幼妻、お見合いパーティーへ潜入する(3/3)
一気に気疲れが押し寄せてきたのを感じて、わたしはもう帰ろうとした。けれど、ぐいっと腕を引っ張られる。……アルバンさん、まだいたの? なんてうっとうしい人なんだろう。わたしはげんなりとなる。
「すみません。もう帰るので、手を離してもらえませんか?」
わたしは力無く言った。けれど、アルバンさんは「それならおじさんもお供しようかな」となぜかあとを着いてくる。
……ええっ、嘘でしょう?
さっきまではサロメのことで頭がいっぱいで何も感じなかったけれど、こうして二人きりになるとアルバンさんのしつこさは恐怖以外の何物でもない。
わたしが「このあと予定がありますので……」とやんわりお断りを入れても、「そんなにつれなくしないでよ。おじさん、悲しいなあ」などと言ってますますわたしの腕を強くつかんでくるのだ。
会場を出る時にさりげなく門番に視線を向けて助けを求めたけれど、居眠りをしていた彼は途中退場者がいることにすら気づいていないようだった。
あの「大人の男女が楽しくお喋りをする集まり」にいた使用人はちゃんとお客さんのことを助けてくれたのに、どうなってるの!?
こうなったら、自分でなんとかするしかない。大声を上げて、誰かに来てもらおう。さっき会場で声を張り上げられなかった分、ここでは思いっきり甲高い悲鳴を上げてやるんだから!
けれど、今回も声を出す前に思いとどまることになった。ふと、大人リストのNO.2にある、『落ち着いた振る舞いを心がける』という項目を思い出したのだ。
まだ大して危ない目に遭ったわけでもないのに叫んで暴れるなんて、あまりにも子どもっぽい振る舞いだ。大人なら、多少のピンチでも機転を利かせて上手く立ち回らないといけない。
わたしはどうしようかと必死に考えた末、ある名案を思いついた。会場の近くに停めておいた馬車に乗り込み、声が震えないように一生懸命に自制しながら「騎士団本部へ」と御者に命じる。
「キャンディスちゃん、騎士団に何の用があるの? 実は、おじさんもそこで働いてるんだよねえ。今日はお仕事サボっちゃった。でも、そのお陰でキャンディスちゃんに会えたんだから、ラッキーだったよ」
車内という狭い密閉空間でわたしと二人きりになったことに興奮しているのか、アルバンさんはいつもよりお喋りになっている。
一方のわたしはシートの上で身を硬くして、一秒でも早く目的地に着きますようにとひたすら祈っていた。
人目がないのをいいことに、アルバンさんは先ほどよりもずっと馴れ馴れしい態度で迫ってくる。
わたしはできるだけ穏便にアルバンさんの話を受け流しながらも、内心では心臓がバクバクして、彼の話など何も頭に入ってこなかった。
もしものことがあったらどうしようかと、嫌なほうにばかり想像がいってしまい、気力がくじけそうになる。
その度に「もうすぐ目的地だから」と自分を励まし、奇跡的に何も起こらないうちに、わたしたちは王宮に隣接する騎士団本部に到着した。
馬車が止まると、わたしは門の近くにある守衛室へ急いだ。後ろからアルバンさんが「おお~い、待ってよ~」と言いながら着いてくるのは無視をする。
「ダンジュー将軍に、キャンディスが緊急の用事で来たと伝えてください」
わたしは守衛さんに伝言を頼む。
さすが騎士団本部の門を守っているだけあって、どこぞのやる気ゼロの門番とは違い、ここの職員さんは仕事熱心だった。ハキハキした声で「承知いたしました」と言うと、敷地の奥へと走っていく。
「キャンディスちゃ~ん? ねえ、キャンディスちゃん。どうしたの? 何があったの? 無視する子は、おじさん、嫌いになっちゃうからね?」
願ってもないことです、とわたしは心の中で返事をする。
