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112話

長くなりました。

 



 ――時は僅かに遡り、特命班が動き出したのと同じ頃、叢雨勇哉(むらさめいさや)の出現の一報を聞いた途端に作戦本部を飛び出した天炎晴也は、駆け付けた先で待ち構えていたかのような勇哉との邂逅を果たしていた。



「あんたは昔から、負けず嫌いだったもんな。やっぱり来るよな、晴也坊ちゃん」


「勇哉……ッ!!!」



 作戦本部より駆けてきた晴也は、肩で息をしながら叢雨勇哉と相対する。

 勇哉の足元に転がるのは、つい先程までA班と呼ばれていた倶利伽羅達。その彼らは誰も彼もが今回の作戦に選ばれた超一流の実力者であり、そこいらの妖魔に簡単に敗北してしまうような者ではない。そんな彼らが今や体の一部が変形する程の衝撃を受けて絶命しており、それを成したのが勇哉である事くらい、いかに無知な晴也だとしても一目見ただけで理解できた。



「……殺し、たのか」


「あ? 声が小さくて聞こえねぇなぁ?」


「――どうして殺したのか、って聞いてるんだよ!!!!」


「どうして……? なぁ坊ちゃん。お前は、妖魔を殺す時もいちいち理由付けが必要なのか? 使命だから、命令だから、つって、何も考えずに殺すだろ? それと同じだよ。こいつらは、俺の邪魔をした。だから、殺した。それ以上の説明があるか?」


「なんで……、ッ!? お前、その腕――!?」



 何の気も無しに軽々しく言ってのける勇哉に対して、かつて抱いていた尊敬も、感謝も、畏怖も何もかもを忘れて怒りに狂いそうになった晴也だったが、流れるように臨戦態勢を取る勇哉が見せた右腕を目の当たりにしてほんの僅かに思考が逸れる。


 臨戦態勢を取った勇哉が霊力を励起させるのと同じくして、晴也から奪った新型の小手型霊具を付けた右腕が変容する。勇哉の右腕は禍々しさを象ったかのような、倶利伽羅として忌み嫌うべき妖魔の腕へと変化しているでは無いか。

 A班が手練れであると言うのに、それらをほぼ無傷で皆殺しにすることを可能としたのは、その悍ましい右腕であると即座に理解した晴也であったが、幾度となく「師匠、師匠」と崇めて慕っていた男性が外法に堕ちたのを見て、流石の晴也も言葉を失わざるを得ない。


 しかしそれも束の間、既に臨戦態勢に入っている勇哉を前に、これ以上ただ突っ立っている訳にも行かない。



「坊ちゃんは、どこまで持つかな!?」


「くっ、うぅ……!!」



 妖魔と化した拳が、晴也に襲い掛かる。


 晴也は辛うじて反応する事が出来たものの、その余りにも苛烈な攻撃の威力を前に、盾にした左腕がミシミシ、と悲鳴を上げる。

 同じ新型霊具を身に付け、纏炎による防御をも突破してくる勇哉の一撃は、文字通り骨身に染みる。余りにも強烈な一撃に表情の険しさがより一層増したところで、勇哉は続けて追撃の構えを取った。



「そォら、よ――ッ!!」


「カハッ……!?」



 突き出した拳を引いた、刹那。軸足でその巨体を支えた勇哉の体は180度回転し、晴也の隙だらけの横脇に蹴りが叩き込まれる。

 初撃の防御に気を取られていた晴也はまともに防ぐ術もないままその蹴りを受ける他無く、晴也の体は蹴られた勢いのまま大きく横に吹き飛ばされるのであった。



「……自分から、横に飛びやがったな? ハハッ! いいぜ、さっきの連中はどいつもこいつも一撃で終わっちまうから退屈してたんだ!! 坊ちゃん、俺の新しいこの力を、もっともっと試させてくれや!!!」


