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95話

 


 妖魔の血を活性化させる満月の夜。その効果を取り込んだ薬は毒として絵麻の体に浸透し、事前に身体に埋め込まれた妖魔が過剰な反応をもたらす事で、絵麻の無垢な体を邪悪な黒で染め上げる。


 絵麻の愛らしくも彼女の努力によって垢抜けた綺麗な顔の半分は、まるで汚泥を塗り固めたかのような妖魔の顔が張り付いており、絵麻の細々としながらも可憐な声を生み出していた喉は既に妖魔の一部と化して、聞くに堪えない濁声のような叫び声を上げる。

 そして彼女の片腕は、女性特有の線の細い腕だったのが嘘のように肥大化しており、極端に長さの異なる妖魔化した腕の先には、永新の頬を裂いた鋭利な爪が指の数だけ存在していた。更には下半身もまた同様に片足だけが変貌を遂げており、バランスの悪い体を三本目の足とも言える尻尾が支えている形であった。


 ――妖魔化には、時間がかかる。


 ルゥが薬液と映像を解析して導き出した答えの通り、苦痛に満ちた声を上げて変貌していく様子からして、絵麻の体が完全に妖魔に変わるのにはある程度の時間がかかるように見える。


 絵麻の本心を聞いた永新は、どうにかして彼女を妖魔化から救い出す事が出来るかどうかを必死になって頭をこねくり回して考えるのだが、妖魔化した人間を戻す方法は今、永新の手元には無い。


 あるとすれば、ルゥが今後開発するかもしれない抗毒血清か、もしくは、誠一郎が持つ正規の血清。そのどちらかを打たない限り、時間の経過と共に絵麻は彼女の意志すらも飲み込まれ、妖魔としての死を待つだけの存在と化してしまう。



「……絵麻」



 絵麻の心を知って、永新は何を思ったか。


 永新は今まで、誰に対しても一定の距離を保ち、自分の心に触れさせないようにしてきた。

 それは、永新がこれまで受けて来た環境がそうせざるを得ないようにしてきた、必然とも言うべき対策。だからこそ、両親にも「助けて」と言う事が出来なかったし、永恋や四家、虐めてくるクラスメイトに対して「止めて欲しい」と言う意思表示すら出来なかった。それをしたところで、悪いのは自分。何も出来ない自分が悪いのだと、勝手に思い込んでいたから。


 ――諦める事、それが、永新がこの世界を生き抜く術として身に付けたものだった。


 だがそれは、絵麻の心を知って、大きな間違いだと知った。


 絵麻が四家に逆らえない事、絵麻の置かれた環境。それを知っていれば、絵麻が自分を傷付ける為に行動したのではないと、すぐに気が付けたはずなのだ。絵麻が自分の身を守る事を優先した事は、例え永新だとしても、それを非難する事は出来ない。


 それを知っていれば、今こうして絵麻が傷付き、悩み、その果てに妖魔に血を売る事も、無かったと言うのに。


 この最悪とも呼べる未来を、行動一つで回避できたかもしれない未来を引き寄せてしまったのは、他でもない、全てを諦めた燼月永新のせい。全ては、永新が周囲の誰も彼もを拒絶したが故の結末。出来る事があったにもかかわらず、一人で勝手に諦めた事で、永新が引き寄せた、最悪の結末なのであった。


 この未来を回避する為に必要だったのは、『対話』。絵麻とだけではない。永恋とも、他の、誰とでも。拒絶するのではなく、お互いに歩み寄り、向き合うだけで、未来は大きく変わっていたのかもしれない。

 だがそこで向き合うのではなく、一方的に意見を突き付けていたが為に、お互いに話し合う機会があまりにも少なかった。ただそれだけで、ここに至る未来は回避できたかもしれないのに。それを欠いただけで、今こうして永新は目の前で、偉大な先輩の背中を見せた羅威竿に続いて、自分を好きだと言ってくれた人の命までも失うのか。自分の選択の過ちで、また、誰かの命を奪うのか。


