表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
112/129

111話

 



「――っ」



 黄金世代と呼ばれる者達にとって印象深い存在は、二つ。

 一つは、身分不相応な地位に居座って惨めなまま外法に手を出し妖魔堕ちした、栄えある黄金世代に泥を塗った存在である、燼月永新。

 一つは、かつて倶利伽羅の現役生活において最強と呼ばれた伝説の倶利伽羅が教鞭を取っていたと言う秘匿された情報が明るみとなってから脚光を浴びた、皇龍火。


 この二人の存在が、それぞれ異なる意味で黄金世代を大きく成長させたと言える。


 前者は混乱を、後者は教育を与えた、相反する二つの存在。それが今、人形使いの討伐と言う特命を受けた永恋と七星の前に立ちはだかっているのであった。

 正確には燼月永新ではなく、彼の父親である、燼月永政と皇龍火の二人が、倶利伽羅の宿願への道を阻もうと立ち塞がっているのであった。



「く、うぅ……ッ!!!」


「七星ちゃん!!」


「持ち堪えるくらいなら、平気……よ!! だから、千夏さんは、周囲のカバーを、お願いします……!!」



 何の前触れもなく、一切の躊躇もなく、気付いた時には『斬られていた』事に気が付く程の剣閃。それは霊技でもなんでもなく、ただひたすらに最強の名に相応しいだけの努力の結晶。呼吸法のリズムと刀を振る速度、刃が入り込む角度など、全てが最適化された最強の剣技。それだけは、黄金世代がどれだけ才覚に恵まれていようとも、生きて来た時間がまるで違う以上、最強の技術を真似する事など出来やしない。


 けれども、恩師の膝の下で長い間教育を施される過程で幾度となくその剣技を目にする機会があったお陰で、七星は防御不可な剣技に対しても完璧とは言わずとも、防ぎ切るには十分な対応をして見せる事が出来たのであった。



「先生……!」



 しかし、恩師を己の手で斬らなければならない、と言う責任感は重く、七星の体には人形使いへの憎悪と憤怒はあれど、恩師である皇龍火に対する悪感情は一切存在していなかった。故に、七星の体は常に及び腰なまま、延々と続く剣閃の乱打に一つ一つ対応する事しか出来ないでいた。

 だが、そのままの状況では、事態は決して好転する事は無い。加えて、相も変わらず不定期に襲い掛かる足元よりの刺客。火炎の鈴が危険を慣らしてくれるお陰で事前に察知する事は出来るのだが、皇龍火との打ち合いにほとんどの集中を捧げている為、七星の体には致命傷には程遠い小さな傷が幾つも出来始めていた。回生符による回復をする余裕など与えてもくれず、増えていくばかりの傷は確実に七星の体力を奪っていく。



「――紅蓮一刀流、中伝・崩塵芥(ほうじんかい)



 刀剣型霊具の打ち合いにて守りに徹する他無い七星は後退していくばかりであるのに対し、その七星のすぐ傍を炎が奔る。

 それを成したのは、七星と皇龍火の静なる剣戟に反して、霊技による応酬を交わし合い切り結ぶ二つの影。それこそが、特命班の道を阻むもう一つの影である、燼月永政と小暮日永恋の戦いであった。



「紅蓮一刀流、初伝・臙脂ノ炬火(えんじのきょか)



 宙を舞うように大技を放った永政に対して、永恋が放つのは、無数の突きの連打。炎の導がまるで蝋燭の火のようである事から名が付いたその霊技は的確に永政の体を穿ち抜き、永政の体を地面に墜落させる。

 その後を追うようにして地面に降り立った永恋を待ち構えるかのように木の根が出現するも、火炎の鈴が知らせてくれるお陰で永恋は難なくそれを避ける。



「……」

「……死んでいる、って言うのは厄介なのね。永新のお父さんだから、破損させる事は避けて来たけど……これ以上邪魔をするようなら、灰にします」



 永恋にとってみれば、永新さえいればただそれだけでいい。

 永新の父親であろうが、母親であろうが、永新以外はどうでも良いとさえ思っていた。その上、永新の家庭環境を改めて理解した事で、最早関心など微塵も持ち得ていなかった。故に、七星とは違って、顔見知りの人形を動かなくなるまで自らの手で破壊し尽くす事など、造作も無かった。


