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116話

 



「――ハハッ、本当にやりやがったぜ、あの女共!!」



 紅蓮一刀流の奥伝。破魔弓術の上級。

 倶利伽羅の粋をかき集めたかのような絶技が、自分達の何倍も、何十倍も、何百倍も大きい人形使いの侵攻を阻み、絶技がもたらす絶大な破壊力でもって遂にはその進行を止めるに至った。


 その光景を、絶技の衝撃に曝されながらも人形使いの体にしがみついて堪えながら目撃したのは、本作戦の実行部隊にして作戦の要を担う、神藤霧矢。四つもの絶技が揃って振るわれる光景は、霊力に取り憑かれた倶利伽羅にとっては目撃する事さえ歓喜に沸くと言うもので、霧矢もまた例に漏れず、高揚する気持ちを抑えられないかのように笑って見せるその姿は、今までの確執さえも忘れてしまったかのように昂ぶっていた。



 ――神藤霧矢。


 彼は、倶利伽羅が一枚岩ではないと言われる所以。歴史や伝統、そして何よりも血縁が重きを持つ倶利伽羅の世界に芽生えた新たな可能性。名家と呼ばれる彼らに才覚で劣っていたとしても、努力で実力を引き寄せた、叩き上げの存在。そんな彼であったり、似たような境遇の中で上級相当の地位を確立させた倶利伽羅を担ぎ上げ、倶利伽羅の世界の政治をひっくり返そうとするのが、俱利伽羅の中に生まれたもう一つの派閥。

 かつては、あの『最強』と呼ばれし男、皇龍火も担がれていたその新興派閥の神輿の上に胡坐をかいていた霧矢は、これまでの現場で霧矢が味わわされた、名家と呼ばれるふんぞり返った俱利伽羅が作り出す空気にどこまでも嫌気が差していた。故に神輿に担がれる事を是としていたし、実力で劣っていながらも自分ではなく家柄が放つ七光りを暈に叩き上げの自分を見下す名家の倶利伽羅を、霧矢は知らずの内に見下すようになっていた。


 そして今回、人形使いと言う過去に類を見ない上級妖魔の討伐作戦に参加する事が決まった霧矢は、自分が神輿となって新興派閥が目の敵にしている四家や名家と呼ばれる人たちと、初めて相対する事になった。

 そこで待っていたのは、霧矢の半分程しか生きていないような、生まれの良さが際立つ女子供ばかり。ただ一人だけ年が程近い女性が居たものの、同じ上級相当の実力者と聞いてこんな子供と肩を並べさせられるなど、霧矢は新興派閥であると言う事を無視しても自分がどこまでも軽んじられているとしか思えなかった。故に、彼女たちを見下し、卑下し、嘲笑した。その姿が、自分が今まで憎み、こうはなるまいと胸に誓っていたはずの名家の倶利伽羅達と同じ立ち振る舞いだと言う事にも気付かずに。


 結果、霧矢は不甲斐なさを露見させるばかりで、自分が見下した彼女たちに助けられると言う情けない姿を披露してしまう始末。だと言うのに、長い事神輿の上で胡坐をかいてきた霧矢の胸の奥にある、大事に大事に育てられてきて肥大化した自尊心が邪魔をして礼の一つすら素直に口にすることが出来なかった。


 だと言うのに、霧矢が一度は見下し、嘲笑すらした彼女たちは素直では無い霧矢の事を、霧矢の実力を素直に「自分達よりも上だから」と認めてくれていた。

 それは彼女たちが霧矢の才覚に頼らぬ努力によって今の実力を手にしている事を何よりも理解しているからであり、今でこそ自尊心を肥大化させた霧矢であるが、彼女たちと同じ年の頃だった自分を思い出しても、今とは違う意味で尖っていた。彼女たちのように、若くして他者を慮れる姿勢は、名家だからか――と考えてしまうのは、霧矢もまた担がれた神輿の思想に偏っている所為だろう。

