズリーさんがわざとらしい大声を上げながら割り込んできた。


「だから、叱るなら俺を叱ってください!」


 レズリーさん、わたしを庇おうとしているの? きっと、傍目からでもわたしが大変なことになっていると分かったんだろう。


 感謝の気持ちが湧いてきたけれど、フェルナンド様がますます無表情になったのを見て、思わずドキリとした。


 フェルナンド様はわたしのこともレズリーさんのことも叱る気はないらしい。ただ、交互に二人のほうを見ている。


「君はレズリーにもあの手紙を渡したのか?」


 手紙? それって何のこと?


 疑問に思ったけれど、レズリーさんがあからさまに話題をそらすようにわたしに話しかけてきたので、夫に発言の意味を問いただすことはできなかった。


「これから皆で探検に行くんだけど、キャンディスさんも一緒にどうかな?」


 わたしはフェルナンド様をチラリと見た。彼の表情には何の感情も浮かんでいなかったけれど、それがかえって怖い。今のフェルナンド様はものすごく機嫌が悪いに違いない。


 でも、本来は親睦会に参加する資格のない妻を発見しても帰れとは言わないし、フェルナンド様の本心がどこにあるのかはよく分からなかった。


「……うん、行こうかな」


 ほんのちょっぴりだけど、今はフェルナンド様の傍にいたくないと感じてしまった。夫とどう接していいのか分からない。


 こんなことは結婚してから初めてだ。わたしはいつだってフェルナンド様が大好きで、彼が近くにいないと寂しくてたまらなくなってしまうんだから。


「では、私もお供しよう」


 フェルナンド様がわたしたちの会話に混ざってくる。わたしは背筋が冷えるような思いをした。何で着いてくるの? フェルナンド様、探検に興味があるのかな?


 けれど、彼の機嫌が悪いままなのを見れば、同行を申し出たのはそんなお気楽な理由によるものではないことははっきりしていた。フェルナンド様の考えがまるで読めず、わたしはひたすらオロオロするしかない。


 レズリーさんや彼の友人たちに案内されてやって来たのは、本部の片隅にひっそりと建つ、今は使われていない建物だった。人気もなくて、少し不気味な雰囲気だ。


「キャンディスさん……ここ、出るって噂があるんだぜ?」


 レズリーさんの友だちの赤毛の青年が恐ろしげな顔を作る。わたしは「出る?」と首を傾げた。


「財宝でも埋まってるの?」

「……だといいんだけどねえ」


 青年が苦笑した。レズリーさんが番号の書かれた紙を箱に入れて、それを参加者たちに引かせる。


「同じ数字になった奴が、二人一組で建物を一周してくるんだ」


 レズリーさんがルールを説明した。わたしは折りたたまれていたクジの紙を開く。「二」と書いてあった。


「二番の方、いますか~」


 わたしはクジを頭の上に掲げて皆に尋ねる。レズリーさんの顔がパッと輝いた。


「キャンディスさん、俺も二番……」

「私が二番だ」


 フェルナンド様がレズリーさんのクジをひょいと取り上げ、「五」と書かれていた自分の紙を代わりに押しつけた。レズリーさんがポカンと口を開ける。


「え……ですが……」

「どうかしたか?」


 フェルナンド様が平然とした顔で尋ねる。レズリーさんが明らかに困り顔になった。わたしは小さくため息を吐く。


「……どうもしないです」


 探検中はフェルナンド様と離れられる、なんてほんの一瞬でも考えていたわたしはバカだったんだろうか。


 それにしても、フェルナンド様はどうしてこんな強引な手段を取ったんだろう。夫の思考がまるで読めず、わたしは弱り果てた。


 力ない足取りで、わたしはロウソクが一つだけ載った燭台を手にするフェルナンド様と一緒に、廃屋の中に入る。


 けれど、降りかかってきた災難はそれだけでは終わらなかった。探検が始まって間もなく、わたしはここに「出る」のが財宝ではないと気づいたのだ。


 建物内は窓に板が打ちつけてあるためか、まだ昼間なのに薄暗い。ロウソクの明かりがなければ、自分の足元もおぼろげにしか見えなかっただろう。


 あちこちに置いてある廃材の山が、燭台の明かりに照らされて不気味な陰影を作っている。まるで何体もの亡霊がこちらを襲う機会をじっとうかがっているようにも見える光景に、わたしの心拍数は否が応でも跳ね上がった。


 あっという間に喉がカラカラになり、些細な物音にもビクついて飛び上がってしまう。


 だって、お化けは大の苦手なんだもん! これが探検というよりは実質肝試しだと知っていたら、絶対に来なかったのに! 


 もちろん、大人リストに『NO.7 お化けを怖がらない』って項目を入れてしまった以上、いつかは避けては通れない道だとは分かっているけど……。


「大丈夫か?」


 フェルナンド様に話しかけられ、わたしの体に緊張が走る。


 本当のことを言えば、わたしが恐怖を感じていたのは幽霊よりもフェルナンド様のほうだったのかもしれない。


 フェルナンド様はまだ無表情気味で、生ぬるい風がどこからともなく吹きつけようが、何かが暗闇でガサゴソと動き回る音がしようが、平気そうにしていた。


 いつもならそんな夫を頼もしく思ったのだろうけど、今のわたしには、何事にも動じないフェルナンド様は恐怖の対象でしかない。


 彼のささやかな仕草や発された言葉のすべてに、わたしを批難する意図が含まれている気がした。「どうして親睦会に来てしまったんだ? 君は決まりを守ることもできないのか」って。


 いっそのこと、怒鳴ってくれたほうがまだマシだ。フェルナンド様の静かな怒りは、わたしの心を怯えさせるには充分だった。こんな状態のフェルナンド様と、もうしばらくは一緒にいないといけないなんて……。


 ……あれ? これってひょっとして、わたし、お化け嫌いを克服できたんじゃないの? だって、幽霊よりも怖いものがあるって、分かっちゃったんだもんね?


 わたしは涙目になりながらポシェットから手帳を取り出すと、フェルナンド様が道を確認するために立ち止まった隙を狙って、大人リストの『NO.7 お化けを怖がらない』にチェックを入れた。


 線がガタついているのは、手の震えを止めることができなかったからだ。


「何をしているんだ?」


 わたしが手帳に何かを書きつけたのを見て、道を確かめ終わったフェルナンド様が不審そうな声を出す。慌てて手帳をポシェットにしまって、「何でもありません!」と首を振った。


 大人リストの存在をフェルナンド様は知らない。こっそり成長して、彼を驚かせたかったから。

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