109話
「……みんな、落ち着いて。人形使いに、翻弄されています」
「翻弄されている……? 永恋、どう言う事なの?」
誰の神経も刺激しないよう、慎重に、慎重に言葉を選ぶのには自分の神経を擦り減らす。
元々人とのコミュニケーションは得意だった永恋。それが、永新と離れてしまった事で塞ぎ込むようになって、永新が眩しく見ていた常に人に囲まれるような永恋は今では数えられる程しか関わる友人が居なくなってしまった。そのお陰ですっかりコミュニケーション能力が落ちてしまった永恋にとって、ここまで気を遣わなければならない場面と言うのは久し振りであった。裏を返せば、誰でも囲まれていたあの頃は、誰からも好かれるために誰の地雷も踏み抜かぬよう気を配っていた事の証左でもある為、その時の経験を呼び起こすかのように舌の上で言葉を転がす。
「人形使いは、奴は恐らく……、手の内を知られる事を恐れています。だからこそ、自分の手の内を知っている千夏さんを脅威に思った。そこで、ここで始末するために動いたのではないかと、私は考えました。その為に、人形使いは布石を撒いたんじゃないか、と」
「布石、だと……? まさか……」
「その、まさかです。千夏さんの知識から逆算するようにして、人形使いは策を弄した。それが、特命班の一部に自分の人形を潜り込ませる事」
「……こいつらは、じゃあ……!」
永恋の声に反応を示したのは、霧矢。
神藤霧矢は永恋の話を聞いて、自分の足元に転がる同じ特命班だった物を見下ろすと強張っていた体を少し緩める。その表情には一瞬、安堵の影が差す。
「中身まで精巧に造られた、人形かと。千夏さんはさっき言いましたよね。人形使いは死体を操るだけじゃなく、偽物を作り出す能力があったなんて、と。これは、そのまさかです。人形使いは、偽物を作り出した。……正真正銘、人形を操っていたと言う訳です」
「そんな……! でも、あの時、確かに……!」
「例え人形使いが肯定していたとしても、それが真実だと言う確証はありますか? 奴の言葉は、本当に信じられるだけの価値は、ありますか? もう一度、冷静になって考え直してみて下さい。武器を、下ろして。人形使いは、人形を用いてそれぞれの間に不和を生じさせるのが狙いです。間違った情報を拡散させ、疑い合うように仕向けさせたのです」
外周での騒ぎ、そして目の前で起こった人形使いが出張らずとも始まる諍い。
それら全てを合わせ見た時、導き出されるのは、千夏が裏の裏をかかれたと言う事実のみ。
千夏の報告によって、人形使いは死体を操る事しか出来ないのだと倶利伽羅の間で周知されていた。
その為、見知った顔であっても死んだとされる人形が出現したとしても容赦しないようにと言うのが定説となっていた。だからこそ、永恋も七星は疎か、晴也と甘奈でさえも生きている事を知っている神来戸獅子王が人形である事など可能性すら考慮していなかった。
それと同じように、事前に倶利伽羅の部隊に人形が差し込まれていた、などと言うのは考えようも無い事実であり、その事実が一つでも生じてしまえば、同じ部隊であってもお互いに疑い合わざるを得なくなる。
そんな状況を生み出してしまえさえすれば、圧倒的な数の差も互いに睨み合わせる事で敵意を散らし、人形使いが更に付け込む隙を生み出してしまう。
倶利伽羅にとって最悪の悪循環を作り出す為に、人形使いは千夏に偽の情報を信じ込ませ、ありとあらゆる布石を忍び込ませた。元より倶利伽羅の内部に長年潜んでいただけあって、倶利伽羅の情報網をかく乱させる事も、人形を潜ませる事も容易かっただろう。故に倶利伽羅は踊らされた。倶利伽羅同士で敵対するように、いがみ合うように。
「そんな……! 私の、せいで……!!!」
「千夏さんのせいじゃないわ。これは、人形使いが一手も二手も先に居たってだけ。そうでしょ、永恋? それに、今こうして悲しみに打ちひしがれているよりも、この情報を一刻も早く共有すべきなのよ。……永恋は、どうやってこの獅子王が人形だと、分かったの? 動かなくなった今でも、あたしには本物にしか見えないんだけど……」
