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97話

 



 ――どうしてまだ立っているのか。


 永新の心を折る為にここまで手を尽くして来た誠一郎が、遂に見せた本性。

 本性、と言う事はつまり、今まで手の内を明かして来なかった底知れない誠一郎の「底」が暴かれたも同然。しかしてそれは永新が望んだようにこの世に蔓延る憎悪や厭悪を煮詰めた淀んだ邪悪のようなものではなく、むしろそう言った邪悪さすらも彼は本性を覆い隠す蓑にして見せ、自らの本望を叶える為に永新の心を乱して見せた。その結果明らかになった誠一郎の本性、本望と言うのが、死に瀕する程の苦痛すらも快楽に変換するその体を、滅ぼす事だった。



「……っ」



 だが、誠一郎の明かされた本性すらも永新には嘘に聞こえてくる。

 香織を攫い、絵麻を惑わせ、信頼を餌に永新と羅威竿を誘い込んだ。ここに至るまでのあらゆる偶然であるものも全て誠一郎が糸を引いているとするのならば、ありとあらゆる下準備が為されている事になる。蝶野と蝉岡の二人に出会った事も、羅威竿の性格も、行動パターンも何もかも、ここに至るまでの全てにおいて誠一郎の手が入れられているのだとしたら、それにかける情熱や執念と言うものを永新は覚えずにはいられない。

 ここまで周到に用意された、誠一郎の為だけの舞台。それを使って永新を追い詰めた末に望むのが「自分を殺してもらう事」だなんて、永新には到底信じられるものでは無い。これまでの屈辱や、絶望の海へと突き落とす様な真似の数々。その果てに辿り着くのが自分の死だと言うのなら、永新は自分の溢れ返る憎しみすらも飲み込んで、今まで繰り広げられた他者をも巻き込んだ盛大な自殺劇の舞台から降りる事すら、視野に入ってくると言うもの。


 重なる疑問、積み上がる矛盾を前に誠一郎の目的が不明瞭になっていく永新は、自分を手にしようとする言動すらも釣り餌であり、そうして釣り上げられた先ではどんな未来が待っているのか、想像もつかなかった。


 それに加えて、誠一郎の特異性。

 例え妖魔と言えども、体の半分が抉られるような傷は間違いなく致命傷であり、動く事すらままならなくなるはず。だと言うのに、再生を繰り返す誠一郎はまるで散歩でもしているかのような余裕を見せて、漠然とした困惑に永新を謀るように口を開く。



「……何をそんなに驚いた顔をしているんだい、永新クン。君は、僕を殺す。僕は、君が欲しい。実に分かりやすくて単純明快な答えが目の前に転がっていると言うのに、何を悩む事がある?」



 永新の渾身の一撃は、誠一郎に届いて、その体を抉った。

 しかし、永新の殴打を受けたはずの誠一郎はまるで何事も無かったかのように歩みを進め、一歩進む毎に抉られた傷が塞がっていく。それだけならば治癒術の得意な真宵でも可能な範疇であり、永新が困惑し恐怖に囚われる事は無い。


 永新が本当に恐怖しているのは、永新の手に残る感覚。それが妖魔ではなく、正真正銘の人の体を破壊した感覚が残っていたからであった。



「あぁ、もしかして、僕の体に触れただけで分かっちゃったのかな? ふふっ、永新クンにはもっと僕の奥の奥まで知ってもらいたい気持ちはあれど、触れ合っただけで通じてしまうのは、まるで恋仲のようで気恥ずかしい」


「……っ」


「そんな嫌な顔をしないでくれよ。僕だって傷付くんだよ? ほら、見ての通り……ね? あぁそうだ。永新クンの疑問に答えてあげるよ。僕が、死なない理由をね?」



 お前の思考など読めている、とばかりに笑う誠一郎は、話の過程で塞がった傷痕から、弾け飛んだはずの片腕をズニュリ、と再生させると、喜んで解説を口にし始める。わざわざ、「所詮はこの程度の事態で戸惑う落ちこぼれの永新クンに分かりやすいように」と前置きを置いてから、口を開くのだった。



「永新クンは今、僕が人間の体をしている事に戸惑っているのだろう? 君の手が、脳が理解したように、僕の体は人のままさ。だが、侮られるのも癪なのでね。先に言っておくと、僕は僕の体も改造しているのさ。言っただろ、医者志望だった僕には、それに相応しい能力が望まれたのだと。勿論、改造に当たってはたくさんの妖魔や人間で実験したからね。成果は上々さ。永新クンが改造されるその時も、期待してくれてもいいよ?」



 妖魔化したように見せかけた誠一郎は、体の一部の妖魔化を解除して見せながらそう語る。

 言葉の通り、誠一郎の妖魔化は体の内部からではなく、体の表面をコーティングするかのように生成されていた。妖魔化した誠一郎の姿が、かつて見せてもらった通りの黒いボディスーツであったが故に、体そのものを作り替える羅威竿と同じものだと勝手に勘違いしてしまっていた。雷の化身と化す羅威竿と違い、人の形を保ったままの時点で疑問に思うべきであったのだが、永新にそのような知恵があるはずもなく、まんまと騙される形になったのであった。