 そんな事が、有り得てたまるものか。繰り返されて、たまるものか。



 ――俺はまだ、答えを出してない。答えを、聞いてもらっていない……っ。



 彼女が、絵麻が思い込みの激しい人だと言う事は、少なからず理解していた。理解していたつもりだと言うのに。絵麻が勝手に自分の思いだけを吐き出して、勝手に全部を諦めて死を選択しようとするくらい自分勝手だったなんて、永新はまるで想像した事も無かったし、知らなかった。


 そしてそれは、きっと彼女も同じだろう。

 永新がまさか自分の手を止めてくれるなんて、思っても居なかったはず。そうでなければ、注射器を持った手を引き留められたあの瞬間に浮かべた、驚愕と歓喜に満ち溢れた瞳の色は説明がつかない。


 だからこそ永新は、絵麻を妖魔として殺すのではなく、彼女ともう一度話をする為に、誠一郎が持つであろう血清を奪取しなければならなかった。



「――渾成気闘(こんせいきとう)(ほむら)



 故に永新は、選択する。

 今度こそ、間違えないように。


 体の血が、霊力が沸騰する程の昂ぶりを見せ、絵麻の視線を釘付けにする。

 薬によって変容させられ、生まれたばかりの妖魔は、必ずと言って良い程、餌に飢えている。つまり、絵麻の体を乗っ取ろうとする妖魔は今、その身に蓄える事が出来るのであればなんでも口にする状態であり、背後で気を失ったままの香織の事でさえも、絵麻は餌と認識してしまう可能性が高かった。


 だからこそ、絵麻の視線を釘付けにして香織の存在に気付かせないようにするのが、第一段階。



「……少し痛いけど、我慢してね」




 ――GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!?!?!?




 地面を蹴って妖魔化した絵麻に接近すると、永新は自分に可能な範囲で絵麻の体が傷付かないように手加減をして、絵麻の妖魔化した頭、腕、脚を拳で的確に打ち抜く。すると、永新の攻撃を受けた箇所がまるで衣服を身にまとっていたかのように妖魔化した肉体の一部が削ぎ落され、その下に隠された絵麻の体が透けて見えるようになる。


 だがそれも、妖魔は寄生先の絵麻の体に宿る霊力を用いて再生に当たると、衝撃で仰け反った身体を戻す一瞬で元の妖魔化する醜悪な姿へと戻ってしまう。


 例えこれを繰り返しても、絵麻の体を侵す妖魔化の進行を僅かに留めるだけで、根本的な解決には何も至らない。それに加えて、絵麻の体を悪戯に傷付ける可能性すらあるのだが、永新の目的は、後方で腕と足を組んで高みの見物と洒落込んでいる誠一郎の油断を誘う事であった。


 誠一郎の油断を誘い、彼に隙を作る事。そしてその一瞬の隙を突いて、血清を奪う。その一瞬の為だけに、永新は自分の中で最高速度を出せる「渾成気闘・焔」を用意して見せていた。これは決して、絵麻の体を蝕む妖魔を倒す為の能力解放では無いのであった。


 だがしかし。そんな永新の分かりやすい魂胆も、誠一郎には見透かされていて。



「……永新クンってば、小手先の騙ししか知らないのかな? ふふっ、かぁわいぃ。でも、どんなことをして見せるのかは気になるなァ……。ちょっとだけ、おちょくってあげよっと――」



 誠一郎の姑息な笑みの意味も気付かぬまま、永新は絵麻越しに誠一郎の姿勢が崩れる瞬間を待ち続ける。その視線が、思惑が、何もかもが誠一郎の掌の上だとも知らぬまま。



「――あははっ! 永新クン、何度やっても無駄だよ!! 一度活性化した妖魔は殺すしかないんだから! 早く絵麻さんを殺して、絶望する顔を見せておくれよ!!!!」



 誠一郎の目が細められ、彼が仰け反る程に笑ったのを目撃した瞬間、永新は勘繰る事も知らずに、誠一郎だけを見据えて大地を疾駆する。思い浮かべるは、羅威竿の光の如きスピード。音を置き去りにする、速さ。誰も追いつけない、永新だけの世界。


 瞬間、音が弾け飛び、異界が大きく揺らぐ。

 永新による、ただの霊力の発露。ただそれだけで、誠一郎の異界は大きく歪みを生じる。その事実に誠一郎は想定とは異なる永新の霊力に驚愕の意を示すものの、己の信ずる未来の為にもむしろ、と笑みを深めた刹那。眼前に永新の姿が現れる。

