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53話

 


「最ッ、低!!!」

「お、俺だって、必死だったんだよ……!!」



 コンクリートで出来ているはずの教室の壁が、まるで傷口を閉じるかのように閉じられていった教室の外で、霧島和也は非難を浴びせられていた。

 それは言わずもがな、宮部セナの手を振り払った事に起因するのだが、今まで甘やかされて育ってきた彼にとって「怒られる」に関与し類似する行動は恥ずべきものである以上、真正面から浴びせられる非難を前に、彼の口は自然と身勝手な言い訳を口にする。

 その身勝手な言い訳が彼の立場を増々悪くさせると言うものの、彼は今この瞬間を乗り切れさえすればどうにかなる、と考える節があって、現状手も足も出ずに従うしかないこの場における絶対の支配者たる誠一郎に対しても、全てが終わってから最後に笑うのは俺であると信じて疑っていないが故に、彼はガールフレンドを見捨ててでも自分が生き残る事を、自己の保身を最優先に考えて行動したのであった。


 その愚かさたるや、自分を虐めて来た宮部セナが悲惨な目に逢って気持ちが晴れる思いと、無残にも彼に見捨てられた彼女に同情してしまえるような思いが拮抗してしまえる程のもので、そこに燦然院香織が巻き添えになった事に対する怒りが加わった蝶野は憤怒の形相で霧島和也を突き飛ばす。



「ほら、下らない事やってないで、さっさとこの場を離れるよ。死にたくないならね」



 そんな子供の喧嘩を面倒そうに睥睨する誠一郎は、見るに値しない人間同士の醜い争いを背に、曰くつきの封鎖された教室から離れていく。

 封鎖された教室にて呪いを授かった蝶野、蝉岡、霧島の三人は、本来であれば見えないはずの何かが見える状況、聞こえるはずの無い声に恐怖を覚える感覚を思い出して、原因不明、意味不明の()()に対応できる唯一の誠一郎の傍から離れる訳にはいかない、と二対一で対立する現状を維持したまま彼の向かう先へと黙ってついて行く。


 誠一郎が向かう先は、生徒の立ち入りを禁じられた本校舎の屋上。


 ――彼の傍から離れた時、自分達はどうなってしまうのか。

 恐怖からくる疑問の答えは過去に教室で「呪い」を受けた生徒が変死・怪死と言う実証が為されている以上、三人は誠一郎の手が届く範囲から離れる事は出来ず、彼の機嫌を損ねる事すらも禁じられているような状況でお互いに距離感を測りかねる中で、まず最初に口を開いたのは蝶野だった。



「あ、あの、香織さんは、大丈夫、なんですよね……? 私、あの人に酷い事を言っちゃって……! まだ、ちゃんと謝れても無いのに……」


「羅威竿も永新君も居るし、大丈夫じゃないかな?」



 蝶野が心配を口にして投げかけた問いに、誠一郎は屋上のフェンスに接近して下を見下ろしながら素早いフリック入力でスマホを操作して、考える素振りも要せずに問い掛けに答える。

 それは余りにも素っ気ないようにも思えるが、羅威竿の実力と永新への信頼を加味した上での彼なりの正直な感想であり、依頼を達成できない、と言う可能性は一切考慮していない様子だった。


「っ、この……ッ!!」


 それが聞く側にとってみれば棒読みで、どうでもいいような物事のように捉えている、と思わずにはいられなくなり、どこからどう見ても異常事態と捉えられる状況を楽観視する誠一郎に憤慨する蝶野が一歩を踏み出そうとした直後に、その怒り肩を蝉岡が引き留める。

 誠一郎に敵対するのは賢い選択ではない事を覚えていた蝉岡が蝶野を引き留めるのだが、しかしてそれも賢い選択と言えないもので、三人はただ黙って誠一郎の今後の動きを注視するばかり。


