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110話

 


 人形使いの豹変と共に足の踏み場もないくらいに犇めき合う木の根が波打ち、人形使いの周囲360度の範囲全てを飲み込まんと脚が広がっていく。

 その様はまるで海のようで、襲い来る木の根は廃村を飲み込んで規模を増していき、永恋達へと襲い掛かる。伸びてくる木の根は地面を割り、砕き、刺し貫く程に頑強で、一度それに飲み込まれでもすれば、どれだけ頑強な肉体を保持していようともミキサーにかけられたかのようにぐちゃぐちゃの肉塊に成り果てるのは目に見えていた。



「これで……! 紅蓮一刀・中伝、火翼の帳(ひよくのとばり)――!!」

「破魔弓術中級、四天(してん)火渡し(ひわたし)!!」



 最悪の未来が過った永恋と神藤霧矢の二人は、すかさず霊技を展開していく。


 永恋は一対の炎の翼を。霧矢はその翼を補強するように四つの炎の壁を。


 霊力の多寡によって火力が変化する霊技は使用者の実力を大いに表すと言われるように、後退する特命班が態勢を整え直すだけの余裕さえ生んでしまえる程の火力でもって襲い来る木の根を片っ端から炭と化す。



「――詠唱省略、活符・生火猛然(せいかもうぜん)!!」



 地面に居続けるのは危険と判断した特命班は、廃村の風化した建物の上に位置取り、炎の壁に阻まれる木の根が燃え尽きていく光景を眼下に収めながら御厨七星による活性符の加護を受ける。


 倶利伽羅の護符は主に四種類あって、攻撃用の撃符、防御用の血界符、回復用の回生符、支援用の活性符に分かれている。その中でも七星が使用した支援用の活性符、生火猛然は周囲の一定範囲にいる倶利伽羅に加護を与える護符であり、これによって特命班全員の霊力が二倍に膨れ上がる。



「この効果量……俺でも初めて受ける加護だな」

「それはそうよ。新しく開発されたばかりの護符で、数量限定の貴重な護符なんだから。ちなみに、効果量に比例して値段も驚きの価格よ」

「値段は聞いてねぇ」

「ちなみに、これまでの活性符と比べて当社比で霊力の変換効率が二倍になるんですって。永恋、千夏さん、調子はどう?」

「お腹の奥が、熱い……! いつもより、霊力が身近に感じられる……」

「皆さんに比べれば見劣りしますが、私も自信が湧いてくるわ。効果時間は、どれくらいあるの?」

「霊力使用状況にも寄るけど……大体十五分、ってところね。予備は一枚しか用意出来てないわ」

「効果が切れる前にどこかで一度集まりましょうか。そのタイミングは私に任せて下さい」


「……予定通り、俺は二手に分かれるが、いいな?」



 弓矢を護符に変換し、流れるような動作で刀に持ち替えた霧矢は、調子を確かめるように刀を振った後に、三人の事を見向きもせずに侮るように言ってのける。

 風を切る涼しげな音を響かせて軽々と振られる刀は、使用者の実力をありありと示しているかのようで、永恋や七星のような才覚でもって実力をカバーするのではない、血と汗と言う努力の結晶が実力に直結するような、霧矢の強さの秘訣が垣間見えた。

 もし今この場で黄金世代二人と刀剣型霊具で切り結んだとしても、霧矢は霊技の一つも使う事無く二人を無力化する事が出来るだろう。それだけ神藤霧矢が噂に違わぬ実力の持ち主であると言う事を瞬時に理解せざるを得ず、味方である今がどれだけ頼もしいかを思い知る。



「えぇ。特命班の切り札は貴方ですもの。どうか死なない程度に」


「そう言う意味じゃねぇ。女子供だけで平気か、って聞いてんだよ」


「なっ――!?」



 頼もしく思うからこそ、名家の生まれでプライドの高い七星でさえも努めて冷静なまま対応したにもかかわらず、下に見られていると言う現実を如実に表した態度を見せる霧矢に思わず目を剥く七星であったが、その横から永恋が歩み出て、本来であれば人形使いに向けるべき敵意を霧矢に向ける。



「……私達は、成人済みの倶利伽羅です。そして今は貴方と同じ特命班の一員です。子供だから、女だからと舐めないで貰えますか」



 廃村を飲み込んでいく木の根の波にも引けを取らないほどの圧迫感を押し寄せる永恋に対して、霧矢は涼しい顔で敵意を受け流し、返す刀で更なる嘲りを口にしようとしたところで、千夏によって邪魔が入る。



