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119話

 



「――いやはや、凄まじい戦いでしたな。北の盟主の皆様方もご尽力いただき、誠に、感謝申し上げます」

「いえ、我々は何も。ただ作戦の通り、指示の通りに支援砲撃の術式を解放したに過ぎません。全ては本作戦の指揮官、火加々美甘奈様のご活躍あっての事です」



 天に昇って行く莫大な霊力。

 茜差す空に向かって消えていく霊力の光の数々が人形使いの死を、本作戦の終幕を告げてから暫くした後、作戦本部は特命班の回収を急ぎ、怪我や損耗の多い者を優先して治癒術に当たらせた。治癒術によって目に見える傷は癒えたものの、特命班の負担を証明するかのように疲弊しきった身体は戦いの壮絶さを物語っているかのようで、特命班の殆どは病院へと送り出されてしまったのであった。



「お褒めに与り光栄です。ですが、私にはまだまだ至らぬ点も多くあり、そのせいで犠牲になられた方々も多く出てしまいました」



 特命班の中で残ったのは、火加々美甘奈ただ一人のみであり、彼女は作戦指揮官として後始末まで付き合うのが使命、と言って治癒術による治療を受けた後に病院へと送り出されるのを断固として固辞し、上級妖魔討伐の後始末に追われる作戦本部に残った。

 当初、それならば俺も、と「傍に居るから」と約束してくれた晴也も残ろうとしたものの、叢雨勇哉と言う兄貴分をその手にかけた精神的疲労に加えて、そこから続けて人形使いとの戦闘に参加したと言う連戦の疲労も鑑みた結果、甘奈は指揮官として彼に休養を取るよう命じた次第。そしてそれは獅子王も同じであった。


 ただし、晴也がその命令を飲み込むに当たって、甘奈は一つの条件が出されていた。

 その条件と言うのが、



 ――全部が終わったら、二人でどこか出掛けよう。



 と言う、デートの誘い。

 その真っ直ぐな誘いに甘奈は、一時指揮官としての立場も忘れて少女のように頬を赤らめて気恥ずかしさを隠すように顔を背けたのだが、その視線の先では獲物を見つけたかのようににんまりと笑う七星と千夏の姿。そんな彼女らの視線に耐えかねた甘奈は、年相応の少女然とした振る舞いを咳き込み一つで居住まいを正した後、その条件を飲む事を約束して、病院へと向かう特命班を送り出したのであった。


 その間、霊力の過度な消耗で気を失っている小暮日永恋が目を覚ます事は無かった。医務官が言うには、目立った傷もなく、疲弊と霊力の欠乏が重なった事による一時的な気絶であると説明されていたが、七星と千夏が付いている以上、事態が急変したとて心配は無い。

 しかし、彼女の前ではどうしても甘奈が抱く罪の意識、と言うのが顔を覗かせてきては、自分が一時の感情で、気の迷いで彼女の恋路を引き裂いたと言う事実に負い目を感じずにはいられない。そこに蓋をして、見て見ぬ振りをして自分の将来の事を考えると言うのは、甚く傲慢ではないだろうか、という考えが頭に過ったものの、それを振り払うかのようにして甘奈は二人に永恋を押し付けるようにして頼んだのであった。


 特命班の中で最も重症だったのは、人形使いを追い詰めた我流の一閃を放った神藤霧矢であり、医務官が言うには、彼の体は尋常ではないくらいボロボロだったと言う。それは、彼がたった一人で人形使いの半分の勢力を御していた際の無茶に加えて、最後にはなった『我流』の一撃が決め手だったと言う。

 彼の我流の数々は言わば、開発段階。開発者の神藤霧矢だからこそ使えているのであって、一般の倶利伽羅が使おうとでもすれば、大怪我では済まないような負荷がその体にかかっているのだと医務官が嘆くように言っていた。長い年月をかけて、多くの倶利伽羅の手によって洗練されてきた霊技とは異なり、新たに生み出した技はどこまでも粗削りであるが故に、霧矢の我流は例えるならば、安全装置など無い、裸同然でジェットコースターに乗っているようなものであると説明された。ジェットコースターを知識だけでしか知らない甘奈にとっては「危険なもの」と言う認識しかなかったが、一歩間違えれば死んでいてもおかしくないと言う話を聞いて、その恐ろしさがやっと理解できた。


