完璧な旦那様の隠し事(3/6)
「ではキャンディスさん。今からお題を出しますから、その答えをこちらに打ち込んでいってください」
博士は椅子の後ろの装置を指差した。
「分かりました。ところで、お題ってなんですか?」
「『あなたの好きなもの』です。三つ挙げてくださいね」
博士は楽しそうに言った。フェルナンド様は不安そうな顔をしているけれど、わたしは「はい」と快く返事をして、装置の前に立つ。
わたしの好きなもの三つかあ~。何にしよう?
しばらく悩んでから、鍵盤を叩き始める。文字を一つずつ打ち込む度に、鍵盤は小気味のいいカチリという音を立てた。
観衆はフェルナンド様の正面側に立っているから、彼の背後の装置を操作しているわたしの回答は見えないだろう。わたしが「できました」と言うと、ランジャック博士は上機嫌で頷いた。
「では、今度はフェルナンド殿の番です。奥方様が打ち込んだのと同じ内容を、手元の鍵盤に入力してください。一問正解するごとに、一つずつ拘束が解けますよ」
「でもランジャック博士、フェルナンド様にはわたしが何を入力したのかは見えないんじゃ……」
「見えませんとも。だから面白いのではありませんか」
なるほど。これ、クイズだったんだ! 博士って面白いことを考えるなあ。ランジャック夫人も、「私の旦那様ったら、遊び心にあふれていて素敵!」と言いたそうな顔をしている。わたしも観客に交じって、フェルナンド様の正面に回った。
「キャンディスの好きなもの、か」
フェルナンド様は難しそうな顔でこちらを見る。わたしは椅子に縛りつけられた夫に、にこやかに手を振った。大丈夫! フェルナンド様なら絶対に答えられます!
「……一つ目は、『フリルがたくさんついた服』だろうか」
フェルナンド様が呟き、拘束されて自由に使えない右手で、苦労して装置に文字を打ち込んだ。
入力が終わると、がしゃんと音がして、フェルナンド様の足を固定していた金具が引っ込む。
「すごい!」
わたしは拍手した。さすがフェルナンド様! わたしのこと、よく分かっている。投げキッスしちゃう!
喜ぶわたしを見て、フェルナンド様の顔から険しさが抜けた。自信たっぷりの口調で、「二つ目」と続ける。
「『甘いもの』だ」
フェルナンド様が文字を入力すると、今度は両手が自由になった。部屋中から黄色い声が上がる。もちろん、わたしも大はしゃぎしてしまった。
「頑張ってください!」
「あと一つです!」
皆がフェルナンド様の応援を始めた。けれど、彼は少し難しそうな顔になっている。もしかして、三つ目の答えが分からないとか?
「最後は……何だろうな。キャンディスの好きなものならたくさん思い浮かぶが……」
思ったとおりだ。最後の最後で、フェルナンド様は苦戦し始めた。
でも、三つ目はぜひとも正解してほしい回答なんだよねえ。
……よし、ここはさりげなくヒントを出して、困っている旦那様を助けてあげようっと!
「わたしが好きで好きでたまらないものですよ」
わたしはフェルナンド様に答えの手がかりを教えてあげる。
「それだけじゃなくて、完璧に最高なものです」
「ふむ……」
「ほら、わたしがよく『大好きです!』って言ってる……。今朝も四回くらい言いました」
「……ああ」
フェルナンド様はようやく答えが分かったらしい。満足げな表情になっている。
「私か」
大正解です! フェルナンド様ってすごく頭がいいんだなあ。
「さて、答えは分かったが、何と回答したものか……。『フェルナンド様』? 『旦那様』? いや、ここはフルネームで……」
天才ですか? フルネームで大当たりです!
わたしはカチカチと音を立てながら文字を入力する夫を、うっとりと眺める。フェルナンド様が自由の身になったら、彼の胸に真っ先に飛び込まないと!
周り人たちも、わたしたちをはやし立てるように口笛を吹いている。
「……よし、入力完了だ」
フェルナンド様がゆったりと構える。それから残った胴体の拘束具が外れ……。
……外れないね。
「あの、博士?」
わたしはランジャック博士に声をかける。博士は首を傾げながら、わたしが入力した答えと、フェルナンド様が打ち込んだ答えを見比べた。そして、盛大な拍手をする。
「お見事です、フェルナンド殿! 全問正解です! では、本日のショーはここまで! あとは皆様、ご自由にお楽しみください!」
集まっていた人たちが、あちこちに散っていく。
わ~、自由時間だ~! フェルナンド様と一緒に見て回ろうっと!
