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31話

 


「――ササラ様、()のご確認であれば、我々だけでも十分……」

「いいえ。ここは北の盟主としての責務を果たす機会。わたしも同行します」



 灼火導連盟(しゃっかどうれんめい)が全国の倶利伽羅に妖魔の王の復活を報せ、連盟が主体となって四家総出で動き出す東と、地区全域の倶利伽羅を束ねて都市防衛に力を入れる西とで対応が分かれる中、北の盟主たる炎導(えんどう)家が主導する北部では妖魔を生み続ける異界の穴を封じる楔の調査へと動き出していた。


 ――異界の穴。

 それは千年以上前に現世に襲来した妖魔達が通って来たとされる、異界に繋がる穴。

 異界の穴は、日本の北と東西の三つに分かれて出現し、その中でも西に出現した穴が最も巨大で、妖魔の王が大量の妖魔の軍勢を率いて暴虐の限りを尽くしたとされている。


 穴からは霊力が噴出され、その霊力に触れた人間は強い拒否反応を示すか、肉体に馴染むかの二択。

 そうして生まれたのが、妖魔に相対する力を持った倶利伽羅と言う存在であり、異界がもたらした妖魔と言う災厄に立ち向かう為に人間に与えられた唯一の希望なのであった。


 しかし、異界から溢れる妖魔の数と強さは年月を経る毎に強力になっていく事変に対して、倶利伽羅の先達である過去の偉人達は、その異界の穴を根城にして暴威を振るい、その穴を開いた張本人、災厄の起源たる妖魔の王を命を賭して封印するに至り、同じ術式を用いて異界の穴を塞ぐ楔を打ち込んだ事で、「安泰の時」と声高に宣言できていた現代に至る。


 妖魔の王も、異界の穴も、どちらも完璧に除去する事は叶わなかった。

 今が倶利伽羅にとって「安泰の時」と呼ばれているが、実際の戦闘能力の高さで言えば千年前の当時の方がずっと強かった。今でこそ長い年月をかけて研鑽された技術によって洗練された戦いがされるようになった倶利伽羅だが、当時の倶利伽羅は今よりももっとずっと本能的で、それこそ霊力と共に寿命を燃やして刹那的な戦闘を行っていたが故に強力で、今では再現不可能な術まで行使していたと歴史書には記されている程。


 そんな過去の偉人達ですら完全に滅することが出来ずに封印せざるを得なかった、妖魔の王と異界の穴。

 片方が復活したとされる今、もしもこの二つが現世に揃ったその時に一体何が起こるのかなど、想像するだけでも身の毛がよだつ展開。


 その最悪を避ける為に西の灼骨(しゃっこつ)家が取った行動も理解できるし、東の火加々美(ひかがみ)家が取る行動も解せる炎導家としては、どう動くのが正解かを数日協議を重ねた上で、異界の穴を封じる楔を監視の下、同時に妖魔の王の動向を探ると言う、東の火加々美家に沿った行動を取る事を決定づけた。


 そして今は、その楔の現状を確かめる為の下調べの段階。

 その程度であれば、わざわざ盟主たるササラが出向く必要など無く、観測所からの連絡とその他幾人かを派遣すれば事足りる一件。けれどもササラは「盟主としての責務」を盾に同行する事を強引に決定づけた。


 調査隊を一任されるササラの傍付、鴻野定道(こうのさだみち)の訴えもササラは頑なに突っぱねる。

 決して、年若いササラから次期盟主の座を簒奪しようと画策する北の名家連中からの突き上げが鬱陶しいなどと言う個人的な理由がササラを動かしているわけでは断じて無い。



「――ははは、道中も妖魔は出ますからな。ササラ様がご同行して頂けるなら心強いと言うものです」

「えぇ、えぇ。その通りですとも。留守は部下に任せ、我々はしっかりと楔の確認に参りましょうとも!」


「で、ですが……!」

「いいの。()()()には全部伝えてあるから。目の前の事から一つ一つ解消していかないといけないもの。……それに最近、なんだか山が騒がしい気がするの」



 普段のおっとりした様子から一変し、心配して伺い立てる部下を宥める様子は正に盟主としての風格を宿しているのだが、ササラを前にしても如何せん年若いが故に舐めた態度を取る連中は多くいる。

 ササラを信頼しているような口振りを見せた今回の下調べに同行する二人の倶利伽羅に関しても同じで、好々爺然とした下火蔵(したびくら)と、若くとも胡散臭い火久保(かくぼ)の二名は、北の盟主たる炎導家に忠臣を装いながらも、その座を狙う背に荷物を背負いながら腹に一物を抱える彼らこそがその筆頭。