守衛室にいたほかの職員さんが、「よろしければ座りますか?」と部屋の中に通してくれようとしたけど、わたしは「いいえ、ここで待ちます」と首を横に振った。
わたしが行けばアルバンさんも着いてくるだろうし、また彼の隣に座るのはごめんだ。
待ち人がやって来たのは、守衛さんが伝言を届けにいって十分ほどたってからのことだった。
「キャンディス!」
深みのある声で名前を呼ばれ、居心地の悪い気分で棒立ちしていたわたしはハッとなる。こちらに向かって、背の高い男性が走ってくるところだった。
「フェルナンド様ぁ~!」
夫の顔を見た瞬間に我慢できなくなり、わたしはフェルナンド様に駆け寄った。縋りつくように抱きつくわたしを、フェルナンド様が優しく受け止める。
「どうしたんだ、キャンディス。急用と聞いたが、何があった?」
フェルナンド様が膝を折ってわたしと目線の高さを合わせる。頭を撫でられているうちに安堵のあまり涙があふれてきて、わたしはきゅっと目を瞑った。
「あ、あの人がぁ……」
わたしはしゃくり上げながらアルバンさんのほうを指差す。この時になって始めて、フェルナンド様は近くにわたし以外の人がいたと気づいたらしく、怪訝そうな顔になる。
すると、アルバンさんが姿勢を正した。
「あなたはもしや……キャンディスさんのお父様ですね?」
アルバンさんは揉み手をしながらフェルナンド様に近づいていく。
「わたくしはキャンディスさんと真剣にお付き合いをさせていただいている者です。以後、お見知りおきを……」
「付き合ってません!」
わたしは目元を乱暴にこすって、大声を張り上げた。フェルナンド様がわたしを庇うように、アルバンさんとの間に立ち塞がる。
「初めまして。私はフェルナンド・ダンジュー。キャンディスの夫だ」
ひえぇぇ……! こんなに迫力満点のフェルナンド様のお声、初めて聞いた。こんな声色で話しかけられたら、わたしだったら失神しちゃうよ!
「なっ……夫!?」
けれど、アルバンさんは驚きが恐怖に勝ってしまったらしい。顔から飛び出しそうなくらい、大きく目を見開いている。
「キャンディスちゃん、話が違うじゃないか! 君、結婚してたのかい!? 僕とは遊びだったってこと!?」
「これ以上私の妻に話しかけないでもらえるか?」
フェルナンド様が冷ややかな声で言って、腰の剣に手をかける。わわっ! いくら相手が嫌な人だからって、斬るのはマズイよ! フェルナンド様が騎士団にいられなくなっちゃう!
「フェルナンド様、わたしなら大丈夫ですから。アルバンさんにはもう帰ってもらいましょう? ……ね?」
わたしはフェルナンド様の腕に自分の手を置いて、怒り狂う夫を懸命になだめた。わたしが困っていると気づいたのか、フェルナンド様の表情が少し和らぐ。
「今すぐにここから立ち去るなら、私の妻に免じて許してやる。……どうするのが賢明な選択かは、言わなくても分かるよな?」
フェルナンド様にすごまれ、アルバンさんが後ずさりする。「このままじゃすまさないからな……」と小声で負け惜しみを口にしつつ、くるりと背を向けてどこかへ去っていった。
わたしは大きく息を吐き出す。ポシェットから結婚指輪を取り出して、指にはめた。その途端に体に力が入らなくなり、わたしは地面に崩れ落ちそうになる。
そんなわたしをフェルナンド様が素早く抱き留めてくれた。守衛室の中に入って椅子を借り、フェルナンド様がそこに腰かける。もちろん、わたしはフェルナンド様の膝の上だ。
守衛さんたちが気を使って部屋を出ていった。別にいてもらっても問題ないんだけどなあ。
「今日は早退したほうがいいか?」
フェルナンド様が気遣わしげに尋ねてくる。わたしは「平気です」と言って、フェルナンド様にもたれかかって甘えた。
「何があったか、聞かないんですか?」
