108話
「特命班、廃村の中心に出現したと思われる人形使いに強襲を仕掛けます! 総員、戦闘用意!!」
特命班、と呼ばれた面々は、班を代表して送受信型の護符にて連絡手を務める赤坂千夏の一声に緊張を走らせる。
全員が上級以上の実力と判断され配属された面々は誰も彼も我が強く、一班とは思えぬほどに統率の難しい攻勢になっていた。そこで、実力が不足しているとは言え、かつて竜ヶ谷虎徹の下で地域部隊を統率していた経験を持つ赤坂千夏が連絡手及び統率を図る事になっており、彼女の声で幾人かが臨戦態勢を取る。
しかし――。
「ケッ、偉そうにしくさって。俺達はお前のような足手纏いやら、子守をする為にここに呼ばれたんじゃねぇ。俺達は俺達の意思で、勝手に動かせてもらうぜ。だが安心しろよ、人形使いの野郎は、俺達が必ず仕留める。お前達が出張る必要なんざねぇんだよ」
霊具に身を包んだ倶利伽羅の一人が千夏に詰め寄ってそう言い張ると、彼の言葉に頷く他の特命班数人を引き連れて森の中へと勇んでいってしまう。
彼の名は、神藤霧矢。人形使い討伐戦において招集された上級妖魔と渡り合える数少ない実力者であり、東の倶利伽羅において、名家とは別に派閥を擁する人物であった。彼もまた、二十八歳と言う若さでありながら上級相当の実力に認められた数少ない倶利伽羅なのだが、黄金世代の台頭と言う鼻につく事実に真っ向から食らい付いていく気概を見せるような男であった。
ましてや、特命班に一方的に敵視する黄金世代が三名も選ばれている為、神藤霧矢は終始それが気に食わない様子を見せていた。その上、特命班を取り仕切るのが精々が中級位程度の実力しか持たない名も知れぬ赤坂千夏と言う女倶利伽羅である以上、まともに付き合っていられるか、と独断専行を決めるのだった。
「ま、待ってください!! 独断専行は命令違反です!! 戻って私達と一緒に――」
「下された命令は『人形使いの討伐』だ。誰もお前に従え、なんて言われてねぇ。だから俺達は先に行かせてもらう」
「ですが……!」
「……わかんねぇかな。お前みてぇな足手纏いと、ガキの力なんざ必要ねぇって意味だ。分かったなら手、放してもらえる?」
「っ! は、い……ッ」
「分かればいいさ。分かれば。俺も、こんなところで無駄な消耗は避けるべきだと思うからな。お前達も別に付いて来たければ、付いて来ればいい。邪魔さえ、しなければ、の話だけどな。妖魔と間違えて叩っ斬っちまうかもしれねぇけどな」
後を追って肩を掴んだ千夏に対して、神藤霧矢は鋭い眼光で睨み付け、凄んで見せる。
彼の体から溢れ出る霊力を真正面から浴びせられた千夏は、脂のような汗をぶわっ、と滲ませてすごすごと引き下がるしかなく、にこやかに振り向いた神藤霧矢の目を見る事すら出来なくなってしまう。にこやかな笑みとは裏腹に、腹の底で煮え滾らせる殺意を隠そうともしない神藤霧矢に対して、実力でも劣る千夏は完全に押し負けてしまったのであった。
その有り様を見て、神藤霧矢が引き連れていく特命班だった有数の実力者たちは微かに嘲笑を浮かべた後、それ以上の興味を示した様子も無いまま背を向けて廃村に向かって行く。そしてそれ以上追い縋るのを諦めた様子の千夏に背を向けた神藤霧矢もまた、それ以降は背を向けたまま乱立する木々の闇の中へと姿を消していくのであった。
「……ごめんなさい。恥ずかしいところを、見せちゃったわね」
「そんな事、無いです。千夏さんはかっこよかったです。むしろ私達の方こそ、足を引っ張っちゃってごめんなさい」
「いいえ、そんな事無いわ。……ありがとう、永恋ちゃん」
「あたし、あの人嫌いだわ。それに、噂には聞いていたけど、やっぱり倶利伽羅は一枚岩じゃないみたいね……」