 ゆらり、と四肢に穴が空いていても血が噴き出さず、痛みに悶える素振りも無しに立ち上がる永政を前に冷酷な判断を下す永恋。

 次の衝突を結びとする、と一方的に決め付けた永恋が武器を構えた次の瞬間。永恋は予想だにしなかった事態を目の当たりにする。



「――紅蓮一刀流、奥伝・神炎乱舞(こうえんらんぶ)


「なっ……!?」



 燼月永政が選択したのは、紅蓮一刀流の奥伝。紅蓮一刀流の奥伝は、朧花月(おぼろかげつ)灼花穿燿嚇(しゃばなせんようかく)神炎乱舞(こうえんらんぶ)赤刃(せきじん)の四つ。

 奥伝は倶利伽羅として一つでも習得できれば上位相当と認められるだけの価値があり、中でも習得が困難とされる『神炎乱舞』、『赤刃』の二つは、倶利伽羅の上位層ですら会得できていないような極めて難しい霊技とされていた。四家の中でも、世代筆頭の甘奈ですら、前の二つしか現段階では習得できていない事からその難度が計り知れると言うのだが、それを目の前の燼月永政は行使して見せたのだ。上位層の一部しか習得されていないと言われる、神炎乱舞を。


 初めはハッタリかと思っていた永恋も、永政の刀身に繊細な霊力が奔り、金の炎が宿った瞬間に警戒度を一段階どころか二段階、三段階も上げて対処せねばならなかった。



「くっ……」



 血が抜けて軽くなったお陰か、燼月永政の動きは先程よりも素早い。永恋が対するように霊技を放とうにも、一瞬のうちに肉薄してくる永政に永恋は霊技を放つ隙すらなく、純粋な剣技のみで神炎乱舞を捌き切らなければならなかった。

 金色に輝く炎を宿した刀は、永恋に目掛けて振り下ろされる一振りで二回、三回と斬撃が奔る。その度に永恋の体には焼き付くような痛みが走って表情が歪むものの、永政の舞いは息つく暇すら与えてくれない。


 生前、永政はパッとしない倶利伽羅だった。

 永新を妊娠する前は、妻であった新夏の方が実力としては上であり、各地域における一部隊に所属する倶利伽羅程度の実力しかなかった。

 そんな男が、何故「奥伝」などと言う分不相応な技術を手にしているのか。切り結ぶ永恋にはそんな疑問ばかりが頭に過る。事実として、生前に永政が神炎乱舞を使用した、と言う記録は存在しておらず、人形使いの手引きでもあったのか、と邪推すらしてしまえる程に、燼月永政が奥伝を行使できると言う事実は有り得なかった。


 しかし実際には奥伝を行使出来ているのだ。永恋も、新夏どころか永新、ましてや日夜共に妖魔の駆除をして回っていた同じ部隊の面々、そして――燼月永政当人でさえ、燼月永政と言う男が奥伝が使える事を知らないでいたのであった。


 では何故使えるのかと言うと、生前、燼月永政が己の立ち位置、ひいては衰弱していく新夏を救う為に、人生の一発逆転を懸けて奥伝の習得に勤しんでいたからに他ならない。


 地位も名誉も、何一つとして持ち得ていない燼月の名を知らしめるためには、中級以上の妖魔を単独で討伐するか、奥伝を習得するかのどちらかを経て倶利伽羅としての功績を上げなければならなかった。故に、永政が選んだのが、奥伝の習得。そんな中でも習得が困難な『神炎乱舞』を選んだ理由として、永政の持つ霊力の限界から見て、それ以外には手が届かないと分かったから。