 そこで甘奈は、彼の我流を安全なものとする為、火加々美家の名においてその技をより一層安全かつ効率的なものにすると約束を果たした。彼はこの作戦に置いてなくてはならない存在であったのは間違いなく、その功績を認めると同時に彼の我流を火加々美家の監視下に置く事が出来ると言う、お互いに利のある提案をしたところ、霧矢は投げやりな様子で「前向きに検討してやるよ」とだけ言って運ばれて行った。あの時の顔付きは、甘奈の考えを読んだ上で、それでもメリットの方が大きいと理解したような表情であり、甘奈は一つの仕事やり終えたような感覚を覚えた。



 ――新たな霊技の開発。



 後始末に加えて新たなタスクが生まれた事に頭を悩ませる甘奈であったが、そこで、回収班によって作戦本部へと戻って来た北の倶利伽羅を纏める鴻野定道(こうのさだみち)が顔を出し、「盗み聞いた訳ではありませんが」と前置きを置いた後、神藤霧矢の新たな霊技の洗練に協力する意図を口にし出したのだ。


 それは甘奈にとってみれば願っても無い提案であり、東と北とで協同開発と言う形であれば、結びつきが強まる上に、これまで隔絶されていたと言っても過言ではない状況で連携を取る足掛かりにもなって、将来的にもより良い成果が臨めると言うもの。

 甘奈の考えと同じ事を、北の倶利伽羅が考えているとは到底思えない中で、「その見返りに何を望むのでしょう」と遠回しその意図を告げた所、鴻野定道はこう言った。



『――此度の作戦、我々北の倶利伽羅の援助、ではなく、炎導ササラによる助力、と記録には記して欲しいのです』

『炎導ササラ様の不在を……いえ、アリバイを作れ、と? しかし、作戦本部には彼女の姿を目撃した者は誰一人として居りません。彼女が来ない事を知っていたのは――……。なるほど、そう言う事ですか』

『話が早くて助かります。では、私共は我が主の元に戻ろうかと――』


『おお! 本作戦のご助力に尽力いただいた北の倶利伽羅、鴻野殿ではありませんか!! 他の皆様もご一緒で? ご挨拶に伺っても――』



 僅か一言二言交わしただけで北の倶利伽羅の意図を理解した甘奈の察しの良さに満悦そうな笑みを浮かべた定道であったが、そこで作戦本部にて年若い甘奈に対して怪訝な眼差しとオブラートをも貫通する嫌味をぶつけて来た連盟員がやって来て、定道は捕まってしまい、冒頭に戻るのであった。



「――しかし、上級妖魔を相手にこれだけの犠牲で済んだのも、北の盟主様のご尽力あっての事! して……、北の盟主様、炎導ササラ様は、どこに居られますかな? 一度、ご挨拶をしたいと思いましてな」



 今回の作戦、被害の総数は元の数字と比べるとかなりの被害が及んでいた。


 上級妖魔と当たるに至って、火加々美家当主、火加々美十蔵が集めた倶利伽羅の数はおよそ二百八十(280)名。AからZまでの外周班に加えて特命班に各十名ずつ配置され、観測隊を含む作戦本部の連盟員の人数を含めれば、上級妖魔一体に対して、三百(300)を超える倶利伽羅が用意されていた。

 だがしかし、その内で戦力として数えられる外周班と特命班の内、半分は人形使いが仕込んでいた人形であった。どこで入れ替えられたのかは今後精査するとして、それだけでも数字の上では百四十(140)を超える損失。そしてそれらがもたらした被害は甚大で、被害が出ていない班もあれば、壊滅した班だって八つ出ているのだ。人形と叢雨勇哉による被害だけでも、六十(60)から八十(80)近い人数の倶利伽羅が殺された。数字の上では、二百(200)を超える数値の被害が及んでおり、作戦自体が壊滅しかけていたと言っても過言ではない。そして、作戦の被害総数は指揮官の評価に直接的に関わってくるものであり、如何に盟主の子であろうとも、これ程までに被害が及んだ作戦は過去にも類を見ない程に最低な結果でもあった。


 甘奈が特命班と合流し、前線に出たからこそ七星も千夏も助かったし、人形使いの足止めだって出来た。彼女が居なければ人形使いの討伐はまず不可能だったかもしれないと言うのに、その功績を認めてしまえば、当初から彼女に反発的な意思を向けていた多くの連盟員はこれから先、肩身の狭い思いを強いられる事になる。