 そんな中で、誠一郎は眼下に見過ごせないものでも捉えたのか、スマホの操作を止めてまでもそれを凝視する。



「……来るとは思っていたけど、まさかこんなに早いとはね。優秀な監察官でも育ったのかな? とりあえず、羅威竿に連絡だけはするとして……異界の中には電波が届かないか。まぁ、羅威竿ならどうにかするだろうから心配ないとして、問題は……」



 誠一郎の一挙手一投足に注目が集まる中、そんな事など一切気にしない様子の誠一郎は一頻り眼下を覗き込んだ後にどこかに電話を掛けるようで、スマホを耳に当てて数秒経った後、三人が聞き耳を立てているのも構わずに電話の向こうの誰かと揚々と話し始めた。



「――もしもし? ああ、うん、そう。そうだね、少し早い気がするけど、ここは撤収で良いよ。頼めるかい? うん。うん、そう。よろしくね。……へぇ、もう分ったのかい? 相変わらず君は仕事が早いね。うん、伝えておくよ。差し入れは何がいいかな? 吉兆屋のバウムクーヘン? 分かった買っていくよ。それじゃあね。うん、うん、よろしく」



 にこやかに話し終えた誠一郎はスマホを耳から離すと、ふぅ、と溜め息を一つ吐いた後に初めて三人へと振り返る。



「と言う訳で、僕の役目はここまでだ。君達がまだ自分の命が惜しいと思っているなら、泣き付く先はあの人達だ。あの人達なら、君達をきっと保護してくれるよ。手厚い治療も望めるだろう。見えないものが見える目も、聞こえない声が聞こえる耳も、あの人達ならきっと何とかしてくれるよ。もちろん、香織さんの事もね?」


「っ!」

「い、いいい、行こう、真琴ちゃん!」



 不気味さを放つ誠一郎から逃れるべく、彼の言葉一つで重い腰を上げた蝉岡が蝶野の手を引いて屋上から走り去ろうと試みるが、それを遮るかのように誠一郎の口から重苦しい一言、「ただし」と付け加える声が放たれ、先の光景と同様に二人を押し退けてでも屋上から去ろうとしていた霧島の足までも止まってしまう。


 ギギギ、と油の切れかかったロボットのようにぎこちない動きで振り返る三人の目には、口元から鼻先、眉間にまで伸びる人差し指から覗く悍ましい程に鋭い双眸がはっきりと捉えられ、まるで蛇に睨まれた蛙が如くその場に縛り付けられてしまうのだった



「――僕達の事は、決して口にしてはならないよ。君達がしていい事は、ただひたすらにあの人達に助けを乞いて縋りつく事だけ。それ以外は、話す必要なんてない。もしも話したその時には……、ね? 分かったかい?」



 額に汗を滲ませた三人が恐る恐る頷いたのを見て、誠一郎は今までの眼光を嘘のように掻き消し、にっこりと笑って彼らの先を促す。



「分かったなら、先を急ぐといい。道中、例の化け物が君達を襲うかもしれないからね。君達は決して振り返る事無く、あの人達の下に駆け込む事だけを考えればいいんだよ。――それじゃあ、君達が無事に辿り着く事を祈っているよ」



 そう言って恐怖を煽るようににこやかに微笑んだ誠一郎は、三人が瞬き一つした隙に一陣の風を残して姿を消してしまう。しかし三人にとって彼がどこかに消えた、と言う事象は何も問題ではなく、今はただ、生きる為には走らなければならないと言う事だけが頭にあったが故に、誰かが唾を飲み下した音を合図に、屋上を後にしていく。


 階段を転がり落ちるようにして、向かう最中、それまで見えていなかったはずの化け物の姿が確認できるようになって、誠一郎の言葉の意味を理解した蝶野と蝉岡は顔を青褪め、突如として駆ける勢いを増した二人に最悪を想定した霧島までもがプライドを捨てて顔中に涙と鼻水と涎を振り乱しながら下へ、下へと階段を降りて行く。