 そこまで思い至った永新が「だけれども」と反語を頭に思い浮かべたと同時に、誠一郎は言葉尻を捕まえるかのように永新の口が開かれる前に、食い気味に言葉を差し込む。



「――妖魔化していない体で俺の動きに付いて来れるはずが無い、とでも考えたね?」


「っ!?」


「永新クンは分かり易過ぎる。ルゥから観察眼を鍛えて貰ったところで、相手から見抜かれるようじゃ意味が無い。永新クンが僕を見ている時、僕もまた、永新クンを見ているんだから。……でもその通り、表面上を妖魔化したところで、肉体的サポートは永新クンの卑怯とも取れるくらいのブーストと比べれば、雀の涙さ。でも、言っただろう? 僕は、肉体を改造してる、ってね」



 誠一郎が見せつけるかのようにして腕を剥き出しにすると、証明して見せるかのように軽く力を込めただけで、骨ばった男の細腕だったものが一瞬にして何倍にも膨れ上がる。それを目の当たりにした永新の脳裏に浮かぶのは、誠一郎は頻繁に口に出していた「肉体改造」と言う言葉。常軌を逸しているとしか思えない異常なまでの筋肉の膨張は、普通では考えられないものを見た、と目を皿のようにするばかり。



「……永新クンは何を驚いているのかな。僕からしてみれば、永新クンとか倶利伽羅の使う『纏炎』の方が常識の範囲外にあると思うけどね。筋肉を増幅させる訳でも無く、身体機能を向上させる? どんな理論に基づいているのか、質量保存の法則は何処に行ったのか。つくづく疑問に思っていたよ。霊力で行使しているはずなのに、同じく霊力を根幹に据える妖魔では扱えない、だなんて、そんな事がまかり通って言い訳が無い。だから僕は、君達の纏炎を凌駕する程の改造をこの身に果たしたのさ。もしもこの状態で纏炎が使えたのなら、どこまで強くなれるだろうね? 永新クンには、その実験にも付き合ってもらいたい」



 剥き出しになった腕をすぐに黒のボディスーツを模した妖魔の表皮で覆うと、己の顎に指を当てながら期待に満ちた視線を向けてくる。

 それはどこまでも強欲に満ちた目をしていて、永新はそこでようやく、誠一郎の目的や狙いが腑に落ちる。


 ――彼は、誠一郎は、数多ある選択肢の中からどれか一つを欲しがっているのではなく、目的への道すがら、取れる景品の全てを取ろうと欲の向くまま動いているのだと。


 彼の中で最たる目標はあるとしても、その過程で手に入れられる物は手に入れようとする。例え手から零れ落ちるものがあったとしても、彼はそれすらもあらゆる手段を用いて落とさぬよう工夫を凝らすのだろう。

 手を変え、品を変え。様々な可能性を考慮して組み立てた道程を進んできた結果、彼は今、目的の物を手に入れられたのか。目的を果たせたのか。それは彼のみぞ知る事で、永新は知る由も無い。


 けれどもただ一つだけ、聞いておかねばならない事があった。




「…………羅威竿を殺したのは、どうして?」




 誠一郎が何を思って羅威竿をその手にかけたのか、永新は聞いておかねばならなかった。

 その上で誠一郎と決着を付けねばならないと理解していたからこそ、永新は疑問を舌の上で転がすのだが、その問いに対して誠一郎は、なんでもないかのように答えるのだった。



「羅威竿? あぁ、彼はただの妥協さ。言っただろ? 本当は真宵さんを殺せたらベストだったんだけど、僕じゃどれだけ手を尽くしても彼女は殺せないからね。そしたら、永新クンに引っ付いて羅威竿が来たんだ。それはもう、殺すしかないよね。だって放っておけば邪魔されるからさ。僕の事を随分と信頼していたみたいだけど……僕の事を何も知らないくせに勝手に信頼されても困っちゃうだけなんだよね。いや、むしろ信頼してくれていたから、あんなにも簡単に無様な姿を晒してくれたのかな? それはそれで良かったのかも……。って感じだけど、どうかな? 納得してくれたかな? あぁ安心してよ。永新クンには僕の事を骨の髄まで知ってもらってから事を成すつもりだからさ」



 ただの偶然、気の迷い、衝動的。余りにも理由に欠けた羅威竿の死因を告げられた永新は、こんこんと湧き出る感情の波に冷静さが押し流されるかのようにして頭に血を昇らせていく。しかし、永新はその衝動を堅く握り締めた拳で留め、理性で体を黙らせる。今必要なのは拳と拳の殴り合いではない。言葉の応酬こそが、己が運命を切り拓く術であると、口の中がカラカラに渇いても叫ばずにはいられなかった。



