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24話

 


「――え?」


 永新の眼前で披露されたのは、永新が想像だにしていなかった光景。

 正確には、目の前の事実に考え至るに必要な要素が揃っていながらも永新の考えが及ばなかった結果、目の前の光景に理解が追い付かない状況に追い込まれているとも言えるのだが、困惑に支配された永新の脳は自分の失態に思い至る事は無い。


 永新の変質した四肢とは似て非なる、黒光りする腕部を披露するのは、夕薙(ゆうなぎ)誠一郎(せいいちろう)の右腕。肌の組成が変化した永新の腕とは異なり、腕の全体を覆うスーツのような右腕に装飾が施された姿は、それが「妖魔」だと聞かされても納得できない程にスタイリッシュな造形をしていた。

 それに反して、神々(みわ)羅威竿(らいかん)が変化させた左腕は永新が知る妖魔らしくありつつも、永新が知るどんな妖魔よりも未知数な力を宿した左腕と化していた。誠一郎のように見た人に判断を委ねるような造形ではなく、一目見ただけではっきりと異形だと判断できるような、あらゆる意味で無骨な変化。人の形を保っている誠一郎とは違って羅威竿の左腕は完全にプラズマ化しており、空気中に舞った塵が彼の左腕に触れる度に紫電が奔る。


 ――妖魔の王。真宵の瞬間移動。


 倶利伽羅の霊術だけではどうやっても片付けられない問題に加えて、目の前の二人の変質。

 頭の中でどんなに言い訳を考えようとも、最終的に「妖魔である」と言う答えに行き着いて八方塞がりに陥ってしまう永新は一度冷静になるべく自分の手を額に運んだその時――俄かに永新の中で世界が停止する。



「……。っ……」



「……おい、真宵のやつ、なんも伝えてねぇのか?」

「さぁ……? 白麗様も一緒でしたから、説明する必要も無かったのでは?」

「っつうかこいつ、何も知らねぇでこっちに踏み込んできたのか? 世間知らず、っつうか、お気楽な奴だよな」

「倶利伽羅とは、そう言う生き物ですからね。永新君がここに至るまでの経緯を知らない僕らが早計な答えを出すのは間違っているとも思うけど」

「そりゃあ白麗様の思し召しだからな。だが、もしもこいつが俺様達を敵だと認識したなら、俺様は独断でこいつを――おい、どうした?」



「――貴方達が妖魔だと言うのは分かった。それで、俺はこれからここで何をすれば良い?」



「お、おう……。随分すんなり受け入れるもんだな」

「い、いいえ。違いますよ羅威竿、あの目を見て下さい。アレは納得したと言うより、考えるのを止めた人の目をしています!」



 誠一郎の指差す先、対面する永新の目は瞳孔が開き切っており、半開きになって緩んだ口元からは生気が漏れ出ているかのよう。

 彼は今、目の前で人の形を装うと言う学園では習わなかった妖魔の特徴を持つ二人を前にして、極めて高い警戒心を抱いたものの、直後に落とした視線の先である自分の変質した四肢を目の当たりにした事で改めて自分の置かれている状況の特質性と言うものに気が付き呆然とする他無いのであった。


 二人が内密な会話を繰り広げている間に、黒く変質した四肢を見下ろした永新は改めて自分の置かれた状況を顧みる。


 (ハク)が用いた霊術は、間違いなく外法。


 倶利伽羅にとって霊力の行使は妖魔を浄滅させる為の行為。その霊力を目的以外の事に用い、同胞もしくは常人に害を為すと判断された場合それは外法と認定され、その者は倶利伽羅にとっての大敵――妖魔に身を堕としたとされる。


 そして永新の肉体の変化は漏れなくそれに該当するため、妖魔の血に染まった四肢は人ならざる者としての証のようなものだった。


 それ即ち――。


 ――永新の体は目の前の二人同様に妖魔の肉体であり、もし仮に二人が「人の形をした妖魔」であるとするならば、今の永新は「妖魔の形をした人」であるとも言える。


 自分に妖魔としての力がどれだけあるのか、老教師の全力を跳ね返したあの力は一体何なのか、本当に倶利伽羅は命を奪いに襲い来るのか。


 現状の把握、過去の実証、未来の不安。

 それらが束となって永新の脳内を埋め尽くさんと覆い被さった結果、二人が妖魔であると言う事実に対して自分の事を棚に上げて警戒していたのが馬鹿らしくなるような情報の波に掬われて永新の脳は思考を停止させるに至ったのであった。