 人形使いが手駒にした上位相当の倶利伽羅であっても、絵麻の位置から離れた誠一郎の元までは五秒以上を要すると言うのに、永新は更にその十分の一秒以下で迫って見せた。


 だが、誠一郎にとってそれは驚愕には値しながらも、脅威にはなり得ないと判断し、笑みを深める。


 招き入れられているとも知らずに誠一郎へと手を伸ばす永新に、真なる絶望を、と胸に忍ばせた唯一の血清を取り出そうとした、その時だった。



「――詠唱省略、炎上鎖縛」



 誠一郎は、永新の指に掛けられた一枚の護符と、その詠唱に目を瞠らざるを得ない。


 一体どうやって。いつの間に。

 まさか、絵麻の懐から盗んでいたと言うのか。


 自分がこの盤上遊戯を制していたはずが、たった一つの見落としで、ミスで戦況が引っ繰り返る。これまでの積み重ねてきた下準備が、無に帰される。


 久しく感じていなかったそんな恐怖を背中に感じた誠一郎は、咄嗟に霊力を発現させる。


 ――誠一郎の、妖魔化。


 しかして、誠一郎が妖魔化を果たすよりも護符の術式が発動する方が早く、護符より飛び去った炎から出現した炎の鎖が、妖魔化した誠一郎の四肢を絡め取る。


 それはさながら、先程の意趣返し。一瞬だけでもいい。ただその一瞬の隙さえ生じれば、任務の完遂には事足りるから、とでも言いたげ目を見せる永新は、誠一郎の胸元をまさぐる。異界に入った時に見せた血清のサンプル。それを確か胸元に仕舞っていたはず――。そう考えた永新が手を伸ばしたのも束の間、四肢を拘束された誠一郎の笑みが、永新の頭上より聞こえてくる。



「……くふふっ。永新クンが欲しかったのは、これ、かな?」


「ッ、寄越――せっ!?」



 永新が視線を上に向けると、見えたのは目的の血清が入った試験管。だがそれは、永新が手を伸ばすよりも早く、誠一郎の手によって握り潰され、ガラスの破片と共に血清が頭上より降り注ぐ。それはまるで幻想的な雪の日を想起させるような光景でありながら、永新の目に映るのは絶望的で悲劇的な最悪な光景。



「あ、あぁ……ッ!!!」


「単純な手品の応用だよ。視線の誘導は初歩の初歩さ。永新クンが取るべき行動は、僕を拘束した時点で妖魔の核となる脳か、もしくは再生を遅らせる為に人としての心臓を破壊すべきだったね。君は今、君自身の愚かさで殺す事を躊躇ったね? それとも何かい? 僕が、改心してくれるとでも思ったのかい? ……身内を殺されてもまだそんな事を考えられるだなんて、君は今、自分がどれだけ狂った状況に居るのか考え直した方が良い。危機感をしっかりと持たないと、次はこの程度の失敗じゃ終わらせないよ??」



 肝が冷えた、と言う素振りを一片も見せる事無く攻め立てる誠一郎に対して、馬乗りになったまま「どうすればいい」と頭を抱え直す永新は、瞳を黒く染めた誠一郎に対して「うるさいっ!」と怒鳴り返す。



「今更になって僕に手を下すのかい? でもほら、下を見てごらんよ。飽きが来た絵麻さんは、別の餌を求めて自分の従姉に手を伸ばしているよ? 止めなくて良いのかい? このまま血の繋がった身内を手にかけたら、きっと彼女は素晴らしい妖魔に生まれ変わる事だろうねぇ……?」


「………………………………くっ!!!!!!!」



 誠一郎の言葉に、彼を殺して香織を見殺しにするか、誠一郎を見放して香織を救うかの二択を迫られた永新は長い長い逡巡を経た後に、苦虫を噛み潰したような表情を見せた後、真っ逆さまに地上へ降り立つ。




「絵麻……ッ! 駄目だ……、落ち着いて……! 気を、確かに持って……ッ!!!」



――GAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!




