115話
「紅蓮一刀流、初伝・赤牙波羅――」
「破魔弓術中級・火炎蜂!!」
「詠唱省略――撃符・瞬光雷火!!!」
「紅蓮一刀流中伝、併せ技・不知火!」
倶利伽羅達に脇目も振らずに移動を開始した人形使いは、何万本とも取れる巨大な木の根をうねらせ、道を塞ぐもの全てを薙ぎ倒し、飲み込み、前進していく。そのスピードは緩やかではありながらも、確実に前進していく。
誰かが危惧したように、妖魔として完全顕現した人形使いがこのまま人の住まう土地に辿り着いてしまえば、どれだけの規模の被害が出るか想像出来ない。故に、特命班は何が何でもこの山中の廃村にて人形使いを仕留めねばならなかった。
しかし、既に人形使いは倶利伽羅の存在など危険視していない程に強大な力を手にしてしまっている為、特命班だけでは人形使いを仕留める事は厳しい。故に、始めの作戦通りに後方支援部隊として配置された外周班からの支援砲撃を頼りにしていたのだが、人形使いが動き始めた事で事態は急変。
支援砲撃をぶつける為に巨大樹と化した人形使いの侵攻をを止めなければならず、そこで特命班は人形使いの息の根を止める作戦実行部隊と足止め部隊の二つに分かれて動き出した。
足止めに動いたのは、火加々美甘奈、小暮日永恋、御厨七星、赤坂千夏の女子四名。
圧倒的な機動力と判断能力、それから最大火力の一撃を期待できる神藤霧矢を中心に作戦実行部隊を汲んだ結果、広範囲殲滅に長けた女子組が足止め部隊として最適であり、更なる厚い雲、曇天を引き寄せるかのような暗い笑い声を上げて前進する人形使いの前へと躍り出たのであった。
しかし、
「――全然止まる気配、無いけどッ!?」
「速度は落ちています。繰り返せば、いずれは……!」
人形使いは甘奈達を視界に収める事すらないまま進行を続ける。
足止め部隊とは名ばかりで、一斉攻撃を浴びせてみても人形使いの歩を止める事はできない。
それでも、斬り落とし、破壊し、焼き尽くした木の根の数々は確実に人形使いの進行を僅かとは言え阻む事に繋がっており、このまま続ければあるいは、と可能性すら感じる成果を見せる。だがそれも、所詮は甘奈の希望的観測に過ぎなかった。
「……再生、してる?」
「いえ、あれはきっと、別の木の根ね。これだけ数があるんだもの。十本や二十本かけたところで、幾らでも代わりがある、って訳ね……。足止めするなら、全てを殲滅するつもりで挑まないと、だけど……」
「うん、きっと、それしかない……」
自分の所為で人が死ぬと言う責任を恐れるが余り、指揮官として非効率的な選択をしかけた甘奈に対して、残る三人は目線で訴える。
訝しむ訳でも無く、否定する訳でも無い。甘奈を信じているからこその、とびきりの信頼を乗せた視線を受けた甘奈は思案に耽る。
破魔弓術の上級、紅蓮一刀流の奥伝。それらをぶつけて、頑丈さも再生も関係ないくらい、足止めする。
彼女たちが言いたいのは、つまりはそう言う事だろう。
上級や奥伝と言った範囲殲滅するにはそれ相応の霊力の消耗が欠かせず、既に消耗を経ている甘奈、永恋、七星の三人は、次に大技を打てばまとも動けなくなる事が必至。千夏に関しては、奥伝を放つのがやっとと言った状況。だが、それを成せば間違いなく人形使いの動きを止める事が出来る事は今の攻撃で予測は出来た。再生されるかもしれないが、その間人形使いは足を止めなければならなくなるのだから。
自分達に課せられた任務を達成するにはその方法しかないのだが、それだけ派手に技を放てば、流石に人形使いの視線がこちらに向く可能性が非常に高いと言う危険性をも孕んでおり、全員が消耗し切った状態で警戒に動いた人形使いとまともに相手するのは、非常に危険。
