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114話

 



 ――奥伝・裏。


 奥伝にまで上り詰めた倶利伽羅が次に目指すは、絶天。

 倶利伽羅の本懐たる、妖魔の全てを燃やし尽くすと言われる『黒い炎』を生み出す為に鍛錬に鍛錬を重ねるのだが、その「絶天」に手を伸ばす過程で生まれたのが、奥伝・裏。

 絶天に届かぬけれども奥伝とも異なる裏の書。それらは伝承に語られる龍の力を宿し、そのどれもが絶大なる威力を誇ると言われており、生半可な実力で使おうものなら龍の逆鱗に触れ、愚かなその身を焼き焦がされると伝えられていた。


 その奥伝を超える裏の書を、奥伝の全てを手にしていない甘奈が使える理由と言うのが、その龍の逆鱗にあった。この裏の書は、位置づけとしては()()・裏と呼ばれてはいるものの、奥伝を使えなかったとしても奥伝を超える威力を放つ事が出来るのであった。

 文字通りの裏の書であるこの技は、実力が足りずとも、霊力が不足していようとも、命と引き換えに行使する事が出来ると言う非常に危険な技。例えば、破魔弓術の初級を三度放つだけで霊力切れを起こしていた幼少期の燼月永新であったとしても、存在を知っていれば裏の書は使える。ただし、資格の無い者が龍の力を引き出そうとしたが最後、逆鱗に触れ、命を糧に燃やさざるを得ず、資格無き者は自ら生み出した炎によって骨の髄まで燃やし尽くされるのであった。


 その為、裏の書の存在を知るのは資格を有したと認められる奥伝を習得した者に限られているため、奥伝・裏が行使される事自体、珍しかった。

 そもそも、使用者の命すらも燃やし尽くして放つ霊技である。その威力は絶大かつ、超大規模なため、人の生活圏が広がった現代において使い所など滅多に無いのが現実であった。



「すっごい……!! 流石、甘奈ね……」

「これが、黄金世代の中でも筆頭の名を冠した実力、ですか……」



 しかし、現実のものとして、護符によって足場を作り出した七星と千夏の眼下では、たった一振りで世界が変わって行く様を見せつけられていた。

 自爆特攻のように人形諸共貫かんとした人形使いが皇龍火やその他大勢の倶利伽羅の人形を使って二人の足止めに動いたものの、突如として霊力を靡かせて彗星のように現れた甘奈に人形たちは吸い寄せられるようにターゲットを変更した。

 結果、二人は甘奈の声で跳躍する機会を得て逃げ延びる事に成功したのだが、甘奈の作り出した目の前の光景に開いた口が塞がらないとは正にこの事、とばかりに固唾を飲む。


 二人の眼下に広がる光景。それは、御伽噺として伝え聞く、清めの火が渦巻く煉獄のようであると同時に、それ以上に恐ろしい炎の龍が蜷局を巻いて大地を焦がす。天国には程遠い、情けの煉獄ですら生温いとばかりに、人形たちに永遠の責め苦を与えるような地獄と化した光景を作り出していた。



「フッ――!!!」



 炎が描く水面の上に降り立つかのように柔らかく着地した甘奈は、大地を焼き焦がして終わりでは無かった。


 指揮棒のように繊細に、薙刀のように豪快に振るわれた甘奈の刀に従うように、木の根が生み出した檻の中を泳ぐように蹂躙していた炎の龍は甘奈が指し示す天へと昇って行く。




「――キヒ……っ! こんなの……ッ、馬鹿げてる、だろッ!!!!!!????!?!?!?!」




 炎の龍が向かう先は、妖魔として完全体と成った人形使い。

 木の根が作り出す巨大な両腕と、炎の龍がぶつかり合うと、激しい衝撃波が戦場に吹き荒れる。


 拮抗する炎の龍と、堅牢な人形使いの体。

 流石は上級妖魔と言うべきか、人形使いは腕を形作る木の根が燃え尽きた傍から新たな木を生成させ、炎の龍と拮抗して見せる。対する甘奈の方は、炎の龍を維持するだけでも相当な霊力を消耗する以上、優位は人形使いに傾いていた。



「く、うぅ……ッ!!」


「キヒヒ――ッ! 大技ってのは、集中するよなぁ……。周囲の警戒が、疎かになるよなぁ……? この技、借りるぜェッ!!!」



 その優位を誇るかのように人形使いから不意な笑みが零れたかと思うと、突如として炎の龍が行き先を変え、人形使いの足元で動いていた永恋や晴也達が居る場所へ炎の龍が動き出す。