「く……っ! 勇、哉……!」


「なんすか、その目は……? もしかして、まだ俺が心を取り戻してくれる、だなんてサムい事言うつもり、無ぇよなぁ!? 興が冷めるような事はやめましょうや、坊ちゃん。お前の目の前に居るのは、数多の倶利伽羅を死に至らしめた妖魔で、坊ちゃんは倶利伽羅だ。妖魔と倶利伽羅が出会ったらやる事はただ一つ……。どちらかが死ぬまで戦い続ける。それだけだろ?」


「……ッ」



 図星を言い当てられた晴也は、思わず押し黙る。


 ――責任を果たす為。


 甘奈にはそう言って出て来たものの、こころのどこかでは期待していた。叢雨勇哉が、戻って来てくれることを。

 天炎晴也にとって叢雨勇哉とは、敵対するしかなくなってもまだ信じたいと思える、それだけ大きな存在だったから。


 天炎家における晴也は、五人兄弟の末っ子として生まれた。

 しかし、一番近しい兄である四男とでさえ、12もの年の差があり、兄達は皆、倶利伽羅としての使命に奔走してばかりで、兄として触れ合った記憶など物心ついてからは無い。だからと言って兄達を恨んでいる訳では無いし、むしろ誇りにすら思っているのだが、それでもそんな尊敬する兄達と血の繋がりがあるにも拘らずまともに笑い合う事すら出来ないと言う現実は、子供心の晴也には寂しさを与えた。


 そんな時に、技術指南役として家庭教師の任を受けた叢雨勇哉と出会ったのだ。

 彼は、強かった。

 勇哉が逆立ちしていたとしても晴也では決して敵わない程に強く、同時に強さに貪欲であった。

 兄達の当時の実力を遥かに上回る結果を残す、と言う当代随一の才覚を持ち得、持て囃され、もっと強くなりたいと言う幼い晴也以上に、勇哉は純粋に強さに貪欲であった。

 そして、指南役としてでも自分に向き合ってくれた勇哉に懐いた晴也は、胸に空いた寂しさを誤魔化すかのように鍛錬に没頭していく内に、勇哉の強さに貪欲な姿勢を見習うと同時に、勇哉を家族同然、兄のように慕うのであった。


 故にこそ、そんな兄のような存在が倶利伽羅を裏切るなどとは露にも思わず、こうして襲われ、蹴り飛ばされても尚、今この瞬間でさえも、勇哉が「兄」に戻ってくれることを心のどこかで期待していた。


 だがそんな些細な望みすらも勇哉本人の口から叩き割るような言葉が吐かれ、晴也は覚悟を腹に据える。

 もう戦うしか無いのだと自分に言い聞かせるかのように立ち上がり、再び上がった表情には、そんな望みすら感じさせない覚悟が滲み出ているのであった。



「……そうだな、勇哉。お前は、俺が責任を取らねばならない相手だ。そんなありもしない希望に縋って、情けない姿を見せたままじゃ……お前は死んでも死にきれないだろうから――」


「――っ、ハハ……ッ!! 良い顔できるようになったじゃねぇか、坊ちゃんよォ!!」



 覚悟を決めた晴也の放つプレッシャーを前に、勇哉は思わず一瞬怯んでしまい、息を飲む。


 名のある名家のご子息が、自分を慕ってくれているのは分かっていた。自分を慕ってくれる弟分のような晴也の事を、勇哉もまた、気に入っていた。だからこそ、裏切る瞬間に葛藤が無かったと言えば嘘になる。だがそれでも、勇哉が望む世界を手に入れる為には妖魔の力を求むる他無く、こうして敵対する事になるのも覚悟はしていた。

 しかし、自分の裏切りが発覚した時に情けなく蹲っているだけだった晴也が、僅かな時を置いただけでここまで振り切れるとは思っておらず、晴也の覚悟を前に勇哉は体の芯から沸き立つ昂ぶりが抑えられなくなってしまう。


