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54話

 


「なんですのこれ、なんですのこれぇぇぇぇぇ!!!???」


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……!!!」



 異界化を果たした教室に引きずり込まれた燦然院香織と宮部セナの二人は、引きずり込まれた後に直ちに永新と羅威竿の手によって救出され、今では二人で身を寄せ合いながら困惑と恐怖の渦中にあった。

 そんな二人の前で、永新は異界の穴から溢れてやってくる妖魔達を見て手をワキワキとさせて高揚をアピールして見せる羅威竿に怪訝な眼差しを向ける。



「……わざと二人を引き込んだでしょ」

「まぁな」

「否定しないんだ」

「否定したところで納得するか? 俺様の事、少しは理解してもらえたと思っていたんだがなぁ?」

「理解してるよ。けど、理解しているのと納得しているのは別。だから俺は今質問しているし、あの時無理にでも振り払ったりしなかった」

「クカカッ、それもそうか」



 永新が問うのは、教室を後にしようとした(セナ)を引きずり込もうと異界の穴から伸びた触手が彼女の体を捕らえた時の事。

 あの時真っ先に永新や羅威竿、誠一郎が動いていればセナが引きずり込まれる事も無ければ香織も巻き込まれることは無かった。しかし、今こうして巻き込まれてしまっているのは、永新達が動かなかった結果の次第であり、羅威竿と誠一郎の二人が動こうとしなかった理由が永新には理解できなかったから。


 それであれば永新は構わず動くようなものであったが、羅威竿がわざわざ助けに行こうとした永新の肩を掴んだからであり、その手から伝わる本気度、と言うものが永新の足を留めるに至った。

 羅威竿も二人を犠牲にするのは憚られたのか、今こうして背後に五体満足で二人が生き残っているのを見る限り、生かしておくのが得策と見たのだろう。


 それであれば尚更彼女らを巻き込んだ理由が分からず、永新は今こうして羅威竿の真意を探っているのであった。



「そう警戒すんな。異界の穴が開くのにはまだ時間があるからな。一から説明してやろう――」



 そう言いながら、羅威竿はやる気に満ちた横顔で袖を捲って、溢れ出る最下級妖魔達の駆除を始めていく。永新もまた、それに倣うように最下級の妖魔の頭を潰して回り、妖魔が死ぬ瞬間に放出する霊力を貪るように全身で浴びながら羅威竿の話に耳を傾けるのだった。



「――開いてしまった異界の穴を封印する為には、穴の中を一度綺麗にしてやらなきゃならねぇんだ。そうしねぇと、楔が奥まで入って行かねぇからな。最初に話を聞いた時点で、俺様は初めからここに異界の穴が開いているのは見当が付いていた。どう考えても妖魔に襲われた内容だったからな。……真宵のやつも言ってたとは思わが、異界の穴ってのは俺様達にとってみれば無料で飲み放題のドリンクサーバーみてぇなもんだ。でもな、異界の穴は時間経過と共に強大化していき、中級妖魔や上級妖魔と言った、均衡を崩しかねない奴らが現界(こっち)に出てきちまう可能性がある。妖魔の王たる白麗(びゃくれい)様を殺すのが目的の俺様達にとってみれば、今の状況をひっくり返しかねない連中が出てくるのは迷惑な話なんだよ。それで、異界の穴を閉じる為に、一度異界の穴を開く工程が必要だった、って訳だ」


「協力、してもらえないの?」


「……真宵のやつから何にも聞かされてねぇのか? 俺様達は、言わば生え抜きの妖魔だ。こっちの世界で生まれて、こっちの世界で最下級から上り詰めた限られた妖魔だ。だからこそ、白麗様が『私を殺してくれ』って言ったのを許容出来ているんだ」


「他の妖魔は、それを受け入れられない……?」


「そうだ。妖魔にとって妖魔の王っつうのは絶対的支配者。何があろうとも強くなくちゃいけねぇし、妖魔の根幹にある破壊、殺戮の衝動を体現したようなやつじゃなきゃならねぇんだ。もしもその道から外れよう、なんて言った暁には、妖魔の王を名乗る死角なし、とされて大勢の妖魔連中から命を狙われる羽目になるだろうな。――そんな連中を間引くのが、俺様達の仕事だ」