 ()()()()()()



「甘奈ッ!!!?」

「火加々美さん……ッ!?」



 人形使いが炎の龍を制御した訳でも無ければ、人形使いが受け流した訳でも無い。そもそも、甘奈の霊力によって生み出されている以上、炎の龍が向かう先は甘奈の思うがままであり、霊力の制御権を奪わない限りそんな真似はできない。そして、炎の龍が実際に甘奈の手から離れた訳では無いのが事実である以上「手元が狂った」と言う以外に目の前で起こった現象を説明するに相応しい表現など無く、炎の龍が向かう先に居るはずの永恋達からすれば、信じられない出来事だと言える。


 しかし、実際に目の前で起こっている事が全てである。

 まるで白昼夢でも見させられていたかのように抜け落ちた記憶。もしかすればそんな記憶、そんな時間など有り得たはずが無いのかもしれないのだが、目の前の現実は、甘奈が「刀を倒している」と言うものであり、言うまでも無く、手元が狂った状態であった。



「え……ッ!?」



 背後からかかった自分の名前を呼ぶ声に、甘奈は目の前の現実がようやく受け止められる。むしろ、今まで認識していた事が認識とは異なっていた、と言うのが正しいか、甘奈の意識は自分の手元が狂っていた事をそこでようやく認識する事が出来た。


 甘奈程の実力者が技の最中に気を抜いて手元が狂うなどまず有り得ないのだが、人形使いへと向けていたはずの刀が、気が付けば倒れている。そんな不可解な現象を前に、甘奈の脳は一瞬現実を受け入れる事を拒絶する。しかし、実際問題、甘奈の霊力が生み出した炎の龍は永恋達へと襲い掛かっている。


 甘奈の中で生まれた認識の違いと、現実が示す真実。相反する二つを同時に認識した甘奈の脳は一瞬フリーズするも、即座に最適解を導き出す。



「くっ……、消え、て――ッ!!!」



 炎の龍が永恋達に届く前に、消す。

 一度大きく逸れた炎の龍を再び人形使いに向かわせるためには、大きく動かす必要がある。如何に炎の龍の操作が甘奈の思うがままとは言え、奥伝・裏を顕現させ、維持するだけでも相当な消耗であり、それをもう一度大きく動かすような真似は余りにも現実的ではない。これ以上の霊力の消耗は、継戦能力にも関わってくる以上、炎の龍を消すのが最善策。七星と千夏を逃げ場のない状況から救い出した、と言うだけで奥伝・裏の役割は果たされている以上、身内に被害を出してまでもこの霊技に拘る必要は無い。


 甘奈が刀に込めた霊力を霧散させると、炎の龍は体を構成していた炎を火花に変えて、姿を消していく。

 曇天に広がる花火のように儚い最後を見せた炎の龍を前に、人形使いの胸を張った高らかな笑い声が上がる。



「キヒャハハハハハ!!!! 今のは肝が冷えたぜぇ?? だが、俺はまた生き延びた……! また、殺されなかった……!! ……なぁ、言ったよな、誠一郎ぉ……。俺はすぐに死ぬってよォ。なのに、どういう事だ? お前も、他の奴らも、みんな俺より先に死んでいくじゃねぇか……ッ!!! それって、つまりよォ……。俺が一番強いって事だよなぁ!? 一番強い奴が妖魔の王になるべきなんだったら……俺がなってもいい、って事だよなぁ……!? 幸いにも、減った分の人形はこいつらで補充できる……。なら、俺が王の座を奪っても、良いって事だよなぁ!!!??!?」



 グラグラ、と体を構成する木の根を震わせて笑う人形使いは、誰に聞かせるでもなく、鼠色の雲が蓋をする空に向かって歓喜を爆発させる。



「何を、言ってるの……?」

「誠一郎……。確か、燼月が言っていた、妖魔の名前――」

「どんな、繋がりが……?」



 霊力を霧散させてすぐに体を翻した甘奈は、七星と千夏を連れて木の根の囲いから脱出し、安全な木の根の足場に着地した直後、駆け寄ってくる影が一つ。



「――七星ちゃん! 千夏さん!! 無事で、良かった……! 甘奈ちゃん、ありがとうッ!」

「い、いえ……私は――」



 その正体は永恋であり、七星と千夏を孤立させた事を何よりも悔やんでいた彼女は、直前まで甘奈のミスによって危険に晒されていたにも拘らず、感謝の想いを伝える余り甘奈に抱き着いてくる。