 これが名家の血。

 正真正銘、倶利伽羅の覇者の血を継ぐ者の真髄。

 それを目の当たりにした勇哉は、それが欲しくて欲しくて堪らなくなる。

 どこまでも貪欲で、尽きる事の無い強欲が、勇哉を力に執着させる。


 故にこそ、自分を倒すのは、自分の強さの一端を担う存在。自らの教え子にして弟分たる、晴也でなければならないと確信していた。



「――纏炎闘術無手焼灼流・残火ァ!!!!!」


「っ、残火ッ!!!!」



 先に動いたのは、体が震えるような圧を放つ晴也を目にした、勇哉の方。

 妖魔化した倶利伽羅は俱利伽羅としての力を失う、と聞かされていた晴也にしてみれば霊技を放つ勇哉に驚きを隠せないが、勇哉の左腕に宿った炎が襲い掛かるのを前に思考を挟んでいられる余裕などなく、同じ残火で対応して見せるがしかし、



「霊力の練りが、甘いッ!!」


「ッ!?」



 残火がぶつかり合って生じた爆発に乗じて、爆風をものともせずに突っ込んで来た勇哉の妖魔化した拳が晴也に迫る。

 残火によって相殺して見せた直前まで、彼我の距離はあったのにもかかわらず、勇哉は爆風によって生まれる視界が埋まる瞬間を見極めて突貫してきた後、晴也の胴に目掛けて拳を振るう。その一瞬の判断は、晴也の名家の血による才覚には無いもので、勇哉がこれまで培ってきた努力の成果。

 それに目を瞠った晴也は咄嗟に身体を引いて地面を転がって間一髪のところで回避するのだが、振るわれた拳は晴也の背後にあった木々を粉砕して見せる。


 それがもしも晴也の胴に防御も無しに当たっていたなら、まず間違いなく晴也の胴に穴が空く。間違いなく命のやり取りをしているのだと再確認した晴也が再び気を引き締めようとした瞬間。勇哉の足が眼前に迫る。



「――ッ!!」


「今のも、避けるか。……いや、偶然か?」



 辛うじて反応を見せた晴也は、体を反らして勇哉の蹴撃を避けて見せ、反動で大きく後退して勇哉から距離を取る。その一連の行動に勇哉は感嘆の声を漏らすのだが、再び顔を上げた晴也の鼻から血が滴っているのを見て、ニヤリ、と笑みを深める。


 彼の言う通り、今しがた反応出来たのは単なる偶然。体を反らしたのは晴也の意思ではなく、本能が反射的に動いたまで。それも、勇哉の足先が掠っただけで鼻血が噴出する程の威力に驚きつつも、その驚きの色を見せる素振りを隠すように、鼻に詰まった血の塊を噴き出して再度身構える。



「守って、逃げてばかりじゃ、勝てねぇよ――っとォ!!!!」



 明らかな実力差が伺えた一瞬の攻防を経ても、尚も闘志の消えない目の色を見た勇哉は、蹴り上げた足をブラつかせながら一段と笑みを深めた後に、浮かせていた片足を力強く地面に叩き付けた後に根本的な指摘を口にして、再度の加速を図る。



「ココだ――ッ!!」


「――残念。惜しかったなぁ?」


「っ……! お前も、だ……ッ!!!」



 勇哉の性格と癖を熟知している晴也だからこそ出来る、迎撃。

 しかし、次に勇哉が仕掛けてくるであろうと予測して置いた拳は虚しく空を切り、半身で流した霧矢の姿が眼前に迫る。晴也がまさか迎撃に踏み込んでくるとは思っていなかったのか、晴也が踏み込んでお陰で肉薄する勇哉はリーチの伸びた妖魔化する右腕を振るう事は難しく、ノータイムで動かした左の拳は晴也がわざと姿勢を崩した事で耳を掠るように横を抜けていく。