 今回ササラが同行するに至ったのも、ササラの目が届かぬ楔の地で彼らの動きを制する為でもあった。腐っても彼ら二家は炎導家に続く筆頭名家と呼ばれるだけあって、下手な倶利伽羅一族では止める事すら出来ない。その為、ササラが目を光らせておくことで彼らの行動を抑制させる事が狙いだった。



(……妖魔の王の復活で倶利伽羅同士力を合わせなければならない危機的状況でも、変わらず誰かの足を引っ張ってばかり。他にやる事はないのかしら……)



 主要国の政治から切り離された存在たる倶利伽羅ではあるが、当然倶利伽羅の内部を統制、統治し倶利伽羅の秩序を保つ上位の者を頭に据えなければならず、その地位が持つ権力の意味を知らぬ者達が羨んで簒奪を図る事は避けられない。


 大きな力には、それ相応の縛りと責任が伴うと言うのに、その一端も理解できない愚者はどんな環境にも湧く蛆虫の如く無限に湧き出てくる。父親もまた、妖魔への対処以上に、そう言った蛆虫たちの対処に頭を悩ませている事が多かったから。

 父親の死後、盟主の座を譲り受けてから晒され続けたその鬱陶しさと執拗さに辟易するササラは、彼らに背を向けて深い溜め息を吐くのであった。


 そんなササラの背を押すように、彼女にとって馴染み深い声が聞こえてくる。



「――お嬢様、行ってらっしゃいませ」

「このみ。……苦労を掛けるわね。帰ってきたら、一緒にお茶でもしましょうね」

「お嬢様の苦労と比べればこの程度、苦ではございません。それに、お嬢様の執務中の凛々しい御姿をこの目に収めることが出来るのは、非常に珍しいですからね」

「……()()()()の前で普段の姿を晒すなんて出来ないもの。はぁ、憂鬱すぎるわ」

「ふふっ。とっておきの玉露と菓子を用意してお帰りをお待ちしていますよ」


「はわぁっ――っと……。あ、ありがとう、このみ。楽しみにしているわね」


「お嬢様が留守の間は、お任せください。ご武運を祈っております、お嬢様」



 ササラの背を押したのは、古くから彼女の傍付として勤める、弓曳(ゆみひき)このみ。

 彼女の本職は連盟の職員であったが、北の前盟主であったササラの父親が愛娘の傍付として引き抜いた人材。その行動は決して褒められたものでは無かったものの、ササラ以外に後継ぎがいない父親からして、幼いササラを残して逝く事を恐れたのか、ササラが盟主を継いだ時に余計な横やりが入らぬよう盟主としての基盤を固めていたのかは誰にも分からない。


 それ故に、炎導家には多くの有力な人材が揃っており、その牙城を崩すのは容易では無かった。



「……多少の犠牲は止むを得まいと考えていたが、こうなってしまってはな。ううむ、どうしたものか……」

「何を言います下火蔵殿! むしろここは、好機と捉えましょうぞ!」

「好機、とな……?」

「えぇ、そうですとも。当主諸共、事故に見せかけて――」

「聞いた私が馬鹿だったようだ。そうなれば疑われるのは我々。盟主の座が空いたところで、我々が座れなければ元も子もないではないか」

「ですから、その程度の事が問題にならないくらい、大きな問題に発展させてしまえば――」

「お前には聞くだけ無駄だな。お前は黙って私の言う事に従っていればいい。機会が訪れるその瞬間まで、お前は黙っているように。良いな?」











「――問題は、無さそうね」


 快晴の冬空の下、倶利伽羅が有する私有地の山に立ち入った調査員一同は数時間で険しい山道を踏破し、山頂に鎮座する楔の下へと辿り着いた。

 楔によって封じられているとは言え、それは異界からこちらの世界に侵入しようとする妖魔が出て来れないだけで、異界から溢れる霊力は変えず漏れ出ている。

 耐えず漏れ続ける霊力が漂った末に最下級の妖魔を生み出す為、楔の付近には多くの倶利伽羅が配置されており、山頂付近では突発的な妖魔との戦闘がそこかしこで行われている。中には下級から中級へと至る妖魔も存在している為気を抜く事は出来ない。