足止め部隊の任務を果たすと言うメリットと、四人の命が危険に晒されると言うデメリットが釣り合っているとは甘奈としては考えにくい、かなり分の悪い賭けに近かった。
だが、今のこの状況は既に賭けに乗っているようなものである以上、甘奈の判断は早かった。
「――これ以上、人形使いを進める訳には行きません。ですが……その為には、皆さんを危険に晒すかもしれません。私に、命を預けて下さいますか……?」
全員の霊力を振り絞って、範囲殲滅で木の根を燃やし尽くすしかない。
そう判断したは良いものの、この作戦の指揮官として、責任者として非情に成り切れないのが甘奈であった。
その若さが、指揮官には相応しくないと誰にも認められていないのだと分かっていながらも、人として欠かせないものであると考えずにはいられない甘奈は、如何に大人ぶってみようとも自分が子供である事を否が応でも自覚させられる。
だが、そんな甘奈が好きだと言ってくれる人が彼女の周りには居てくれて。
「何言ってんのよ、甘奈。甘奈だけが気負う必要、無いわよ。あたし達は一蓮托生でしょ? 何が何でも、生き残ってやるわ」
「そうだよ、甘奈ちゃん。やるからには、全力で。……全力で、生きて帰るんでしょ?」
「火加々美さん、私こう見えても賭け事にはめっぽう強いんです。最初から、生き残る方に――火加々美さんに、全部賭けてますから」
三人が甘奈の肩を叩いて飛び出していく。
ただそれだけで答え合わせには十分で、思わず伏せてしまった甘奈の顔は弛みきっていた。
「後悔、させないようにしなければなりませんね……!」
責任重大です、と言って笑って飛び出していく甘奈が刀に宿すのは、これまでで最高潮の霊力の波。
そうして紡がれるは、四つの霊力の波濤。
「破魔弓術上級、併せ技・朱雀転臨――」
一つは、千夏が放つ最上の一矢。
炎が作り出すは、曇天を裂く火の鳥。広げた翼は空気中の塵すらも燃やし尽くす熱風を放ち、烈火を身に宿した一矢が人形使いへと急襲する。
「破魔弓術上級、併せ技・七星天華――」
一つは、七星が放つ箒星が生み出す流星群。
七星の霊力によって生み出されるは、星々が瞬き繰り返す銀河。そう思える程に彼女の背に浮かんだ無数の火の矢は遠く見え、それら全てが人形使いへ襲い掛かる。
「紅蓮一刀流、奥伝・赤刃――」
一つは、永恋が生み出す赤の刃。
倶利伽羅における一つの最終到達地点と呼ばれるそれを、永恋は既に習得していた。全ては永新の為に振るわれるはずだった霊技が、自分の為、ひいては大切な親友の為に振るわれる。
炎を超え、熱線と化した刃は、永恋の視界の何処に居ようとも逃れる事の出来ない不可避の刃と化し、人形使いの足を切り刻んでいく。
「紅蓮一刀流、秘伝。熾鬼一閃・火鏡――」
一つは、甘奈の霊力が作り出した無数の陽炎が織りなす鏡の実体化。
それは実態が無いが故に、仲間の攻撃を受けても決して消えず、木の根に飲み込まれてもきえることのない特別な鏡。それらが人形使いの体の至る箇所に、甘奈の霊力が届く限り無数に、可能な限り数多く出現する。
そしてそれは甘奈の前にも生み出され、その鏡を前にした甘奈は、徐に刀を振るった、刹那。配置された鏡の数だけ剣閃が奔り、凄まじい轟音と共に数万本もの木の根を灼熱の刃が切り裂くのであった。
「――ッ!?!?!」
四つの絶技。
そう表現するのに相応しい大技が全て、人形使いの体に突き刺さる。
千夏の一撃で表層を破壊し、七星の流星群が再生を遅らせる。そこに見舞われるのは、永恋の強力無比な奥伝の一閃であり、剥かれた木の根の下に甘奈の鏡よりの一撃が全身に味わわされる。
速度を緩めるにしか届かなかったはずの足止め部隊による遊撃は、遂には人形使いが意識を向けねばならない程に重大に、かつ無視できない損傷へと発展し、再生に次ぐ再生によってでたらめな形へと変化した人形使いの体は遂にバランスが崩れる。