 そうして二階に差し掛かった刹那、誠一郎が見た「あの人達」を視認した三人は、文字通り死に物狂いの形相で彼らに駆け寄り、その足に縋るのだった。






「「「――たっ、たす、たす……、助けてッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」」」






「き、君達、何をしているのかね!?? ……蝶野に、蝉岡、チッ、品性の欠けた受験組めがっ――ッ、霧島の御曹司が一緒、だと……。ぅオッホン!! 紳士淑女であるはずの君達がそのような真似を……! この方達を誰だと思っているのか! 手間を煩わせてはならない、疾く、離れるよう――」



 生徒達が下校、もしくは設備棟にて課外活動に準じている時間帯。

 静まり返った本校舎の中で、蝶野、蝉岡、霧島の三人が縋りつく姿を前にして一番に反応を示したのは、目的の人物たちを案内する為に先導していた楓ケ丘の学校長。

 彼は蝶野と蝉岡の振る舞いを非難すべく前に踏み出したのだが、その中に霧島の存在を見つけたお陰で口汚く罵りたい思いを取り繕って、三人を引き剥がそうとする。


 楓ケ丘で内部進学組と受験組で格差があるのは事実であったが、それは生徒間のみの問題では無かった。楓ケ丘に務める教諭の殆どが、楓ケ丘の卒業生であり、どれも一級品のプライドを併せ持って育ってきた。それ故に内部進学組と受験組とで大人の対応も変わってくるのだが、それが子供たちの差別を助長しているといっても過言ではない事を、生まれながらにそうあるべきと叩き込まれた彼らは大人になっても変わる事の無い価値観を持って職務に当たっているが故に気付く事はなく、それが当たり前であるとすら考えていた。

 校内の運営は学校長が取り仕切っているものの、実質的な権限はさらにその上に立つ理事長の方が上であり、多くの教諭の反対を振り切って受験枠と言うのを設立したのも今の理事長なのであった。


 しかし、腐っても楓ケ丘におけるナンバーツーである以上、いくら頭頂部が薄くなって頭皮が丸見えになっていたとしても、彼の機嫌一つで生徒を退学に追い込むことは可能である以上、学校長の主張を前に三人が一瞬怯んだ様子を見せるものの、命には代えられない。それ故に彼らが縋り付くその手を緩める事は決して無く、むしろその勢いは増すかのように上目遣いで「助けて下さい」を繰り返すばかり。

 その様に「これだから品性の無い者は」と腹立たしさをアピールするかのように怒りで顔を染めた学校長が三人に手を向けた、その時だった。


 彼らが助けを求めて縋り付いた「目的の集団」の中から、楓ケ丘の生徒と比べても変わりない年齢の青年が学校長の動きを手で制しながら前へと歩み出てくる。



「……」



 良く梳かれた明るい茶色の髪を揺らして前へと歩み出た青年は、ただ一歩を踏み出しただけだと言うのにその場の空気を掌握してしまったかのような存在感を放っており、周囲の大人すらも平伏してしまいそうな程にカリスマを放つその姿は、楓ケ丘に通うどんな家柄の少年少女よりも高貴なオーラを纏っていた。


 そんな青年は三人の前にやってくると、見るからに高価そうな眼鏡を指で持ち上げた後、三人の背後へと視線を移す。



「……アレが、見えるのか?」



 青年が送った目線の先、そこには三人を追ってついて来た()()()の姿があって、三人が「目的の集団」と介した事で様子を伺うように留まっていた。

 黒い靄であったり、不定形の化け物であったり、壁を這う化け物であったりと姿形は様々ながら、それらが向ける目線は一つに集約しており、そのどれもが()である三人の背を見つめていた。