「無駄な争いを挟むのは止めて下さい。神藤さんも、女子供相手に本気になるのは少々情けない……いえ、大人として、恥ずかしいですよ? ……戯れは全て終わってからにしましょう。今は、人形使いが何よりも先決です。神藤さん、そちらはお任せしましたよ。ご武運を」


「……あぁ」



 陰で舌打ちするのが聞こえて、反対側に回るために背を向ける霧矢に七星が「イ~ッ」と歯を剥いて威嚇をするも、同じく腹を立てていた永恋は気持ちをさっさと切り替えるように刀剣型霊具を構える。



「どこまで嫌な奴なのよ、あいつ! 永恋ももっと怒っていいんだからね!!」

「……同じ男性として永新がどれだけ紳士だったのかが分かって、私はむしろ喜ばしいくらいだけど」

「た、確かに!! ふふっ、あいつ、自分で自分の株を下げていったって訳ね。そう言われると、腹を立てる価値も無いしょうもない男に見えて来たわ……。千夏さんも、そう思うでしょ!?」


「あはは……。でも、今のは、神藤さんなりに心配してくれていたのかもしれませんよ?」


「そんな訳――ッ!? も、もしかして、千夏さんはあぁ言う俺様キャラがタイプ……!? わ、悪い事は言わないわ! あの系統は絶対にやめておいた方がいいわよ!!!!!!」



 突然の天啓に戸惑いを隠せない七星は、一人どよめきながら千夏の肩を揺さぶる。

 実際に神来戸獅子王と言う、神藤霧矢と同じ系統の男を幼馴染として持つが故に、その面倒臭さと気味の悪さを知っている七星は全力で千夏の気遣いの意図を止めようと画策し出すも、当の千夏は彼女の飛躍する想像力に気圧され曖昧に笑うばかり。それでも否定しておかねばならないとばかりに慌てて否定の言葉を並べていく。



「わ、私の好みは、隊長みたいな、男らしいけど優しくて、でも不器用だけど少し抜けているような人、だから……」

「意外だわ……! てっきり、進藤天音先輩の方が好みかと思っていたけど……」

「天音先輩は無いですね。マジで。あんなチャラついて女泣かせな人、こっちから願い下げですよ。顔しか良い所が無いくらいの最低な人ですからね、あれ」




「……二人とも、集中。何か、来る――!」






 現場の状況とは大きくかけ離れた、緊張感の欠片も有さない空気の中、女同士の恋バナに耳だけを傾けていた永恋が鋭い声音を挟んで本命の方へと二人の意識を向けさせる。


 特命班のリーダーにして、二人を支えなければならない大人であるにもかかわらず緊張感を保てない自分を「まだまだ」と胸の内でたった今の行動を顧みて最低の評価を下す千夏であったが、同じように肩の力を抜いて気楽に感情を表現していたはずの七星は永恋の一声で即座に刀を手にして臨戦態勢へと移っており、永恋を筆頭に黄金世代の感情の制御がすでに大人顔負けの領域にまで踏み込んでいると言う事実に驚きを隠せない。

 むしろ、自分では力不足を否めない特命班のリーダーと言う重荷に肩肘を張っていた自分を少しでも和ますために二人は動いてくれていたのではないか、とさえ思えて来るほどで、彼女ら黄金世代はまず間違いなく今後の――否、この戦いからこれから先もずっと、倶利伽羅の要となる人材であると千夏は確信のようなものを抱いていた。


 それだけの資格が、それだけの胆力が、それだけの素質が、黄金世代にはあるのだと、彼女らよりも少しだけ長い事倶利伽羅の中で最前線を走って来た千夏には理解できるのだった。



「ふっ!!!」



 そして永恋の警戒態勢の一声から間もなくして、眼前の炎の壁を超えるようにして数多の影が頭上より降り注いでくる。


 風を切る音と共に落ちてくるものを、自分に害が及ぶ範囲の物を特命班の一員は一切の躊躇なく、一刀のもとに切り伏せていくのだが、炎の壁に阻まれて侵攻を妨害された人形使いが取った戦術に対して、これ以上ないくらいの悍ましさを抱かざるを得ないのであった。



「……っ、悪趣味、過ぎるわ……ッ!」



 思わず七星が悪態を吐いてしまえる程にその戦術は恐ろしく、雲が蓋をする空に点のように浮かび上がって頭上より降り注いだのは星のように幻想的なものではなく、人形使いが有する骸の数々であった。それも、ただの死体では無い。見慣れた霊具をはためかせた、大量の倶利伽羅の死体達が、悲鳴も上げずに落ちてくる。それらが風を切って落下しては、廃村の石畳や瓦礫に勢いよく激突し、血肉をぶちまけるのだ。