 最近では永新と離れてしまった事ですっかり鳴りを潜めていたものの、永恋は元より人との距離感が近い少女であり、普段から誰かと密接に関わる事の無い甘奈にとって永恋の激しいスキンシップは、こんな状況であっても胸を高鳴らせる。理屈に無いそんな感覚が苦手で、学生時代から意図して距離を取っていたものの、永恋はそんな事お構いなしに構ってくるのだが、それが再び目を覚ました様子を見せる。


 遅れてやって来たのは、晴也、獅子王、霧矢の男たち。

 永恋に引っ付かれた甘奈を見て表情を弛める晴也と、人形として死んだはずの獅子王の再登場に七星が驚く様は、まるで学生時代に戻ったかのよう。


 しかし、ここは読んで字のごとく、まだ敵のお膝元。

 それを意識させるかのように、神藤霧矢が火加々美甘奈に食って掛かる。



「……ふざけんなよ。てめぇ、俺達を危険に晒しておきながら、謝罪も無しか? 名家、ってのは良いご身分なんだな? え゛ぇ?」


「霧矢、落ち着けよ。あれは、人形使いが――」


「馴れ馴れしく触んな。馴れ馴れしく名前を呼ぶな。俺はお前も気に食わねぇんだよ。そもそも、人形使いの野郎が逸らした素振りなんざ、無かっただろうが。あれは、確実にこいつの不手際だ。上手く消えたから良かったものの、もしも消えて無かったら、こいつが強行突破しようとしていたらどうなっていたか……。お前も、お前達も、それが分からねぇようなガキでもねぇだろ。身内だとしても、笑って済ませられるようなミスじゃねぇんだよ。俺達は、命を懸けてここに居るんだ。最後まで気ぃ抜くんじゃねぇ。仲良しごっこしたいなら、他所でやれ。巻き込まれて困るのは、俺達なんだよ」



 霧矢が一歩前に出て来た事で、特命班のリーダーにして保護者然とする千夏が子供達を庇おうとしたものの、霧矢の言い分を否定する事が出来なかった。

 あの時、千夏と七星の二人は、炎の龍を操る甘奈が手元を狂わせた瞬間を目撃しているため、庇う事が出来なかった。助けてもらった恩を返すべく庇ったとしても、言えるのは「もう少し言い方が」くらいのもので、霧矢の言い分は至極真っ当な内容であった。


 そんな千夏に対しても、霧矢の矛先は向いていく。



「――お前もだ。女子供扱いされたくない、とこいつは言った。ならば、お前もこいつらを庇うような真似は止めろ。大人としての振る舞いは正しいだろうが、こいつらは仲間なんだ。一人で立ち向かわせろ。お前が、一番子ども扱いしているんじゃないか? それに、子供だろうが仲間だろうが、間違っている事は間違っていると伝えるべきだ。優しいだけじゃ、こいつらの為にはならねぇはずだろ」


「そう……ですね」



 ぐぅの音も出ない程に正論をぶつけてくる霧矢に対して、傍から聞いていた七星は「感情的な言葉以外も喋れるんだ」と感心しつつも、第一印象が邪魔をして素直に感心できないでいた。

 しかし、真正面から意見をぶつけられた甘奈は、それに歯向かうのではなく、素直に一歩前に歩み寄り、火加々美家としては間違った、けれども人として正しい行動を示すのであった。



「……ごめんなさい。あの一瞬は、間違いなく私のミスでした。人形使いの仕業だとしても、警戒を疎かにし、付け込まれた私の責任です。神藤霧矢様を危険に晒してしまい、申し訳ございませんでした」



 盟主の娘が頭を下げた。

 この事実だけでも十二分に価値ある行為で、下手をすれば霧矢が居を構える派閥に勢いを持たせる事にも繋がってしまうかもしれない。それでも、甘奈はこの作戦の最高責任者としての覚悟を示すのであった。



「……俺も言い過ぎた。今この場で言う必要の無い事だったかもしれねぇ。大人げなかったな、申し訳ない。……まずはその、人形使いの仕業、ってのを詳しく聞かせてくれ。もしかしたら、野郎の奥の手かもしれねぇ」


