幼妻は夜遊びには向かない(1/3)
けれど、わたしはせっかく書き終えたラブレターを渡すことができなかった。急な仕事が入って帰宅が遅くなるとフェルナンド様から連絡があったのだ。
帰ってきたら真っ先にお届けできるようにと思って、手紙を入れたポシェットを家の中だっていうのにずっと首から提げて待機してたのに……。
でも、お仕事なら仕方ないよね。
けれど、そんなふうに物分かりよくいられたのも夜までだった。ベッドに入ったわたしは、何度も寝返りを打った末に、ガバリと起き上がる。
「フェルナンド様ぁ……。早く帰ってきてぇ……」
情けない声を出しながら、わたしは窓を開けて騎士団本部がある方角に話しかける。途中で向きを間違えていたと気づいて、慌てて正しい方向に向き直った。
「キャンディスはフェルナンド様がいないと寂しいです……」
フェルナンド様、わたしの声、聞こえてるかな? 聞こえてるなら、すぐに戻ってきてください……。
「はあ……」
わたしは窓辺に肘を立て、頬杖をついた。
フェルナンド様がいない夜は、やたらと長く感じる。屋敷の中も外も静まり返っているせいで、余計に寂しい気持ちが掻き立てられるようだった。
心にドーナツの穴のような虚しい空間ができてしまったみたいだ。ぽっかりと空いた空白地帯が、わたしをどんどん沈んだ気持ちにさせていく。
それなのに、この王都では外灯やいくつかの建物にはまだ火が灯っていて……。今のわたしには、その光は眩しすぎた。
「……いや、待って」
明かりがついているっていうことは、人がいるということだ。
フェルナンド様もそうだけど、こんな時間なのに、まだ起きて何かの活動をしている人がいる。わたしはクローゼットからポシェットを出して、中に入れていた手帳の大人リストを眺めた。
『NO.1 夜更かしをする』
「これだ!」
目の前がパッと明るくなった気がした。
どうせ眠れないのなら、無理にベッドにいる必要はない。この長い夜を、何かで気を紛らわしながら過ごせばいいんだ。
しかも、その方法というのが大人リストのNO.1を片づけることなんて、一挙両……両……ええと……。
……要するに、すごくお得ってことだ。
わたしはネグリジェを脱ぎ散らかすと、大人っぽい黒い服を身につけ、ポシェットを提げて浮かれた気分で夜の王都へと繰り出した。
夜の街は、昼間とはちょっと違った雰囲気だ。
見慣れたはずの大通りの風景も、いつもとは違ったふうに感じられる。あらゆる建物が普段よりも大きく、いかつそうに見えた。外灯がない路地裏なんかは真っ暗で、覗き込むと胃がきゅうっとすぼまっていくようである。
ミケットの好きな小説だと、こういうところから怪物なんかが飛び出してきて、何にも知らないか弱い女性を襲ったりするんだよね……。
「あら? キャンディスじゃない」
「ぎゃああ!」
恐ろしい妄想のせいで気が張っていたわたしは、突然声をかけられたことで怪物も裸足で逃げ出すような悲鳴を上げてしまった。
「助けてぇ、フェルナンド様! わたし、バラバラ死体にはなりたくないよぉ!」
「ちょっと落ち着きなさいよ! 近所迷惑でしょう!」
地面の上で猫のように丸まって震えていたわたしは、腕をぐいっと引っ張られて声の主の顔を近くから拝むことになった。怪物じゃない。ミケットだ!
「ミケットぉ~! 怖かったよぉ~!」
「はいはい」
抱きついてきたわたしの背中を、ミケットが仕方なさそうな仕草でポンポンと叩く。
「あんた、泣いてるの?」
「だってぇ……」
わたしはくすんと鼻をすする。ポシェットからハンカチを出して、目元を拭った。
「……ミケット、何でこんなところにいるの?」
冷静になってみると、ちょっとした疑問が浮かんでくる。今は気軽に出歩くような時間じゃないはずなのに、ミケットは夜の街に何の用があったんだろう?
「少し遊ぼうと思ったのよ」
ミケットはふんと鼻を鳴らす。
「バカ夫ったら、今日は帰宅がいつもより八分五秒も遅かったわ。昨日は『早く帰る』って言ってたのに、嘘吐くなんて最低だと思わない?」
「ええと……」
「バカ夫が浮気しているのに、あたしだけ家で大人しくしてるのはバカみたいでしょう? だから、夜遊びしてやるのよ」
もしかして、家を飛び出してきたんだろうか。無計画に動くなんて、慎重なミケットにしては珍しい。それだけ夫の帰りが遅いのが頭に来たってことなんだろう。
ミケットって変わってるなあ。せっかく旦那様が帰ってきてくれたのに、今度は自分から距離を置くなんて。寂しくないのかな?
「……で、キャンディス。あんたはどうしてここにいるの? フェルナンドさんとケンカした……とかじゃないわよね? ……何よ、手帳なんか出して。……ああ、そういうこと」
ミケットは大人リストの『NO.1 夜更かしをする』を見て、すぐさま事情を理解した。
「じゃあ、あんたとあたしは遊びたい者同士ってわけね。ちょうどいいわ。一緒に来る?」
「別にいいよ。でも、お茶会は無理だよね。今の時間、カフェは閉まってるし。公園の遊具とかなら自由に使えるけど」
「あんた、あたしをいくつだと思ってるの。大人には大人の遊び方っていうものがあるのよ」
「大人の遊び?」
そんなものがあるなんて! これはぜひとも参加しないと!
身を乗り出すわたしを見たミケットが、含み笑いをする。
「こっちよ。ついてらっしゃい」
ミケットが先導するように夜の大通りを歩く。わたしはその後ろを、ハート型のポシェットをポンポン弾ませながら追いかけた。