七星は、脇の下から顔面にかけてを両断され物言わぬ本来の人形としての姿を取り戻した獅子王の人形を見下ろして首を傾げる。手指の紋は疎か、髪の毛の一本一本に加えて肌のきめ細やかさすらも再現された人形。それを一目見て人形だと判断するには些か困難を極めるような出来に、七星は唸るばかり。流石に切断面ははっきりと入れ物だと分かるようになってはいるものの、人形かどうかを調べる為に身体の一部を輪切りにするような真似など出来るはずも無い。
「違和感は、必ずある。その中でも私が一番違和感を抱いたのは、ここ――」
七星の質問に答えるべく永恋が指差した先は、獅子王の人形の、首元。
「首……?」
「ううん、違う。正確には、喉。人形はきっと、喋れない。所詮は入れ物に過ぎないから。そっちも、そうだったんじゃないですか? 神藤さん」
「……いや、最後の奴だけは、口が利けていたぞ。断末魔も、上げていたしな……」
永恋の仮説が早々に打ち砕かれた、と思って永恋が霧矢の足元に転がる死体に駆け寄ってその体に手を這わせると、それが獅子王の人形とは異なる正真正銘の死体である事が判明する。
「彼もまた、間違いなく人形です。肉が、こんなにも冷たく固くなっています……。人形使いは、その名の通りの人形と合わせて、千夏さんの言っていた死体も操っている。彼に、見覚えは?」
「……知らねぇ。他の奴らもだ。全員、見た事もねぇ奴らばっかりだった……」
永恋達が駆け寄る要因となった断末魔。それを上げた彼の死体をまさぐるように霊具を捲ると、浮かび上がる死斑が目に飛び込んでくる。その様子を見るからに、死後十時間以上は経過していることが分かり、そもそも彼が生きていなかった事の証明にもなる。
更には、その男以外がまともに喋っていなかったかもしれない、と付け加えるようにして語った霧矢の言葉に永恋は千夏へと駆け寄って放心する彼女の肩を激しく揺さぶる。
「千夏さん! 報告を、お願いします!」
「でも……私の言葉なんかじゃ……!」
「……間違いを認めるのが怖いのは良く分かります。私も、ずっと怖かったから。でも……! この話は、千夏さんの口からじゃなきゃ伝わりません! これ以上、倶利伽羅側に犠牲が増える前に、一刻も早く……、お願いします!!」
「っ……!!!」
永恋の言葉の意図を理解したからか、千夏は思い出したかのようにハッと息を飲み、すかさず懐より連絡用の護符を取り出し手に入れた情報を端的に、かつ詳細に伝える。
似たような報告の幾つかが既に上がっていたからか、千夏の言葉はすんなりと受け入れられ、全体に通達が走る。
これで少しでも人形使いによる犠牲者が減れば御の字である、と要求を通した千夏は心の底から安堵した様子を見せ、緊張で引き締められていた表情筋が少しだけ緩んだように見えた。しかし、特命班に課せられた任務はまだ始まってすらおらず、即座に顔を引き締めて切り替えた千夏は永恋に手を借りて立ち上がり、未だに廃村の中心で反応を大きくさせている人形使いへと歩みを進めて行く。
「神藤さんは、手を貸してくれると言う事でよろしいですか?」
「悪かったと思ってるが、先に勘違いしたのはお前達だ。殺されないで済んだ事を、そこの子供に感謝するんだな」
「……あたし、やっぱりあの人嫌いだわ」
「お前、聞こえてるからな? 俺はお前のように頭の悪いガキのお守りは勘弁だが、賢いガキは好ましい。だからお前は俺と共に来い。二手に分かれて、人形使いを挟撃するぞ」
お前、お前、と偉ぶって指を差す神藤霧矢に対して、永恋は渋い顔を見せ、彼の視界から逃れるように七星の背に隠れる。
それと同時に、作戦の概要を話していないのにもかかわらず「挟撃」と言う単語が出てくる事に三人は驚きを隠せないでいた。そんな三人の反応を横目で見た霧矢は、鼻を鳴らして言葉を並べていく。