「い、ま……ッ!!!」
「――邪魔をヲヲヲヲヲ……、するなァァァァァァァ!!!!!!!!!!!」
「っ、千夏、さん……!!」
人形使いの動きが止まったのを確認した甘奈が、残り少ない霊力を振り絞って、支援砲撃の合図用の護符を空高く打ち上げる。
四人の中で最初に霊力を使い果たしたのは、千夏。
地上戦の頃より常に周囲に気を配り、数多の人形を排除した上に、奥伝の使用である。霊力の消耗に加え、怒り狂った人形使いによる攻撃を避けきれずに負傷し、頭を下にして中空より落ちていく。
咄嗟に永恋が動いてカバーに入るも、その先を狙ったかのように木の根が襲い掛かる。
意識を朦朧とさせた千夏を受け止めて尚もそれから逃れられる程、永恋にも余裕は残されていない。秘伝に加え、奥伝の行使は、流石の黄金世代にとっても厳しく、五体満足を諦める決断が求められるかと思われたその時、永恋の眼前に一枚の護符が滑り込んでくる。
「――詠唱省略、血界符・御星方陣!!!」
直後。ドドドッ、と言う音と共に永恋と千夏の身に迫った木の根が星の形をした結界に阻まれる。
しかしてその勢いの前に結界も長くは保たず、血界符が軋む音を立てて破れていくのを前に、呼吸を整えた永恋はその場から勢いよく飛び出し、窮地から逃れる。
「七星ちゃん、ありが――ッ!? 七星ちゃん!!!!」
「え……?」
永恋が七星に視線を向けた、その時だった。
護符を放った姿勢で止まる七星がこちらの無事を確認して顔に微笑を湛えていた光景のすぐ裏で、人形使いの攻撃、畢竟樹根が永恋達同様に差し迫っているのが捉えられ、永恋は悲鳴が如き声を上げる。
七星は既に永恋に向けて護符を放った姿勢であり、新たに護符を取り出して展開するには間に合わない。
しかして永恋もまた千夏を担いでいる以上、七星を救う為に急転換する為には千夏を捨てなければならず、そうなってしまっては今度は千夏を犠牲にしなければならなくなる。
残る頼みの綱である甘奈は、自分に差し迫る樹根の数々を捌くのに掛かり切りで、永恋の悲鳴を聞きつけて目線を逸らした事で、傷を負ってしまっている。そうなっては、さしもの甘奈ですら七星の救援に入る事は出来ず、どう足掻いても七星は、死ぬ。
「――――……っ」
そんな最悪な未来が過った、次の瞬間。
「……え?」
網膜が焼き付くような閃光と、鼓膜を震わせる轟音が人形使いへと降り注ぐ。
外周班による、支援砲撃だ。
甘奈の合図を受けてより、きっかり五秒。
その間が足止め部隊が最も危険に晒される瞬間であり、人形使いが繰り出す苛烈な攻撃に終わりが見えた刹那、七星や永恋に迫っていた樹根は全て、遠方からの複数人がかりで発動される霊技によって、まとめて消し飛ばされたのであった。
そしてそれは甘奈の方も同じであり、甘奈を飲み込んだ樹根が支援砲撃によって消し飛ばされると、中からは傷を負いながらも、支援砲撃が間に合ったと言う事実に胸を撫で下ろす甘奈の姿があった。
「甘奈ちゃん! 七星ちゃん!!」
「え、永恋ン゛~~~~~~!!!!!」
「ハァッ、ハァッ、ハァッ…………!!」
人形使いの悲鳴と、外周より断続的に降り注ぐ支援砲撃の轟音が鳴り響く中、斬り落とされ、動かなくなった死した触手のような根っこに降り立った四人は、お互いに健闘をたたえ合う。
中でも、直前で紛れも無い生と死の狭間を経験した七星は感極まって、永恋に抱き着き永恋の霊具を涙と鼻水でべちゃべちゃにする。
そこで、意識を取り戻した千夏が目を覚まして申し訳なさそうに言葉を吐く。
「ごめんなさい……。私、一番の年長者なのに、迷惑かけて……」