 神炎乱舞は、他の三つの奥伝に比べて、要求される霊力量は中伝の十倍程度。他の三つが五十から百倍もの規模を要求されるのだとしたら、その程度の霊力量で絶大なる効果を引き出せる破格の奥伝と言えた。しかし、永政よりも当たり前のように霊力量の多い上位層の倶利伽羅達が神炎乱舞が習得できていない訳が、求められる技量が他の奥伝が児戯に思える程の技量が要求されるからであった。


 金の炎と言うのは、霊力の中でも濃縮された体の中心から引き出した霊力を用いる為、霊力の制御は通常のそれとは段違いに難しく、爪の先程度の炎を用意する事でさえ困難を極める。

 しかし、技量と言うものは、身長や体重、霊力の規模、生まれと言った決して覆す事の出来ない才覚に比べて、技量と言うのは努力で幾らでも覆せる天井知らずの自分だけの才覚であり、永政はそれに縋ったのであった。


 その努力の末に永政が到達した高みと言うのが――。




 ――金の炎に()()()()()()()()()()乱れ舞う、奥伝の姿であった。




「――ぐ、お、おぉ……おおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおお……!!!!」




 永新の面影が重なって見える、燼月永政の姿。

 金の炎に焼かれても尚も刀を振るその姿は、例え歪んでいたとしても、自分が愛した妻の為に捧ぐ愛の乱舞とも言える。


 その愛の一端さえ永新に向けられていたのなら、と思わずにはいられない永恋は表情を苦痛に歪め、勢いの失せた永政の乱舞より抜けた永恋は呼吸を整える。






「……っ、安らかに、お眠りください。――紅蓮一刀流、秘伝・送り火灯篭(おくりびとうろう)






 腐っても、永恋の愛した男の唯一の肉親。

 歪んだ愛は、永恋と永政、二人を象徴とする決して消えない罪の証であり、憎らしい哉、二人を繋ぐ共通点。

 故に、彼に向けるのは殺意や敵意ではなく、敬意と憐憫。肉体がぐずぐずに焼け爛れていく永政は、このまま放っておいても勝手に消えゆくだろう。だがそれは余りにも……惨めではないか。彼を許す許さないは、直接の害を被った永新が決める事。そして彼を認め、受け入れる事こそが自分の務めである、と自覚した永恋は、小暮日(こぐれび)家に代々伝わる秘伝の霊技を以て、燼月永政に別れを告げる。


 金の炎によって切り裂かれた霊具の下で生々しい無数の傷跡が焼けるような痛みを放つものの、金の炎に包まれて尚も刀を離さず、踊り続ける永政から永恋は決して目を離さない。

 それこそが、送り火の所持者たる小暮日家の務めであり、永恋が抱くべき敬意の表れ。


 永恋の莫大な霊力によって顕現するは、向かい合って並び立つ無数の灯篭。それらは永恋と永政を結んで尚も余りある程に、一直線に人形使いへと道が伸びていく。それが現実のものか、はたまた幻であるかはその道に立たされた者のみが判断できるもので、無数に並んだ灯篭一つ一つに送り火が灯っていく様は、まるで神の息遣いが聞こえて来るかのように幻想的。



「綺麗……」



 周囲の人形たちの足止めに動いていた千夏も、その光景を目の当たりにして思わず手を止めて、ほぅ、と溜め息を吐いてしまえる程に現実離れした光景。


 だが、それに感嘆できるのは生きとし生けるものである人のみであり、生ける屍と化した操られし人形たちは本能の思うがまま、操られるがままにその神の道を汚して歩く。




「――さようなら」




 全ての灯篭に送り火が宿った、次の瞬間。

 永恋が振り下ろした刀は、灯篭が並んだ道を真っ直ぐに、縦に切り裂いたかと思うと、永恋の視線の先、永政のみならず、迷い込んだ人形たちは疎か、炎の壁を裂き、木の根を割り、人形使いの本体にまでその斬撃は届く。