 故に彼らの多くは、その態度を改めて反省するのではなく、北の倶利伽羅の助力があったからこそ討伐は成功したのだと吹聴する事で甘奈の功績を掻き消そうと企んでいたのであった。


 その代表とも言えるその男は露骨なまでに甘奈の存在を無視するように鴻野定道に話しかける。

 北の盟主炎導ササラを持ち上げる事で、炎導ササラ自身にも「自分の功績である」と言質を取る必要があるからと言う考えが明け透けに見えているのだが、それがありとあらゆる意味で難しいどころか、土台無理な話である事を、この男は理解しているのかどうか。



「此度の功績を称え、私共の方でも炎導ササラ様に御礼を申し上げたく……。そうお時間は取らせません。十分、いえ、五分だけでもお話しさせていただければ――」


「申し訳ございません。今回の救援に関しまして、交渉事は私、鴻野に一任されております故、御礼のお言葉でしたら私がお伝えしておきます。よろしければお名前をお伺いしても?」


「わ、私は連盟議会の末席に名を連ねる者であって、炎導ササラ様とは直接お話がしたく――」


「えぇ。ですから、お名前とご住所の方を伺わせていただけましたら、後日面会のご予定が立てやすいかと。面会の席でしたら、ササラ様もお会いできるかもしれませんよ」


「おぉ! そうか。それでは、炎導ササラ様のご予定が空き次第、こちらに連絡していただきたい。東の地域に足をお運びになられた際は、是非とも連盟議会員であるこの私にご相談いただきたい。今後とも、よろしくお願いしますと、お伝え下され」



 すかさず名刺を差し渡して去って行く男は、最後まで甘奈を視界に収めようとはしなかった。

 そんな男の去って行く背中が見えなくなってすぐ、作り物の笑顔を張り付けたままの定道は、手にした名刺を灰すらも残さず燃やし尽くす。



「何故、盟主の立場であらせられるササラ様が貴様のような下部の人間を頼ると言うのか……。火加々美様、ご心配なさらずとも、我々北の倶利伽羅は出しゃばるような真似は致しません。あの男が言うように、ササラ様はこの場に居る体なのですから。我々は貴方様の功績を認めております。ササラ様よりも若くして絶技の数々を操り、人の上に立とうとするその姿。そして何よりも……此度の勇姿。見たままの光景を、ササラ様にはお伝えさせていただきます。きっとササラ様でしたら、そう遠くない内に、貴方様にお会いしたいと申される事でしょう。よろしければその際にはご友人の関係を築いていただけたら、と思っております。何せササラ様には、ご友人と呼べる人が一人もおらず――」



 話始めた最初の頃は甘奈を庇うような物言いだった物が、定道の口が回り出すや否や、まるでササラの保護者かのような口振りに変わっていく様子を受けて、甘奈は思わず表情を弛めて、小さく吹き出してしまう。



「ふふっ」


「それに――っと、これは失礼しました。つい、気が急いてしまいまして」


「いえ。それだけ、炎導ササラ様が慕われていらっしゃる、と言う事が良く分かりましたから。それだけ愛されている御方でしたら、お会いになるのが今から楽しみです。よろしければ、その際には私の友人も紹介したいのですが、よろしいですか? 皆、とてもいい子ですので」


「黄金世代、ですか。それは願っても無い事です。さぞかし、ササラ様もお喜びになることでしょう。おっと、些か話し込み過ぎましたね。我々は、()()()()()()()ところがあります故、こちらで失礼させていただきます」


「……最後に一つ、聞いてもよろしいですか?」


「えぇ、私で答えられる範囲でよろしければ」


「……炎導ササラ様は、何処に?」


「……恋路の果て、と言うべきでしょうか。そしてこれは、あなた様方にも縁のある場所、かと」


「それって――」


「今はお疲れでしょう。全てが終わったその後で、話すも話さないも貴方の自由です。ですが――知らされていないと言う事はつまり、信用されていない、と言う事だとは思いませんか?」


「……」



 黄金世代の間で何があったのか、知らぬ訳ではない定道の言葉に、甘奈は一瞬肝が冷えたような思いを隠し切れない。甘奈は立場が立場である以上、あの事について人から忠言を受けた事がほとんど無い。それであるが故に、完全なる第三者である定道から告げられた言葉は、それこそが甘奈を含む黄金世代と持て囃される子らに対する世間一般の目線であると教えられるかのようで、心臓がキュゥッ、と締め付けられるような感覚に陥る。