 お互いにお互いの攻撃を避け、視線がぶつかり合う状態。

 既に攻撃行動の終えた晴也は大きな隙を生じさせている状態であり、拳を引いて防御姿勢に移るのは間に合わない。だがそれは勇哉も同じであり、お互いに次の攻撃行動に移る為には一度距離を取らねばならなかった。しかし、拳を避ける為に姿勢を崩した晴也と、どっしりと構える勇哉。そして、他ならぬ勇哉が繰り出したおが左の拳でなければ、仕切り直しとなったはずだった。



「ぐぇ、がっ……!?」



「甘すぎるぜ、坊ちゃん。そら、吹っ飛びな。――火倒しィ!!!!」



「ハッ――!?」



 勇哉はその睨み合いに発展する事すら見据えていたかのように、最後まで放ち切らなかった左腕を筋力で引き戻したかと思えば、空を打つかのごとき裏拳で晴也の頸を狙って殴る。

 首の骨が折れなかったのは、勇哉の狙いがそれでは無かったからか。それでも、晴也は一瞬呼吸困難に陥り、頭の中が真っ白になる。それではいけない、と意識を保つために歯を食いしばった直後、勇哉による纏炎闘術の蹴り技『火倒し』が晴也の胸に炸裂し、晴也は先の勢いとは桁違いの威力で背後の木々へと蹴り飛ばされる。


 それだけで意識が飛びそうになるも、気力だけで意識を繋げたかと思えば、即座にその場から離脱すべく立ち上がって横に転がる。



「なんだ、まだ、意識が残っていやがったか」



 一秒前まで晴也が突き刺さっていた木の根元を見れば、今度こそ晴也の命を本気で奪うべく追撃を図った勇哉が木クズを散らしながら晴也を見下ろす。

 その目は捕食者の目であり、晴也を見る目は、いつかの兄貴分としてではなく、狩人の側の目で、得物を見つめていた。


 明確な、実力差。

 晴也と勇哉の間には、才覚だけでは埋められない、勇哉が費やして来た努力の分の差が明確に生まれており、こと対人戦において、晴也は圧倒的に経験が不足していた。

 その事実を受けても尚、晴也は立ち上がる気概を見せるものの、これ以上立ち向かうだけの気概は失せてしまっていた。その証拠に、晴也の四肢は震え、満足に霊力を練る事すらおぼつかない。


 ――家族同然に生きてきて、信じていた勇哉が俺を殺すはずが無い。


 今更になってそんな思考が浮かび上がるほどに追い詰められた晴也は、同時に燼月永新に与えた絶望を真なる意味で理解してしまえた。



 ――友達だからな!



 そう言って、燼月永新の信頼を、それが人を傷付けると知らずに弄んで、取り返しのつかない事になって。一生消せない罪を背負って生きて行かねばならない事を、七星に言われ始めて自覚できたように、晴也は自分で何かを考える事が苦手だった。

 だからこそ、こうして言い逃れが出来ないくらい、同じ痛みを味わわなければ、思い知る事も無かった。自分のしてきたことがどれだけ愚かで、どれだけ人を傷付けるものなのかを。



「ひっ……!」

「おいおい……。俺は死合をヤりに来てんだ。狩りをしに来たんじゃねぇ。逃げるなよ、坊ちゃん」

「ぐぅっ!?」



 今更ながら人の痛みを知った晴也は、その矛先が自分に向けられた途端に怖気づいてしまって勇哉の前から逃げ出そうと画策するも、当然逃げ切れるはずもなく無残にも腹を蹴り上げられて地面を転がされる。


 げほっ、げほっ、と胃液を地面に撒き散らす。

 同じ四家に言われて、燼月永新がリンチに合っていた瞬間に出くわした事があった。それが、今こうして罰となって自分の身に降りかかっているのだとしたら、どこまでも笑えてくるくらい滑稽で、自分に相応しい罰だと思えた晴也は、不意に笑みを零す。