 実際に永恋達特命班の元に落ちてきたのは、投じられた人形の一割にも満たないような数であるが、推定でも50キロ以上ある肉の塊がそれなりの速度で直撃してしまえば、如何に倶利伽羅と言えども無傷では済まされない。

 故に、特命班は己の身を守る為に自分に害が及びそうな肉の塊を切り伏せたり避けたりするのだが、その度に多くの人形たちが地面や建物、瓦礫の上に赤い染みを作り出していく。


 その余りにもショッキングな光景を前に、永恋と七星は表情を歪めるものの、適切に対処していく。対処しなければ、自分がただでは済まされないのだから。たったそれだけでも精神的な疲労が蓄積していくのだが、二人の心配は自分達ではなく、もう一人の特命班へと注がれていた。



「新参の私達には見知った顔がほぼ無いのが救いだけど――」

「……幾度となく仲間と死線を乗り越えた千夏さんには……」




「……ッ、半蔵さん、弘毅さん、半田さん、柳さん、及川さん、桃子さん……ッ!!!!!」






 人形の雨が降り注ぐ中、与えられた任務を果たすべく多くの倶利伽羅が潰れていく、もしくは自らの手で結びの刃を振るわなければならない千夏は、強化された動体視力で見知った人の顔を無意識に探してしまっては彼らの潰れる瞬間の光景を目の当たりにしなければならないと言う拷問のような時間を味わわされ、今にも泣きそうな顔で前だけを見つめていた。

 どれだけ苦境に立たされようとも、決して足を止めず、決して俯かないその姿勢は美しくもあると同時に、どこまでも辛く見えるであった。


 そんな千夏の苦境の姿を嘲笑うかのように、遠方から鳴り響いては不快に鼓膜を揺らす声が廃村に轟く。






「――どうせなら、ここで君の仲間を使い潰せばよかったかな? そうすれば、もっと面白いシナリオが出来たと思うのに……勿体ない事をしたなぁ。君たちも、そう思うだろう? 最愛の仲間が落ちてきて……けれども受け止められないと分かった時、君たちならどうしたかな? キヒヒッ。想像しただけでゾクゾクしちゃうね! だけど、まだ満足してもらっちゃ困るよ。だって、まだまだ始まったばかりだからさ。どうか、僕の人形劇を最後まで楽しんで行ってくれよ。……君たちが歓喜に沸いて、憤怒の表情を浮かべ、悲愴な感情を胸に抱いて、無様に足掻いて、死んでいく。その最後まで、ね?」






 死者の体をあれだけ愚弄しても尚、反省の色どころか、もっと効率的な使い方があった、とすら宣う人形使い。大切な人の体を操り、あまつさえ大切な人の体を止める為にもう一度殺すような真似をしなければならない苦痛を味わわせた挙句、死者の魂を、遺された人々の想いを踏み躙るような真似を繰り返す人形使いに、千夏は己の胸の奥から噴き出す憤懣を爆発させなければどうにかなってしまいそうになりながらも必死で踏みとどまる。



「……ッ!!!!」



 ギリッ、と言う歯が砕けんばかりに噛み締められた奥歯の音が永恋と七星にも聞こえてくる。その音は千夏の悔しさをありありと表現していて、彼女の表情を見る為に振り返らずとも彼女がどのような感情であるかなど読み取る事が出来る。だからこそ、それでも尚も踏みとどまる選択をした千夏に対して、二人はそれだけで千夏を抱きしめて褒め称えたい程の衝動に駆られる。


 千夏が踏みとどまる事が出来たのも、言葉の通りに炎の壁の向こうで千夏の覚悟さえも嘲笑う人形使いの挑発に、罠に乗ってたまるかと言う気概が全てであり、それによって生じる精神的な負荷を全て人形使いに対する殺意へと変換していく。


 そうして鋭利と化した千夏の殺意があったからこそ――人形使いの次の一手に千夏だけが気付く事が出来た。



「――永恋ちゃん、後ろに下がって!!!」



「? くっ……!?!?」



 突如として飛んだ千夏の警告。

 それに疑問を抱きながらも後ろに下がる態勢を取った、瞬間。永恋が足場にしていた石畳の隙間から土が微かに隆起したかと思えば、頑強なはずの石畳を簡単に割って顔を出した鋭利な形をした木の根の先端が、永恋を刺し貫かんとして襲い掛かった。


