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幼妻は大人になりたい ~年上旦那様との溺愛生活を守るために大切な10のこと~  作者: 三羽高明


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お上品にほろ酔い(1/1)

「奥様! お止めください!」


 ワインのテイスティングからどれくらいの時間がたったのか、わたしはとてもいい気持ちだった。


「奥様、降りてきてください! 奥様~!」


 食堂のあちこちで使用人がオロオロしている。あはははは! 何で皆慌ててるの? そんなところにいないで、こっちに来ればいいのに~。


「キャンディス、行進しま~す!」


 わたしは厨房から持ってきた鍋を頭に被り、そこにスプーンを打ちつけて、長テーブルの上を端から端までスキップした。


「いひひひひ。楽しいなあ~!」

「奥様、それ以上進んではいけません! 奥さ……ああっ!」


 使用人が悲鳴を上げる。頭に鍋を被っていたわたしはテーブルが途切れていることに気づかず、床に転がり落ちた。


「お、奥様? 大丈夫ですか……?」


 落下の衝撃で鍋が外れたわたしの顔を使用人がおそるおそる覗き込む。わたしは「にひひ」と笑った。


「な~んともないよ~。あはっ!」


 わたしは長テーブルにかかっていた白いテーブルクロスを体に巻きつけ、ゴロゴロと食堂の床を転がる。


 わたしの動きに合わせてテーブルクロスも引っ張られていき、食卓の上に置いてあったものがガシャン、ガシャンと音を立ててあちこちに散らばった。


「大変! 燭台の火が!」

「誰か、水を持ってこい!」


 うは~! 花瓶の花が燃えてる! 焼きリンゴならぬ焼き花かあ~。美味しいのかなあ?


 わたしはモゾモゾと体を動かすと、テーブルクロスの中から抜け出した。右往左往する使用人の脇をすり抜け、庭に出る。バケツを持って廊下を疾走していた家令が、千鳥足で進むわたしに声をかけた。


「奥様、どちらに?」

「暑いから~水浴び~」


 頭も体もポワポワして、たまにものが二重に見える。わたしは意味もなく笑い声を上げ、階段の手すり乗っかってうつ伏せの状態でお腹をつけると、お尻のほうから滑り降りた。


「えへへ、お池、お池」


 わたしは夕暮れが迫る庭の片隅に作られた池のほとりにたたずむ。靴を脱ぎ、ポシェットを外すと、ドボンとダイブした。お魚さん、逃げないで~。わたしも一緒に泳ぎたいよぉ~。


「ふへ、ふへへへへ……」


 バシャバシャと手のひらで水をすくっては遠くへ飛ばす。池の深さはわたしの腰くらいなので、溺れる心配はない。


 そのうちに服が水を吸って重たくなったので、脱いでしまった。ああ、いい気持ち! 下着も邪魔だし、いっそのこと裸になっちゃおうかな~?


「お願いですから、もう上がってきてください!」


 侍女が悲痛な声で叫ぶ。いつの間にか、池の周りには屋敷で働く人たちがずらりと詰めかけていた。


「もし急な来客でもあったらいかがなさるのですか。そのような姿を見られたら、一大事です!」


 侍女がこちらに手を伸ばす。あっ、もしかして、一緒に水浴びをしたいの? いいよ、遊ぼう!


 わたしは侍女の手を思い切り引っ張る。侍女は甲高い悲鳴を上げながら、頭から池に突っ込んだ。


「ひひひ、びしょ濡れだねえ」


 わたしは呆然となる侍女の顔に水をかけた。彼女は慌てて池から這い上がる。あれぇ? もうおしまい?


「ねえ皆~、一緒に遊ぼうよ~」


 わたしは使用人たちに向かって手招きしたけれど、誰も誘いに乗ってこない。つまんないの~。皆お堅いんだから!


「こんなところに集まって、どうしたんだ?」


 その時、辺りに低くて綺麗な声が響いた。使用人が一斉に道を空けると、そこから登場したのはフェルナンド様だった。家令が助かった、とでも言いたげな顔で事情を説明する。


「どうも奥様は酔っていらっしゃるようでして……」

「フェルナンド様~、お帰りなさいませ~。お仕事お疲れ様でした~」


 わたしは水の中から手を振った。フェルナンド様が池の縁にかがみ込む。


「まだ春先だ。そんなところにいて寒くないか?」


「全然! フェルナンド様も一緒に水浴びしましょうよ~。皆ノリが悪くて困ってたんです~」


 フェルナンド様が振り返ると、使用人たちはすっかり弱り果てた顔になっている。フェルナンド様は「なるほどな」と頷いた。


「では、少しだけ」


 フェルナンド様は腰の剣を外して芝生の上に置くと、ためらいもせずに池に入った。さすが~!


「うひひ。フェルナンド様、大好きです」


 わたしは夫の逞しい体に抱きついた。フェルナンド様がよしよしと頭を撫でてくれる。


「わたし~、明日のコンサートの切符を買ったんですよぉ。一緒に行きましょうねえ」


「もちろん。だが、コンサートへ行くなら何かと事前準備も必要だろう。そろそろ水浴びは切り上げるべきではないか?」


「ああ~、確かに~」


 フェルナンド様って、やっぱり頭いい~! わたしが厚い胸板に頬ずりしていると、フェルナンド様に腰をすくわれた。そのまま横抱きにされて、わたしたちは池から出る。


「旦那様、さすがでございます!」

「よかった、よかった」


 使用人たちは手を取り合って小躍りしていた。なんで皆、あんなにはしゃいでるの? 酔っ払ってるのかなあ? みっともない。


 屋敷の中へ連れていかれたわたしは、フェルナンド様に着替えを手伝ってもらった。水浴びは楽しかったけど、やっぱり服は乾いてるのが一番だ。


 ついでにフェルナンド様の着替えも手伝おうとしたけど、彼の軍服についていた勲章を振り回して遊ぶのに熱中してしまい、こちらはあまり上手くいかなかった。


 その過程で飾ってあった彫刻が二個くらい壊れたものの、フェルナンド様は「元気がいいな」と言うだけで、あまり気にしていないらしかった。


 多分、何かの記念品の名目で押しつけられた趣味に合わない品とかだったんだろう。もしほかにもそういう物があれば、わたしが片っ端から粉々にしてあげるのに~。


 そう言うと、フェルナンド様は「頼もしいことだ」と笑って、わたしの手からそっと勲章を取り上げた。


「ほら、キャンディス。おいで」


 私室のソファーに腰かけたフェルナンド様がわたしを手招きする。うひぃ、素敵。わたしはフェルナンド様の「おいで」に弱いんだ。どこへでもお供しますよ!


「明日のコンサート、楽しみですねえ」


 わたしはフェルナンド様の膝の上に座って、ほわほわした気持ちになっている。近くの本棚に音楽家の名鑑を発見すると、ますますほわほわ気分は高まった。


「わたし~、明日までにこれをぜ~んぶ覚えま~す」


 わたしは名鑑の表紙をバシンと叩く。


「音楽に詳しくなって、フェルナンド様をびっくりさせちゃうんで~す」

「君は本当に努力家だな」


 フェルナンド様が頬にキスしてくれる。わたしはすっかり舞い上がってしまい、フェルナンド様の首筋に顔をうずめた。


「フェルナンド様の体って、とっても温かいですねえ……」


 まぶたが落ちてくるのを感じる。そうしてわたしは、名鑑をしっかりと胸に抱きかかえたまま、いつの間にか眠っていたのだった。

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