「君が無事だったと分かっているだけで充分だ。かなりひどい目に遭ったんだろう? 思い出したくもないようなことは言わなくていい。キャンディスの顔を曇らせたくはないからな」
無礼なアルバンさんと接したあとだと、フェルナンド様の思いやりが余計に心に染み渡った。わたしは夫の膝の上でモゾモゾと姿勢を変え、フェルナンド様と胸と胸を合わせる格好で向き直る。
わたしは両手でフェルナンド様の頬を包み込み、「大好きです」と言って夫の唇に自分の口を重ね合わせた。
うんと砂糖を使って作ったパウンドケーキを味わうように、わたしはフェルナンド様の形のいい唇を思う存分はむはむと満喫する。
フェルナンド様は、初めはわたしの好きにさせてくれていた。けれど、途中から我慢しきれなくなったように背中に手が回される。フェルナンド様が覆い被さるように体重をかけてきて、わたしは背を弓なりに反らした。
「ごほん」
守衛室の入り口から咳払いの声がした。背の高い騎士がこちらを見ている。
けれど、わたしたちは気にせずにキスを続けていた。すると、騎士がビリビリと鼓膜が痺れるような大声を出す。
「全体、止まれ!」
「は、はいっ!」
わたしは飛び跳ねるようにフェルナンド様から離れると、直立不動の姿勢を取った。フェルナンド様が苦笑する。
「部隊の訓練じゃないんだぞ、副隊長。そこまで大声を上げなくても聞こえている」
「聞こえているならすぐに止めてください」
守衛室の扉のところで腕組みをしていたのは、前に屋敷に来たことがあるフェルナンド様の直属部隊の副隊長さんだった。
「どういうおつもりですか、隊長。守衛に何事かを耳打ちされたと思ったら、『妻が私に急用があるそうですので、失礼させていただきます』とだけ言い残して飛び出していくなんて。騎士団長殿も交えた会議の最中だったのですよ。まさか急用というのは、あれのことですか?」
副隊長さんは「あれ」の部分を、伝染病の名前かと思うくらい忌々しそうに発音した。どうやらわたしたちが人目もはばからずキスしていたのが、よっぽど不快だったらしい。
一方のわたしは、騎士団長さんとの会議中と聞いてうろたえてしまう。
「フェルナンド様……そんなに大事なお仕事の最中だったんですか? 呼び出しちゃってごめんなさい。わたしはもう平気ですから、早く戻ってください。団長さんに叱られちゃいますよ!」
わたしはフェルナンド様の腕をぐいぐいと引っ張る。フェルナンド様はなんとなく名残惜しそうな顔で椅子から立ち上がった。
副隊長さんはまだ文句を言い足りないらしく、腕組みをする。
「大体、奥方様も奥方様です。騎士団の本部は気軽に遊びに来るところではありません。きちんと分かっていらっしゃるのですか?」
「副隊長、キャンディスは何も悪くないんだ。そう手厳しいことを言うのはやめてあげてくれ」
「まったく……隊長は奥方様に甘いんですから」
副隊長さんは呆れ顔だけど、わたしはフェルナンド様に庇われたことにきゅんとしていた。夫の腕に自分の腕を絡ませる。
「やっぱり、フェルナンド様は北風じゃなくて太陽なんですねえ」
「……どういう意味ですか?」
副隊長さんが訝しむ。わたしはふふんと笑った。
「厳しさよりも優しさが大事ということです」
なんて知的な会話なんだろう! 副隊長さんも、感心のあまりポカンとしている。
「さすがはキャンディスだな」
フェルナンド様が褒めてくれた。わたしの額に唇が落とされる。我に返った副隊長さんが頭を抱えた。
「隊長……部下の前ではそういう顔は絶対に止めてくださいよ。威厳がまったくありませんから」
「フェルナンド様はいつでも強くて格好いいですよ! えっと……一発逆転です!」
「ありがとう、キャンディス」
フェルナンド様が今度はわたしの唇にキスをする。副隊長さんが「それを言うなら一騎当千です!」とツッコむ声が聞こえてきた。




