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94話

 


 燦然院絵麻の実力は、未知数。

 何せ永新は、彼女が戦っている姿を見た事が無いから。

 しかし、彼女は黄金世代。四家と言う渦の中心にいる存在に感化されて誰も彼もが潜在能力を引き出される中、燦然院絵麻と言う俱利伽羅はどこまでも一途に、燼月永新の為だけに力を付けた。永新を、守れるような力が欲しいと願って。


 そうして得た力が今、燼月永新を守る為ではなく、傷付ける為に振るわれるなど、思いもせずに。



「――紅蓮一刀流初伝・赤牙波羅(せきがはら)



 護符から刀を取り出した絵麻は、一切の躊躇いなく永新に迫る。

 その速度は決して目を瞠るようなものではなく、疲弊した永新でも十分に対応可能なスピードであった。しかし、それ以上に洗練された隙の無い動きは称賛に値するもので、永新のように熟練の先達から学んだ訳でも無いのに独学でこの域に到達する絵麻の執念と言うのは計り知れない。


 だが、悔しいかな。

 絵麻の動きは十分妖魔相手に通ずるだろうが、それは良くても中級まで。

 上級妖魔と打ち合いになれば、倶利伽羅で言えば隊長格程の実力を付けねばならず、新型霊具が支給された事で現段階でそれに到達し得る黄金世代は、四家ともう一人、小暮日永恋くらいのものだろう。


 故に、絵麻の攻撃は永新には届かない。


 ガ、ギィン――。と炎を纏う刀身が人の腕を捉えたとは到底想像し得ないような音を立てて永新の腕は絵麻の攻撃を弾く。切れ味は十分、威力も申し分ない。けれども、同じステージに立つにはどこまでも力不足。彼女の努力も相当なものだが、やはり倶利伽羅と言うものは才能が全て。血筋と才能がものを言う世界である以上、名家の血筋だけで辛うじて食らい付いている程度の実力では、真の才覚者とは並び立つことは出来ない。


 ……それはまるで、永新自身にも言い聞かせられるよう。



「……っ」



 どんなに努力しても、研鑽を積んでも、並び立てなかった、手の届かなかった人たちを見て、永新はいつしか、手を伸ばす事を諦めていた。全てを諦め、ただひたすらに楽な道へ、現実から目を逸らせる楽な道を選んだ結果、永新は力を得た。


 だがしかし、妖魔の力(こんなもの)は所詮、借りものに過ぎない。接ぎ木のようなものと言っても過言ではなく、永新は妖魔の力を自分の物として十全に振るう事すら出来ずにいるのに対して、絵麻は攻撃が通じないと見るや、すかさず刀を投げ捨て弓矢に持ち替える。



「――破魔弓術中級・併せ技、火加々美式(ひかがみしき)舞踏松毬(ぶとうまつかさ)ッ!!」



 護符の焼失と共に出現する弓矢。

 一瞬の間に持ち替えた絵麻は、一切の隙を生じる事無く霊技へと移行し、後方へと弾かれる勢いをバックステップへと転じながら番えた矢を放つ。


 火加々美式・舞踏松毬。

 それは言うなれば散弾銃のようなもので、線香花火のように弾ける火花は至近距離でこそ真価を放つ。


 流石の永新も、至近距離で眼前を覆う拡散式の炎を前にして防御姿勢を取らない訳にも行かず、永新は両腕で頭を庇うようにして防御姿勢を取る。

 まるで爆発する花火の中に放り込まれたかのように無数に炸裂する炎の暴威が永新の体を喰い破らんと暴威を振るう中で、永新の耳に微かな音の流れが聞こえてくるのに気が付く。



「――炎揺らめくは憤怒の瞬き。炎瞬くは臨界の煌めき。炎煌めくは破壊の調べ。炎撃符術・朱雀抱擁」



 その音が、絵麻の口ずさむ詠唱だと気付いた時には、護符に火が奔った後だった。


 二つの指で支えられた護符を永新に向け、詠唱を口ずさむ絵麻。時既に遅く、と言っても、弾ける炎に包まれる永新がそれを邪魔する手立ては存在せず、絵麻はノーリスクで護符に霊力を注ぎ込むことが出来たのであった。