「少人数で出来る事など限られているだろ。そうなれば必然的に、選択肢は狭まる。お前達の目的は時間稼ぎだろうが、俺の目的は初めから人形使いの討伐だ。ここでは俺に合わせるのがベストだ。分かったなら――」
「初めから討伐の姿勢は、ベストではありません」
「ぁん?」
得意げに語り出す神藤霧矢に対して、大きく振り返った千夏が彼の鼻先に指を突き付け、霧矢の言葉を封殺するべくリスクとメリットを天秤にかける話を口にする。
「神藤さんの案は、倶利伽羅としては賛成です。目標を遂げる為の最短距離ですからね。それが最も速い解決策ではあります」
「んなら――」
「――ですが。それに必要な条件が余りにも欠けている以上、私はそれに賛成しかねます。神藤さんの取る方法では、人形使いに奥の手があった場合、ないし敵の救援もしくは増員があった場合のリスクを考えていない事が問題に挙げられますが、その場合、それでも貴方は討伐を完遂できると言う自信がおありなのですか?」
「……っ」
「そもそも、私達特命班に課せられた任務は『人形使いの討伐』……ですが、神藤さんの頭からは『支援部隊と協力して』の頭の部分が抜けています。支援部隊はただの補欠要員だとでもお考えですか? そんな訳が無いでしょう! 作戦本部が必要だと判断して配置されているのですから、当然必要に決まっています! 彼らが必要、と言う事は、私達だけでは人形使いは倒せない、と表明されているようなもの。でなければ私達以外の支援部隊が配置されている理由は何ですか? 私達特命班だけで完結できるのであれば、何故こんなにも多くの血が流れているのですか? ……あなたは強い。確かに強いです。残された特命班の、要と成り得るでしょう。ですが、あなたも一人ではできない事がある。出来もしない事を軽々しく口にするのは止めて下さい。未来ある若者たちを道連れにしようとするのは、止めて下さい。……堅実に、確実に殺せると判断した時にのみ、あなたには動いてもらいたい。私達はその為に、あなたの為に、道を作りますので」
「ぅ、ぐ……!」
ぐぅの音も出ない。
詰められた神藤霧矢は、正しくそのような状態に追い詰められ、年下の異性にそんな姿を見られたものだからか頬を赤く染めてそっぽを向いてしまう。
その様子に唖然とする永恋と七星であったが、がさつな隊長と自由な兄貴分の男二人に挟まれて倶利伽羅としてこれまで生きて来たのだから、これくらい物申すのも不思議では無いか、と二人で見つめ合い頷き合う。フンス、と大きく息を吐いて「行きますよ!」と声高に叫ぶ千夏の後に続いて二人で後を追うのだが、そこから少し距離を離して霧矢もついてくる。
これでこそ特命班のリーダーである、と思わせてくれる千夏の背中が何よりも頼もしく感じられる中、特命班の四人は、人形使いへと続く廃村の中央までの道すがら、最後の障害物に身を隠して作戦を切り詰める。
「……必要なのは時間稼ぎです。霧矢さんは力を温存して、牽制に務めて下さい。その間、私達三人は一撃離脱を心がけて奴の手の内を暴きます。これが、第一段階。そして、後方支援が可能になり次第、第二段階へと移行し、霧矢さんが本格的に攻めていきます。私の予測では、ここでヤツは隠し持っている奥の手を使うはずです。それが何かは、見てからでないと分かりませんが……私が全力で皆さんを守ります。その後は最終段階。人形使いの抵抗を掻い潜って、トドメを霧矢さんにお願いしたいと思います」
「そこまでの道は」
「言いましたでしょう。私達が、拓きます。いいですね、永恋ちゃん、七星ちゃん」
「「はい」」
「確認は以上。予測不能な事態には都度適応してください、としか言えません。ですが、私も命を懸けて皆さんを守ります。ですので、皆さんで、死なずに生き残りましょう……!」
千夏の檄に頷きを返す永恋と七星。しかし、神藤霧矢だけは頷きを返さず、膨れっ面と言うには険し過ぎる顔付きで千夏の言葉には賛同を示さなかった。その代わり、と言わんばかりに霧矢は千夏の言葉に付け加えるかのように大胆な告白をぶつける。