……いや、フェルナンド様はまだ椅子の上だった!
「ランジャック博士、どうしてフェルナンド様はまだ拘束されたままなんですか? 正解したら、自由になるはずでしょう?」
「ええ、そのとおりなんですが……。装置の故障ですかねえ。ははは」
ははは、じゃないんだけど! このままじゃフェルナンド様は、一生この椅子に縛りつけられて生活しないといけなくなっちゃうじゃん! そんなの嫌だよ!
「ご安心くださいな。私がなんとかしてみせますわ」
名乗りを上げたのはランジャック夫人だった。彼女のほっそりとした手には、いつの間にか工具が握られている。
「ああ……私の妻は本当に頼もしい」
ランジャック博士は熱っぽく言うと、「旦那様が自由を取り戻すまでの間は、この嘘発見器で遊びましょう」と誘いをかけてきた。でも、わたしはフェルナンド様が気がかりでしょうがない。
「私なら平気だ。行っておいで、キャンディス」
フェルナンド様はかなり無理やり作ったとしか思えない笑顔で言った。なんとなく、「今は私のほうを見ないでくれ」と言われた気がして、仕方なく夫から視線を外す。
「この装置は、本当のことを言うと音が鳴る仕組みなのですよ」
椅子に座ったわたしの腕に、ランジャック博士がアームカバーのようなものを被せる。早速、博士がわたしに質問をした。
「キャンディスさんは、旦那様を愛していらっしゃいますか?」
「もちろんです。だって、フェルナンド様は最高に完璧なわたしの旦那様ですから!」
椅子の背から、ラッパのような音が鳴り響く。音が鳴るのは、本当のことを言った時だけだ。つまり、わたしの愛は科学的に証明されたってことだね。なんだかいい気分!
「ありがとう、キャンディス。私も愛している」
不意に、間近で囁かれた。振り返ると、背後にフェルナンド様が立っている。わたしは「自由になったんですね!」と言いながら、夫に抱きついた。
「お怪我とかしてないですか?」
「ああ、平気だ」
フェルナンド様がわたしを安心させるような優しい声で言って、頬にキスをしてくれた。ちゅっという音に、心が浮き立つ。
「もう拘束を解いたのか。お前の腕は一流だな」
「あら、あなたの妻ですもの。当然ですわ」
親密そうに見つめ合ったあと、ランジャック夫妻は互いの体の境目が分からなくなるような激しい抱擁を始めた。フェルナンド様が呆れ顔になる。
「人前でよくやるな」
「まったくです。恥ずかしくないんですかねえ」
わたしもうんうんと頷いた。たまたま近くにいたミケットが、「これってツッコんだほうがいいの?」と呟く。
「ミケットもこの嘘発見器、使ってみたら? 結構楽しいよ?」
「あたしは別にいいわよ。……それより、フェルナンドさんに使えば?」
ミケットはなぜかフェルナンド様を冷たい目で見る。
……ああ、そうか! ミケットは、フェルナンド様が浮気していると思い込んでるんだった。誤解、ちゃんとあとで解いておかないと。
「いや、私は……」
「あら、辞退なさるの? もしかして、やましいことでもあるのかしら?」
ミケットが陰険な目でフェルナンド様を見る。フェルナンド様は「別にそういうわけでは……」とモゴモゴと言った。
「それなら、何の問題もないではありませんか。さあ、これをお着けになって」
ミケットは有無を言わさぬ口調でフェルナンド様にアームカバーを差し出す。彼は気乗りしない様子でそれを腕に巻きつけた。
ミケットが結婚生活で、どうやって旦那様よりも高い地位を保っているのかを理解した気がする。彼女に剣呑な目つきで睨まれたら、「はい」以外の選択肢が出てこなくなってしまうに違いない。
でも、わたしのフェルナンド様をあんまりいじめないであげてね?
「フェルナンドさんは、キャンディスに何かを隠していますわね」
フェルナンド様がアームカバーを巻くと、ミケットがすかさず質問をした。フェルナンド様がわずかにたじろいだ気がする。
……何、その反応は?
「どうなのかしら? 妻に隠し事をしているでしょう?」
ミケットがフェルナンド様に詰め寄る。わたしは思わず息を止めて、夫の答えを待った。
フェルナンド様は何も言いたくないようだったけど、やがて根負けしたように一語だけで答える。
「……していない」
ラッパは鳴らなかった。
要するに、フェルナンド様は嘘を吐いたということだ。




