お誕生日おめでとう、心からお悔やみ申し上げます(3/3)
「奥方様、この度はお悔やみ申し上げます」
わたしも帰ろうとしたところで、司祭様がしんみりとした表情で声をかけてくる。わたしは「そんなしょぼんとした顔をしないでくださいよ。せっかくのおめでたい日なんですから!」と笑った。
「おめでたい……? 葬式が、ですか?」
「お葬式じゃなくて今日は誕生日会ですよ。……あれ? 言ってませんでしたっけ?」
「しかし、奥方様が身につけていらっしゃるのは喪服でしょう?」
「も、喪服!?」
今日のわたしは二十代になる記念ということで、いつもより落ち着いたデザインのドレスを着ていた。フリルなどの飾りはほとんどなく、色は黒一色。唯一の装飾品は、首元を飾る真珠のネックレスだけだ。
「どう考えても今日の主役は、あのトカゲのギョロギョロ目玉二世殿でしょう。これが誕生日パーティーなんて、奥方様もおかしな冗談をおっしゃるのですね」
それだけ言って、司祭様は帰っていった。
残されたわたしは放心状態で立ち尽くす。
今日の主役はギョロ目さん? 誕生日会じゃなくてお葬式がメイン?
つまり……それって……。
「キャンディス、帰らないのか?」
フェルナンド様が話しかけてくる。わたしは衝撃のあまりフラフラしながら、頼りない足取りで墓地から出た。
「キャンディス……どうしたんだ?」
フェルナンド様が心配そうな顔になる。
「疲れたのなら、馬車を呼んでこよう。ほら、ここに座って待っていなさい」
フェルナンド様が背の低い塀の上にハンカチを敷いてくれる。わたしは「大丈夫です……」と首を振った。
「大丈夫、という顔はしていないように見えるが」
フェルナンド様がわたしの顎を指先ですくって、上を向かせた。
「何か嫌なことでもあったのか?」
フェルナンド様はとても察しがいい。顎を持ち上げられているせいでうつむいて誤魔化すこともできず、わたしは正直に告白した。
「今日の誕生日パーティー……大失敗でしたから」
口に出した途端に、一段とショックが大きくなる。うっかり泣きそうになって、目をパチパチさせた。こんなところで涙を流せば、また今日の悪い思い出が一つ増えてしまう。
「確かに、今回は去年までとは少し趣向が違ったな。どうしてあんなふうにしようと思ったんだ?」
「せっかく二十歳になるんだから、いつもとは違う誕生日にしたかったんです」
それなのに、どうして誕生日会がお葬式に乗っ取られちゃったの? 大人の中の大人にばっちりインタビューして、手抜かりなんてなかったはずなのに……。
わたしの気持ちはどこまでもふさぎ込んでいく。フェルナンド様に抱きしめられても、あまり気は晴れなかった。
「キャンディス、そんなに無理をする必要はない。二十代になったからといって、急に何かが変わるわけではないんだから」
そうなの……?
フェルナンド様はわたしを慰めようとしてくれたんだろうけど、この言葉は逆効果だった。とんでもない事実を突きつけられ、わたしはすっかり打ちのめされてしまう。
十代は子どもで、二十代は大人。わたしはそう思っていた。でも、その考え方は間違いだった。わたしは二十歳になったのに大人になれていない。わたしは今も十代の時と変わらずに子どものままなんだ。
気づいたら、わたしはフェルナンド様の胸で大泣きしていた。泣いたら嫌な思い出が増えると分かっているのに、どうしても涙が止められない。
子どものままじゃフェルナンド様に嫌われちゃう。だから早く大人にならないといけないのに、上手くいかなかった。
嫌だ、嫌だ、嫌だ……。フェルナンド様とお別れなんて、絶対に嫌だ!
「フェ、フェルナンド様……、わ、わたしは……」
言葉に詰まり、それ以上は何も言えなくなる。その代わりとでもいうかのように、瞳から大粒の涙がこぼれてフェルナンド様の服に染みを作っていった。
「キャンディス、大丈夫だ。私はここにいる」
突然大泣きを始めた妻を面倒くさがることもなく、フェルナンド様は寛大な気持ちで受け入れてくれた。その優しさが余計に悲しみを掻き立て、ますます涙が止まらなくなる。
それでもどうにか泣き止む頃には、わたしはすっかり疲れ果てて、フェルナンド様にもたれかかってぐったりとなってしまった。
「少し休みなさい」
フェルナンド様がわたしを抱きかかえて、まぶたにキスをしてくれる。ものを考える気力すら失っていたわたしは、目を閉じて夫に寄りかかると、そのまま眠ってしまった。
****
起きた時には、わたしは屋敷の寝室にいた。時計を確認すると、もうお昼を過ぎている。泣きはらしたまぶたがやけに重たく感じた。
わたしの服は、まだあの喪服みたいなドレスのままだった。侍女を呼ぶ気にもなれず、自室へ戻ってのろのろと自力で着替えをする。
それが終わったあとは、特に何もすることを思いつかなかった。わたしはソファーの上に膝を立ててうずくまる。
すると、ドアにノックの音がした。
「キャンディス、寝室のドアが開いていたが、目が覚めたのか?」
フェルナンド様だ。わたしは立てた膝の上からちょこんと目だけを出して、「どうぞ」と夫を室内に招き入れた。
「気分はどうだ?」
フェルナンド様がわたしの隣に腰かけて、頭を撫でてくれる。あれだけ泣いたのに、また涙がこぼれそうになった。
どうしてフェルナンド様はいつだってこんなに優しいの? これじゃあ、ますます離れたくなくなってしまう。このままじゃ、フェルナンド様に嫌われるかもしれないっていうのに。
そんなふうに気ばかりは焦るのに、誕生日会の失敗をまだ引きずっていているせいで、わたしは何か行動を起こす気にもなれずにソファーの上から身じろぎもできなかった。
「昼食の用意がしてあるが、食べるか?」
「お腹、空いてないです」
「そう言わずに、少しは何かを口にしたほうがいい。私もまだなんだ。一緒に食べよう?」
思いやりにあふれた声色で誘われて、わたしは若干心を開く気になった。フェルナンド様と手を繋ぎ、食堂へ向かう。
テーブルに置かれていたのは、普段と特に変わらない昼食のメニューだった。
今日は昨日の延長で、特別な日でも何でもない。誕生日という事実から目をそらしてくれるような献立に、心の痛みが少しだけ薄まっていく。
お腹は空いていないと思っていたけれど、意外にも完食できてしまった。センチメンタルな振る舞いはわたしには似合わないってこと? と自分のことなのに苦笑いしてしまう。
フェルナンド様はわたしが普段どおりに食事をする姿を見て、安心したようだ。食べ終えると表情を緩めて、「実は、もう一品あるんだ」と言った。
フェルナンド様が手をパンパンと二回叩く。その途端、食堂の窓にカーテンが引かれ、室内は昼間だというのに薄暗くなった。……え、何、何?