 それは流れるような動き。

 正しく洗練されていると言っても過言ではない程に練られた戦略プラン。

 絵麻の真摯な眼差しの向こうでは、そこに辿り着くまでに一体幾つものルートが計算されているのか。


 力不足の面を妨害策と圧倒的手数の二つでカバーし、持ち主の才覚抜きで理論上の最大火力を引き出せる符術に繋げる作戦は見事と言わざるを得ず、炸裂する火花の向こうで護符を翳す絵麻の姿を見て、ドロップアウトした永新にはその答えに至るまでどれだけの努力を積み重ねてきたのかを伺い知る事すら叶わない。

 心折れる事無く努力を続けた先に、もしかしたら絵麻のような道を進んでいたかもしれない、と考えると、毅然と妖魔に立ち向かう絵麻の姿がどこまでも美しく見えてしまう。


 ――あぁ、あんな風になりたかった。


 隣の芝生が青く見えると言うように、手の届かなかった存在――手を伸ばすのを諦めてしまった先にある人物を前にした時、人は羨む事しか出来ないのだと、永新は生まれて初めて知る。


 だが、その感情は邪な物ではなくて、どこまでも澄んだ清流のように清らかで、眩しい太陽のように燦然と輝く羨望の眼差しであった。




 しかしてその羨望は、重たい雲によって塞がれ、すぐに曇る。




 絵麻の翳した護符に書かれた術式が祝詞と共に焼き切れると同時に、込められた霊力が炎を形作る。

 霊力によって生まれた炎はやがて炎の鳥のように翼を広げ、甲高い産声を上げて永新へと迫る。


 炎撃符術。それは支援特化の符術において唯一と言ってもいい攻撃型の護符。それらに刻まれる術式はどれも強力なもので、破魔弓術や紅蓮一刀流に例えるなら奥義や奥伝にも匹敵する威力を持っていた。そして絵麻が選択した「朱雀抱擁」もまた、それに連なる符術。翼を広げた炎の鳥が、身動きの取れなくなった永新をその翼で覆い隠す。次第に逃げ場が無くなっていく炎の翼の中は瞬く間に温度が上がって行き、内部の温度は溶鉱炉を超える熱量を有する。その中に閉じ込められた遍く妖魔は、何一つの例外なくしてドロドロに溶けて殺される。そう、何一つの例外なく――。



渾成気闘(こんせいきとう)(しょく)



 本来ならば聞こえるはずが無い。届くはずの無い声が燃え盛る火炎の中から聞こえた、次の瞬間だった。

 炎のドームに黒い点が浮かび上がったかと思いきや、それは和紙の中心に火を灯したかのように周囲の炎を喰らうようにして輪を広げていく。それは、絵麻も見た事が無かった、黒い炎。炎を喰らう、黒い炎であった。黒い炎はやがて人が通れるだけの広さを確保した穴を作り出し、火炎の熱すらも冷めてしまえる程の凍り付くような声の主が――炎熱による小さな火傷を負っただけの永新が、ゆったりと歩み出てくる。


 例外は、こうして生まれる。

 才覚の無い者がどれだけ努力したとしても、どれだけ辛酸をなめ、苦渋を飲み込んだとしても、真に力ある者の前では、努力など泡沫の如く簡単に踏み潰される。


 才覚を持ち得ない者の努力など、所詮は塵芥に過ぎない。

 どれだけ頑張ろうとも、どれだけ苦しい道を乗り越えたとしても、才覚の持ち主には軽々と超えて行かれるし、力ある者の前では無力と化す。それがこの世の摂理であり、何よりも残酷な現実であった。


 そして何よりも、その現実を何も持ち得なかった永新が証明してしまえると言う事実こそが悍ましい事この上ない。何も持ち得なかった者同士、何からも見限られた者同士、育んだ絆は何処で断ち切れたのか。それとも、最初から交わってなどいなかったのか。自ら選んだ道で、自らの手で。どこまでも残酷な現実を思い知る事になるなんて、永新は思ってもみなかった。だが、それが妖魔と言う呪われた血の運命、代償なのだとするならば、永新はもう、引き返す事さえ出来ない場所にまでやって来ているのだった。


