お誕生日おめでとう、心からお悔やみ申し上げます(1/3)
それからは、特にトラブルらしいトラブルもなく日は過ぎていく。といっても、のんびり過ごしていたわけじゃないけれど。誕生日パーティーの開催日が迫ってきていたから、準備に追われていたのだ。
いつもは主催だからってそこまではしないんだけど、なにせ今回の誕生日会は、わたしが二十代になった日を祝うためのイベントなのだ。どんな些細なミスも見逃すわけにはいかなかった。
今年のパーティーは普段とはまったく違ったコンセプトのもとで行う予定なので、何かと手間取ることも多かったけど、最終的にはどうにか形になったと思う。
前日の夜、いつもよりずっと早い時間に就寝したわたしは、すっかり満ち足りた気分になっていた。
「起きなさい、キャンディス」
肩を揺さぶられる感覚がする。夢の世界にいたわたしは、「ふあ……」と寝ぼけた声を出した。
「もう朝ですかぁ~?」
「いや、二時過ぎだ」
「真夜中じゃないですかぁ……」
夜の世界は危ないところだって、ちゃんと知ってるんだから。わたしは丸くなってもう一度眠ろうとした。
そんなわたしを、大きな体が背後から抱きしめる。
「今日は特別に早起きしないといけない日だろう?」
「へ……?」
「誕生日おめでとう、キャンディス」
耳元で囁かれた声は、甘くかすれている。耳の凹凸に沿って何度もキスをされているうちに気持ちよくなってきて、わたしの目はすっかり覚めた。
「おはようございます、フェルナンド様」
「おはよう、キャンディス」
わたしはフェルナンド様にすり寄った。「もう一回、耳にキスしてください」とおねだりする。
「別に構わないが、あまり戯れているとパーティーの時間に間に合わなくなってしまうぞ」
「パーティー?」
「君の誕生日会のことだ」
「あっ!」
わたしはベッドから跳ね起きた。慌てて呼び鈴を鳴らして使用人を呼び寄せ、着替えを持ってこさせる。
「大変! 開始まであと二時間を切ってる! これから最終確認もあるのに!」
「手伝おうか?」
「いいえ、大丈夫です!」
わたしは駆けつけてきた寝癖まみれの侍女にドレスの紐を結んでもらいながら、大きく首を横に振った。
今年の誕生日会の準備はわたしと使用人だけで進めてきたのだ。だから、フェルナンド様もパーティーで具体的に何が行われるのかは一切知らない。
親切心は嬉しかったけど、せっかくここまで内緒にしてきたんだから、直前になってフェルナンド様の手を借りるわけにはいかなかった。
「わたし、先に行っていますね! フェルナンド様はもう少し寝ててください!」
着替えが終わったわたしは寝室を飛び出すと、食堂に行って朝ごはんを口に詰め込んでから、大慌てで使用人たちとの打ち合わせを開始した。
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それからしばらくして、パーティーは無事に開催された。わたしはまだ日が昇っていない屋敷の庭に集まった人たちの顔を悦に入りながら眺める。
「皆さ~ん。今日はお集まりいただき、ありがとうございま~す。ご近所さんに配慮して、会話は小声でお願いしますね~」
わたしは庭の奥に設置された舞台の上から参加者に話しかける。といっても、声を落としていたからこの注意が聞こえていたかは分からないけれど。
集まった人たちは、寝ぼけ眼をこすったり、大あくびをしたりと思い思いに過ごしていた。
中には、「本当に夕方の四時じゃなかったんだ……」とでも言いたげな顔をしている人もいる。皆リラックスしてくれているようで何よりだ。
参加者には知らない顔もちらほら交じっているけど、フェルナンド様のお仕事の関係者なんかにも招待状は配ってあるので、これは仕方がない。
この点も、去年までの誕生日会とは違うポイントだろう。いつもは仲のいい人しか招待しないのだ。
図書室に置いてあった難しい本によれば、偉い人はこういう場で人脈を広げるらしいので、こうして色々な人を招いたのは、きっとフェルナンド様のためにもなるはずだ。
自分の誕生日だけど夫のことにも気を配れるなんて、わたしってなんて優秀な奥さんなんだろう!
音楽は静かなものをチョイスして、会場ではオーケストラが子守歌を演奏していた。ああ……、聞いているだけで眠くなってくる……。
「キャンディス、何をぼーっとしてるのよ」
肩を小突かれ、わたしはハッとなった。べ、別に、立ちながら寝てたわけじゃないからね!
「おはよう、ミケット」
「おはよう。それから、誕生日おめでとう。……ところで、あれは何なの?」
ミケットは舞台の上に掲げられている横断幕を指差した。そこには大々的に「祝! ご長寿!」と書いてある。
「ご長寿って……あんた、まだ二十歳じゃないの」
「キャンディス! お誕生日おめでとう!」
華やかな声と共に登場したのはサロメだ。
彼女の長所は、悲しいことがあってもいつまでもクヨクヨしていないところだろう。今も、この間フラれたばかりとは思えないくらい晴れ晴れとした顔をしている。
一方のわたしは、サロメを助けられなかったことをまだ悔やんでいた。
「なんていうか、やけに静かなパーティーねえ」
サロメは近くのテーブルからグラスを取って、中身を一口飲む。その途端、目を丸くした。
「これ、白湯じゃない!」
今日のパーティーの食事は、胃に優しいものばかりだった。飲み物は白湯か常温のお水だけで、料理は各種の味つけがされたお粥が提供されている。
舞台の上に置いてあるのは、誕生日ケーキならぬ誕生日ヨーグルトだ。巨大な容器の中のとろりとした白い液体の上には、ちゃんとわたしの歳の数だけロウソクが立ててある。
「キャンディス……一体どうしちゃったの?」
サロメもミケットもキツネに化かされたような顔になっている。わたしは「いいでしょう?」と両手を大きく広げた。
「今日のパーティーは、大人の中の大人にインタビューをした結果、生まれたものなんだよ。楽しんでいってね~!」
わたしは唖然とした顔になっている親友二人の傍を離れた。
もちろん、「大人の中の大人へのインタビュー」とは、先月の高齢者への聞き取り調査のことを指している。人生の先輩方からのアドバイスはしっかり活かさないと!
日が昇る頃になると、プレゼントの贈呈が始まった。参加者が舞台の上のわたしのところに来て、次々と贈り物を手渡してくれる。
「招待状には『大人っぽいプレゼントを持参してください』って書いてあったからお酒を持ってきたけど……」
「あれ、奇遇だね。俺もお酒だよ」
「私も~」
今回のパーティーの参加者は発想力が同レベルの人たちばかりだったのか、なんと集まった人の八割くらいがお酒を持参してきていた。プレゼントの記録をつけていた家令が、なぜか泣きそうな顔になっている。
そんな中、サロメとミケットは数少ない例外だった。サロメはメイク用品の詰め合わせ、ミケットは「オススメの怪奇小説二十選」をそれぞれ贈ってくれたのである。
「私からはこれを」
フェルナンド様が渡してきたのも本だった。ミケットみたいに怖いのだったらどうしよう……。
と思ったけれど、包装紙を開けると中から出てきたのは童話集だった。メッセージカードには「また二人で読もう」と書かれている。わたしは思わず笑顔になった。
楽しいプレゼント交換が終わると、次はいよいよメインイベントだ。わたしは参加者を先導して、屋敷を出る。
「どこに行くの?」
後方の集団から抜け出して話しかけてきたのは、甥のノアくんだ。後ろには、ご両親の姿も見える。
「それは着いてのお楽しみ!」
わたしはノアくんの背中をポンポンと叩いた。