 ここまで導いてくれた彼女たちの功績は紛れもなく大きく、霧矢からすれば短い彼女たちの人生の中で、されども彼女たちにとって人生の全てである今までの経験が、彼女たちを成長させているのだと思えば、今まで相手の本当の姿を見ようともせずに見下していた自分が酷く恥ずかしく思えてくる。

 それでも、彼女たちを手放しで素直に褒めてやれないのは、大きくなり過ぎた自尊心が邪魔をするからで、嫌な大人になったと感じずにはいられない。


 ――だからこそ、彼女たちの目が、耳が無い環境では、取り払いたい自尊心も刺激されず、心のままに彼女たちの功績を手放しで褒め称えられる事が、何よりも心地が良かった。




「火加々美甘奈……。その名に違わぬ実力だな――」




 四つの絶技。

 そのどれもが超絶技巧にして倶利伽羅として頂点に君臨する技たち。

 その中でも、火加々美甘奈が放った『秘伝』の絶技は、霧矢では習得する事が叶わない、限られた者のみに門扉が開かれた秘匿の技術。その一端を垣間見れただけでも価値あるものであった。


 彼女たちを認める前の霧矢であれば、そう言った秘匿されし技術が存在している事自体気に食わなかっただろうが、今の霧矢は、その技術が秘匿される理由も、その美しさも、額面通り受け取る事が出来ていた。自分が通って来た道だからこそ尚の事、そこに至るまでの彼女の血の滲むような努力の道程も、理解できるからこそ、木の根が絡み合って作り上げられた人形使いの体にしがみつく手とは反対の掌を見下ろして、興奮から震える拳を堅く握り締め、心からの礼と賞賛を口にする。



「――合図だ!」

「人形使いも、黙ってはいない……っ。来るぞッ!!!」



 目の前で起こった倶利伽羅の真髄とも言うべき光景に舌を巻いた霧矢に対して、霧矢の道を切り拓くべく作戦実行部隊に共する黄金世代の天炎晴也と神来戸獅子王の二人は、甘奈達がやってのけた光景に感嘆を吐くまでもなく、彼女たちが生んだ隙を逃すまいとばかりに歩み出す。その背は、まるで甘奈達ならば必ず成し遂げるはずだ、と言う底無しの信頼を物語っており、自分達には無い、彼ら黄金世代の絆と言う霧矢には縁の無い、目には見えない信頼の形がどこまでも羨ましく思えてしまう。



「ハッ…………。――よっしゃあ、行くぞお前ら!! 目指すは野郎の心臓部、守りの堅ぇ、妖魔の核!! 置いてかれたくなけりゃあ、死ぬ気で駆けのぼりやがれよ、小僧共ォッ!!!」



 そんな風に思う事すら、溢れんばかりの若さを輝かす黄金世代に感化されたのか、と、とうの昔に失ったはずの、けれども確かに在った過去の熱が再びその胸に宿るかのような感覚に、霧矢は心の底から愉しそうな笑みを零し、前を走る晴也と獅子王を軽々と抜き去っていく。


 まるでその身が炎を宿しているかのような苛烈さは、実際に彼の歩んだ道には、焼け焦げたような足跡がくっきりと残されていて、ようやく警戒レベルを上げた人形使いが決死の抵抗とばかりに道を阻み出した木の根すらも彼が通るだけで燃え尽きていく。


 巨大な木の根が幾つも絡みついて構成された人形使いの体躯の隙間から生成された木の根が三人を襲う中を、三人は多少の傷は気にも留めずに、妖魔の心臓部を目指して一心不乱に駆け上がる。



「――甘奈ッ!!!!」


「「ッ!?!」」



 そんな中で、人形使いが倒れ行く轟音に紛れて中空より聞こえた悲鳴の如き声に、今度は黄金世代の二人が足を止めて声のする方へ視線を向ける、のだが、霧矢はそれを振り返る事無く前進を続け、二人の足を突き動かす怒声を張り上げる。