「……どうして? 殺されることを望む(ハク)にとってみれば、敵が増える事は好都合なんじゃないの?」



 詰まりを取った排水溝にスルスルと水が流れ込んでいくように、異界の穴からは次から次へと最下級の妖魔が顔を出しては、二人の手によって粉砕される。

 羅威竿と永新にとってはただの作業でしかないのだが、その光景が()()()しまう宮部セナにとっては明らかに異常事態で、ただひたすらにその光景に背を向けて耳を塞いで呪詛のように謝罪を繰り返すばかり。妖魔の姿が見えず、声も聞こえない香織にとっては、この教室が先程までとは一変したと言う事だけしか感じ取る事が出来ておらず、訳の分からない状況に怖がるセナの傍に居てあげる事しか出来ない。


 そんな背後の二人を気に留める事は無く、羅威竿と永新の二人は問答を繰り返しながら、彼女らの元へ向かって行こうとする妖魔達を片手間で潰していく。



「――白麗様は、()()()()()()()()()。そう言う存在なんだ」


「妖魔には、殺されない……!?」


「故にこそ、自分を殺す可能性を持った倶利伽羅達の被害を減らす為に、俺様達を遣わしているって訳だ。突然開いた異界の穴から上級妖魔なんてのが出現した暁には、倶利伽羅連中がどれだけ命を散らす事か、分かったもんじゃんねぇからな」



 だから俺様達が時々現れて俱利伽羅の危機感を煽ってやるんだ、と楽しそうに語る羅威竿に対して、衝撃の事実を告げられた永新が情報の整理に半ば放心状態になっていると、異界の穴から出現した妖魔に傷を付けられてしまう。



「ッ、切り替え、なくちゃ」


「気を抜くなよ。下級妖魔と言えど、異界の連中だ。永新が人の身である以上、一同に襲われれば殺される可能性だってある。この醜い連中の糧になりたくなかったら、両方に集中するこったな」



 先程までの形も伴わないような最下級の妖魔とは異なり、次いで異界の穴から姿を見せるのは、肉の形を持った下級の妖魔達。その目には明らかな殺意を宿しており、妖魔に課せられた衝動を体現するかのように永新達に襲い来る。


 羅威竿の言う通り、無抵抗のまま大量の下級の妖魔に覆い被さられてしまえば殺される可能性は十分にあると言えど、永新は数日前に実際に異界の穴から溢れ返る下級の妖魔達を退けた後に楔を打ち込む事にも成功している。故に、冷静になれば下級の妖魔など恐るるにも足りない連中であり、事実、霊力を乗せた炎の一撃で下級の妖魔は塵も残さず消えて行く。


 それを見た羅威竿が「まだまだ余裕があるな?」と悪戯に笑いながら言って会話を続ける。



「俺様達が異界の穴を警戒する理由は説明した通りだ。そんで、次は異界の穴の塞ぎ方だな」


「っ、楔の祝詞を、使うんでしょ!? やった事あるから、分かるよ!!」


「それも一つの手だが、今回は条件が違う。白麗様が東西と北に空けた三つの異界の穴、それらは特大で、外に有る。その場合は楔で閉じていたとしても隙間から霊力が漏れてしまって、異界の穴の周囲で最下級の妖魔が発生してしまう。その場合も加味して倶利伽羅はそこに観測隊、と呼ばれる倶利伽羅を配置しているんだが、今回は最悪も最悪、室内にどかんと空いてしまった場合の対処法だ」


「何か、違うの……ッ!?」



 霊力を使う以上、一定の集中を保たなければならない永新が苦労しながら下級妖魔を葬っていく中、羅威竿は変わらず目にも止まらぬ速さで下級妖魔の首から上を消し飛ばしながら、教室に合わせるかのように教師を気取って授業を進めて行く。



「室内、それも閉鎖的な環境に異界の穴が空いてしまった場合、異界の穴が開くと同時にその閉鎖的空間は異界化するんだ。その場合、異界化させずに穴を閉じるのは極めて難しくなる。しかし、かと言って強制的に穴を開かせて異界化をわざと引き起こしてから封印するには人的被害が臨まれてしまう……。故にこそ、俱利伽羅は教室が異界化するまで手出しが出来なかったんだ」


