続きは手紙で(1/1)
「それで、二日酔いがひどくて、結局コンサートどころじゃなかったの?」
後日のお茶会で、わたしはサロメとミケットに演奏会での悲劇を報告していた。
「もうね、とんでもなかったの! 演奏者が楽器をジャーン! ってする度に、わたしの頭もガーン! ってなって、曲のリズムに合わせて頭痛がズンチャ、ズンチャ、って……」
「ぷっ、あはははは! もう止めて! 想像したら笑いが止まらなくなっちゃうじゃない!」
サロメはわたしの話に大ウケしている。お腹を抱えてテーブルに突っ伏し、肩をピクピク動かしていた。
コンサートのことでこんなに大笑いするんだから、わたしがるんるんとテーブルの上をスキップしていた話なんかしたら、サロメは笑い死んでしまうかもしれない。
といっても、酔っていた間のことはあまりよく覚えていないから、これは使用人に聞いた話なんだけど。でも、いくらなんでも誇張表現が過ぎるんじゃないの? わたしが鍋なんか被るわけないじゃん!
それでも使用人たちは皆疲れた顔をしていたから、一応は謝っておいたけれど……。
「笑い事じゃないわ。もし気分が悪くなって会場で盛大に吐いたりしたら、ゴシップ紙に面白おかしく書き立てられるところだったわよ。それで、キャンディスは王都中の笑い者として、末永く語り継がれるんだわ」
ミケットがお得意の想像力を駆使して、眉を吊り上げる。わたしは、「ミケットってば、まだゴシップ紙なんか読んでるの?」と呆れた。
「ランジャック夫人の一件で理解したでしょう? あんなのに書かれてることなんて、嘘だらけだよ」
「ええ、分かっているわ。だから、今は別の出版社が出しているものを購読しているの」
「そういう問題じゃないと思うけど……」
「そんなことより、それ、どうしたの?」
ミケットがわたしの服装にチラリと視線を向けた。途端に、わたしは親友に呆れていたことなど忘れて顎を高く上げる。
「いいでしょう? 今朝、届いたばかりなんだよ」
わたしが身につけているのは膝上の丈のドレス。でも、いつものピンク色ではなく、黒を基調にした服である。首元には黒いチョーカーをつけ、頭の大きなリボンももちろん黒色だ。
といっても、全身真っ黒じゃなくて、裾のフリルや腰紐なんかには白い生地が使われている。
でも、この服装の中で一番目立つのは、ダイヤ型の模様がついたハート型のポシェットかな。
白と黒で統一されたカラーリングの中で、このポシェットだけが鮮やかな赤色だもん。フェルナンド様曰く、「闇に咲いたバラ」みたいらしい。
「黒い服って大人っぽいよね~。というわけで、リストの『NO.5 見た目を変える』は達成だよ!」
わたしは赤いポシェットからウサギの手帳を取り出し、『NO.5』にチェックを入れた。
ミケットが「あんまりいつもと変わってない気がするけど」とボソッと呟いた気がしたけど、気にしないことにする。
ミケットの服装はいつも大人しめだから、わたしのこの黒い大人ファッションも今ひとつピンと来なかっただけだろう。
「何にせよ、新しい服はいいわよね。あたくしもまたドレスを新調して……げっ」
やっと笑いがおさまったサロメが、今度は顔を引きつらせる。ミケットが「どうしたの?」と眉をひそめた。
「紅茶に変なものでも入ってた?」
「違うわよ! 頼むから、あたくしならいないって言ってちょうだい!」
懇願するようにそう言うと、サロメはテーブルの下に潜ってしまった。その直後、カフェの入り口のほうから弾むような足取りで誰かがやって来る。
「ああ、僕のサロメさん!」
わたしたちのテーブルの前で足を止めたのは、白衣を着た栗色の髪の青年だった。ランジャック博士の助手さんだ。
「こんなところで会えるなんて、奇遇で……」
目を輝かせていた助手さんは、テーブルを囲んでいるのがわたしとミケットだけだと気づいて、妙な顔になる。
「お二人だけですか?」
「そうよ」
何が起きたのかを察したミケットが、わざとそっけない声を出す。手提げカバンから本を取り出し、しおりを挟んだページを開いた。
「そ、そのとおりです!」
助手さんが困ったような視線をわたしに寄越してきたので、慌てて首を上下に振る。話題をそらそうと、ミケットに話を振った。