 そんな永新を前に、絵麻は諦念と歓喜の狭間のような表情を見せ、肩の力を抜いていく。

 それはさながら降伏のようでいて、絵麻にそんな顔をさせているのが自分だと理解できている永新は自分の胸を掻き毟りたくなる程に胸糞悪い気分だった。



「……あ、はは。やっぱり、永新君は凄いね……。エマは、これが限界だもん。……エマは、ずっと永新君に謝りたかったんだ。……でも、なんて言えばいいか、分からなかった。ごめんなさい、って言わなくちゃいけないのは分かってたのに、何を誤ればいいのか、分かんなくなっちゃったの。……四家に協力したのは、エマの意思だったから、そんなつもりじゃなかったなんて言えない。……その結果、永新君が傷付くって分かっていたのにね。エマは、自分が大嫌いになった。……でもね。永新君の事が好きだ、って言う気持ちには嘘を吐きたくなかった。エマの、自分の中で、一番大事な思い出だったから。永新君にはちゃんと思いを伝えなくちゃって……。だから、今こうして…………っ。うん、そうだよね。今更、何言ってんだ、って思うよね。エマは、本当に駄目。何をやっても、全部上手くいかない。霊力も、戦闘技能も、何もかも、並で。平凡で。普通で……。でも、最後にこうやって、永新君とちゃんとお話し出来たのは、良かったかな。うん、良かった。あはは……本当は、もっとたくさん、話したい事、あったのになぁ……。駄目だ、永新君の前に立つと、話したかった事、全部忘れちゃった。どうでも、よくなっちゃった……。ね、永新君。エマは、永新君の事、大好きだよ。初めて会った、あの日からずっと。今までも、今も、これから先も、ずぅっと……。だからさ、永新君。この気持ちのまま、エマの事を――()()()()()()?」



「――ッ!!!!」



 息を切らした、絵麻の独白。

 自由で、自罰的で、自分勝手な言葉の数々に、永新は返す言葉も無い。立場が逆なら、永新も同じように考えていただろうから。けれども、彼女の言葉には永新の諦念と言う名の汚れにに塗れた感情とは違う、彼女が生まれながらにして持つ純粋さが宿っており、それは彼女が持つ人間としての美しさであった。そして同時に、永新は絵麻の目に浮かぶ諦念の意味が分かってしまうからこそ、永新は知ろうとしなかった彼女の事を、彼女の事をもっと知らなければならない、と心を動かす。


 絵麻の口が最後の言の葉を紡いだ刹那、絵麻の手に握られていたのは、見覚えのある薬液が詰め込まれた注射器。それを目にした瞬間に永新は動き出しており、発動したままの纏炎をによる強化された身体機能を十全に用いて、絵麻の手を取る。



「――いやっ! 離して!?」


「駄目だよ……ッ。絵麻は……ちゃんと、人の道を歩かなくちゃ駄目だ……!」


「永新、君……!?」



 注射器を握ったその手に込められた力は、絵麻からすれば痛いはず。だと言うのに、衝撃に染まった絵麻の頭の中ではそれどころではなく、むしろ今はその痛みすらも心地よく思えて、絵麻の目に映る永新があの時のままであると言う、夢にまで見た光景が、絵麻の目に光を取り戻させる。



「謝りたい、って言っただろ。なら、きちんと、絵麻の口で、絵麻の言葉で、()の目を見て言ってよ……! 絵麻は今、誰と話してるの!? 絵麻の中の僕じゃなくて、目の前にいる僕を見て! 僕と、話をして!!! ……僕にだって、絵麻と話したい事は、たくさんあるんだよ。今だからじゃない。あの日も、その前からだって、ずっと……!」