「――羅威竿は、最後までお前を信じていた。お前に手をかけられる最後の瞬間まで。……信頼ってのは、相手に何もかもを曝け出す事じゃない。相手に自分の希望を押し付ける事じゃない。相手が何をして何をしないか、その人となりを知っている事を、信頼って呼ぶんだ。羅威竿は、お前を信頼していた。それなのに信頼していたお前に、裏切られて、殺された……ッ! なのに羅威竿は、お前に恨み言の一つも吐かずに死んだんだ!! それをお前は、何とも思わないのか!?」


「何を……? 何を思えばいいのかな? それを教えてくれよ、永新クン。それに、永新クンの言い分では、まるで羅威竿が愚か者のように聞こえるじゃないか。愚直に信じる事は裏切られるリスクも孕んでいるのだから、疑う事を知らなかった羅威竿こそ、愚か者の鑑と言っても過言ではない。そう言いたいのかな? ……それに、羅威竿も永新クンも、僕の事を何も知らなかったじゃないか。最初から裏切り者の僕の人となりを知らずに信頼だなんだと宣って、勝手に美化して自己満足に浸って、どこまでも人任せな人生は気楽でいいねぇ? まぁ、僕にしてみれば羅威竿は路傍の石ころでしかなかったけどね。今回はそれを軽く蹴飛ばしただけ。蹴飛ばしたら、思ったよりも脆くて、砕けてなくなっちゃったんだけどね? まぁそもそも? 永新クンの心を揺さぶる舞台演出にすら役立たないんだから、もっと劇的に殺せばよかったよ」



 誠一郎の舌は、永新の言葉を受けてフル回転し、死んだ羅威竿を愚弄する言葉を次から次へと生み出していく。それに対して永新が肩を怒らせていく様子を見て、誠一郎は更に熱を上げて羅威竿を嘲笑していくのだが、永新は誠一郎の言葉を数々を遮って、俯いた顔に笑みを浮かべてその頭を上げるのだった。



「――愚か? そうだね。確かに羅威竿は馬鹿で、愚直で、自分勝手で、横暴で、傲慢だったよ。それが妖魔としての自分の在り方だって、くどいくらいそう言ってた。その道の果てで、羅威竿は自分の信じるものを信じて死んでいったんだ。……だからこそ俺はそんな羅威竿を誇りに思うし、まだまだ続くはずだった羅威竿の道を閉ざし、命を奪ったお前を僕は心の底から憎んでる。……大切な人を失って、傷付けられて、ようやく分かったよ。お前の人となり、ってやつを。その上で、俺はお前を殺す。その行為にはまだ戸惑いも躊躇いもあるけど必ず、お前に後悔を味わわせてやる」



ありとあらゆる角度から見た結果、卑怯で、卑劣で、下衆で、クズなお前を、信頼する。


そう言ってのける永新に対して、誠一郎はにこやかな仮面を俄かに曇らせる。張り付けた仮面はそのまま、声のトーンが一段階下がったような気がした。



「…………不快だ。その物言いはとても不快だよ永新クン。信用? 信頼? 僕に似合わない言葉だよそれは。その上、なんだって? 僕に、後悔させる? 僕が何を後悔すると言うんだい? 僕がまだ、改心してくれるとでも思っているのか、君は。それこそ、愚かだとしか言いようがない。いつになったら理解できるのかな? 不殺は美徳じゃない。責任から逃れようとしているだけの最低の行為だ。……君は、命を懸けて君の前に立った相手の覚悟を踏み躙っている。その上で君が失敗したら、君は今ここに至るまでの過程で君の背中を押した人たちを、君の為に犠牲になった人たちの想いを全て踏み躙る事に繋がるのさ。それこそ愚の骨頂じゃないのかい? 僕は、君が心の底から憎むべき怨敵じゃあないのかい? そこまで理解できたのなら……これ以上は言わなくても、分かるだろ?」



 弁が立つ誠一郎を前に、まともなコミュニケーションの経験が乏しい永新にはそれ以上返す言葉が思いつかない。限りなく分の悪い相手である誠一郎に対し、永新はただひたすらに理屈で押し負ける。


 だからこそ永新は、笑って見せる。その身に羅威竿を降ろしたかのように、どこまでも不遜に、どこまでも自由に。そして、どこまでも傲慢に笑って、精一杯強がって見せる。


 口で勝てないのは、初めから分かっていた。それでも、羅威竿を殺した誠一郎が何をどう思っているのか、その心中を聞き出した今、二人の間にこれ以上の言葉は要らなかった。



「これ以上、お前の好きにはさせない。俺は俺のままで、お前を倒すよ」


「……何度も言わせないでくれよ。弱さってのは誇るモノじゃない。君は必ず、その弱さに足元を掬われるよ。その事を教えてあげようじゃないか」



 誠一郎の言葉で揺さぶられる訳でも無く、忌々しい程に鮮烈な笑みを浮かべた永新を見て、誠一郎の表情からは余裕の笑みが消え失せる。これまで決して消える事の無かった人の神経を逆撫でするような笑みが消え、ようやく本気の色を映すのだった。

 永新はガラス球を手に取ると、祈るかのように額に触れさせて、深い息を吐く。再び顔を上げた永新の顔に笑みは無く、二人の視線が交差した次の瞬間。向かい合った二人は衝突し合う――。




 





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