「……と、とりあえず、話の前に一旦落ち着こうか?」

「まぁ、ほら、その、なんだ。茶でも飲めよ、な?」


「…………ありがとうございます」






 日本人の心とも言うべき温かな緑茶を胃に流し込むと、呆然としていた頭がほんの僅かだけども落ち着いたような心地を得る。例えるなら、足の踏み場も無いくらい手をつけるのも億劫な乱雑な空間に、脚を置ける程度の余裕が生まれたと言うのが妥当だろう。お茶を飲むだけで悩みが解消されるはずも無いのだが、こうして少しでも余裕が生まれるのは決して悪い事ではない。


 少しだけ落ち着きを取り戻した永新は、山積みになった課題を目の前の事から一つずつ解決していこうと手を伸ばしていく。



「……それで、僕――俺は、何をすればいいんですか?」

「自分の話しやすい口調で大丈夫ですよ。ここには永新君よりも口が悪いのが居ますからね」

「てめぇ、一言余計だ。そうだな……まずはお前、妖魔についてどこまで知ってやがる?」

「妖魔について、ですか? それなら――」



 尋ねられた内容に、永新は素直に答える。

 とは言え、永新が知っているのは学園で学んだ内容そのまま。

 それこそ、妖魔の王についての知識は伝承のもののみで、詳細に知識を持っているのは中級の妖魔まで。上級やそれ以上ともなると授業では扱われず、軽く触れる程度の知識しか得ておらず、見知らぬ妖魔に出くわしたら逃げる事を義務付けられていた。



「――ただ、上級以上の妖魔はここ半世紀程出現したと言う記録が残っていないから倶利伽羅にとって今の時代は安泰の時、と呼ばれていて……」



 そこで言葉を切った永新は視線を持ち上げ、並ぶ二人を視界に収める。

 彼らが先程見せた妖魔へと変化させた腕部からは、一目見ただけでそこいらの妖魔とは比べ物にならない程の霊力を内包していたのを思い出しては続く言葉が思い付かないでいた。

 それこそ、中級を楽々跳び超えて上級の妖魔すら凌駕してしまうような、途轍もない程濃密な、霊力。外法によって永新の肉体に変化が起こっていなければ、彼らが見せた霊力に当てられて気後れどころか簡単に気絶していてもおかしくなかった。


 それ故に、倶利伽羅が誇る安泰の時が、たった今目の前で崩れ去ったのを認識して言葉に詰まったのだが、永新の様子を見た二人は、彼が言葉に詰まる事柄に思い当たった様子で表情を緩める。



「まぁ、粗方間違ってはいねぇな。大したもんだぜ」

「えぇ。ですが、上級以上の妖魔が未確認とは……僕達も上手くやっているって訳だね」


「……やっぱり、二人は上級の妖魔、なんですか?」



 永新が二人の様子を伺うように喉に力を込めて尋ねると、二人はお互いに視線を交差させて首を傾げる。



「倶利伽羅共の尺度で測られるのは癪に障るが、お前達の認識で言うところの意思疎通が取れる妖魔、ってのが上級とされているんなら、俺様達は上級の妖魔なんだろうな」

「……ところで永新君。一つ聞いても良いかな?」

「はい……」

「永新君は、同じ霊力と言う目に見えない力を扱う倶利伽羅と妖魔。その二者間にどんな違いがあるか知っているかい?」

「あ? なんだそれ、俺様も知らねぇんだけど」

「羅威竿は感覚派ですから知らないでしょうね。ですが、知っているだけでも武器になる。それが知識と情報なのです。その点、倶利伽羅と妖魔、二つの身の上を実体験する永新君は、知っていて損は無いでしょう。自分の力を認識する上でも欠かせない条件になるかと」

「倶利伽羅と、妖魔の霊力の違い……」



 信頼を寄せる物言いをする誠一郎に、永新は自分が落ちこぼれであった事実を口にするのも憚られる。

 意図して騙しているわけでは、隠しているわけではないのだが、永新が落ちこぼれだと知った時に二人が自分を見る目を変えて来るのではないかと思うと簡単には打ち明けられない。

 それだけ「倶利伽羅であった頃の記憶」と言うのは永新の心に陰を生む存在であり、永新の心に住み着いた醜いコンプレックスの塊は、生まれ変わったからと言って簡単に乗り越えられたり、拭い去れるような易しいものではなかった。