「はい。それが――」



 人形使いとの戦闘で発散したからか、出会った当初と比べて冷静さを取り戻した様子の霧矢は雰囲気を柔らかくしてお互いが手にする情報を擦り合わせる。

 作戦を立案させるのに要したのは、僅か一分足らず。上級相当の倶利伽羅が相当数揃えば、最適解へ辿り着くのにも時間は必要ない。どれだけ強引であろうと、後はそこまでの道順を切り拓けばいいだけなのだから。その間、人形使いは特命班に見向きもせず、狂ったように笑いながら木の根を蠢かし続けており、動きの無い時間の気味悪さが際立っていた。



「人形使いは何を考えてるのよ――って、ぅわぁっ!?」



 作戦立案の最後の大詰めに入った段階で、後は甘奈からの指示を待つだけとなった七星や永恋が頭上を見上げた、その時だった。足場にしていた木の根が大きく揺れ動き、思わず姿勢を崩してしまう。それは七星の身に留まらず、全員が振り落とされないよう低い姿勢を取るのだが、ここにきて動きを見せた人形使いに対して誰もが困惑の色を浮かばせる。



「……動いて、いる?」

「移動、しているのか!?」

「勢力を伸ばし切った……いや、先の発言からして、目標を定めたと言う事か……!?」

「このままでは、不味いぞ。このまま移動されれば、支援砲撃が届かなくなる」

「それだけじゃありません! もし万が一この移動する上級妖魔が人里に降りたとすれば、被害は尋常ではない規模で……!」

「甘奈、どうする?」



 連絡符からもうるさい程に声が聞こえてくる中、疑問視するような視線と比べて、信頼の乗った視線が多いこの場所が、戦場が心地良い甘奈は盆の僅かな時間、顔を伏せて黙したかと思えば、再び顔を上げた際には、覚悟の据えた顔つきが特命班の目に拝められる。



「――決まっています。決戦はこの場所。廃村から出さずに、この場で人形使いを討ちます。作戦を少しだけ変更します。足止めは、私と七星さん、千夏さんと永恋さんが。そして、人形使い本体を叩くのが、晴也さん、獅子王さん、霧矢さん。この二部隊に分かれて、最終決戦とします。支援砲撃の合図は私が出します。合図から着弾まで、凡そ五秒ほどかかると思って下さい。……今の私達は、人形使いにとって羽虫も同然です。ですが、命に危険が迫っていると分かれば、人形使いの妨害も激しくなるでしょう。しかし、危険を自覚した時には既に喉元に刃が迫っていると教えてあげましょう。――神藤さん、私達は、貴方に賭けます。ここで必ず、人形使いを……仕留めます」



 連絡符は、作戦本部から外周班にも繋げて貰っており、甘奈の掲げた「五秒」と言う反射速度に引き攣った笑いが思い浮かぶ。それは、合図の視認からほぼタイムラグ無しで発射された時の着弾予測であり、もし万が一それがズレた場合、特命班の誰かに支援砲撃が当たる可能性が出てくる訳で、事前に課せられた支援砲撃とは全く意味が異なるものとなっていた。ただでさえ人手が減っていると言うのに、無茶を申し付ける、とばかりに失笑が起こるものの、命を懸けて立ち向かう特命班に向けて、連絡符を越えて彼らの覚悟も伝わってくるようであった。

 それは作戦本部も同じで、懐疑的であった視線の数々も、自ら命を張って戦いに臨む甘奈の姿を見て、固唾を飲んで見守り続ける。その場における誰もが、歴史の目撃者となり得る状態に、誰一人としてこの場から逃げようとは思わなかった。


 特命班の面々が揺れ動く木の根の上で甘奈の言葉にそれぞれが首肯と共に返事をしたのを境に、七星が活符を掲げる。



「――活符・生火猛然!! 張り切って、行くわよ!!!」

「うん、行こう」

「やってやりましょう」


「出し切るぜ」

「……あぁ、出し尽くそう」

「任せとけ」


「……皆さん。全員揃って、帰りましょう。ご武運を――」



 特命班の誰もがその口元に笑みを浮かべて、我等が大将の為に、とその目に、その胸に炎を宿して踏み出していく。


 倶利伽羅VS人形使い、と言う歴史に残る戦いにおける佳境が今、訪れる――。









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