落ち込んだ様子の千夏に駆け寄るのは、残された特命班の、神藤霧矢が目の敵にする黄金世代の面々。小暮日永恋と、御厨七星であった。その後方では、怪しい風が前髪を揺らす神来戸獅子王の姿。
七星が言うように、倶利伽羅と言う組織は盟主と言う明確な象徴が存在しているものの、決して一枚岩ではない。
倶利伽羅が歴史ある名家の血筋とその血に纏わる功績を尊重し、名家と呼ばれる特権階級が倶利伽羅を組織立っている。それに対し、神藤霧矢を頭に構え名家のように後方で偉ぶっているだけの者よりも現場で活躍する人材を重宝すべしと言う論調が、倶利伽羅内部を二分するような形が存在しているのもまた事実。
神藤霧矢の他に、皇龍火や、それこそ叢雨勇哉も後者の神輿となっていた節があり、人形使いの毒牙にかかって妖魔に堕ちた倶利伽羅の多くが、そうした今の倶利伽羅の特権階級の制度に不満を持つ者達であった。
当然、倶利伽羅の大本である『灼火導連盟』はそんな彼らの意見を聞き入れるつもりなど毛頭なく、名家とと呼ばれる特権階級の廃止を求むる新興勢力に対して、「長い歴史が倶利伽羅と言う存在を形作っている。恩恵を受けていながら、それを否定する者の意見など聞くに値せず」と真っ向から対立しているのが現状。しかしてそれを表立って追及する必要など無く、現段階では神藤霧矢を筆頭にする新興勢力は倶利伽羅内部では1%にも満たない以上、歴史を重んじる倶利伽羅は誰も彼らを相手にしないのであった。
故に、名家である七星も永恋も獅子王も小耳に挟んだ程度の知名度しか持ち得ない。
しかし、このような場面で集められる実力者、と言うのはそう言った偏った思考に陥りやすく、今回の神藤霧矢に関しても、陣頭指揮を執るのが、あの火加々美家であるが故に、初めから火加々美の息のかかった者達とは関わり合うつもりなど無かったのであった。
「下手に実力があるせいで、手出しできない……虎徹さんも、そう言っていました。……倶利伽羅同士で、争っている場合なんかじゃないのにっ!」
「……残ったのは、四人だけ。どうしますか、千夏さん。彼らの独断専行を報せて、救援を待ちますか?」
苛立ちと焦燥が混在する千夏を落ち着かせるように永恋は努めて冷静なまま、提案の言葉を投げかける。追い詰められた際は、焦って苛立っても碌な答えは出ない。であれば、一度別の事を考えて思考をリセットする方が良い。
永新と離れてからと言うもの、永新の力になる為に、永新を支える為だけに尽力してきた永恋は、永新に使うはずだったメンタルコントロールの一つを千夏に試す。
すると、千夏は一度息を飲んだあとで黙り込み、連絡用の護符から聞こえてくる逐次報告に耳を傾ける。
「……E班には、あの旭燈兄妹がいる。けれど、外周の人形使いは規模が不明。各班も情報の共有に困難を極めていて、叢雨勇哉には天炎晴也さん、他数名が向かっている……」
ブツブツ、と情報を声に出して頭の中で整理していく千夏に対して、永恋と七星は顔を見合わせて頷き合い、特命班のリーダーを任ぜられた千夏の判断を待つ。
そして暫しの時を経た後、千夏はゆっくりと顔を上げ「今後の行動方針が決まりました」と呟き、残された特命班は彼女の次の言葉に耳を傾ける。
「――私達はこれより、救援を待たずして人形使い本体の討伐に向かいます」
「「……」」
「その過程で、先行している神藤霧矢部隊と合流。問題が無ければ、二方向からの挟撃を狙います。ですがこれは、あくまでも時間稼ぎ。攻めに転じるのはその後です」
「問題?」
「はい、神藤霧矢部隊が既に全滅していた場合、私達だけで時間稼ぎをしなければならなくなります」
「全滅……」
「私は、この特命班において実力不足。足手纏いです。ですが、私が特命班に選ばれたのには理由があります。それは、人形使いの手の内を知っている、と言うアドバンテージがあるからです。ですが、これを生かすには神藤霧矢の力が必要……。それ故に、私達は先を急がねばなりません」
