完璧な旦那様の隠し事(6/6)
「実は、私は機械音痴なんだ」
フェルナンド様が重苦しい口調で告白した。
一方のわたしは何を言われたのかすぐには理解できずに、昇降機の床の上で放心する。機械音痴? フェルナンド様が?
「……ちょっと待ってください」
わたしは混乱しながら頭を押さえた。
「えっ、ええと……機械音痴、ですか。機械音痴って……。あの……」
大雨のあとで起きた洪水のように一気にあふれ出した戸惑いは、次の瞬間には昇降機の壁を揺らすほどの大声となってわたしの口からほとばしっていた。
「隠し事って、そんなくだらないことだったんですか!?」
「くだらなくはない。重要なことだ」
フェルナンド様は少し口元を歪めた。わたしは混乱のあまり夫を傷つけてしまったことをすぐに反省する。
「ご、ごめんなさい。今のは『言葉のモヤ』です。でも、あんまりにも意外だったもので……」
「……呆れてしまうよな。私が機械も満足に扱えないような男だったなんて」
フェルナンド様はやりきれなさそうに首を横に振った。
「何もしていないのに、私が使うと機械が不調になってしまうことが多いんだ。職場でも博士の発明品をいくつもダメにしてきた。部下からは『隊長が触ると壊れるから、機械はいじらないでください』と言われる始末だ。それなのに、博士はなぜか私のことを気に入ってしまって、『フェルナンド殿でも使える機械をいつか作ってみせる』とわけの分からない張り切り方をしていて……」
「そうなんですか……」
面白いエピソードだなあ、と思ったけど、フェルナンド様があまりにも深刻な顔をしているから、正直な感想を口にするのはやめておくことにした。
「でも、何で隠していたんですか? 別に知られたら困るような話でもないと思いますけど……」
「……キャンディスのイメージを崩したくなかったからだ」
フェルナンド様が苦しげに言った。
「君は私を理想の男だと思っているだろう? 何でもできて完璧だ、と。当然、機械も扱えて当たり前だと想像していたはずだ」
確かに、フェルナンド様が機械音痴だなんて予想もしていなかったけど……。
わたしは、フェルナンド様が博士のパーティーに単独で行ったわけを理解した。機械であふれたランジャック博士の屋敷に行けば、機械の扱いが苦手だとバレてしまう。だから、わたしを同行させたくなかったんだ。
フェルナンド様が皆に「妻は風邪を引いて来られない」なんて嘘を吐いた理由も分かった気がする。多分、フェルナンド様は「自分が機械音痴であることを妻に隠している」という事実も伏せておきたかったんだろう。
だって、世の中にはお節介な人もいるから。
フェルナンド様の秘密を知ったパーティーの参加者が、「あなたの旦那様は、機械音痴を隠そうとしているから知らないふりをしてあげてね」なんてわたしに吹き込んだりしたら大変だ。これまでの「ぺいぺい工作」がすべてパアになってしまう。
……「隠蔽工作」だったかな? とにかく、機械音痴を隠し通そうとした努力が台無しになるってことだ。
「こんな弱点がある私を、君はどう思った? 正直に言ってくれ」
フェルナンド様は亜麻色の髪を掻き上げる。乱れた前髪が端正な顔にこぼれ落ち、彼の憂鬱な表情に艶っぽい影を作った。
場違いにもわたしの胸は高鳴る。……いや、場違いではないのかな。このときめきが、フェルナンド様の質問に対するわたしの答えそのものなんだから。
「フェルナンド様には弱点なんかありませんよ」
わたしは夫の大きな手に、自分の小さな手をそっと重ねる。
「何もしていないのに壊れるなら、それは勝手に使い物にならなくなった機械が悪いんです。フェルナンド様のせいじゃありません」
「だが……」
「この返事でご不満なら、言い方を変えますね。わたしはフェルナンド様が大好きです。フェルナンド様が機械音痴だって知る前も、知ったあとも、何も変わりません。ずっとずっと大好きなままですよ」
わたし膝立ちになり、フェルナンド様の頭を胸元にかかえるようにして抱きしめた。夫の髪を撫でる。
「ほら。今のわたし、すごくドキドキしてるでしょう? フェルナンド様が大好きだからですよ」
「キャンディス……」
フェルナンド様の腕がわたしの背中に回される。どことなくおそるおそるといった動きだ。わたしは小さく笑う。
「それに、機械の扱いが下手なフェルナンド様って、なんだかかわいいです。ますます好きになりました」
フェルナンド様は完璧。たとえ機械音痴だろうが、その事実は変わらない。フェルナンド様が「まったく、君は……」と呟いた。
「かわいいという言葉は、私ではなく君のためにあるのに」
フェルナンド様に体重をかけられ、わたしは昇降機の床に押し倒される。そのままわたしたちは、笑い合いながらお互いが上になったり下になったりを繰り返す合間にキスをして、昇降機の床を転げ回りながら戯れた。
笑い疲れると、わたしは昇降機の床に脚を伸ばして座る。その太ももにフェルナンド様が頭を乗せた。
「キャンディス。やはり、私にも弱点はあるようだ」
わたしが和んだ気持ちで夫の頭を撫でていると、フェルナンド様がしみじみとした声で呟いた。
「だから、そんなものはないですよ」
「いいや、ある」
フェルナンド様が身を起こし、わたしの顎を指先で持ち上げる。
「君だ」
フェルナンド様がわたしの唇に自分の唇をそっと重ねた。
昇降機の天井についていた扉が外側からこじ開けられたのは、その直後のこと。救出されて無事に外に出られたわたしたちに対しては、さすがの博士も平謝りだった。
「気にしないでください」
わたしたちは笑って博士の謝罪を受け流す。
「とても楽しく過ごせましたから。……ですよね、かわいいフェルナンド様?」
「そうだな。私よりも愛らしいキャンディス」
わたしたちは見つめ合って笑みを漏らす。そのやり取りを聞いていたサロメが、「だから心配しなくていいって言ったのに」と呆れ顔になった。