 ササラ率いる調査隊も何度か妖魔との戦闘に見舞われたが、ササラの手によって瞬く間に排除された為、道中に危険は一切なかった。


 そして楔の調査の結果、異界の穴はこれまで報告された通りの状態で、妖魔の王やそれに連なる者が狙っているような様子も兆候も無いと結論づけられた。



(異界の穴、楔には問題は無かった。むしろ問題があるのは……、あの二人の方。明らかに何かを企んでいる様子。けれどもそれが何かまでは分からない。分からないまま放っておくのも気持ち悪いし、けれどもこれ以上泳がせておくのも危険だし……)



「――ササラ様。一つ、お尋ねしても、よろしいかな?」



 ササラが危惧をする中、額に皺を寄せた下火蔵がササラに尋ねてくる。

 隠し切れない下卑た笑みを浮かべて、調査隊に加えて、楔の観測隊の注目までもを集めるかのように声を張り上げる。



「ササラ様には昔、ご友人がいたとか――」

「……っ」



 ササラは生粋の箱入り娘。

 それが彼女の父親の意向であり、ササラも不自由していなかった事から、何も疑問を抱く事は無かった。

 けれども、倶利伽羅の多くは学園に通い、霊力の使い方や人との付き合い方を覚える為、ササラと同年代の子供達は箱入りのササラの事を良く知らないでいた。ただ大人から伝え聞かされた「天才」と言う噂話程度の事しか、知らないでいた。


 当然、北の倶利伽羅として盟主たる炎導家に近付く事はなんらおかしなことではなく、東の火加々美やそれに連なる名家である「四家」に名だたる名家達が近寄っていくのと同様に、多くの倶利伽羅は過去や私生活が謎に包まれた天才、炎導ササラについて非常に多くの関心を集めていた。

 けれどもいくらササラについて調べようとも、箱入り娘であった彼女の身の回りの情報は全て遮断されており、友人の影すらも掴ませない徹底ぶりに多くの倶利伽羅が炎導家に近付く事は難しいと諦めていた中での下火蔵の発言。


 身内とも呼べる炎導家に仕える調査隊の一人を除いて、その場におけるほぼ全て倶利伽羅の関心を集めると言っても過言ではないその発言に誰もが「一体どんな家の者が友人なのか」と興味関心を向ける中、その言葉の本当の意味を知っているササラは俄かにたじろいでしまう。


 そんなササラの反応が却って下火蔵の発言に真実味を持たせ、更に注目が集まった上で、下火蔵は十分な溜めを作った上で慎重にその名を口にした。


 ――ササラ様のご友人、それは。






「――()()、ですよね?」






 瞬間、楔の周囲に集まっていた倶利伽羅達の間でどよめきが起きる。

 その言葉を鵜呑みにした訳ではないが、敏い者ならば行き着いてもおかしくは無いが、荒唐無稽な答え。


 北の倶利伽羅は炎導家こそが一強と思われているが、その他にも名家と呼ばれる倶利伽羅の家は多く存在している。炎導家の影響力が抜きん出て強いと言うだけで、その家に次ぐ名家にもササラと同年代の子供が居ると言うのに、そこから「ササラと仲良くしている」と言う話は一切聞こえてこない。わざわざ隠す必要の無い情報。それはつまり、その話こそが真実であり、ササラは間違いなく箱入り娘である事が分かる。

 しかし、そこに「()()()()()()()()()()」と言う、過去に彼女の父親が動いたと言う旨のスパイスが降りかかったとなれば、ならば一体何処のどいつだと言う噂が立ってもおかしくは無い。

 そうして行き当たるのは、「知性を持った妖魔」と言う可能性。一般の只人と言う可能性も無きにしも非ずだが、それで足が着かないと言うのは証拠に掛けると言うもので、これだけの状況下で一切尻尾を掴ませないような存在など、妖魔であるとしか考えられないのだ。ましてや、そこに妖魔の王の復活に際して現れたという「瞬間移動する妖魔」の情報が加わり、それであれば尻尾も何も掴ませないでササラと友好を深める事ができるとなると、より一層下火蔵の発言に説得力が増すと言うもの。


 そして、本来であれば下火蔵が知る由も無い情報が漏れていた事に驚きを隠せないササラの様子の相俟って、下火蔵はさらに調子づいて芝居がかった様子で、自らが生んだ火種に風を吹き込んでいく。



「倶利伽羅の使命を、忘れたわけではありますまい!! 妖魔を見逃したという事は、被害を助長したと同義!! それはつまり、ササラ様が危険な妖魔を野に解き放ったと言っても過言では無いのですよ!!?」


