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52話

 


 仮病を使って朝から放課後まで病欠した羅威竿は、封鎖されている教室に向かって永新、香織、蝶野、蝉岡を率いて迷い無く進んで行く。




 楓ケ丘の総生徒数は、およそ五百。

 幼小中高の設備が揃っていると言え、楓ケ丘に通う事が許されるのはこの日本において富豪の子息令嬢と言う一握りの選ばれた存在のみ。

 そんな生徒が多く通う楓ケ丘で行われるカリキュラムには上に立つ者としての素質を磨く、等と言った幼少の頃から徹底した英才教育が施される環境が用意されており、ありとあらゆる専攻に適した形態を成していた。


 約五百名と言う決して多くは無い生徒数に比べて、楓ケ丘の本校舎にはワンフロアに八つもの教室が所狭しと設置されており、そのどの教室も設備に関しては何一つとして不足の無い充実した学生生活を送れるように管理されている。

 それとは別に設備棟と呼ばれる、より専門的な知識研究を行う場所として用意された場所には並み居る大学の設備を凌駕するような最先端の機器や、国立の図書館の蔵書数と並ぶほどの蔵書がある地下図書館など、有数の大学が設備を借りに来る程の充実度を誇っていた。

 そんな中で、曰くを呼んだ「呪われた教室」と言うのは、八階建ての本校舎における六階にあった。

 本校舎の六階は楓ケ丘における中等部三年の教室がある階層で、本来であれば三年の教室の他に被服室や調理実習室と言った実習用の教室が置かれていたのだが、今ではその半分が立ち入り禁止として封鎖されており、監視カメラと警備員が常駐している物々しい空間となっていた。


 楓ケ丘の生徒であれば決して近寄る事が無いような所に、羅威竿は喜んで足を踏み入れていく。



「じ、燼月さん、わ、わたくし達は、やっぱり、そ、外で待たせてもらっても……!? い、いかに調査の為とは言え、言いつけを破るような真似はわたくし、は、憚られますわ……っ」

「無理矢理にでも連れて来い、って言われてるからね。警備員みたいになりたくなかったら、黙ってついてきて欲しい。……身の安全は保障するからさ」

「「ひぃっ……!!」」



 公私混同を許さない羅威竿から、香織と蝶野、蝉岡の三人は何が何でも帰らせるな、と申し付けられている以上、呪われた教室に三人がどれだけ恐怖を抱こうとも帰らせると言う選択は有り得ない。

 六階に踏み入れる時点で羅威竿がデモンストレーションを見せるかのように昏倒させた警備員のようになりたくなければ、と軽く脅しを入れると、三人は更に顔色を悪くさせながらもコクコクと首肯を繰り返して黙って後を着いて来るようになる。

 事前に羅威竿が忠告していたように、これは三人からの依頼である以上、彼女らが協力しない訳にもいかず、全ては羅威竿の掌の上で巻き起こっているような状態であった。


 本校舎であるにもかかわらず、人気の消えた寂しさと埃が舞う六階の廊下を突き進んでいくと、静寂に混じってくぐもった悲鳴が微かに聞こえてくるようになる。



「な、なんの音ですの……!?」

「これって……」

「ひ、人の、声……!?」



 悲鳴と言うにはおどろおどろしい、沼の底から這い出てくるような呻き声に、三人はそれぞれを身を寄せ合って足取りを更に重くさせる。


 誰かがゴクリ、と生唾を飲み込んだ――次の瞬間。呪われて封鎖されたはずの教室の半開きになった扉から、人の細腕がぬぅっ、と出てきては、壁に引っ掛けるようにして手首が曲がる。


 三人が予想だにしていなかった光景を前に、最早悲鳴を上げる事すらままならないのか、もしくは幻か何かだと思い込みたいのか、誰もが息を殺して見守る中、今度はその半開きになった扉からはっきりと人の呻き声が聞こえてくる。



「――あ゛、あ゛ぁ……、たす、助け、て……」



「「「――ッ!!?」」」



 電気も点かない封鎖された六階の廊下に、薄ぼんやりと浮かんだギラギラと生を渇望する二つの眼光は、夜闇に浮かぶ鬼火のように妖しく見えたせいか、三人は悲鳴も上げられずに腰を抜かし、その場でへたり込むばかり。