 しかし、既に後退の姿勢に入っていたお陰か、永恋はピッ、と軽く頬を切り裂かれた程度で不意の一撃を避ける事に成功したのであった。



「っ、詠唱省略、血界符・焔鈴音叉(えんりんおんさ)!!」



 その一部始終を目撃した七星はすかさず腰のホルダーより一枚の護符を取り出し、術式に霊力を灯す。

 そうして放つのは無数の小さな鈴のような炎であり、それらは七星の手によって辺りに散らされた後、落下傘のようにゆったりと宙を舞って地上付近へと降りる。それらが地に落ちた途端、一部の鈴の炎が激しく揺らめき、音を立てる。そしてそれは伝播していくかのように次の炎、次の炎へと音と鳴動を繰り返す。それらはまるで、鈴の炎の下を何かが通っているかのようであり、七星の足元の鈴の炎が揺らめいた、直後。永恋と同じように地面を割って鋭利な先端で肉体を刺し貫こうと七星へと襲い掛かった。



「一度見たものが、私達に通用すると思って!?」


「ありがとう、七星ちゃん!!」



 続けて千夏の下にも木の根が襲い掛かっていたのか、千夏より感謝の声が届く。その声には幾許かの余裕が感じられたものの、その裏にある激情までは隠し切れないようで、どことなく尖った印象を感じさせる。それでも、努めて明るく振る舞おうとする彼女の精神性には黄金世代の二人をもってしても脱帽する他無く、二人は少しでも彼女の負担を減らそうと動く事をアイコンタクトで示し合わせる。


 だがしかし、それは二人に余裕があるからこそできる判断であって、余裕が失われれば再び追い詰められていく可能性が高い。それに、人形使いがこちらに余裕が生まれる事を見逃してくれるはずもなく、人形使い側に次の動きが見られた。



「……っ、まだ、動かすの!?」

「手足が、折れていても、お構いなしだなんて……!!!」

「……外道め」



 彼女らの声が示すように、人形使いが次に打った手と言うのが、落ちてきた人形たちを動かすと言う、倶利伽羅にとってみれば最悪の、人形使いにとっては最善の一手。


 頭が潰れていようとも、手足が変な方向に捻じ曲がっていようとも、動ける限りは動かす気であると証明するかのように投げ飛ばされてきた人形たちが不気味な動きで立ち上がる。

 それに加えて、見えない地面からは常に木の根が襲い掛かる。それも、時間の経過に応じて数と勢いが増してくるかのように感じられ、特命班に得られたかに思えた余裕は、人形使いの一手によって再び追い詰められてしまった。




「――第二幕の開演さ。その名も、『群衆(パブリック・パニック)』。それに……キヒッ! これだけじゃ済まさないよ? 君達には特別な、サプライズも用意しているんだから、是非とも、楽しんで行って欲しいものだね!!! キヒヒャッ!!!」




「サプライズ……?」

「人形使いの言う事だから、どうせまた――っ!?」



 首を傾げる七星に対して、永恋が反吐を吐くように表情を顰めた瞬間、その予想の答え合わせがされるかのように目の前で異変が起こる。炎の鈴が鳴り響いた地面は誰の足元でもなく、特命班の目の前で鳴り響いたかと思えば、地面を割って出てきたのは二つの人の腕。それも、両方右腕であり、それだけで二人の人形が地面を掘ってやって来たのだと分かる。


 そしてそれが意味する事と言えば、上空から投げ入れて損傷させる事を良しとしない、かつ、地下を掘って進めさせると言う労力に見合った戦力である、と言うのを見通した千夏が警戒するよう声を掛けた、次の瞬間。地面から這い出て来たのは、これまでと同じ、霊具に身を包んだ倶利伽羅であると同時に、今度は千夏ではなく、永恋と七星に関わり深い、二人の倶利伽羅の人形であった。



「――永新の、お父さん……!?」



 片や、永恋が目を瞠る程に驚愕する、永新の父親。燼月永政。

 そして残る倶利伽羅と言うのが――。






「――先、生……!!!!!」






 七星が驚嘆すると同時に、絶望的な表情を浮かべるに相応しい人形。

 かつて最強と言う名をほしいままにした、黄金世代の恩師。


 その名も、皇龍火。



 想い人の肉親と、これまで育て上げてくれた最強の恩師。

 その二つの壁に加えて、無数の操られた人形たちが特命班を追い詰めるべく襲い掛かってくるのであった。








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