「――ッ、そんな証拠が、一体何処にあると言うのだ下火蔵!! ササラ様に向かって不義理を働くか貴様!!!」


「その発言こそが語るに落ちると言うものよ! これはササラ様のみならず、炎導家とそれに連なる者達で働いた共謀と言う事だ!! ――まさか、この地にササラ様自らが赴いたという事は、その妖魔と共謀し、楔を解き放つつもりでは無いだろうな!? 楔の調査に私達を近付かせなかったのも、何かしらの細工を施していたのではあるまいな!? 火久保、急ぎ確認せよッ!!!」


「へへへっ、かしこまりました!!」


「っ、そんな事、わたしがするはずが無い――」



 その場に集まった多くの倶利伽羅の目が疑惑に変わる中、戸惑ったササラが動き出した火久保を止めようと動いた、次の瞬間。


 ――遠く木霊する地響きと共に、並び立つ山肌に砂塵が舞い上がった。



「な、何事か!? まさか、楔が抜かれたのか!?」


「違う!! これは……、妖魔!?」


「な、なんだと!? まさか、この場を煙に巻こうと口から出まかせを――」


「違います!! この反応、中級以上の妖魔の出現は間違いありません。急ぎ、隣の山に移ります。楔の観測隊はこのまま楔周辺の警戒、そして調査隊の面々はわたしと共に来てください。これは、北の盟主としての()()です」


「――ええい、お前達、騙されるでない!! この女は、妖魔と共謀して私達を抹殺しようとしているに――」


「疑うようであればご自由に。ですが、中級以上の妖魔の出現した今、事態は一刻を争う状況です。そして、わたしは今、盟主としての命令を口にしました。それを断ると言う事は、あなたもまた倶利伽羅としての使命を全うしないと言っているようなものですが、よろしいのですね? わたしを信用できないのであればそれで結構。わたしは北の盟主としての使命を全うしますので。それでは――」


「お、お待ちくださいお嬢様!!」


「………………えぇい!! 火久保、お前達、行くぞ!!!」



 目に見える程の砂塵と、鼓膜を震わせる地響き。

 その場に居た大勢の倶利伽羅誰しもが確認した異変であったが、ササラは同時に彼らとは別のものを感じ取っていた。


 頭一つ抜きん出て世代筆頭に選ばれた火加々美甘奈をしても天才と言わせしめるほどに霊力の扱いに長けたササラが捉えたのは、山一つ分離れていても尚、危機感を感じずにはいられない程に強大で、危険な霊力であった。


 どんなに厚着をしていても背筋に冷たいものが走る感覚に襲われたササラは、北の盟主としての信頼が揺らぐ目の前の状況を放ってでも動かねばならないと確信し、即座に行動に移る。


 後に続く調査隊を率いて、霊力の応用でスキーのように山肌に降り積もった雪の上を突き進むササラ。

 一度感知した霊力は、只人や妖魔を近寄らせない為に山肌を覆うようにして張られた霊力を遮断する結界のお陰ですっかり消えてしまっている。逆を言えば、先の一瞬はその結界をも超えてササラが捉えたとなると、相手は上級に足をかけていても何らおかしくはない。



「上級相手では、この人数は厳しいかも……」


「お嬢様、いざと言う時は、俺が――」


「駄目。そんなの、絶対に駄目」


「何と言おうと、お嬢様は絶対に生きて帰んなきゃなりません。このみと、約束したんでしょう」


「……それでも、駄目なものは駄目――、来るッ!!」



 楔の置かれた山よりも深く雪の積もった隣山。

 そこに立ち入った直後、こちらに向かって急接近する霊力の反応に、ササラは臨戦態勢を取る。


 しかし、ザンっ、と雪を当たりに撒き散らして現れた妖魔の霊力に、ササラは逸る鼓動を抑えきれなくなってしまう。嘘だと、認めたくない、と叫ぶ胸を前に、舞い上がった雪煙に浮かぶ人型のシルエットから目を離せない。


 故に、そのシルエットがやがて明瞭になり、声が聞こえたその瞬間、ササラは自分の置かれた立場も忘れてしまいそうになる程の衝撃に見舞われる。




「――久しいな、ササラよ」




「ッ、フブ、キ……!!?」




 懐かしい思い出がササラの脳内に駆け巡る。それと同時に、忘れていた恋心が再燃するかのように体の芯から熱くなるのを感じるも、相対する妖魔の目がどこまでも冷たい視線である事に息を飲まざるを得ないのであった。





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