「今、わざと開いたって言った!? 二人を巻き込んだのは、もしかして……」


「察しが良くて助かるぜ。あの二人は、と言うより五人全員、異界の穴を開くための贄でしかねぇ。言うなれば、鼻先に餌を置いてその匂いで獲物を誘き出すのが、異界化をわざと引き起こす方法だ。その贄に足り得るのが、霊力に馴染んだ只人。倶利伽羅程に霊力に馴染んだ身体じゃあ、最下級の妖魔は誘い出ては来ねぇからな。だからこそ、無害な只人を霊力に染め上げる必要があった訳だ。その結果、ここではないどこかで妖魔に襲われてしまう可能性が出てしまったのは否めないがな。まぁ、若干一名、霊力の素質が欠片も無いお嬢様が居たのは俺様としては想定外だったがな」



 蝶野、蝉岡、霧島、宮部の四名は、教室に充満した霊力に当てられる事によって視覚、もしくは聴覚、ないし両方に異常をきたしているのに対し、香織だけは唯一妖魔の存在を知らないまま、その場の空気に飲まれるがままに恐怖を味わわされていた。

 それはつまるところ、彼女は何も見えていなければ何も聞こえていない状態にあるにもかかわらず、存在が疑わしき相手を前に勇敢にも友を助ける為に動く事が出来た証拠でもあり、永新は彼女の強さがますます眩しく思えて仕方が無かった。



「倶利伽羅の中にもいるだろ? 生まれつき霊力の不備か何かで妖魔の声が聞こえない奴、妖魔の姿が見えていない奴。それと同じで、むしろお嬢様は運が良いとも言えるな。才能が無いんだから、倶利伽羅にも妖魔にも目を付けられる心配はねぇ。むしろ燦然院ってのはそれを望んで作ったのかもしれねぇがな」


「それって、どう言う――」


「それは今回に関しては関係ない話だ。話を戻すぞ? 異界化ってのは、文字通り周囲を異界に引きずり込む高等技術だ。外からの干渉を避ける以外にも、外と中とで時間の流れが異なる場合すらある、霊力を時空にすら届かせる常識外れの効果をもたらすもの。現役の妖魔の中じゃあごく一部の限られた存在にしか扱えないもんだが、閉鎖空間に異界の穴が空いた時に限って、偶然にも不幸にも異界化する条件が揃っちまうんだな、これが」


「外からの干渉を防ぐ、って……。本当だ、圏外になってる」



 下級妖魔を蹴散らしていると、その数は次第に減っていくが故に永新にも余裕が生まれ、携帯を覗き見る事さえ可能になる。

 永新が開いた初期の壁紙には、現在の日時に合わせて電波の通っていない事を示す「圏外」という文字。それはつまり、異界化したこの空間において外に助けを求める事は出来ないと言う事であった。



「人的被害って、つまり、そう言う事?」


「そう言う事だ。だが、まぁ、これはあくまでも仮設の段階なんだが、俱利伽羅が居る限り異界の穴は開かないし、異界化もしない。そうなれば中途半端に開いたままの異界の穴による被害が深刻化していくばかり。かと言って餌を用いて強制的に異界化させるとなるとその場合、残された餌は漏れなく妖魔に食い散らかされるだろうな。一切助けを呼ぶ事すら出来ずに」


「……でも、今回は俺と羅威竿が中にいたまま――」


「だから仮説だって言っているだろ? そもそも俺様達は妖魔だ。俱利伽羅と見做されなかっただけかもしれないし、もしかすれば一定の条件下であれば倶利伽羅も同席が可能だったかもしれない、って話だ。ただ確実なのは、閉鎖空間における異界の穴はどういう訳か倶利伽羅を嫌っている。変わってるだろ?」


「変わってるって言うか、都合が良いと言うか」


「ハハッ、そうだな、都合が良い! だが、異界化した空間ってのは異界の所有者に都合の良いように出来ているもんだ。そして、そこが今回の異界の穴を塞ぐにあたっての重要なポイントだ――」