 大勢の倶利伽羅の前で大見栄を切ったとは言え、いつだって不安定に揺れる永新の心は、いざ四家や永恋を前にした時に本当に戦えるかどうかは、五分と言った所。

 それでも誠一郎の期待には応えたいと必死になって頭を働かせた結果、(ハク)と共に最下級の妖魔を狩っていた経験を基に導き出した答えを自信なさげに口にする。



「霊力を、内包できる量……?」

「んー、半分正解で、半分不正解かな。いや、七割……八割方正解かな?」

「何でもいいから早く正解を言え」

「ははは。そうだね、確かに妖魔と倶利伽羅とでは内包できる霊力の差ははっきりと分かれている。どこでそれを知ったんだい?」

「……(ハク)と一緒に、最下級の妖魔を狩ってた時。妖魔の血が必要で、一万匹の血が必要だったんだ」


「一万て……」

「凄いな、それは……」


「最下級の妖魔って凄く小さいのに、その血に宿る霊力の量は血液の量に換算してほぼ同等だったんだ。もしそれが実現できるなら、倶利伽羅はいちいち妖魔を前にして霊力の励起をさせずとも、常時その状態を保っていられるのに、って考えたことが……」



 最下級の妖魔は、永新の半分ほどの大きさ。

 六歳から七歳児程度の大きさしか無いにも関わらず、最下級の妖魔から採れる血液の総量とほぼ同等に近い霊力を感じられた。その時の感想を不安げに口にすると、誠一郎は更に感心した様子で笑みを深める。



「……凄いね。それは白麗様の口添えがあったから答えに辿り着けたのかい? それとも、自力で?」

「いや、これは(ハク)にも言ってない。ただの、感想のようなものだから……」

「なんと! それは凄いよ永新君! もっと自信を持っていい!! 何せ、僕がこれまで()()()()()倶利伽羅は誰もこの事実には辿り着けていなかったからね。これは言ってしまえばその違いと言うのは、僕達妖魔にとっては弱点であると同時に、強みでもあるんだ」

「へぇ~。んな事考えもしなかったぜ。そんで? その強みってのは具体的に何なんだよ」

「倶利伽羅と妖魔とでは、体内に内包できる霊力の飽和量が異なる。それだけなら、妖魔の方が霊力を扱う上で優秀とも言えるのだけど、実際は違うだろう?」


「霊力の、励起……。もしかして、妖魔の体は、霊力を励起させる事が出来ない……?」


「――その通り。僕達妖魔はこの体の糧にした霊力を全て蓄えることが出来る巨大な貯蔵庫、強靭な肉体を持っている反面、自分では霊力を生み出すことが出来ないんだ。それに反して、倶利伽羅が莫大な霊力を扱う場合、霊力の負荷に肉体が耐えられないんだ。故に、貯蔵なんてしている意味がない。必要な時に必要な分だけを叩き起こせばいいからね。だからこそ、【纏炎】と言う技で肉体を保護し、霊力を励起させる事によって瞬間的に爆発的な力を生み出すことが出来るんだ」

「それってつまり……妖魔は、消耗させれば、倒せる……?」

「そう言う事さ。でもまぁ、僕達を逃がさずに消耗させようとすれば、相手次第ではあるけれども三日三晩の死闘は覚悟した方が良いね」



 永新の回答に満足そうに頷きながらも挑発的で悪辣な笑みを悠然と浮かべる誠一郎の姿は、誠実なマゾとしか思えなかった彼の印象に確かに妖魔の一片が透けて見えた。



「そんな事になるくらいなら、俺様はさっさと逃げるけどな。……ンだよ。二人して意外そうな目で見てくんじゃねぇよ」

「……いえ。羅威竿ならむしろ自ら進んで飛び込んでいくものかと思ったので。戦って死ぬのが本望、とすら思っていましたが、違うのですか?」

「ハァ? 俺様を何だと思ってやがんだ。確かに俺様は戦うのが好きだ。だがな……、死ぬのはまっぴらごめんだ。むざむざと死ぬくらいなら、真宵に頭下げてでもみっともなくたって生き延びる道を選ぶ。俺様が好きなのは、最高火力の一撃をぶっ放す瞬間なだけで、死にに行ってるわけじゃねぇからな? そこんとこ、勘違いしないでくれよ」



 誠一郎が言うように、好戦的で誰彼構わず突っ込んでいきそうな羅威竿も、死地への考えを聞いて大きく印象が変化する。

 目の前の彼らが何を以てしてその考えに行き着くのかは定かではないが、人間らしさと言うのか、それともこの場合は妖魔らしさと言うべきか、彼らの信じるものが薄らと感じ取れたような気がした。