 しかし、目の前の眼光の持ち主は次の瞬間には襲い来るかもしれない、と言う状況で三人が逃げ惑い出したのを、永新が三人の腕を掴んで引き留めると、三人からは「何をするんだ」とばかりに非難の眼差しが注がれる。


 だがそれも束の間、三人が永新の肩越しに目撃したのは、這い出て来た頭部を足蹴にする羅威竿の姿であり、恐ろしく見えた眼光が涙で滲んでいる様子だった。



「――おら、何勝手に出てきてんだ、カスが。見えない何かに襲われる恐怖は楽しかったか?」

「もうっ、嫌――」

「俺様も心苦しいんだぜ? でも、お前達の運命はもう定まってんだ。これも仕事の内、なんでなぁ?」



 罪悪感など一切感じて無いような笑みを浮かべる羅威竿は、断末魔の如き悲鳴を上げる頭を転がして一足先に教室へと入っていき、その余りにも現実離れしている衝撃映像を目の当たりにした三人は困惑の色を浮かべながら、羅威竿の後について行くように教室へと入っていく永新に続いて封鎖されている教室に足を踏み入れるのだった。



「――!」



 永新は、教室に一歩踏み込むと同時にその場の異様さに気が付く。

 教室の内部は、後方に椅子と机が動かされている以外、何の変哲もない普通の教室のように見えるのだが、人化の術を施した四肢が疼く程に濃厚な霊力の気配を敏感に感じ取るのであった。


 つまり、封鎖された教室が何故曰くつきだったのかの正体、それは「霊力の溜まり場」と化しているからに他ならなかった。

 事が起こった数年前の時点ではここまで濃密な霊力の気配は無かったにしろ、少しでも霊力が留まる事を許せば人体に影響が出るのは言うまでもないだろう。


 楓ケ丘の噂の正体に気付いた永新を見て、羅威竿はニヤリと笑って見せる。

 その間、永新と同じように教室に立ち入ったものの、異なる理由で驚愕の色を示した三人は、驚愕に次ぐ驚愕に戸惑いを隠せないでいた。



「せ、誠一郎さん? それに、お二人は……」

「霧島と、宮部……!!」

「は、はは……っ!」


「わ、悪かった、俺達が悪かった……! だから、なぁ、もう止めてくれよ……! お願いだ、このままじゃ、俺達殺されちまう、訳分からねぇやつが、俺達を……! だから、お願いだよ、これまでしてきた事も、全部謝るから……! なぁ、だから、だからどうか……許して、許して下さい……!!」



 香織、蝶野、蝉岡の三人の前では、教室の中心でにこやかな笑みを湛えたまま沈黙を貫く誠一郎と、その足元で衰弱した様子を見せる宮部セナ。そして、僅か一晩しか経っていないと言うのに、痩せ細ってしまっているように見える霧島和也。

 なにをどうされたら父親の権力を笠に傲慢であった彼がここまで精神的に追い詰められるものなのかと思えるが、それを成したとされる誠一郎はこの場に似合わない穏やかな笑みを湛えたまま微動だにしない。それが増々の恐怖を煽るのだが、弱り切った霧島の姿に恍惚な表情を浮かべた蝶野と蝉岡の二人はそれに気付かない。


 そんな状況を他所に、羅威竿は後ろ手を汲みながら答え合わせでもするかのような気楽さで永新に語り寄ってくる。



「この教室での異変は、数年前から起こり始めた。そして事の始まりは十五年前のこの建物、本校舎の建設がきっかけだった」

「……霊力の溜まり場、それもこの教室だけに限られるとなると、条件はかなり絞られると思うけど」

「そうだ。そのたった一つの偶然が重なり合った結果、この教室は曰くつきとなった。それが数年前……正確には六年前の出来事だ。元々、本校舎はここまで巨大になる予定は無かった。しかし、我が子が通う学び舎が日本一でなければならない傲慢な成金連中が口を挟んでは計画を練り直す、と言う段階を幾重にも行った結果、予定に無かったこの辺りまで開墾の手が届いてしまった」