「――走れッッッ!!!!! 今ここで足を止めて何になる!? 今ここで剣を振る腕を止めて何になる!? 俺達に課せられたのは倶利伽羅の救出か!? 違うだろ!! 俺達の任務は――俺達のすべき事は、人形使いの息の根を止める事だ! 違うか!?」



「「……ッ!!」」



「分かったのなら、足を動かせ! 手を動かせ! 頭を働かせろ!! それだけが、今の俺達に出来る事だ!! ――走れぇぇぇぇぇええええッ!!!!!!!」



 誰よりも後ろ髪を引かれるのは、天炎晴也であった。

 たった今危険に曝されているであろう火加々美甘奈の幼馴染であり、甘奈の隣に必ず居る、と約束を結んだはずの晴也が、誰よりも苦しい選択を迫られていた。

 それ以降の声は轟音に搔き消されてしまい、甘奈の行方は掌握できていない。行き場の無い不安が瞬く間に胸中に渦巻くのだが、晴也はそれでも前に進まなければならない。彼女の奮闘に応えるために。彼女の名声に傷を付けないために。


 故に、晴也は後ろに向けた視線を切って、立ち上がる。

 自分が後悔しないために。大切な人を後悔をさせないために――。


 その一心で晴也は霧矢の前に躍り出たのち、肩に担いだ刀を縦横無尽に振るう。



「――紅蓮一刀流、中伝・千羽々斬(せんのはばきり)ッ!!」



 憂いを断ち切るかのように、忘れるかのように刀を振る晴也の横顔は悲痛でありながらも、その姿は一人前の倶利伽羅に違いなく、無数に折り重なった破壊力を高めた樹根が襲い来ようとも、晴也の洗練された霊技の前ではそのどれもが細切れとなって落とされていく。中には人形使いが生み出した人形も混じっているのだが、晴也は人形にされた倶利伽羅の亡骸であろうとも刃を振るうその手を止める事は無く、全てが平等に切り刻まれて晴也の足元に落ちるのだった。


 しかし、人形使いの抵抗は上に登れば登る程苛烈さを増していき、霧矢が特定した人形使いの心臓部まであと少し、と言うところで三人の足は止まらざるを得ないのであった。



「クソ……! 後少し、なのに――!!」



 道を切り拓く役目を担っていながら、己の力不足と言う現実を受け入れざるを得ない状況を前に、刀を振るう晴也の悪態が吐き出された――その時だった。


 天より降り注ぐ光の束。それに最初に気付いたのは、獅子王だった。



「落ちて、くる――!」

「衝撃で、振り落とされんじゃねぇぞ小僧共」



 その光の正体、つまりは霊力の塊の正体を知る霧矢が姿勢を低くして血界符を展開させると、晴也と獅子王もそれに倣うようにして身を屈める。その間、無数の樹根と狂乱化した人形による集中攻撃に曝され、血界符を越えて三人に届く攻撃が出て来るも、次に襲い来る衝撃を真正面からうけるよりかはマシか、と判断した霧矢が出て行こうとする黄金世代二人の頭を抑えつける。


 三人が身を屈めてから秒を数えるよりも短い時間の感覚を経て、光の束が――外周班による支援砲撃が、三人の目の前に落ちるのであった。


 ――支援砲撃。


 それは倶利伽羅による大規模殲滅戦において多用された記録を持つ。数人がかりで行う一つの霊技。数人の霊力をかき集めれば、奥伝に匹敵するだけの威力を引き出す事は用意で、絶大なる破壊力をもたらす術が構築できる。

 しかし、その規模が規模故に使用された記録は二十年以上前であり、当時見習い倶利伽羅として支援部隊に動員されていた霧矢が辛うじて知っている程度。その威力を、規模を、黄金世代が知らないのも無理は無かった。


 故に、その支援砲撃の数が十や二十を超える勢いで降り注いでくる光景は圧巻であると同時に、標的の上に立っている三人にとっては、()()()()()と分かっていたとしても、体が竦むような恐怖を抱いてしまえる程の衝撃であった。