「……壊れたか。それならそれで、俺も心が痛まねぇ。だが、四家もの血を頂けるんだ。最期くらいは華々しく散らしてやるよ。パッとしねぇ天炎家に相応しい、最期をな。お前のところを選んで失敗だったよ。こんな使えねぇ秘伝だったとは思いもしなかったからよぉ。――纏炎闘術、秘伝・流流紅蓮(りゅうりゅうぐれん)千蜂陣(せんほうじん)



 首が勇哉の左腕に掴まれ、体ごと持ち上げられる。

 呼吸困難の苦しみから解放されようと藻掻くも、勇哉の体はびくともせずに、妖魔化した右腕に霊力が集う。


 勇哉が行使するのは、天炎家に伝わりし秘伝の霊技。

 本来であれば天炎家に名を連ねる者にのみ伝えられる秘伝の霊技なのだが、勇哉は晴也の推薦を受ける事でその習得に成功し、ましてやその技で晴也を殺そうと試みるのであった。


 どこまでも不義理。どこまでも不敬を貫く勇哉に対して、これが自分の最期か、と己の罪に焼かれながら苦しみ藻掻く事から解放されるのだと考える晴也は、遂に藻掻く事すら止めてしまえる。そんな様子を見て落胆の色を目に宿した勇哉は、それ以上言葉を交わす必要も無いか、とばかりに霊技を発動させる。



「死んで、俺の糧になれ――」






 妖魔化した右腕が晴也の体を貫こうとした――その時だった。






「「――は?」」






 晴也の体が謎の浮遊感を覚えたかと思えば、晴也は()()()()()()()()()()と共に地面に落ちており、何が起こったのか全く理解できなかった。


 そしてそれは勇哉も同じようであったが、勇哉の声音にはどことなく歓喜の色が付いているようにすら聞こえてくるようで、晴也は増々困惑が募るばかり。


 しかし、そんな晴也の困惑も、次に耳に飛び込んで来た聞き慣れた声で立ち込めた困惑と言う名の暗雲が晴れていく。




「……今更、罪の自覚か、晴也。馬鹿なお前には、思考は不釣り合いだ。黙って真っ直ぐ進め。それが、お前の長所だろう」




 不貞腐れたような、捻じ曲がった性格がある意味素直に前面に押し出された淡々とした声。

 その声に顔を振り向けば、どこか飾ったような素振りで眼鏡を持ち上げ、長い睫毛の奥から輝く金色の瞳が不機嫌そうに晴也を貫く。目元を隠すくらい長かったはずの前髪はすっぱりと切り揃えられており、これがもし笑顔であったなら、数々の異性を惹き付けていたに違いない。


 その声の主は、本来ここに居るはずの無い人物。

 謹慎を受けている立場の男。そんな彼が、霊具を身に纏い、晴也の窮地に駆け付けてくれたのだ。



「――獅子王(ししお)!!!」


「うるさい。まずは、目の前の敵を葬る事からだ。僕に、何が出来る?」


「!? か、変わったな、獅子王……!」


「反省、したんだ。何もかもな。だが、それで終わりじゃない。ここからは、僕の人生だ。僕の人生の中で、返せるものを返していく。それが、僕なりの贖罪だ。……だから晴也。僕に出来る事を、一緒に考えてくれ。……その。僕には、お前以外に、友達が居ないからな」



 神来戸獅子王。

 謹慎する前の彼であれば、勇哉と対峙してすぐに「僕が倒す」と息巻いて支援を求めていただろう。そして上手くいかなければ、周囲に当たる。そんな傲慢な姿こそ、神来戸獅子王だったのだが、謹慎を経て、彼は自分を見つめ直す時間が出来た事で、生まれ変わった。