「そんな事、出来るの?」

「何せ相手は出資者だ。札束で殴られりゃ、誰でも言いう事を聞かざるを得なくなる。それが社会の決まりだ。金を持ってるやつはそれだけで偉いんだからな。そして金持ちにはそれに見合った器を持っているべきなんだが、何せ連中は生え抜きの成金共だ。本物とは言い難い偽物は、その地位に相応しいだけの器量も無ければ常識も欠けている。私情で他人の人生を滅茶苦茶にしてしまえる害虫と言っても過言ではないな、っと、話が逸れたな」

「それで? どうして他の教室()、じゃなくてこの教室()()霊力で満たされているの?」



 永新が気にかかっていたのは、その事に関して。

 もし仮に霊力が満ちているのだとすれば、それは地上に面した一階であるべきで、何故地上六階と言う高所にこのような霊力溜まりが出来ているのかが不思議で仕方なかった。



「元々、この場所には小さな祠が置かれていた。それはとても小さな祠で、土地の所有者でさえも忘れていたような、ボロボロの祠だった。それは本校舎の設立に際して日の目を浴びる事になったんだが、事の始まり、つまり六年前に、ある生徒がその祠を破壊したんだ。それが故意だったのか、それとも悪意を持ってしたのかは今となっては分からんが、祠の中には一つ、大きな()だけが置かれていたんだと」

「楔、って……! それじゃあ、ここにある霊力は全部……」

「お察しの通りだ。地上六階、それもこの教室に偶然にも封印されていた異界の穴が存在したから、ってのが全て。体調不良も、常人が霊力に当てられたもので、変死や怪死も不運にも霊力を手にしたが為に、野良の妖魔に喰われた、ってだけ。楓ケ丘に巣食う噂ってのは、種も仕掛けも分かっちまえば大したことは無い訳よ。……西と東、それから北の巨大な異界の穴の他にも、至る箇所に異界の穴は空いた。それは大きくなかったとしても、過去の被害を鑑みた倶利伽羅連中がネズミ一匹通して堪るか、ってんで全てを封印したは良いが、現代の俱利伽羅に引き継がれなかったここみてぇな異界の穴は結構な数あるもんなんだぜ?」

「……羅威竿は、最初から全部知ってたんだね」

「どうだかな? 本校舎の裏山、人目に付かないところに草木に蹂躙された祠の跡は確認済みで、偶然にもここに楔があるが、俺様は知ったこっちゃねぇがな?」



 まるで手品でも披露するかのように手首を回した羅威竿の手には、いつか見た楔よりも古ぼけた、術式の刻まれた包帯が巻かれた楔が鎮座しており、今日一日仮病を使って授業をサボったのはそれを取りに行く為だったのかと思い知らされる。


 羅威竿は何を、どこまで予測しているのか、永新のちっぽけな頭ではまるで推察も出来ずに呆然としていると、羅威竿はこれよりも面白いものが見れる、とばかりに声を荒げ始めた方へと視線を移し、それに釣られるように永新もそちらを向く。


 視線を向けた先では、昨日あれだけ偉ぶっていた霧島が惨めに土下座を繰り広げていた。



「お願いだ……! もう、正体の見えない声に囁かれるのも、見えない何かに嬲られるのも、嫌なんだ、耐えられない……! お前達が許してくれれば、これは終わるんだって……、だから、なぁ、お願いだ、お願いしますから、どうか、どうかこれ以上は――」


「ッ……!! 私達が、止めて、って言って、あんたが止めてくれた事、あった……? 私達が、皆の前で辱められて、嫌がらせを受けてる中でもう止めてって言って、あんた達が止めた事、あったか……? ねぇ!! 止めてくれた事なんか、一度も無かったよなぁ!! 私達が何か悪いことした……? あんた達に迷惑かけるような事した……? 私達は、ただ勉強しに来てるだけで、あんた達の邪魔になるような事、した……? ――してないよねぇ!!! 次に苦しむのは、あんた達の番だから」