「――は?」




 振り下ろすのと、斬撃が届くのにタイムラグは生じず、たった一刀の下に神の道に置かれた全てのものが、両断されるのであった。



「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?!?!?!?!?!?!」



 永恋の視線、遥か先で、人形使いの悲鳴が上がる。

 恨めしそうにこちらを睨む視線が見えてくる。それと同時に、地面から無数の木の根が永恋の元に集中して襲い掛かってくるのだが、莫大な霊力を消耗したばかりの永恋は地面に膝を付いた状態でまともに動けない。このままでは串刺しになる未来が見えた、その直後。



「かっこよかったよ、永恋ちゃん」

「ありがとう、ございます……っ」



 すかさずフォローに回った千夏が永恋の体を掬うようにして担ぎ上げ、大地を駆け抜ける。木の根も後を追うように幾つも地面から顔を出すものの、人一人を担いでいるにもかかわらず千夏の影すら捉える事が出来ぬと悟った木の根は襲撃が止まる。




「わか、な……。すま、ない――」




 担ぎ上げられた永恋の視線の先、送り火の一刀の下に身体を両断された永政は虚空を見つめたまま口元が微かに動かされたかと思うと、風に乗ってそんな言葉が耳に届く。彼は、最後まで永新を顧みる事は無かった。それが間違っているのか、正しい事だったのかは、分からない。永恋からすれば、分かりたくも無い。だがそれでも、彼は一人の女性を心から愛したと言う事実だけは変わりなく、その想いだけは本物であった。



「……千夏さん、このまま、私を七星ちゃんの、元に――」



 護符と永恋を担いだ事で片腕が封じられても尚、片手で刀と護符を使いこなして人形たちを蹴散らしていく千夏は、紛れもなく特命班に相応しいだけの実力の持ち主だと言える。そんな彼女に抱かれたまま、消耗した霊力をもう一度励起させる事で戦線の復帰を図っていた永恋が、未だ戦い続ける七星の助太刀に向かおうと言葉を口にした直後、それを予期していたかのように七星から声が上がる。



「永恋!! あたしは、大丈夫だから!! 向こうの、助太刀に、行ってあげて!! 間に合うのは、永恋しか、居ないから!!!」


「でも……ッ!」


「だい、じょーぶっ!!! 千夏さんもいるから! ……それに! ここで、先生を超えられなかったら、失望されちゃうでしょ!? だから――!!」



 七星はそう言って、自分は平気だからと見せるように皇龍火の刀を弾き返して見せる。そんな彼女の覚悟を無下にする訳にもいかず、「ここは任せて」と千夏に背中を押された永恋は頷き、炎の壁の切れ間から見えた一人で人形使いを抑え込んでいた神藤霧矢の元へと駆け付ける。



「――木々に水を、花に光を、汚れたこの身に癒しを与え給へ。回生・解炎快癒」



 道すがら、回生符を使用して体の傷を癒しの炎が治癒してくれるものの、永政が命を懸けて産み出した金の炎による傷はそう簡単には治らない。最低でも一時間以上の使用が好ましいものの、この状況下ではそんな贅沢も言っていられず、痛み止め程度の治療で済ませた後に目的の場所へと急行する。


 木の根が海のように廃村を飲み込んでいく中を軽々と飛び回るが、一度足を踏み外してしまえば海に飲み込まれるのは必至だろう。そして飲み込まれてしまえば、倶利伽羅の頑丈な肉体であったとしても圧死は免れない。常に安全な足場が蠢いては切り替わるような上を永恋は確実に見極め、軽々と跳躍しては速度を上げていく。


 炎の壁を割った隙間から見えた神藤霧矢の動向。

 七星はそれを皇龍火と切り結びながらも確認したからこそ、永恋に急行してもらうよう訴えたのであった。永恋がその事実を認識したのは、彼女の視線の先に神藤霧矢の姿が見えてからの事だった。