「何の本読んでるの? 妖精さんは登場する?」
「いいえ。バラバラ死体なら出てくるけど」
「そ、そっか……」
ミケットの趣味は相変わらずだ。この前読んでたグロテスクな怪物が出てくる話なんて、わたしはあらすじを聞いただけで夜眠れなくなっちゃったのに。
「どうやら、僕の気のせいだったようですね」
助手さんはしゅんとなる。
「通りを歩いていた時に、たまたまこのお店にサロメさんがいるのを見かけて、急いで駆けつけてきたのですが……。きっと、彼女のことばかり考えているせいで、幻を見てしまったのでしょう。サロメさんはいつだって僕の指の間からするりと逃げてしまう。そう、彼女は背中に羽の生えた小鳥ちゃんなのです」
助手さんは残念そうに首を左右に振り、「お騒がせしました、キャンディスさんにミケットさん」と一礼して帰っていった。
助手さんの姿が見えなくなると、サロメがテーブルクロスを掻き分けて這い出てくる。
「はあ、やっと行ったわね。……紅茶が冷めちゃったじゃない」
サロメがカップの中身を一口すすり、顔をしかめる。わたしは苦笑した。
「何て言うか、ベタ惚れって感じだねえ」
「まったくよ。ふざけないでほしいわ」
サロメが店員さんに新しい紅茶を注いでもらいながら、眉間にシワを寄せる。
「あの人、勝手にあたくしの両親にも会ったらしいの。それで、二人はすっかり彼のことが気に入って、早く婚約しなさいってうるさいのよ。嫌になるわ」
「確かに、あの人が信用できるかは疑問よね。ペラペラ喋るのは、やましいことを隠そうとしているからに決まってるわ」
ミケットが本をカバンにしまう。
「うちのバカ夫も、昨日なんて帰宅時間が平均より十分三十二秒も遅かった理由を聞いたら、『仕事が長引いた』だの『ごめんね、明日はもっと早く帰ってくるから』だの、言い訳ばっかり。本当は浮気してたくせに!」
「じゃあ、黙りを決め込むほうがよかったっていうのかしら?」
「そんなわけないでしょう! 黙るのは後ろめたいことがあるからよ。間違いないわ」
「でも、あの助手さんはそんなに悪い人には見えなかったよ」
ミケットの表情が段々と険悪になっていくものだから、わたしは急いで会話に割り込んだ。サロメが機嫌の悪そうな顔になる。
「バカなこと言わないでちょうだい。何が『小鳥ちゃん』よ。頭おかしいんじゃないの?」
そうかなあ? わたしなら、フェルナンド様に「小鳥ちゃん」って呼ばれたら、嬉しくてぴよぴよしちゃうけど……。
「とにかく、あの男はダメなの。大した財力もないし、家柄も今ひとつだし、将来性も……」
「ストップ!」
わたしは長くなりそうなサロメの話を慌てて遮った。
「その話、続きは手紙でしてくれないかな?」
「手紙?」
わたしの申し出が意外だったのか、サロメが目をパチクリさせる。ミケットも不思議そうな顔だ。
「何なの、急に」
「大人リストのNO.3の『上品な趣味を持つ』だよ」
わたしは自慢げに言った。
「テイスティングも音楽鑑賞も上手くいかなかったから、別の趣味を作ろうと思って。それで考えついたんだよね……文通を!」
わざともったいぶった言い方をしてみる。こういうのは「トーチホー」っていうと、図書室に置いてある難しい本に書いてあった。
「へえ、文通ねえ」
サロメはちょっと感心したような顔になっている。
「そういうの、何かいいわね。口で言わないで手紙で伝えるって奥ゆかしいし、男受けもよさそうだわ」
「それに、会話を立ち聞きされる心配もないし」
二人とも、それぞれ別の視点から文通に賛成してくれた。それにしても、「男受け」って……。手紙の交換は、わたしたち三人でするのに。
……いや、サロメやミケット以外に手紙を出すのもアリか。お見合いの猛者のサロメが「男受けがよさそう」って言ってるんだし、フェルナンド様に手紙を渡したら喜んでくれるかも……。
よし。帰ったら早速、フェルナンド様宛てに書いちゃおう。ラブレターを! どうだ! また「トーチホー」だよ!
次に会う時に手紙の交換をすると約束して、お茶会は解散となった。
まずはフェルナンド様宛てに一通。そのあとで、サロメとミケット宛てにそれぞれ一通ずつ。う~ん! これは忙しくなりそう!
そんなことを考えて、わたしははしゃぎながら家路についたのだった。