「永新君……! エマは、エマは――ッ!」



 いつの間にか、二人を囲う空気は、いつの日かの第二図書館の中に様変わりしていて。それは二人きりの特別な時間に変わっていて。絵麻の手からは、注射器が零れ落ちる。

 二人の目にはお互いしか映らないかのように、切り離された世界。誰からも祝福を受ける事は無いが、二人だけで祝福を与え続ける永久機関。甘すぎず、苦すぎない、過ぎ去った時間を埋め合うようにして絡み合う視線。華やかと言うには埃っぽく、けれどもそれが二人の幸せである以上、誰も邪魔をする事は許されないかのようで。




 ――だからこそ、そんな脆くて弱い空想の産物は、加虐心を煽り立てる。











「――駄目じゃないか、永新クン。女の子の覚悟を踏み躙るような真似をしちゃあ」











「は……?」



 ね……っとり、と粘り付くような言葉を口にしたのは、異界の主たる夕薙誠一郎。

 彼はいつの間にか二人を祝福するかのように両腕で抱き留めており、絵麻の方に回された手は、落ちたはずの注射器が彼女の首に突き刺さっていた。



「永、新、く――やだ……たす、け――」



 ちうちう、と薬液が注入される光景の中で、永新が見たのは、諦念をひっくり返したかのように希望を蓄えていたはずの、絵麻の瞳。だと言うのに、今の彼女の目には、生と言う名の永新にしがみつく為の、執着と絶望だけが浮かんでいた。希望を味わっていたはずの永新の体は、突如として与えられた深い絶望の味に脳は思考を停止させ、体は硬直してしまう。そんな不自由極まりない体が動いたのは、腕に抱いていた彼女の目が反転した、後の事だった。



「絵麻――ッ!!!!!!」



 纏わり付く誠一郎の腕を排除し、薬液がシリンダーの半分程まで減った注射器を抜き放った永新は、絵麻を抱えて何度も何度も呼びかける。しかし、返ってくるのは苦しみ喘ぐ掠れた息のようなものだけ。

 そんな彼女の言葉を代弁するかのように、誠一郎の羽のように軽い口が永新の怒りを逆撫でするかのように開かれる。



「――どうして助けてくれなかったの? ――どうして見捨てたの? ――どうしてそんな力を持っているのに弱いの? ……ふふふっ。絵麻さんはそう言いたいのかもね。いやはや、それにしても、死にたがっていた彼女の絶望が生に向いた直後に、再び絶望に叩き落す。……どれだけ色々な人の絶望する顔色を見て来たものだけど、過去最高レベルに満足できる顔だったよ。永久保存版だねっ」


「誠、一郎……ッ!!!」


「おぉ怖い怖い。でもさぁ……。僕にそんな目を向けてる暇は、あるのかな?」



 忌々しい。憎たらしい。腹立たしい。

 全ての負の感情を引き出してもなお足りぬほどの憤怒を吐き出す永新に対して、誠一郎は変わらず涼しい顔をしたまま。激情に駆られるままその顔を引き裂いても、誰が文句を言うものか、と永新の重い腰が持ち上がろうとしたその時。誠一郎の指差す先、永新の腕の中で、一体の妖魔が産声を上げる。






 ――GAAAAAAA!!!!!!!!!






「ッ、絵麻……!!!」



 永新の頬を掠る、鋭い爪。

 思わず手を離してしまった永新の腕の中から飛び出したのは、変わり果てた絵麻の姿をした、妖魔。

 薬液が浸透していないせいか、体の至る箇所に絵麻を彷彿とさせる体の部位が見えるものの、それは永新の妖魔化とはまるで違う。完全に、正気を失い体が妖魔に乗っ取られた、他の俱利伽羅と同じような姿をしていた。



「精々死なないようにね~」


「……やるしか、やるしか……、ないのかッ!?」



 ならば、永新が取れる行動はただ一つ。

 妖魔化した愚かな他の倶利伽羅同様に、絵麻の姿をした妖魔を、この手で、殺すしか、ない――。


 神が居るのなら聞いてみたい。

 一体、あとどれだけの苦痛を踏み越えねばならないのか。

 あとどれだけ、傷付けばいいのか。


 苦痛に満ちた煉獄のような未来へと、永新は踏み出す他、ないのであった。









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