 にこやかに言葉のナイフで刺してくる定道であったが、彼の言葉一つで甘奈が罪を忘れた訳ではなく、罪の意識を抱いている事を見抜いた定道は、笑っていなかった目を緩めた後に、深々と頭を下げて謝罪の言葉を並べるのだった。



「……出過ぎた真似を、失礼いたしました」


「い、いえ」


「――では、先程お話しした通り。また近いうちにお会いしましょう。失礼いたします」



 そう言って去って行く定道は、最後まで礼儀を欠いた姿勢は見せなかった。

 常に甘奈を盟主の娘として敬い、礼を尽くした上で、彼女たちが背負う十字架を可視化させてくれたに過ぎず、この程度で定道を無礼と断ずれば、それこそササラとの仲が決定的なものとなるのは間違いない。



「……認められる為には、努力を重ねる他、ありません」



 罪の意識は、忘れられない。今後一生、消える事も、癒える事も無いのかと思うと、重荷をおろしてしまいたいと思わなくもないが、それと向き合う事こそが自分の人生の意味であると、甘奈はそう考えていた。

 だからこそ、甘奈は疲れ果てた体を引きずってでも、本作戦の後始末を終わらせなければならない。


 どれだけ功績を重ねようとも、犯した罪は、過去は消せない。

 それでも、甘奈に出来る事は、ただひたすらに生き続ける事しかない。全力で生きて、為すべき事を為す。そうする事でしか、罪とは向き合えないから。気が狂うまで謝り続ける事なんかでは、決して無いのだ。



「――操られていた遺体の回収、及び外周班における被害者の遺体、もしくは遺品の回収を急いで下さい。日が暮れる前に、撤収しなければなりません。外周班に置きましては、後日、報告書をまとめて提出していただく旨を説明して、病院へと向かわせてください。それから、本作戦に置いて人形にすり替えられていた件についてですが――」






 上級妖魔、【人形使い】討伐戦においての被害報告。

 総数、二百八十(280)名の倶利伽羅の内、半数にも及ぶ百四十三(143)名が人形にすり替えられており、範囲内に踏み込んだ人形は強襲を仕掛けるよう操られていた。死者しか操る事の出来ないはずの【人形使い】は、一時的に満月の夜と同等の力を得られると言う薬を乱用し、生者であっても人形を象る事が可能になっていた。その結果、人形の強襲による被害は、特命班0名、外周班七十二(72)名もの被害が及んだ。同時刻、【人形使い】と手を組み倶利伽羅を裏切った叢雨勇哉が出現。出現に伴い、外周A班、Z班が壊滅。これによる被害は()名。間もなくして天炎晴也、神来戸獅子王の活躍により撃破。遺体は損傷が激しく、体の一部すら残っていなかった。更に同時刻、特命班が【人形使い】と接触。暴走した上級妖魔【人形使い】による行動の末、本作戦指揮官、火加々美甘奈が現場に急行。直後、【人形使い】の様子が急変。山中廃村より北東を目指して移動を開始。移動を開始した【人形使い】に対して、火加々美甘奈が加わった特命班の活躍により【人形使い】の足止めに成功。炎導ササラの援助によって駆け付けた北の俱利伽羅が加わった支援砲撃にて【人形使い】は甚大な被害を与える。その後に、火加々美甘奈、神藤霧矢、天炎晴也、神来戸獅子王、御厨七星、小暮日永恋、赤坂千夏の特命班によって【人形使い】の心臓を破壊。早急な解決へと導くに至った。


 結果、総勢三百九十一(391)名の倶利伽羅と、二十八(28)名の連盟員にて上記作戦は完遂。

 被害総数。死者、八十一(81)名。重軽傷者、百二(102)名。また、人形と挿げ替えられていた者達に関しては、百四十三(143)名全員の無事を当日中に確認。【人形使い】との戦闘において奇跡的に死者が一人も出なかったのは、火加々美甘奈、神藤霧矢の尽力によるものと考えられる。その功績を認め、神藤霧矢には彼の行使する『我流』を紅蓮一刀流として認め、霊技をより深める機会を与え、火加々美甘奈には、世代筆頭の座に加えて上級倶利伽羅の肩書きを授ける事となった。


 以上。







次回から最終決戦です。

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