「そうだ……ッ!! ほ、ホラ! 後ろに、化け物がやって来てるぞ……!」


「ひっ――!? や、嫌だ、もうこれ以上、痛い思いは……ッ!!!」


「蝶野さん、蝉岡さん……?」



 助けを乞う霧島の姿はどこまでも惨めで、自分がやってきた事をなかったかのように縋りつく。

 しかし、当然やられた方はいつまでも忘れられるはずもなく、積もり積もった怒りが立場の逆転へと導かせる。



「……復讐」

「ハハッ、見ろよ永新。あいつら、自分達も同じ事をお嬢様にしてたってのに、それを忘れて自分達は被害者面だぜ? 最ッ、高に笑えてくるぜ。今更いじめる側に回ったって、アイツらは最初っから、加害者の面だった、ってのによぉ」



 霧島に近寄る最下級の妖魔の姿は蝶野と蝉岡にしか見えないようで、何も無い空間から突如として妖魔が出す声や音だけが聞こえると言う霧島の環境は精神を削られるのは間違いない。それが一晩と続いたのであれば、最早霧島には床に蹲って許しを乞う事しか出来ないまでに痛めつけられているのだろう。誠一郎であれば、精神が完全に壊れない程度、死なない程度に妖魔の手を調整するなど朝飯前だから。


 しかし、蝶野と蝉岡と言う霧島と宮部を誰よりも恨む存在の出現によって加減する必要もなくなり、今では彼らの背中を押すかのように誠一郎は妖魔を嗾けていく。


 自分がされた事をやり返す。

 当たり前の権利を主張し、自分が受けただけの被害を自分だけの物差しでやり返す蝶野と蝉岡の次第にエスカレートしては豹変していく姿を見て、永新は果たしてそれが有るべき姿なのか、正しい姿なのかと疑問を抱く。


 そして、同じ思いを抱いたのは永新だけでは無く、霧島に向けてありとあらゆる罵詈雑言を投げる蝶野と蝉岡の二人の前を遮るようにして、金髪縦ロールが揺れるのだった。



「――お二人とも、これ以上は……やり過ぎですわ!!」



「……邪魔、しないでよ」

「こ、これは、僕達の、正当な権利です……! 燦然院さんには、関係ない……!!」

「むしろ、燦然院さんもこいつらには言ってやりたいんじゃないの? ()()()さん、って言われて笑われてきたでしょう?」


「っ、それ、でも……、これ以上はやり過ぎですわ。わたくしには何が起こってるのか分かりませんが、これ以上続けばお二人が死んでしまうのは簡単に想像できますもの。これ以上続ければ、お二人が人殺しになってしまいます。お友達がそんな事になってしまうのを、止めるのがわたくしの役目ですわ……!」


「……っ、綺麗事ばっかり!! そんな事を、聞きたいんじゃ無いの!! ……あっ、そ。はいはい、そう言う事ね。やっぱり、所詮はあんたもこいつらと同じ、私達(受験組)の事を内心では見下してるんでしょ!! 私達とは違うところを見せて、優等生ぶりたいの? 自分より下の私達と一緒に居て、安心したいだけでしょ!? ……あんたと私がお友達? ハッ、笑わせんじゃ、ないわよ!! 頭ン中、お花畑かよッ!! ()()()がよォッ!!!!」

「なら、お前も、僕達の敵だ……!!」


「え? え? 蝶野さん? 蝉岡さん? お二人、一体どうして……!? お、お話を聞いて下さい――」




「――開いたな」




「きゃあっ!?」

「え?」



 蝶野と蝉岡の暴走を止めるべく動いた香織であったが、豹変した二人の前では正論や綺麗事など歯牙にもかからず、むしろ霧島や宮部と同じ扱いをされてしまい、霧島同様に妖魔が嗾けられる寸前で、永新の隣で佇むだけだった羅威竿はポツリと、意図不明の言葉を零す。


 刹那。


 教室に満ちた霊力が一同に活性化するかのように鳴動し、一段と空気が重たく感じられるようになったかと思えば、次の瞬間には怒り狂ったはずの蝶野と蝉岡、それから霧島と宮部が妖魔に襲われ始める。


 それまでただ見えていただけの化け物が、誰かの仕業とも知らずに自分の指揮に従っていた化け物がこちらを振り向いた衝撃とは恐怖を伴うもので、蝶野と蝉岡は容赦なく妖魔に蹂躙されていく。