 そんな獅子王の姿が実に好ましいと思うと同時に、何よりも頼もしく思える晴也は、先程まで打ちひしがれていたとは思えない程に軽い体で獅子王の傍に寄る。



「助けてくれて、ありがとう。確かに、お前の言う通り、俺は馬鹿だから。馬鹿だから、何も分からない。だから、俺にも教えてくれ。俺の、罪ってやつを」


「僕()の、罪だ」


「――! あぁ、そうだな!!」



 獅子王がやって来てくれて、一人じゃないと教えてくれて。

 晴也はすっかり元の調子を取り戻して、気付けの為に自らの頬を叩く。パチン、と良い音を鳴らして瞳に輝きを取り戻した所で勇哉を見据えると、勇哉は斬り落とされた右腕を再生させながら、どこまでも愉しそうに笑って見せるのだった。



「いいぜ、そう来なくっちゃなぁ……!! 来いよ、ガキ共!! 二人纏めて、俺の礎と化せ……!!」


「晴也、どうする!? 助太刀に入ったはいいが、僕には、あの化け物を倒す手立ては、無いぞ!!」

「……時間稼ぎを、頼むっ! 一分だ。一分あれば、勇哉を……敵を、倒せる」

「……分かった。信じるぞ、晴也」


「一人ずつかぁ!? まとめてかかって来いやぁ!! クソガキ共ッ!!!!」



 晴也と獅子王。黄金世代を代表する二人が束になっても、叢雨勇哉と言う男は倒せないだろう。

 これがもし、倶利伽羅のままであればまだ勝機はあったものの、妖魔の力を得た彼を二人で倒すには、いくつもの奇跡を重ねなければならない。


 だが、その限りなく低い勝算を、確実に倒す事が出来る術を、晴也は持っていた。

 持っていなければ、一人で勇哉を相手取るなどと言えるはずも無かったのだが。


 晴也が隠し持つその奥の手、と言うのが、今しがた勇哉が使おうとした天炎家に伝わりし秘伝の霊技、『纏炎闘術、秘伝・流流紅蓮千蜂陣』であった。しかし、それを発動させるためには霊力を励起させ、確実に行使できるよう準備する必要があった。その時間と言うのが獅子王に頼んだ「一分」であり、晴也はそれに賭ける他、無いのであった。



「――紅蓮一刀流――!!!」

「ハハッ!! 遅ェ!!!」

「ぐぅっ……!?」



 獅子王が吹き飛ばされようとも、晴也は集中を欠く事は許されない。

 確実に決める事、それこそが時間稼ぎをかって出てくれた獅子王に対する敬意の表れであるから。そして何よりも、勇哉が晴也の行動を「無駄だ」と思っている事が非常に大きい。

 倶利伽羅の世界では、圧倒的な実力差がある事を思い知らされた以上、それを覆す事が出来るようなものなど何も無いから。


 生まれ持った才覚、努力。

 その二つのみが倶利伽羅の強さの証であり、勇哉の半分も生きていない黄金世代の実力など、勇哉の実力と比べれば天と地程の差がある。例外があるとすれば、火加々美甘奈や炎導ササラであるが、今勇哉の目の前に居るのは、天炎晴也と神来戸獅子王の二人のみ。

 勇哉はその二人に万が一にも負ける道理など有り得ないと確信しており、晴也の自信を打ち砕く事こそが彼の目的であった。


 故に、晴也の準備が整うまで、獅子王で遊ぶのも悪くは無かった。



「――くっ! 晴也、後は、頼んだぞ……。僕は、もう……!」


「あぁ、待たせたな。後は見ていてくれ。俺が、俺である事を証明する瞬間を」


「待ちくたびれて玩具を壊すところだったぜ、坊ちゃん。それで、坊ちゃんは何を見せてくれるんだ? 奥伝か? それとも、最強に君臨する絶天か? そのどちらだろうと、俺は坊ちゃんを上回って見せるがな」