「神藤霧矢が、死ぬ前に辿り着かなくちゃいけないから、救援を待たない、と言う事?」
「いいえ。救援を待つからこそ、人形使いを相手に時間稼ぎをしなければならないのです。人形使いの反応が最も大きいのは、中央の廃村。ですが、後方支援部隊を張り巡らせた外周にも人形使いの出現が確認されているのです。この事から推察するに、人形使いは本気を出した。出さざるを得なかったのでしょう。あの時、人形使いは一体までしか人形を操らなかった。それは操らなかったのではなく、操れなかった。満月の夜には大量の人形を生み出していたと言うのに」
「……であるなら、最も反応が大きい中心。廃村の反応は間違いなく人形使いの本体だと言う事ですか?」
「そうです。そして人形使いの本体であると同時に……罠でもある」
「罠……!?」
「そうでなければ、叢雨勇哉の出現場所が説明付かないのです。彼もまた、恐らくなんらかの奥の手を隠し持っていると考えられる以上、人形使いがこうも分かりやすく自分の居場所を示すような真似はしないはずです」
経験則から導き出された確証。
それは、人形使いが彼女の家族同然の人の命を弄び、あまつさえ自分を惑わした仇敵であるが故に、気が狂うまで人形使いの事を考え続けた努力の結晶。
――人形使いは間違いなく何かを企んでいる。
あの妖魔は追い詰められたからと言って正々堂々、真正面から戦うような妖魔では無い事を誰よりも知っているが故に、千夏はその全ての企みを打ち砕くべく思考を巡らせる。
しかし、これはあくまでも憶測。千夏の中にしかない確証が故に、信じるには値しないものであり、目の前の黄金世代が信じてくれるかどうかは千夏にとって一種の賭けであった。
だと言うのに――。
「――分かりました。千夏さんを信じます」
「私も、それで構いません。獅子王もそれでいいわよね?」
「……」
黄金世代は簡単に頷いて見せ、そうと決まれば早速、とばかりに道を急ぐ。
神藤霧矢たちが通ったであろう道を慎重に、けれども最速で山の中を駆け抜けていく。
人の手が入っていない山の中は、道と呼べる道は存在しておらず、自ら切り拓くか、木々の上を跳んで行くしかない。けれども、先に通った神藤霧矢達の作った道を通る事が出来ている為、言葉を交わす余裕すらある中で廃村への道を行くのであった。
「でも、あの神藤霧矢を含めても彼らは相当な実力者じゃない? それが全滅するって……恐ろしいわね」
「人形使いは、幾つもの搦め手を好みます。神藤霧矢さんはあの性格ですから、人形使いにとってみれば鴨が葱を背負って来るようなものかと……」
「愚直、ですね」
「でもそうなると、私達もその罠に嵌るかもしれないじゃない? その罠、搦め手、って言うのは一体、どんなのなの?」
「もしもあの人形使いが本気を出したのだとすれば、プライドも何もかもをかなぐり捨てて、相手を罠に落とし込むでしょう。例えば――」
「――ぐわあああああああああああ!!!!!!!」
森の気配が変わり、空気が変わって廃村が近い事を悟った、その瞬間だった。
山道が軽い傾斜になり、それぞれが枝木を支えに滑り落ちている最中。千夏の話を遮るかのように、男性の悲鳴の声がそれぞれの耳に飛び込んでくる。
「ッ!」
「声が聞こえたのは、この先です! 急ぎましょう!!」
「これも、罠とかじゃ、無いわよね!?」
「……ッ、神藤霧矢さんのような方を罠に嵌めるのだとしたら人形使いは――!」
思い当たる節があるかのようで、千夏は逸る鼓動を抑えられぬまま、飛び出た枝木が肌を傷付けようともお構いなしに山を下っていく。
そしてその先、廃村の中心に辿り着く以前に、廃村の入り口付近にて目的の人物は見つかった。