 姿形が目に見える分、ただ恐怖から身を隠すように蹲るだけの霧島や、意識の無い宮部以上に恐怖は段違いだろう。


 それまでは永新の目にも数えられる程しか見当たらなかった妖魔の数が、霊力が活性化し鳴動すると同時に爆発的に数を増やし、この場おける餌とも呼べる「霊力に馴染んだ人間」に襲い掛かっていく。



「やめっ、痛い、離しっ……、たっ、助け――っ」



 その様を前に、羅威竿も誠一郎も、ただ時を待つかのように微動だにせず、むしろ早く食われることを祈るかのように足先でトントンと地面をたたき始める始末。

 一切助ける素振りを見せない二人を前に、永新はどうするべきかを考える。


 二人には何かをするなと言われた訳じゃない。

 逆に、無いをしろとも言われていない。ただ一言「好きなようにしろ」とだけ言われている以上、助けに入っても問題は無いはずだが、永新には襲われる彼ら彼女らが本当に助けるべき価値のある人間なのかが判断できずにいた。


 もし仮に、目の前で永新を貶めた四家の連中が、クラスメイトの連中が命の危機に瀕していて、それは助けるべきなのか否か。永新には判断できなかった。

 それは妖魔として倶利伽羅と敵対すると言う意味ではなく、個人的な、私的な感情。


 そこまで来て、永新はようやく憎悪や怒りと言う感情を理解でき、羅威竿や誠一郎同様に静観を決めた途端、目の前で香織が妖魔に捕らわれた蝶野と蝉岡に向かって走り出していくでは無いか。



「待っていて下さい!! わたくしが、今……!! ま、前に、進めない……でもっ、わたくし、諦めません、の――きゃあッ!?!」



 妖魔を認知できない香織にとってみれば、二人前に見えない壁があるようなもので、妖魔を蹴散らそうにも見えずに何も無い所で転倒してしまう。

 それを受けた妖魔が、煩わしそうに香織の顔面を殴ったのを見て、永新の体は勝手に動いていた。



「……鼻血、出てるよ」

「あ、ありがとう、ございます……? ハッ、た、助けに行かないといけませんのに……!!」



 何が起こったのか分からない香織は、目の前をチカチカとさせながらも永新から受け取ったハンカチで鼻を押さえつつ、二人の元へ駆け寄ろうと立ち上がる。

 しかしてそれも阻まれると知っている永新は香織の腕を引いて立ち止まらせ、あれだけの罵倒を受けても尚も助けに向かおうとする香織に「何故」と問いかけると、香織は当たり前だ、とでも言わんばかりに自信満々に答えて見せる。



「――お友達だから、ですわ!!!」

「まだ、信じてるのか。あれはこの場の空気に当てられて言ったものだろうが、それでも間違いのない本心で――」


「分かっていますわ!! ……それでも、お二人は、わたくしの初めて出来たお友達ですの!! お二人を信じているからこそ、わたくしの全てを受け入れてもらおうなんて傲慢な考えはしていません。その上でお互いに折り合いを付けて、受け入れ合っていく……それが友情と言うものだとわたくしは認識しておりますの。その過程でぶつかり合う事なんて、当然ですわ! あの程度でへこたれていたらわたくし、今頃とっくにポッキリ折れていますわ。ですからその手を――」



 言ってしまえば、目から鱗。

 盲点だった、とでも言わんばかりに永新の心を打ったその言葉は、常に三歩下がって後ろを歩いていた永新に一歩を踏み出させるだけの勢いがあって。



「……俺がなんとかする。だから、俺に依頼しろ。助けて欲しい、って」

「いいん、ですの……? 勝手に動いてしまっても」

「今の俺が、やるべき事だと判断したから、問題無い。好きにやっていいって、言われてるからな」

「それでは、存分に。……皆さんを、助けて下さいますか?」

「承知した」



 羅威竿や誠一郎が遠くで笑みを深めた先で、永新は両腕に炎を灯す。

 人化の術が解ける様と言うのは香織の目にも明らかに映り、まるで皮膚が剥がれていくかのように肘まで黒く染まっていく。


 しかしそれも一瞬で、香織の傍に立っていた永新が風を残して姿を消したかと思えば、最も近い場所から覆いかぶさる妖魔を撫でるようにして炎を灯していく。

 それは妖魔だけを燃やす炎で、全てが灰燼に帰した時には、傷だらけになりながらもそれぞれ命だけは取り留めた四人の姿がそこにはあって、その誰もが何が起こったのか分からない、とばかりに目を瞠るのであった。