「――ッ!! 破魔弓術中級、併せ技・茜蜻蛉!!!」



 認識してからの永恋の動きは、早かった。

 すかさず刀から弓矢に持ち替えた永恋は霊力を練りながら狙いを定め、的確に霊技を打ち込む。


 そしてその霊技は、狙い通りに人形使いが神藤霧矢に伸ばした手を穿ち抜き、燃え広がった炎が霧矢を窮地から救い出す。



「……助かった。……なんだ、その驚いた顔は」


「いえ。感謝の言葉が聞けるとは、思っても居なかったので。随分と情けない姿で捕まっていましたね。それで、状況はどうなっていますか?」


「チッ……! クソがっ……! 無数の妨害も相俟って、奴の守りが抜けれねぇ。手の内を探っているのはお互い様だ。一向に手の内を明かさねぇ。俺達と同じように、何かを待っているような素振りが――」



 手の内を探る、と言う作戦の中、神藤霧矢はこれまでたった一人で人形使いを相手にし、持ち堪えて来た。そんな彼がもたらす情報はまず間違いなく、気に食わない相手であろうと永恋は耳を傾ける。ここでは私情を挟んでいる余裕など、無いから。


 彼が得られた人形使いの手の内の情報と言うのは、特命班が欲した人形使いの行動パターンであり、正しく値千金とも言うべき情報の数々。中でも、永恋が生み出した最大の好機に乗じて潜り込んだ内部から覗いた人形使いの心臓とも言うべき弱点の位置の情報は、この戦いを左右する程のものであると言わざるを得ない。それを深追いした結果、彼は人形使いに捕らえられていたのだが。

 そんな並々ならぬ功績を打ち立てたと言っても過言ではないはずの彼であったが、どこまでも不服そうに言葉を並べていく。



「千載一遇のチャンスを、俺はモノに出来なかった。お前達にあれだけ大言を吐いたって言うのにな。あんなチャンス、二度と来なかったかもしれねぇってのに……! それに、まだあいつが何を待っているのかがまだ――ッ!? そうか……ッ!!!!」


「何が、どうしたんですか!?」


「野郎……! この戦場の戦力が傾くのを、ずっと待っていやがったんだ……! くそッ、もう、間に合わねぇ……!!」



 恨めしそうに悪態を吐く霧矢に対して、永恋は訳が分からずに対応に困窮するも、すぐに霧矢の悪態の意図が理解できるようになる。




「――キヒヒャハッ!! 各個撃破で弱い方が淘汰されるのは、当然の摂理だよねェっ!!!!!??」




 永恋達の遥か頭上、木の根が人の形を象る口から、憎悪を掻き立てるような気色の悪い笑い声が轟いたかと思うと、人形使いが顔を向ける方角、即ち永恋がやって来た方角からけたたましい程の鈴の音が鳴り響く。


 七星の撒いた火炎の鈴は一つ一つでは小さな音色であり、距離の離れたこの場所にまで聞こえてくるはずがない。けれども、配置された鈴の全てが一同に鳴り響いたとしたら。そして、それが意味する事とは――、とまで考え及んだのも束の間、永恋が動き出すよりも早く、人形使いが先手を打つ。



「狙いは……、分断ッ!?」



 炎の壁によって堰き止められていた木の根が、未だに七星と千夏が残っている箇所を取り囲むように壁を作り出す。


 ――二人を、逃がさないために。


 そして二人を足止めするには、皇龍火と言う名の十分な戦力が揃っている以上、立ちはだかる木の根を二人が飛び越える事は、絶望的。

 鈴の音が示すのは、その囲いの中が蹂躙される未来を予見しての事。


 一瞬にして永恋の顔から血の気が失せていく中、永恋と霧矢にもまた、人形使いの魔の手が忍び寄る。



「ッ、足、が――ッ!?」


「クソッ……!? 野郎、今までは、本気じゃなかった、ってか――!?」



 二人がうねる木の根の足場に降り立った刹那、それを待ち構えていたかのように海の隙間から二人の体を絡め取る木の根が襲い掛かる。

 七星と千夏の安否に気がかりだった永恋は簡単に捕らえられ、海の中に飲み込まれていく。そして霧矢もまた、決死の抵抗を見せて木の根を大量に焼き尽くしていくのだが、その膨大な数を前に四肢を封じられ、永恋同様に海の中へと飲み込まれていく。