 勇哉の余裕綽々と言った態度は、強者に相応しい驕りを見せてくれる。

 だからこそ、晴也は腰を落とし、拳を堅く握り締める。






「――纏炎闘術、秘伝・流流紅蓮千蜂陣」


「は……? おいおい、ふざけんなよ、坊ちゃん――」






 その言葉を口にした瞬間、勇哉が見せた落胆の色はこれ以上ないものであった。

 その理由と言うのが、



「何が秘伝だ! 纏炎と変わらない効果量しか持ち得ない霊技なんざ、外れだハズレ。大ハズレも良い所だ!! 何の為にお前みてぇなクソガキに頭を低くしてこれまで仕えて来たか分かるか? 名家にしかない秘伝を手にする為だけに、我慢してきたって言うのによォ……。その果てに掴まされたのが、単なる身体強化だァ!? やってられっかよ!!! こんな事になるってんなら、最初から神来戸家にでもすればよかったぜ。……あぁ、興が冷めた。黙って待ってたらイイモン見れるかと思ったんだけどよォ……。もういいぜ、もう、いい。二人ともまとめて、ぶち殺して――」


「……勇哉。お前は、この技の真髄を知らないだけだ。それを、今見せてやろう」


「ハッ、何を言ってやがる! とっくに習得した俺が霊技の事を理解してないとでも思ったか!? 使ったからこそ分かってんだよ!! その秘伝は、なにも怖くねぇ、ってな!!!」



 怒りのままに泡を飛ばす勇哉。

 それに反して、冷静沈着なまま踏み出していく晴也は、地面を舐めるように低い姿勢で間合いにまで踏み込んだ後、腕を振り上げて目潰しのように土を放り投げる。

 すかさず反応して見せた勇哉が迫り来る晴也の拳に防御の姿勢を取って見せるが、自分の言葉を証明するかのように、わざと防御態勢を解いて晴也の拳を体で受け止める。



「……ほら見ろ。痛くも、痒くもねぇ。こんなパッとしねぇ秘伝が、あってたまるかよォ!!!!」



 ズン、と重くのしかかるような、体重も霊力も乗った拳が勇哉の体を打つものの、ただそれだけ。

 秘伝と言うには些か疑問が浮かぶようなもので、余りの煩わしさに勇哉は晴也を弾き返す。


 しかし、晴也は焦った様子を一切見せる事無く宙でくるりと回転した後、着地点である木の幹を足場に、地面と平行になって着地した後、再び射出されるかのように勇哉へと向かって飛び込んでいく。

 今度は護符の撃符や、纏炎闘術による炎を生み出しながら。



「しつけぇ、つってんだろ!!! 坊ちゃんの拳がいくら俺を叩いたとしても、俺を崩すには何千、何万回打ったとしても足りねぇ!! そんくらい、分か、って――ぁ?」



 再び防御の姿勢も取らず、迫る炎の数々だけを撃ち落とした勇哉は、晴也の拳をまたもや胴で受ける。

 そうして吠えたように、勇哉の防御の前では晴也の拳一つなど羽虫が如き儚さであり、勇哉の体に効果が出てくるのは何千、何万発と打ち込んでも足りない事だろう。


 だと言うのに。

 二発目の晴也の拳を受けた途端、勇哉は巨体を震わせ、その場で膝から地面に崩れ落ちる。



「……は?」



 彼の表情が物語るように、彼は自分の身に何が起こったかを理解できておらず、一瞬にして体が死滅していくような感覚に困惑するばかり。

 そんな勇哉に対して、晴也は彼の眼前に立って、肩で息をしながら言葉を並べるのだった。



「……天炎家に伝わる秘伝、千蜂陣は、()()()()。特別な霊力を乗せた拳で同じ個所を二度、殴る事で発動する、確殺の極意だ。この技の真髄は、別の誰かが殴った場所であっても、同じ千蜂陣の使い手であれば、効果を発動できる点。お前は、秘伝と言う言葉に踊らされ、この技の真髄を知ろうとしなかった。そして、最後まで俺を侮ってくれた……。それが、お前の、敗因だ……。終わりだ、叢雨、勇哉……ッ!!」