「そんなことありません!! 千夏さんが居たから、私達は此処まで来れたんです。誰か一人が欠けても、皆で生き残る事は出来なかったと思います! だから……!」
「……ありがとう、永恋ちゃん」
力不足だった、などと言われてしまえば、永恋と七星、甘奈でさえも思えてしまう。
誰一人として欠けていないのは事実だとしても、もっと安全に、もっと完璧に出来たのではないかと思わざるを得ないのだから。ましてや、最も責任の重い立場にいる甘奈にしてみれば、この成果は不満でしかないはずだ。自分の力不足で三人を命の危機に晒してしまったのだから。
それでも、自分を卑下する事は無い。
永恋が言ったように、力不足だったからこそ、皆で力を合わせた。誰か一人でも突出していても、欠けていても今のこの未来は成し得なかっただろうから。
だからこそ、卑下する事も、悔やむ事も必要ないのだと、誰もがそう認識するのであった。
「作戦実行部隊に、加勢に行きます……」
「甘奈!? その怪我じゃ、無理よ!!!」
「それでも……私は、この作戦の結末を、最後まで見届けなければ、ならないのです……。指揮官として、火加々美家の、盟主としての、血を引く者として……!!」
足止め部隊として、支援砲撃をぶつけるとこまで、完璧なまでに任務を遂行する事が出来た感慨に耽っていた四人であったが、突如として甘奈は全身を血に塗れさせながら立ち上がって歩き出す。
それを七星が、永恋が引き留めるのだが、甘奈は文字通り血の滲むような覚悟を示して跳ね除けようとするも、誰がどう見ても甘奈の怪我では、人形使いの最期の抵抗に加えて、断続的に続く支援砲撃を掻い潜って本体の中に飛び込むことなど、現実的に不可能に近かった。
それでも、彼女の行動を否定できない程に甘奈の覚悟は重く、そして強かった。
だからこそ、甘奈を引き留める二人は決して退いたりしない。
「……それなら、私達が行く。甘奈ちゃんは動けなくても、使える霊技があるでしょ。それで、千夏さんと、私達を守って。それなら、甘奈ちゃんも一緒に、戦える」
「そうね。甘奈はここで、あたし達が帰ってくるのをどっしり構えていればいいのよ。それとも、あたし達じゃ任せられないくらい、不安かしら?」
「……その言い方は、少し、狡いです」
「狡くなくちゃ、甘奈を止められないからね。あたし達ならまだ、霊力に余裕はある。だから、あたし達が甘奈の目になり、足になるわ」
「千夏さん。千夏さんは、私達の足取りを追ってもらえますか。甘奈ちゃんに、より正確な地形情報を伝える役目が必要なんです」
「……私に出来る事なら、何でもやるわ。任せて頂戴」
甘奈が怪我を押して、無理して出張らなくてもいい、と言ってのける永恋と七星。
千夏が笑って首肯した以上、甘奈が引き下がる訳にも行かず、甘奈は二人に託すことを決める。
「……どうか、無理をなさらないよう――」
「甘奈、それはあたし達の台詞。あたし達の残りの霊力じゃ、出来ても精々があいつらの支援でしょうし、無理する事なんてないわ。そうでしょ、永恋」
「うん、そうだね。だから、安心して待っててよ甘奈ちゃん。私、甘奈ちゃんとはもっと仲良くなりたいと思ってたから。帰ってきたら、皆でたくさんお話ししましょう? だから、信じて待っていて下さい」
「……えぇ、分かりました。私が、折れます。ですが、くれぐれもお気を付けて下さい。私も、お二人を全力で守りますから」
支援砲撃を背に、にこやかに笑って見せた二人に対して、甘奈はそう言って意気込む。それじゃあ本末転倒だ、とばかりに微笑ましさが溢れ返った空間に様変わる。
そんな空間に背を向け、永恋と七星は、再びの戦場へと舞い戻って行く。
身を翻した二人の顔付きは真剣そのものであり、作戦実行部隊と合流すべく、大地を駆けて行くのであった――。