「……ハァッ、ハァッ、ハァッ……! お、お前ら……! ッ、こ、これは、違――ッ!!」
「そんな返り血を浴びていながら、仲間を斬り付けておきながら、違う、ですって……!?」
「私達を、罠に嵌めるつもりだった、と……! ――総員、戦闘態勢!!!」
打ち捨てられた影響か、境目すら曖昧になりつつある廃村と森の境界で後から追い付いた永恋達が目撃したのは、連れ立ったはずの仲間の血で染まった霊具に、未だ鮮血を滴らせる刀を握った、神藤霧矢の姿であった。
五名の特命班員を切り伏せるのには苦労がいったのか、肩で息を切らす霧矢は、追い付いた永恋達を見て微かに焦った様子を見せたものの、即座に態度を反転。敵対の意思を示すかのように気炎を吐く。
それに対するように、先を急いでいた千夏と七星、永恋が身構える。
しかし、前を歩いていた二人とは違って、永恋は少し離れた位置に立っており、そこで現場の違和感に気が付く。
何かがおかしい。
そう感じていても何がおかしいかは答えが出ない以上、千夏の判断に委ねると決めていた。しかし、それでもこの状況の違和感をどうしても追求しなければならないと叫ぶ本能が、千夏の背後からこれを掛けるに至る。
「千夏さん、これは、何かがおかしいです」
「……永恋ちゃん。残念だけど、目の前の惨劇が事実だよ。人形使いは、私達特命班の中にも人形を忍ばせていた。死体を操るだけじゃなく、偽物を作り出す能力があったなんて、私の考えが根底から覆されそうだけど……。神藤霧矢、あなたはここで私が始末します!」
「チぃッ……! どいつもこいつも……! 何が、どうなってやがる……! 何で俺に……!」
「今更人間の振りですか? ならば、ここで――」
千夏の目は憎悪に染まっており、永恋の言葉に耳を傾ける気配は無い。
七星もまた、目の前の惨劇に言葉を失っているようで、千夏ほどではないにしろ人形使いの手先と思しき神藤霧矢に憎悪の視線を向けている。
そうして千夏が腰を落とし、霧矢に対して霞の構えを取ろうとした、その瞬間だった。
「――ッ! や、っぱり……!」
永恋の横を一陣の風が吹くと同時に、永恋もまた、用意していた霊力を爆発させ、風に並ぶように踏み込んでいく。
そして。
「紅蓮一刀流、初伝。桜花一閃……ッ!!」
千夏の背後で囁かれた、小さな言の葉。
背を向ける二人の項を、永恋の刀が描く炎の熱が這った直後、永恋は微かな抵抗を覚えながらも最後まで刀を握ったその手を、振り切る。
「――」
「え、永恋……!?」
「永恋ちゃん……っ!?」
直後、大きな音を立てて人の体だった物が倒れ込み、土埃が上がる。
永恋の突然の行動に振り返った二人であったが、振り向いた先で目撃したのは、既に刀を振り抜いた後の永恋の姿であり、彼女の纏う霊具には神藤霧矢と同じように返り血が付着していた。
そして切り伏せられた人影と言うのが。
「獅子王……? どうして、永恋が、獅子王を……!?」
驚愕の表情で困惑を口にする七星。
大切な親友が、ろくでも無いと言え幼馴染を、斬った。その事実を目の当たりにした七星は言葉を失い、体を震わせる。
そんな七星の隣で、千夏も同じように目を瞠って言葉の一つさえ出てこないどころか、体の震えが収まらない様子で浅い呼吸を繰り返す。
――そんな馬鹿な。
――永恋ちゃんが人形だなんて。
そんな声が聞こえてくるような彼女の表情の奥で、怪訝な視線を向ける神藤霧矢。
一同が似たような反応を示す中、永恋はふぅ、と一つ息を吐いた後に、その手から刀を落としてから、一言告げるのであった。
「……みんな、落ち着いて。人形使いに、翻弄されてます」
カラン、と地面に転がった刀が音を立てる中、永恋のはっきりと口に出した言葉は、全員の耳にすんなりと入り込んでいくのであった。