「蝶野さんっ、蝉岡さん……っ、ご無事で……!!」

「え、わ、私達は、一体……」

「な、なんで、助かったんですか……?」


「タイミングばっちりだな。誠一郎、()()()が始まる。邪魔な奴らを連れて外に出てろ」

「はいはい。全く、人遣いが荒いんだから。永新君、かっこよかったよ」


「ヒィッ……! く、来るな、来ないでくれぇ……!」

「や、止めて、来ないで……! 何よ、その腕……!!」


「はいはい、脳足りんな君達の出番は終了してるよ。早く教室出ないと二度と戻れなくなるからね」



 人化の術が得意ではない永新は、一瞬だけ解いてすぐまた戻す、と言った高等技術はまだ難しく、一度解いてしまえば禍々しい妖魔の腕は曝け出されたままになる。

 妖魔に襲われて目を覚ましたのか、宮部がそれを見て悲鳴を上げて注目が集まりかけるが、誠一郎の嘘か本当か分からない言葉に永新の腕如きを気に掛けている暇など無くなる。


 異界化。

 それが何を意味するかは不明ながらも、羅威竿の口から零されたそれは永新の目にも分かる反応で、まるで教室全体が変容していくかの如く蠢き始めていた。


 しかして、生きて帰る為には従う他無い現状に我先にと教室の外へ向かおうとした霧島と宮部であったが、誠一郎による「順番だよ」と言う声に大人しく香織たちが退出するのを待つ他無いのだが、蝶野と蝉岡を先に出した香織は永新を振り返って感謝の言葉を告げる。



「……燼月さん、ありがとうございました。このご恩は、一生忘れませんわ」

「騙されないようにね」



 感謝の言葉に対する言葉とは思えない永新であったが、妖魔の腕を隠すように香織を遠ざける姿勢に気が付いたのか、香織は無理にでも永新の手を取って微笑むのだった。



「わたくし達を救ってくれたこの腕は、とても素敵ですわ」

「……ありがとう」



 照れ臭い感情を隠さずに感謝の言葉を零した永新は香織たちを見送り、誠一郎に続いて霧島、宮部が教室の外に出る――直前。




「――きゃあぁっ!?!?!」



 我先にと宮部を押し退けて外に出た霧島と違って、精神的にも肉体的にも疲労の重なった宮部が突如として悲鳴を上げたかと思えば、まるで教室に飲み込まれるかのように倒れ込んでいく。

 彼女が助けを乞うように伸ばした手を掴めるのは、最も近くにいた霧島なのだが、彼は彼女が伸ばした手から逃れるように身を翻して教室の外へ出て行ってしまう。


 その時に浮かべた表情は愉悦か、それとも安堵か。

 反対に、宮部が浮かべた表情は怒りか、それとも絶望か。


 教室の縁に手をかける事も出来なかった宮部はそのまま飲み込まれる、かと思った次の瞬間、霧島と入れ替わるように飛び込む金の人影。



「――掴んでくださいまし!!」



 金髪縦ロールお嬢様こと燦然院香織であり、彼女が伸ばした手は宮部に届いて二人が繋がった、と二人が表情に刹那の安堵を浮かべたと思いきや、宮部を引きずり込む力は思いの外強く、香織一人の体重が加わったところで一切緩むことなく、二人纏めて教室に引きずり込まれていく。



「「きゃあああーーーーーっっ!?!?!?」」



 そんな二人を心配する声が掛けられる暇もなく異界化の名の下に変容していく教室は誠一郎が言った通りに閉ざされていき、その二人を受け止めた永新と羅威竿が辺りを見回してみれば、そこが数瞬前までただの教室であった事など信じられないくらいに変化した空間が広がっており、真ん中にはデロデロと妖魔を吐き出す異界の穴がぽっかりと開いているのであった。









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