完璧な旦那様の隠し事(4/6)
「ほら、ご覧なさい!」
ミケットは勝ち誇ったような顔になる。
「あたしの言ったとおりでしょう、キャンディス! 男なんていうのはね……」
「待ってくれ。きっと今回も機械の故障だ」
フェルナンド様がわたしとミケットの会話に割り込んでくる。
「それ以外に考えられないだろう? 誰かに見てもらおう。……ランジャック夫人!」
フェルナンド様が焦りながら、近くにいた夫人を呼び寄せる。博士は、いつの間にかどこかへ行っていた。
「嘘発見器の調子がおかしいんだ。点検してくれないか?」
「あら、どこも変なところはないように見受けられますけど……」
ランジャック夫人は嘘発見器を色々な角度から眺め回す。ミケットがふんと鼻を鳴らした。
「困った時はランジャック夫人を呼ぶのね。これこそまさに……」
「あの、ランジャック夫人も実際にこの装置を使ってみてくれませんか?」
これ以上ミケットの妄想が暴走する前に、わたしは夫人に声をかける。
フェルナンド様が隠し事をしているかどうかはこの際置いておくとして、少なくともランジャック夫人との間には何もやましいことはないということだけは、ミケットにはっきりと伝えておきたかった。
ランジャック夫人は快く承知してくれる。わたしはミケットがとんでもない質問を浴びせかける前に、口を開いた。
「わたし、ランジャック夫人のことをゴシップ紙で読みました」
ポシェットに入れておいたスクラップブックを開き、夫人に差し出す。すると、夫人は頬に手を当てて困り顔になった。
「失礼なことを聞いて申し訳ないんですが、ここに書いてあるのは本当のことですか?」
「いいえ」
夫人は即答した。高らかにラッパが鳴る。つまり、夫人は嘘を吐いていないということだ。わたしは次の質問をする。
「あなたは旦那様を愛していらっしゃいますね?」
「ええ。何よりも」
またラッパが鳴った。ミケットが唖然とした顔をしている。
これではっきりした。ランジャック夫人は奔放な女性などではない。彼女は夫を一途に愛する妻の鑑だ。
「でも……そんなの変だわ」
ミケットがうろたえながら言った。
「じゃあ、この記事に書かれていることは何なの?」
「以前、ゴシップ紙の記者が夫にインタビューをしに来たことがあったのです」
夫人は肩を竦めた。
「その際、記者をこの嘘発見器にかけたのですが……。結果、彼は大嘘つきと判明したのですわ。そのことを恨みに思って、こんな記事を書いたのでしょうね」
つまり、「ねつ造」ってやつか。ひどいことするなあ。思ったとおり、あの記事は全部でっち上げだったんだ。
「ううっ……どうして……?」
ミケットがショックを受けているのは、ランジャック夫人が受けた仕打ちに対してか、それとも信じ込んでいた記事がデタラメだったせいなのか。
どっちにしろ、今の彼女は平常心を失っているようだった。フェルナンド様が隠し事をしていたことなど、すっかり頭から抜けているようだ。
……そうだ。フェルナンド様の隠し事!
嘘発見器は壊れていなかった。ということは、フェルナンド様は何かをわたしに黙っているということになる。
それが何なのか、聞いてみたほうがいいのかな?
でも、ちょっと怖い気もする。
だって、隠し事があるって指摘された時のフェルナンド様、なんだか挙動不審だったし……。いつもは落ち着いている夫があんなふうになる原因なんて、何にも思い浮かばなかった。
きっとフェルナンド様のことだから、わたしには想像もつかないようなとてつもなく壮大な秘め事を胸の中にしまっているに違いない。それを知ってしまった時、わたしは平静でいられるだろうか?