「……、……っ、…………!」



 パクパク、と口を開閉させるも、それ以上の言葉が出てこないのか、最後にはフッと、笑って体から力を抜く勇哉。


 千蜂陣は、二撃目を食らった時点で人であろうと妖魔であろうと、体を構成する組織、霊力、それら全てを崩壊に導く極悪無比な霊技であり、格下である晴也が実力が離れた勇哉を殺す事の出来る唯一の可能性であった。

 もしも初撃の段階で勇哉が晴也の取る行動に疑問を抱いて警戒していたら、未来は変わっていたかもしれない。けれども、実際に倒れているのは勇哉の方であり、慢心と嘲りが生んだ勇哉の敗北こそが現実なのであった。



「――にげ、ろ……、坊ちゃんッ!!」

「勇哉……?」



 そうして終わりを迎えたはずの因縁であったが、倒れ伏した勇哉が突如として警告の声を上げる。



「人形使いの、野郎……! 体に、爆弾を植えてやがった……! 俺が裏切るとでも、思ったのか……? だが、俺はもう敗北した身である以上、坊ちゃん達を巻き込む道理は、ねぇよな……!!」


「ば、爆弾!? どう言う、事だ!?」


「人形使いってのは、そう言う事を平気でするようなやつだ、って事だ。俺が死ぬと同時に、起爆するようになってやがる。体の組織でもねぇから、崩壊しねぇから、確実に爆発するだろうよ。だが……これ以上、やつの思い通りにして、堪るか、ってんだ……! 俺は、人形じゃねぇ。俺は俺の意思で倶利伽羅を裏切った。坊ちゃんを、騙したんだ。最後のケジメくらい、自分でつけなきゃ男が廃らぁ……! さっさと行きな、坊ちゃん!! お前は、俺の屍を越えて行くんだ。もう、振り返るんじゃねぇぞ。お前を守ってくれる兄貴は、別にいるんだからよ」


「……勇哉」



 叢雨勇哉と言う男は、晴也を騙してはいたが、決して嘘は吐かなかった。

 自分の欲求に素直なだけで、その果てに悪事に手を染めたとしても、彼の真っ直ぐな生き方は、晴也の憧れでもあった。だからこそ、自分の手で別れを告げた勇哉に、最後まで寄り添っていたかったのだが、勇哉はそれを望まない。



「晴也、行こう」

「……あぁ」



 俱利伽羅と妖魔。敵同士の間に別れの言葉は、要らない。

 だからこそ、最後に零した「ありがとう」と言う感謝の言葉は、死にゆく勇哉に微笑みを生ませる。






「フハッ……! 本当に、馬鹿なガキだよ、坊ちゃんは。……ナイスパンチ、でした。坊ちゃん――」






 辛うじて動く妖魔の手を動かし、心臓に括り付けられた爆弾を心臓諸共抉り出し、天高く翳した刹那、勇哉は風となり、この場を離れていく晴也の背を押すのだった。



「――!」

「晴也……? 大丈夫か?」

「あぁ、問題無い。連絡符から何か、来ていたか?」

「……問題無いなら、良い。連絡は、人形使いの討伐に加勢せよ、だとさ。人遣いが荒いな」

「二方向……? 俺達が――いや、なるほど。お姫様が直々に出る、って訳か。なんとも、お転婆だな」



 獅子王に見せられた簡易版の勢力図が変化していくのを見下ろして、晴也は笑って見せる。

 作戦本部から一筋に伸びる炎の軌跡をなぞって、短く息を吐くのだった。



「少し休むか?」

「いや、移動中に回生符を使おう。贅沢にな。間に合わなかったら、嫌味が待ってるだろうからな。俺達も、急ぐぞ――」







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