「……お前もだ。お前が命を懸けて俺達を守るってぇなら、俺が命を懸けてでもお前を守る。それが条件だ」
「はい。お願いしますね」
「だ、大胆だわ、永恋……!」
「流石千夏さん……。余裕がある……! 私も、永新に言って欲しかったなぁ……」
「え、永恋……。私は、ずっと一緒に居るから……!」
「うん……」
「ガキ共……聞こえてるからなァ……?」
緊張感を緩めるような声ににこやかな笑みを湛えた千夏であったが、瞬き一つの間に表情を切り替え、徐に立ち上がった際の顔付きは、覚悟を決めた戦士の顔付きであった。
そしてそれは霧矢も同様であり、永恋と七星もそれに付き従うかのように立ち上がり、短く息を吐いては、表情を引き締める。
そうして取り決め通りに神藤霧矢一人と、永恋、七星、千夏の三人の二手に分かれて、廃村の中央へと歩み出て行く。
「――やっとお出ましかい? 僕の歓迎はどうだったかな、倶利伽羅諸君?」
まだ日中だと言うのに、空には重たい雲が蓋をするように陽の光を閉ざしており、川底の泥のような空気がそこには漂っていた。
そして、何よりも異様な雰囲気を放つのは人形使いの本体であり、以前連盟本部で千夏が相対した時とは異なる、『異形』と表現するのが相応しい程に妖魔の肉体を持った化け物が、廃村の中央に君臨していた。
それは、木。
人形使いはそれ以外に例えようのない樹木の姿をしており、腰から下を覆う根がまるでスカートのように広がり廃村の石畳を割って張り巡らされている。
そして何よりも、首に刺さった注射が示す通りに、何らかの外的要因によって人形使いは力を増強させており、空になったシリンジが何本も地面に破片と化して散らばっているのが分かる。想定し得る中で、最も最悪な可能性を引いてしまったか、と内心で舌打ちを放つ千夏は、じんわりと脇の下が汗ばむのを自覚する。
「僕の人形劇はどうだったかな? お気に召しただろう? 賛美を謳う悲鳴があちこちから聞こえて来るんだ。素晴らしいとは思わないかい?」
「あんなもの……! 下衆以下の所業よ!!!」
「おっと、お気に召さなかったのか。人形操者としては感動を与えられなくて申し訳ない、としか言えないね。でも安心してよ。僕は今、最高潮なんだ。君もお気に召すような、最高の劇を披露して上げられるような気がするよ……! だって僕にはもう……何も得られないからさ」
「だったら、どうしてこんな真似を……! 一人で死ねばいいのに……!」
「キヒッ、面白い事を言うね。追ってきたのは君たちだろ? 余生は静かに過ごそうと思って、この町を、僕の人形で着飾らせてあげようかと思っていたのに……それを邪魔しにやって来たのは、君たちの方だろ? それを……キヒヒッ。もしかしてそれも……燼月永新に言ってあげたのかい?」
「……ッ!!」
「おやおや、図星かな? でもまぁ、咄嗟にそんな言葉が出るのだから、常々思っていたんだろうね。キヒヒっ……! 人間って言うのは残酷だぁ……。僕の夢を話したら、勇哉のやつ勝手に抜けるとか言い出しだんだ。僕達はもう、一蓮托生だって言うのに……」
「何を……!?」
「キヒヒャハッ! 言ったらつまらないだろ? サプラァイズ、なんだから。でもでも、君たちにも当然、特別なプレゼントとサプライズを用意したんだよ? 急に来るって言うから、準備は大変だったんだ。だからさ……」
その言葉を境に、ガクンと体を落とした人形使いの雰囲気ががらりと変わる。
それが戦闘開始の合図であると四人の誰もが理解すると同時に、人形使いの腰から垂れていた木の根が大きく波打ち動き出す。
「――簡単に壊れないで、最後まで見て行ってくれよォ!!!!?????!?!?」
人の顔をしていた人形使いの顔は、再び上げられたその時には妖魔のそれに変わり果てており、人形使いの口からもたらされる怨嗟の雄叫びは、全員の身の毛がよだつよう。
それでも恐怖を打ち払い、立ち向かわねばならない倶利伽羅は、即座に臨戦態勢を取って、特命班の命を懸けた戦いへと挑んでいく――。