 横たわる燦然院香織に獣のように四つ足で近寄っていく絵麻の背後から覆い被さるようにして永新は体を重ね、それ以上の進行を妨げる。


 当然、据え膳を前にして何度も何度も「待て」を食らう絵麻は――否、腹を空かせた妖魔は、我慢ならずに暴れ狂う。だがそれも永新は必死になって覆い被さって、その動きを制する。振り乱す爪が肌を抉ろうとも、暴れ狂う尻尾が体を鞭打とうとも、絵麻が香織を手にかけさせるような真似をさせる訳にはいかない、と永新はその身一つで絵麻を拘束し続ける。


 その結果、次第に落ち着いていく絵麻に覆い被さったまま、永新は汗を滴らせる。その脳内では今も唯一の望みだった血清が砕かれる光景がフラッシュバックを繰り返しており、誠一郎の言う通り、彼を拘束するに留まったのは明らかに永新の失態であったと自覚せざるを得ない。


 だが今更後悔しても後の祭りである以上、永新は絵麻をどうにかする方法を考えなければならなかった。


 ――見捨てる? 殺す? 有り得ない。選択肢がそれしかなくなったとしても……。


 ならばどうするか。

 永新の脳内ではあらゆる可能性が浮かんでは、すぐに沈んでいく。どんな可能性でもいいから、と思考を巡らせてみても、絵麻の妖魔化の進行を止めながら解決に向かう方法は、無かった。

 永新の脳裏に浮かんだ可能性の中で最も絵麻を救う手立てが高いのは、この異界を出て、ルゥに助けを求めると言う方法であるが、それはまずもって誠一郎が許さない。だがしかし、それ以外で、となると希望的観測と言う名の不確定要素が多すぎて、一つでも欠けてしまえば絵麻のみならず、香織さえも危険に晒してしまう可能性すらあった。


 例えば、もう一本の血清を隠し持っている事を期待する、とか。


 どこまでいっても他人の関与が必須。自分の力では何も解決し得ない。思い浮かぶ可能性はどれもこれも、無謀極まりないものばかり。奇跡でも起きない限り、絵麻は救う事が出来ないと言われている可能用。


 永新が求めている者は、まるで砂浜に書いた理想を、波に攫わないでくれと訴えるくらい無謀であった。



 ――どうすればいい、どうしたらいい、どうやったら……絵麻を救える!?



 時間が経てば経つほど、体の下の絵麻は妖魔の形を、色を増していく。

 それは永新が望む望まないに限らず、絵麻の体から絵麻の面影を奪っていく。


 しかし、いくら考えても、永新に思い浮かぶのは叶えられそうも無い事ばかり。

 こうなったら、イチかバチかを懸けて――否、自分の命ならまだしも、絵麻の命、香織の命を懸けのチップにするなど、出来るはずも無い。自分の命であれば、いくらでも差し出せると言うのに――。




「……自分の、命……」




 自ら口にした言葉に思い至ったが刹那。

 永新は自虐的な笑みを浮かべる。そうか、それがあったじゃないかと。


 血清。それは牛や馬の血に少量の毒を混ぜて毒に対抗する組織が生まれた血を薬へと転じたもの。

 であるならば、先程、己が身に打たれた薬はなんだったか。絵麻や多くの倶利伽羅を妖魔に変貌させた、悪夢の如き毒だったでは無いか。そして永新は、羅威竿の干渉があったとは言え、その毒による暴走から免れている。ならば永新の血こそ、抗毒血清としての役割を果たせるのではないか、と思い至った次第。


 永新がそう結論付けて自分の命に価値を見出してからは、早かった。


 抵抗の弱まった絵麻の体をひっくり返して仰向けにさせた後、再び絵麻の体に馬乗りになって、彼女と真正面から向き合う。

 片腕一本で妖魔化しつつある絵麻の両腕を拘束出来てしまう程に衰弱している様子を見るに、絵麻の妖魔化は失敗に終わるのが目に見えていた。絵麻には、永新とは違って妖魔に適する才能すらも無かったのだろうが、そんなもの無い方が良い。未だに牙を剥く妖魔の姿を見下ろしながら永新はそんな事を考えつつ、自分の所為で苦しんだ彼女には、幸せになってもらわなければならないと決意を改める。