ガラガラとワゴンが移動する音がする。そこに載っているものを見て、わたしは瞠目した。
「あらためて、誕生日おめでとう、キャンディス」
ワゴンからテーブルに移し替えられたのは、わたしの両手に載るくらいのサイズのケーキだった。それでも、上にはちゃんと二十本のロウソクが立っている。
「あまり大きなものは用意できなくてすまない。君が寝ている間に、急いで焼いてもらったんだ」
フェルナンド様の言葉に、視界が潤んでいく。でも、きっとこれはロウソクの煙が目に染みたせいだ。だって、こんなに嬉しいのに悲しい気持ちだった時と同じ反応をするなんて変でしょう?
「フェルナンド様……わたし、何て言ったらいいか……」
ケーキは小さくて、祝いの場なのに同席しているのは数名の使用人と夫だけ。それでも、この時間はあの大失敗の誕生日会の記憶を塗り替えるには充分だった。
「こういう時は言葉より行動で示したほうがいいんじゃないか?」
フェルナンド様がわたしの肩に手を置く。
ロウソクの明かりの下で見るフェルナンド様もとても素敵だ。いつもより艶っぽくて、神秘的な雰囲気が漂っている。フェルナンド様って、どうしていつでも最高に完璧なのかな? 心臓の鼓動が自然と早くなる。
わたしは身を乗り出し、ロウソクを一息に吹き消した。辺りが暗くなるのと同時に、フェルナンド様に抱き寄せられる。
「せっかくケーキを用意したんだから、私も新しい誕生日プレゼントを贈ろう。何か欲しいものはあるか?」
「……はい、一つだけ」
わたしは夫の腕の中でこくんと頷く。
「フェルナンド様と一緒にいたいです」
今日だけじゃなくて、明日も明後日も、ずっと。
きっと、わたしの考えが甘かったんだ。ただ年を取るだけじゃ大人にはなれない。大人の条件として大切なのは、年齢よりも中身なんだろう。
フェルナンド様がとても成熟して見えるのは、年上だからじゃなくて、彼の人格が優れているからだ。わたしもそんなフェルナンド様と釣り合う人になれるように頑張らないと!
そこで大切になってくるのが、例の「大人リスト」である。リストはまだ完成していない。だからわたしはまだ子どものままなんだ。
残ったリストの項目はあと六個。大丈夫。わたしにはまだ伸びしろがある。あらかじめ設定しておいたリストの完了期限までは一カ月半あるんだし、わたしが大人になる機会は充分に残されているはずだ。
「これでは、どちらがプレゼントをもらう側か分からないな」
フェルナンド様がおかしそうな声で言って、わたしの指に自分の指を絡める。ケーキを食べたあとで、連れ立ってフェルナンド様の部屋へ向かいながら、わたしの心は決意に燃えていた。
『フェルナンド様、大好きです。あのリストは絶対に最後までやり遂げてみせますから、わたしが大人になるまで、もう少しだけ待っていてくださいね』
わたしは口には出さずにそう夫に話しかけて、フェルナンド様の大きな手を強く握りしめた。
「ところでキャンディス」
フェルナンド様が深刻そうな調子で切り出す。……え、な、何? ひょっとして、わたしの心の声、聞こえてた!?
「靴下の種類が左右で違うぞ」
思わず視線を下にやる。右足の靴下は丈が膝上まであるのに、左足は足首のところまでしかなかった。
フェルナンド様の肩がプルプルと震えている。どうやらさっきの重々しい口調は、笑いをこらえていたせいだったらしい。
「す、すみません! こんな間抜けな姿をさらして……! あとで着替えてきます!」
「今度は右が短くて、左が長くなるのか?」
「ち、違いますよぉ!」
もう! せっかく格好よく決意表明したのに、わたしってば締まらないんだから!
でも、こういう気の抜けるような時間も何だかんだ言って、楽しいものではあるんだけど。
そんなことを考えながら、わたしもフェルナンド様に釣られていつの間にか笑い声を上げていたのだった。