「無茶、しやがるなァ、火加々美甘奈ってやつは――!!」



 支援砲撃だけでは人形使いは倒せない。

 しかし、支援砲撃の直後に攻めなければ、人形使いに立て直す機会を与えてしまう。そうなれば、人形使いを殺す機会は二度と得られなくなる。であるならば、支援砲撃の中を耐え忍び、歩み進め、支援砲撃が終わった直後の機会を逃さずに心臓を刺し貫く。


 それが、作戦立案時の火加々美甘奈の言い分であり、同時に作戦実行部隊に彼女自身が名乗りを上げていた事の記録。当初、彼女は一人でそれを成し得ようと考えていた。それが指揮官としての責任だから、との一点張りで、甘奈の中では彼女自身と霧矢の立ち位置は正反対であった。

 明らかに甘奈が無理をしている事を見抜いた霧矢と千夏と言う大人に窘められて、結果的にこのような配置に決まったのだが、実際に支援砲撃に身を曝される事になった今、この状況下でも「前に進む」と言ってのけた彼女の胆力に霧矢は畏怖すら抱いてしまう。支援砲撃の現実を知らなかった晴也や獅子王と同じ黄金世代とは言え、指揮官たるもの、その凄まじさを知らないはずが無い。それでも尚も一人で立ち向かおうとした彼女の目は、間違いなく進むであろうと確信させられる何かが、宿っていた。そんな覚悟を抱くにまで至った彼女の双肩には、どれだけの重荷が積まれているのか、分からない。ただ神輿に担がれてきただけの霧矢には、決して想像する事すら、出来ない。僅か齢十五の少女に対して、倍近い経験を積んでいて実力も上であるはずの霧矢は、今日だけで何回彼女を含む黄金世代や名家への印象を覆された事か。



「……お前ら、この感覚を、忘れるな。そして、この興奮を、忘れるんじゃねぇぞ」

「はい……!」

「もちろんです……!」



 霧矢が、同じ倶利伽羅として一人の少女に畏敬を抱くと同時に、晴也と獅子王の二人もまた、霧矢の言わんとすることを理解し、目の前で霊力の塊が爆ぜる光景を網膜に焼き付ける。



「――大技の準備はいいか? 次は心臓まで、止まらねぇぞ」



 霧矢の興奮が伝わって来るかのように彼の体から溢れる霊力の昂ぶりを感じさせる中、晴也と獅子王の二人もまた、全力で霊力を練り上げる。

 火加々美甘奈だけに気を取られていたが、この二人もなかなかどうして霧矢の興味をそそる程の霊力を励起させる。


 そうして準備が整った三人の前に、支援砲撃最後の一発が落ちる――。






「――突撃ぃぃぃぃぃぃぃいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!!!!!!!!」






 支援砲撃の霊力が爆散し衝撃を生む中、霧矢は血界符を解除して、廃村のある山中全体に轟くような鬨の声を張り上げると、地面を蹴る。長い時間、と言うには短すぎる、けれども霧矢にとってみれば準備するには十分すぎる時間を得た霧矢の体は踏み出してから二歩目と言う短い間で、瞬く間にトップスピードへと到達する。

 そして、それに張り合うかのように晴也、獅子王の二人が後ろに続き、その誰もが爛々と目を輝かせていた。



 ――さぁ、心臓はもう、目の前だ。



 支援砲撃によって人形使いの体中に開いた穴の奥。

 そこに見えた人形使いの核の部分が露出した姿を前に、三人の胸中は打ち合わせたかのように同じ考えが揃う。



「死に晒せ、人形使い……ッ!! 紅蓮一刀流――」



 既に再生を始める人形使いの樹根の中で、人形使いは心臓部を真っ先に再生させようと試みている。

 しかし、支援砲撃が最後の一撃を食らわせるのとほぼ同時に動き出した三人のであれば、このままのスピードであれば、練りに練った霊力の極みの一刀が心臓に届く方が、速い。



 そう確信した、その時。






「――ッ、先生……!!」






 人形使い最後の守りが、彼らの道を阻むのであった――。











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