「サロメさん!」
思い悩んでいると、元気な声がした。自動お茶運び人形の片づけが終わったらしい助手さんが、部屋に入ってくる。部屋の隅で三角形をした装置を眺めていたサロメは、あからさまに「げっ」と言いたそうな顔になった。
「よかった、まだ帰っていなかったのですね! 今度は僕が作った、とっておきの発明品をお見せしますよ!」
「申し訳ありませんけど、あたくし、そういうのには関心がないんですの」
そう言って、サロメはこちらに走ってくる。そして、わたしの後ろにさっと隠れてしまった。
「まあ、そうおっしゃらずに」
サロメの素っ気ない態度を見れば、すぐに脈なしだと分かりそうなものだけど、「恋はもくもく」ってことなのか、助手さんは興奮で声を弾ませている。
「これを見れば、サロメさんの考えも変わるはずですよ。……そこのあなた。ちょっとこれを持っていてください」
助手さんが何かの装置のようなものを押しつけたのは、フェルナンド様だった。思わずそれを受け取ってしまったあとで、フェルナンド様が「ダメだ!」と慌て始める。
「私にこんなもの……」
「行きますよ。三、二……」
カウントダウンが最後まで終わらないうちに、装置がブーンとうなる。パンッ! という何かが弾ける音がしたかと思うと、装置は小爆発を起こした。
驚いたフェルナンド様が小さく声を上げ、よろけた拍子に壁に背をつける。
しかし、騒動はそれだけでは終わらなかった。フェルナンド様の背後の壁が急にくるりと一回転したのである。壁に背中を密着させていたフェルナンド様は、その回転と一緒に壁の向こう側に消えてしまう。
壁が元通りになっても、フェルナンド様は戻ってこなかった。わたしは全身の血が凍りついたかと思うくらいの恐怖を味わう。
「フェルナンド様! フェルナンド様ぁ!」
わたしは先ほどまで夫がいた壁に、力いっぱい拳を打ちつけた。室内にいたほかの人たちが、何事かという顔でこちらに集まってくる。
騒ぎに気づいていないのは、サロメにいいところを見せようとして呑気に発明品を見せびらかしていた助手さんだけだった。
「ほら、このとおり……ってあれ? サロメさん?」
助手さんは遅ればせながら周囲にいた人たちが皆壁際に集まっていると気づき、戸惑いの表情を浮かべる。
「ランジャック博士! あれは一体何なんですか! フェルナンド様はどこへ消えたんです!?」
わたしは群衆の中から博士を探し出し、彼の肩をつかんで揺さぶった。ランジャック博士は「落ち着いてください」となだめるような声を出す。
「実は、この壁には隠し扉がついていましてね。フェルナンド殿は今頃、隠し通路を滑り落ちて地下にいることでしょう。心配せずとも、無事ですよ。でも、おかしいですね。秘密の言葉を入力しないと開かない仕掛けになっているんですが……」
「秘密の言葉!? じゃあ、早くそれを教えてください! フェルナンド様をこのままにはしておけません!」
「ええ、もちろんですとも。ええと……何と入力すればいいんだったかな? 『私の妻は世界一』?」
「あら、あなた。秘密の言葉は数字四桁ですわ」
「ああ、そうだったね。お前の誕生日だったかな?」
「いいえ、あなたの誕生日かもしれなくってよ」
「そうかそうか。あはははは」
「おほほほ」
呑気に笑い合うランジャック夫妻の頬を、わたしは引っ掻いてやりたくなった。
放っておいたら暴走した自動お茶運び人形みたいに、わたしが夫妻を窓の外に投げ飛ばしてしまうとでも思ったのか、助手さんがおずおずとした調子で、「昇降機を使えば、地下まで行けますよ」と教えてくれる。
この夫婦に任せておいたら、もう二度とフェルナンド様と再会できないかもしれない。わたしは部屋を飛び出すと、手近にあった箱形の乗り物に飛び乗った。
昇降機を使うのはこれが初めてだったけど、多分、壁際の数字が書かれた表示板を押したら、目的の階まで行けるのだろう。
思ったとおり、わたしがイライラしながら地下階を示すボタンを連打すると、ゆっくりと昇降機が下へ移動していく。もっと早く動けないの!?
昇降機の中で円を描きながら歩き回っていると、やっと「チン!」という鐘の音が響いた。わたしは扉が開いた瞬間に外に飛び出す。
それと同時に、昇降機のすぐ外にいた人にぶつかった。
転びそうになったわたしは、その人に腰を支えられる。目の前にいたのは、愛しの旦那様だった。