「――話が逸れたけど、妖魔と倶利伽羅とでは霊力の使い方が大きく異なるんだ。……でもね、倶利伽羅から妖魔に堕ちた人材は()()なんだ」

「特別だと……?」



 特別、と言う言葉に過敏に反応してしまう永新だが、永新が肩を跳ねさせた事に気が付いたのは誠一郎のみ。羅威竿は誠一郎の発言に気を取られていて、永新の変化には気が付かない。

 しかし気が付いた誠一郎はそれ以上永新に何かを伺う様子はなく、羅威竿に先を促されるがままに言葉の続きを口にする。



「――妖魔と同等の霊力を留めていられる肉体。そして倶利伽羅同様に霊力を体の中で()()()ことが出来る体質……。これらが合わされば――言うまでもないだろう?」

「へぇ……。後輩、お前なかなかいいセンスしてんだな?」

「……そう、ですかね?」

「白麗様が永新君を連れて来た理由が何となくわかった気がします」

「? 後輩、何悩んだ顔してんだ?」

「えっと……、さっきは確かに霊力を感じたんですけど、今はどうして何も感じられないのかな、って思って」

「あぁ、その事ですか」



 二人が上級を遥かに超える存在の妖魔である事は承知しているのだが、妖魔が体内に大量の霊力を内包している事も教わった事で彼らから一切霊力の痕跡を感じられない事により強い違和感を覚えずにはいられなかった。



「俺様達は妖魔の振りをしている訳じゃねぇ。妖魔である俺様達が人間の振りをしてんだ。この人の姿になれるのは倶利伽羅の連中の目を欺くには必須の技術だぜ? 霊力を隠せないで人の前に出てみろ。どこからともなく倶利伽羅の連中が飛んできて始末させられちまうからな」

「人化の術、ですね。この状態だと妖魔としての力を封じられますが、倶利伽羅の厄介にならずに済むんです。その点、人化の術を改良して妖魔としての霊力はそのままで人に馴染んでいた真宵さんは例外とも言えますけどね」


「あいつは人としても妖魔としても例外だな。強さだけは異常なんだ。強いだけならいいんだが、おまけに乱暴で馬鹿で、貧乳で口が悪くて雑でな? しかもあいつ、基本的に風呂が嫌いだ、とか言って滅多に入らねぇからくっせぇんだ。正直女としては終わってるっつうか――。ん? お前達、どうして目を逸ら、す…………?」




「――へぇ。誰が、女として終わってる、って言うんだ?」




 真宵の事となるといくらでも悪態が湧いてくるのか、次第にヒートアップしていく羅威竿。

 しかし、目を瞑って思い出すかのように悪口を語る彼の背後に突如として空間を裂いて生まれ落ちた人影に、永新と誠一郎は気まずい様子で咄嗟に目線を逸らす。二人の変化に即座に気が付いていれば少しはマシだっただろうが、羅威竿が気付いた頃には犬歯を剥き出しにして額に青筋を浮かべる真宵が彼の肩を叩いていた。



「――ぁひん」



 羅威竿の断末魔は以外にもか細く、真宵の放ったかち上げの拳は羅威竿の顎に見事にヒットし、オフィスの天井に首から上を突き刺してぶら下がる新しいオブジェの完成であった。



「さ、話の続きをしようか。燼月永新君? あ、誠一郎はお茶ね」

「はい! ……いいなぁ」



 羅威竿が座っていたソファにどっかりと腰を下ろした真宵は、一連の流れを目の当たりにして怯える永新を観察した後、微かに目元に陰を生むも、すぐに取り繕うかのように頬を緩める。



「……自己紹介は済んでいるようだな。オレの事は知っていると思うが、宿無(やどなし)真宵(まよい)だ。上の馬鹿から何か聞かされたかと思うが、忘れろ。その方がお前の身の為にもなる」

「は、はい」

「それで、だ。こいつらにどこまで聞いたかは分からないが、まず燼月。お前にはオレ達の最終目標を伝えておく。耳の穴をかっぽじってよく聞くように――」



 真宵の振る舞いは上司然としていて、後輩が出来て先輩風を吹かしていた羅威竿と非常によく似通っている。長い手足を大きく伸ばしてソファに腰かける様は羅威竿以上に絵になっており、傲岸さを隠さずとも魅力あふれる真宵の姿からは目が離せない。


 誠一郎が淹れたお茶を一瞥した後、一息吐いた真宵は表情から笑みを消して最終目標を告げるのであった。






「オレ達の最終目標、それは、白麗様――妖魔の王の、殺害だ」






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