 暗闇に染まる視界の中、永恋の耳に残るのは、気味の悪い人形使いの高らかな笑い声と――もう一度、と幾度となく希った、()()()()




「――えれん……永恋。起きて。永恋に会いたくて、会いに来たよ」




 甘くて、フワフワしていて、蕩けて消えてしまいそうな、大好きな人の声。

 最愛の人だからこそ、永恋はすぐに気付く。


 ――偽物である、と。



「ッ」



 この甘い夢にいつまでも溺れていたい。

 偽物でもいいから、大好きな人と一緒に居たい。


 一瞬でもそう思ってしまえる程に精巧な偽物は、永恋の神経を逆撫でするのだが、永恋の手で彼を破壊する事など出来るはずもなく、下半身が木の根と繋がった偽物の手が自分の首に伸びてくるのを、永恋は止める事が出来ない。


 ――永新に殺されるなら。


 そんな思考が頭を過ると、永恋の体からは抵抗する力が抜けてしまう。


 だが、それと同時に浮かび上がる走馬灯には、七星と千夏、辛いときにずっと傍に居てくれた大切な親友の顔が浮かんできて、今、その二人がピンチに陥っているのだと思い出した瞬間。

 永恋は永新の手を掴み、その手に炎を宿していた。



「……ごめんね、永新」



 体が燃えていく永新の偽物は、罵詈雑言を永恋に浴びせてくるが、彼女の中の永新は「それでいい」と笑って迎え入れてくれる。これが正しいのだと。もう二度と、二人は交わらないのだと、そう示唆するかのように、微笑んで、背中を向けて消えていく。


 火種が弾ける音を立てて燃え尽きていく永新の腕を手放して、もう二度と振り返らないと決めた永恋は木の根の海から脱出すべく光を求めて彷徨い始めると同時に、蓋をしていた巨大な木の根に大きな衝撃が走り、永恋の居合わせた世界が、ぐわん、と大きく歪む。



「永恋!! こっちだ!!」

「っ!」



 暗闇に差した一条の光。

 それに手を伸ばした永恋を、手を差し出した主が引き上げると、そこには本来いるはずの無かった人物が永恋の目に映るのだった。






「……晴也、くん」

「燼月じゃなくて、悪かったな」






 永恋を引き上げたのは、四家にして別の任務に当たっていたはずの天炎晴也。

 彼は全身に永恋以上に激しい怪我を負っていながらも、引き上げた際の永恋の反応を見るや否や、にこやかにそんな冗談を言ってのける。


 彼の肩越しに視線を移してみれば、その向こうでは、神藤霧矢も見慣れた人影に救出されていた。



「あれは……神来戸君?」

「驚くよな。俺も、最初は驚いたんだけど、あいつ、心を入れ替えたみたいだから……その、少しでもいいから受け入れてやってくれ」



 視線の先で神藤霧矢を救出していたのは、永恋や千夏以上に長い謹慎を言い渡されていたはずの神来戸獅子王。彼は異常なまでに永恋に執着しており、それが永新へと矛先を向けており、当時から永恋に対して纏わり付くような視線を向けていた。今もまた向けられるのかと警戒するように見つめていると、獅子王が視線に気づいたのか永恋に向き直り、ぺこりと頭を下げるに留まるのだった。

 その変化に驚きを隠せない永恋であったが、思い出したかのように七星と千夏が取り残された木で囲われた檻へと視線を向け、前のめりに動き出そうとしたところで、晴也によって制止を受ける。



「――っ、助けに、行かなくちゃ……!!!」


「俺達がここに来た、って事で、安心してくれ」


「え……?」



 永恋が疑問に思うよりも早く、晴也は自慢げに、鼻高々に、まるで自分の事のように嬉しそうに言ってのける。






「――俺達の最強が、助けに来てくれたからな」






 その一言だけで絶望は希望に代わり、永恋はそれ以降の追及を求むる事無く、感嘆の息を漏らすのであった。












評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