 それを受けて蝶野と蝉岡がコクコクコクコク、と何度も首肯を繰り返すのに釣られて霧島も頷き繰り返す中、何も無い廊下を指差して怯える三人に首を傾げる学校長。


 そんな状況の中、歩み出た青年は眼鏡の奥の金色の瞳で振り返って、三人が縋り付いた威厳溢れる頼もしい男性に視線だけで許可を取るように伺いを立てる。青年の伺いに男性は一つ頷いたと思えば、青年はどこから取り出したのか、身の丈程もある弓矢を番え、目線の先の化け物目掛けて火を放つ。




「ハハハっ、何も居ないじゃありませんか――えぇッ!!? ど、どこからそんなものを!!? と言うか、ひ、火……、火が!!!!!!」




「――破魔弓術初級、鉄穿ち」




 パシュッ、と軽い音が鳴ったかと思えば、炎の矢は化け物の数だけ放たれて長い廊下の中を軌跡を描いて進んで行き、寸分違わず化け物の急所を貫く。


 化け物たちは断末魔を上げる事すらなく後方へ倒れて行き、穿たれた事すら自覚しないまま、放たれた矢も含めて跡形もなく消えていった。



「見事」

「世辞は止めろ。見た通り最下級だ、喜ぶにも値しない」



 男性からの賞賛を跳ね返すと、青年の手にあったはずの弓矢は一枚の御札として青年の二本の指に収まり、懐に収納されていく。

 その一部始終を眺めていた蝶野、蝉岡、霧島は常識の埒外にある事象を理解するのに精一杯で、唖然とする他無いのであった。


 そんな三人を放って、青年は眼鏡の奥の金色の瞳で地面にへたり込む三人を見下ろしながら堂々と宣言する。



「僕が来たからには、もう安心すると良い。お前達を妖魔の脅威から救ってやる」



 頼もしさとは無縁の、一切の表情が浮かばない顔面は、むしろ見下しているようにすら思えてしまうのだが、吸い込まれそうな程に透き通った金色の瞳は不思議と目の前の人を虜にするかのようで、三人共に揃って言葉を失い彼に身を寄せる事を決意する。



「……おい、()()()。こいつらの保護と事情の聴取はお前の仕事だ」

「……」

「燦然院、聞いているのか!?」

「えっ、あ、はい! わ、分かり、ました……」


「燦然院……? って――」



 三人が聞き覚えのある名字に疑問を覚えるのも束の間、集団に囲われるようにして即座に移動を開始され、空き教室に場所を移した所で事情の聴取が行われる。


 その過程で、彼らが「倶利伽羅」と呼ばれる集団で、「妖魔」と言う化け物を陰ながら浄滅して回っている事を聞かされる。そして、三人がなんらかの条件を満たした事によって体がこちら側に馴染んでしまった事が原因で妖魔に狙われるようになってしまったという説明を果たしたうえで、見聞きした内容を他言しない事を条件に、これまでと変わらない日常生活を送る為の補助を行う事を約束される。



「――必要な道具が足りませんのでこの後我々とご一緒していただく事になりますが、よろしいですか?」


「「「……はい」」」



 こうした、霊力に馴染んだ事によって妖魔を認識できるようになった常人の保護も倶利伽羅の職務であり、命を引き合いに出されてはい違う他無いのであった。

 中には命を懸けて訴える者が過去に居た事もあったが、その誰もが妖魔によって食い荒らされる結末を迎えている上、情報のかく乱は倶利伽羅の得意分野である以上、命を捨ててまでもこの話を公にしようと試みる者はそう多くは無い。



「――以上が、報告によるものです。あの三名は封鎖された教室に立ち入ったと話しており、楓ケ丘の封鎖された教室には、間違いなく異界の穴が開いているものと思われます」


「ご苦労。フン、やはり僕の推測は正しかった訳だ。これで、文句は無いな?」


「……あぁ、構わない。お前達()()()()の実力と言うものを、見せて貰おうか」






「この規模の異界の穴など、僕一人で十分だ。この、神来戸獅子王(けらとししお)、ただ一人でな」













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