 永新の返答に思わず破顔して大口を開けた羅威竿は、笑いながら異界の穴に向かって指を差す。

 その先には今も下級妖魔を吐き出しながら教室のど真ん中にしずしずと佇む異界の穴があるのだが、異界の穴から顔を出した下級妖魔がその後を追いかけるようにして飛び出して来た古木の枝のような腕に捕らえられたかと思うと、その圧倒的な握力でもって下級妖魔が握り潰されていく光景が永新の目に飛び込んでくる。


 ぬうっ、と異界から現界へと顔を出した妖魔が出現した途端、異界化した教室の内部の空気が一変する。


 いつの間にか教室は縦にも横にも間延びして、封鎖されていた元の教室の広さとは大きくかけ離れた空間に変化している事に加え、同時に異界の変容に合わせて凄まじい霊力が蠢く。


 異界の穴から這い出てくる妖魔は、人の頭部を模したかのような頭の左右にギョロリとした二つの眼を有しており、薄らと開かれた口からは邪悪なまでに乱杭歯が並んでいるのが見える。しかしその妖魔の悍ましい姿はそれだけに留まらず、全身はまるでナナフシのように細く、されども樹齢数百年の霊木かと見紛う程に霊力が詰まった四肢は長い。

 これまでのただの教室の広さであれば邪魔をしたかもしれないその肉体であるが、今や作り替えられた広大な教室の中では妖魔の長い四肢は十全に振るわれる事が間違いなく、明らかな脅威であると見て取れる。


 そんな中でも、羅威竿は変わらず笑みを湛えたまま「第二段階だ」と言って後ろに下がっていく。



「――異界の所有者にとって都合のいい空間に作り替える。それが異界化の恐ろしさであると同時に、異界化は所有者を倒せば元に戻る。分かりやすい話だろ?」


「分かりやすいって言っても……! こいつ、上級相当はあるんじゃない!??」


「そりゃそうだろ。何せこいつは異界の主人だぞ? 限定的とはいえ、理性と知性を保った状態で満月の祝福を受けているような状態だ。中級妖魔が上等相当に力を上げるなんざ、珍しい話でもなんでもねぇさ。それに、時間をかけていると、後から中級妖魔が雪崩れ込んでくるぞ?」


「こいつを倒せば、異界化が治まるって認識であってる!?」


「正確には、異界化は消える。そんでもって、異界の穴を再び封じる隙が出来るって訳だ。後ろの連中は俺様が守ってやるから、こいつの相手は永新が好きにやってみろ。時間は幾らかけても構わないが、その分キツくなるし、外での時間経過もどうなる事か分からねぇ。早く倒すに越したことはねぇぞ~」


「上級相当の妖魔となんて、初めて戦うんだけど……」



 後ろ手に手を振る羅威竿に背を向けて、永新は深呼吸を繰り返す。


 変わるんだ、と誓ってから「逃げる」と言う選択は永新の前から消えた。

 故に、今の永新には覚悟を決める以外の選択は許されず、邪魔な四肢の人化を解除しては、靴を脱ぎ捨てる。


 制服のシャツの袖を捲って首元を緩めた永新は、丸投げされたと言う事実に呆れた心が凪いでいくのを感じつつ、四肢に熱が宿っていくのを確かめる。



「スゥ……、フゥ……」



 頭を上げれば、異界の穴から溢れる下級妖魔をまるでおやつ感覚のように貪る中級妖魔の姿が目に入るが、かと言って下級妖魔が中級妖魔を敵視する事はなく、問答無用でこちらに襲い来るのは間違いないだろう。その場合、無力な香織とセナが危険に晒されるのが気がかりであったが、羅威竿が「任せろ」と言った以上、憂う必要は無い。


 故に、永新は前だけを見据えて、内に眠る霊力を叩き起こして臨戦態勢を取るのであった。




「――纏炎(てんえん)。……全員、蹴散らすよ」






 ――JARARAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!!!!!!






 蒸気が上がる程に熱を帯びた永新を見て、中級妖魔が気色の悪い笑みを浮かべた途端、戦闘開始の合図などあるはずもない、とでも言わんばかりに急加速してはその巨体でもって永新に襲い掛かるのであった。







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