「――」



 ガリッ、と妖魔化した左の手首を嚙み千切る。骨だろうが、肉だろうがお構いなしに嚙み千切る永新の顎の力は相当なものであったが、それ以前に自らの体をこうも易々と傷付ける選択を取るとは、拘束から抜け出した誠一郎でさえも想像だにしていなかった。

 嚙み千切った手首から鮮血がだくだくと流れ出る中、永新は己の口が血で汚れているのも厭わずに、滴る血を絵麻の口に注いでいく。


 血は霊力、霊力は血。とも言われるように、その行為は本来、妖魔に餌をやるようなもの。であるならば、絵麻の体を乗っ取る妖魔は喜んでその血肉を啜るはずなのだが、絵麻の体に取り付いた妖魔はその血を避けるように藻掻き出す。妖魔の中でも、永新の血が己を消し去るものだと理解しているのか、生まれたばかりで殺されると理解できるのか、必死で永新の体を退けようと体を暴れさせるのだが、絵麻の線の細い体では、筋力でも霊力でも勝る永新の体を跳ねのける事など、出来ない。


 故に、妖魔が出来る決死の抵抗と言えば、気道を塞いで口に含んだものを吐き出すばかり。



「ガホッ……ゲホッ……!!!」



 本来ならば、血清は注射薬。だが永新の手元には都合よくそんなものが転がっているはずも無ければ、そもそも永新の血は完全な血清とは言い難い。それに加えて、妖魔が常に絵麻の体を覆い尽くしてしまう為、体外からの血清の混入は一人では難しい。その為、永新が選んだ血清の摂取方法は、絵麻の体内に血液を送り込んで、体の内側から抗毒を注射する方法。少量とは言え霊力を蓄えた永新の血液であれば、体を離れてもほんの僅かな時間、微かな動きであれば操作が可能。それには極限までの集中と、精神を削るような霊力の完璧な操作が求められる超高難度の技術であり、こんな敵の懐でやるような行為ではない。

 しかし、永新の取る行為には様々な危険性を孕んでいるとは言え、絵麻を救う為にはこうする他、無いのであった。






「……んっ」






 永新が取ったのは、血を吐き出す絵麻の口を塞ぐ行為。

 血を避けるようにして妖魔化が解かれた絵麻の口を、永新は真正面から塞ぎにかかる。瞬間、絵麻の四肢が硬直したようにピン、と指の先まで伸びて固まったかと思うと、絵麻の体に宿った妖魔が見せた決死の抵抗をも飲み込むかのように、絵麻の喉がとくん、自然と音を鳴らして血を嚥下した。


 それを確認した永新は、固く目を閉じ、絵麻の体を通って落ちていく血液に意識を集中させる。

 その間も二人の口は繋がったまま、永新は霊力を操作して血清の役割を担う己が血液を、絵麻の血管に侵入させる。それは正しく、数百メートル離れた先にある針の穴に糸を通すかのような作業であり、絵麻の体にそれ以上の負担を掛けぬよう細心の注意を払って行われる、奇跡の所業。



「――ハァ~~~~~……ッ!!!!」



 それを成した直後、永新は繋がっていた絵麻の唇から顔を上げ、天井を仰ぐ。

 その額には大量の汗が滲んでおり、極度の集中から解放された永新の鼓動は今更になって高鳴りを繰り返す。口端から零れる絵麻の唾液を飲み込むように息を飲んだ永新は、体に纏わり付いた妖魔の体が剥がれ落ちていく眼下の絵麻の姿を確認した後、緩慢な動きで立ち上がる。


 ――まだ終わってない。


 一時的とは言え、過度な集中によって襲い来る極度の疲労。

 それを感じながら立ち上がった永新の前に歩みを進めるのは、全ての黒幕である、誠一郎。


 彼は驚きの色をその顔に張り付けながらも、人を小馬鹿にしたような余裕をぶら下げながら、永新の前に歩み出てくるのであった。






「……いやぁ、お見事だよ、永新クン。疲れているところ申し訳ないが、僕とも一緒に熱烈な絡み合いをしようじゃないか――」






 最低なダンスの誘い(シャルウィダンス)に、肩で息をする永新は露骨なまでに表情を顰めるのであった。







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